調査・報告

乳製品の国際相場高騰と需給事情
―乳製品貿易の脆弱性と鍵を握る国々の動向―

国際情報審査役 長谷川 敦

 2007年の農業・食料をめぐる様々な動きの中で、乳製品の国際相場に空前の高騰をもたらした要因と背景および今後の国際需給を見通す上でカギを握る幾つかの要素について考察する。

 なお、要因の一つである豪州の干ばつと同国の生乳生産、酪農経営状況については、本誌でシドニー駐在員から詳しく報告されているので参照されたい。

1.1年で急騰した乳製品国際相場

−主要乳製品は1年で2倍超の高値−

 2007年の乳製品国際相場の上昇ぶりは、主要品目の価格が1年足らずの間に2倍を超える水準となる激しさで、小麦、トウモロコシ、大豆などの上昇率をもしのぐものであった。その結果、各種飲料、パン、菓子類など粉乳、バター、チーズを原料として用いる業界に大きな影響を及ぼしたばかりでなく、脱脂粉乳、ホエイなどを飼料用たんぱく源として利用してきた飼料業界、畜産業界にも飼料穀物価格の高騰と同様に深刻なコスト圧力を加えている。

 こうした急激なコスト高に耐えきれず、原料の見直しや置き換えによる需要の減退も起きており、例えば、2007年秋口から粉乳の国際価格が下落してきている要因の一つに、EUなどにおける脱脂粉乳、ホエイなどの飼料向け需要の減少が挙げられている。

 しかし、2008年1月上旬までの動きを見る限り、先行した粉乳とバターの価格に下落傾向が見られるものの、ホエイを除いては2006年の水準には遠く、米国などで動きの激しいチーズの価格(チェダーチーズが指標)は依然として最高値圏にある。〔1〕

 総じて、現在の主要乳製品価格が依然としてかなりの高値水準にあることに変わりない。

オセアニア 全粉乳輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

 西欧 全粉乳輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

オセアニア バター輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

西欧 バター輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

オセアニア 脱脂粉乳輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

西欧 脱脂粉乳輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

西欧 ホエイパウダー輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

オセアニア チェダーチーズ輸出価格(F.O.B.:2000-2008年)

 高騰の程度は具体的にどのようなものであったのか。国連食糧農業機関(FAO)の食料見通し〔2〕による乳製品国際指標価格(オセアニアポートでの全粉乳、バター、脱脂粉乳、チェダーチーズのF.O.B.価格から算出)では、1998年−2000年の平均値を100とすれば、2006年の平均値が138であったのに対して2007年1月〜9月平均では230、2006年9月の132に対して2007年9月は290まで上昇した。また、全粉乳、バター、脱脂粉乳、チェダーチーズそれぞれの上昇率は下表、グラフのとおりである。

乳製品の国際価格上昇率(1)
FAO乳製品価格指標
(Selected international prices for milk products)

乳製品の国際価格
(Selected international prices for milk products)

乳製品の国際価格上昇率(2)

−乳製品高騰の背景、要因:薄いマーケット、特定国への寡占化−

 乳製品にこのような高騰をもたらした背景、要因は次のように整理できるのではないか。

 (1) 世界の乳製品貿易はもともと貿易比率が非常に少ない上、輸出可能国(地域)が限られており、特定の国々に寡占化された構造になっている。そのため、供給側または需要側の1国に何らかの「異変」が起きた場合でも、それが増幅して伝わりやすい。(後述)

 (2) 中国、ロシア、産油国などを中心とする新興国・途上国の継続的な需要増が基調としてある。

 (3) 2006年、ニュージーランド(NZ)が脱脂粉乳の固形成分比調整用に乳糖を大量に輸入手当てしたことにより、まず乳糖から相場の高騰が始まったとされる。

 (4) NZは(2)の需要の高まりに応じて、脱脂粉乳、全粉乳の生産を増加させた結果、チーズの生産が絞られた。

 (5) 2006年終盤から2007年、EU域内でのチーズ需要の高まりなど需要サイドの要因と、豪州の干ばつによる生産減など供給サイドの要因により、一気に需給のひっ迫感が強まった。

 (6) 国際相場はUSドル建てのため、他の通貨にとってはUSドル安のメリット生かせる(相場が高くても買える)状況が生まれた。

 (7) 投機的な動きが加わった。

 (8) 頼みにした代替供給国が、自国内での牛乳乳製品の供給確保や価格安定のため、輸出を規制する政策を導入した。

 これらが重なり合って、空前の乳製品国際相場(USドル建て)高騰につながったと考えられる。その結果、EUの乳製品は輸出補助金(Export Refund)を付さずに競争力を回復した。

−生産者乳価の上昇−

 乳製品の主要輸出国では、国際市場での売り上げ実績を生産者への支払い乳価の算定に反映させる乳業メーカーや協同組合が多いようであるが、それと同時に不足気味の原料乳をより多く集めるために、高値の乳価を提示して酪農家から安定的に生乳を買い入れようとする動きも報告されている。(シドニー駐在員による本誌での報告及び当機構ホームページの海外駐在員情報を参照)

 米国農務省(USDA)が公表している米国の生産者乳価の推移を例に取ると、2007年7月の乳価(飲用向け乳価と加工原料向け乳価の加重平均)は前年同月より85%高い水準であった。

米国の生乳価格


2.FAOの食料観測などに見る世界の乳製品需給構造

1.世界の生乳生産(2007年予測)
−アジア、米国、NZは増、干ばつ、洪水などにより豪州、アルゼンチンは減−

 FAOの食料見通し〔2〕によると、2007年の世界全体の生乳生産量は678百万トンと前年を2.3%上回ると予測されている。

 中でもアジアが5%を超える伸びを示しており、特に、ロシアを抜いて世界3位の生乳生産国になった中国が18%増、世界最大の生産国インドが3%増、パキスタンが4%増とアジア地域の生産増に寄与している。(注:筆者は中国政府の公表データおよびUSDAの予測値から判断して、FAOの2007年予測による中国の生乳生産量45,000千トンの値は、水牛乳・ヤギ乳などを含むとしても過大すぎるとみている。中国政府の第11次5ヵ年計画における2010年の生乳生産目標は42,000千トンである。)

 また、国際市場への乳製品の重要な供給国であるNZが2.5%増、世界2位の生産国米国が2.0%増と予測されている。一方、豪州は主産地のビクトリア州北部やニューサウスウェールズ州が2年続きの干ばつ被害により5.2%減、アルゼンチンもサンタフェ州など主産地での干ばつや洪水、霜などによる牧草地の被害から7.0%減と明暗が分かれた。

 南部で熱波による干ばつ被害などに見舞われたEUは、27ヵ国ベース(25ヵ国+ルーマニア、ブルガリア)では0.4%減と予測されている。

 以上のように、アジアでの生乳生産は非常に好調とみられるが、牛乳乳製品需要の増加しているアジアでは自国内の消費が基本で、中国から香港、台湾、ASEANの一部への輸出や、インドから中東、ASEANへの一部への輸出といった動きがあるものの、後述する輸出規制の動きなどもあり輸出市場に大きく貢献するには至っていない。

世界の生乳生産と乳製品貿易

2.世界の乳製品貿易(2007年予測):貿易比率低く特定国に偏った構造
−穀物市場よりも薄い牛乳乳製品市場−

 FAOの食料見通し〔2〕によると、世界の生乳生産量に占める貿易量の割合(生乳換算)は、2005年、2006年にいずれも7.1%であったが、2007年には6.9%に低下すると予測されている。

 ここで注目すべきは貿易に回る割合の少なさである。貿易量が生産量のわずか7%程度という水準は、直近3ヵ年では小麦17〜19%、トウモロコシなど粗粒穀物10〜11%(トウモロコシ11〜12%、大麦10〜11%、ソルガム9〜11%)、砂糖(粗糖ベース)27〜28%、牛肉10%、家きん肉9〜10%であるのと比較してかなり低く、コメの7%と同程度の水準である。牛乳乳製品より貿易に回る比率が低いのは、主要品目では豚肉の4〜5%、羊肉の6%くらいである。

 世界の牛乳乳製品市場は、「薄いマーケット」といわれる穀物市場よりもさらに薄いことを指摘しておきたい。

−4〜5ヵ国の寡占状態にある乳製品輸出−

 世界の生乳生産量の4割を占める5ヵ国・地域だけで世界の乳製品輸出量(生乳換算ベース)の8割を占めている。この2〜3年で特徴的なことは、NZが粉乳とバターで世界市場におけるシェアをかなり拡大させ、反対にEUが域内市場の拡大と競争力低下の影響もあって、シェアを大きく減少させていることである。

 2007年の世界の乳製品輸出量に占めるシェアは、生乳換算ベースでNZ27%、EU26%、米国10%、豪州9%、アルゼンチン4%となっている。

 2007年の乳製品輸出(製品重量ベースの予測値)では、主要国に次のような動きがあった。世界の輸出量に占めるシェアを特記している。(注:EUのデータはすべて25ヵ国のデータで、域内貿易分を除く。特に断りのない場合同じ。)

(1)全粉乳:4ヵ国・地域で全輸出量の79%
       NZ38%EU(25ヵ国)23%、アルゼンチン10%、豪州8%

 全輸出量(製品ベース)が2006年の1,823千トンから2.9%減少し1,771千トンと予測される中、NZがアルゼンチンと豪州の減少分の多くを補い、量で5.4%増、シェアで3ポイント拡大(2005年比で5ポイント増)した。EUは量、シェアとも前年と変わらず(2005年比でシェアは4ポイント減)、アルゼンチンは干ばつ・洪水・霜による牧草地の被害と輸出規制(後述)により、量で20.0%減、シェアで2ポイント減、豪州は2年続きの干ばつによる生産減から輸出余力が衰え、量で17.2%減、シェアで1ポイント減となった。

(2)脱脂粉乳:4ヵ国・地域で全輸出量の77%
        NZ28%、米国25%、豪州13%、EU12%

 全輸出量(製品ベース)は2006年の1,182千トンから1.5%増加し1,200千トンと予測され、豪州の減少分をEU、NZおよび米国で補った。豪州は量で18.5%減、シェアで3ポイント減となった。NZは量で6.6%増、シェアで1ポイント増(2005年比で8ポイント増)、米国は量で2.7%増、シェアは変わらず。EUは国際相場の上昇から輸出補助金ゼロで競争力が回復したこともあり、量で66.7%増、シェアで5ポイント増と大幅に回復(2005年比ではシェアは5ポイント減)した。

(3)バター:4ヵ国・地域で全輸出量の77%
      NZ42%EU26%、豪州7%、ウクライナ2%

 全輸出量(製品ベース)は2006年の907千トンと変わらないと予測され、豪州の減少分をNZが補った。NZは量で3.3%増、シェアで1ポイント増(2005年比で7ポイント増)、EUは量で1.2%減、シェアで1ポイント減(2005年比で8ポイント減)、豪州は量で25.9%減、シェアで2ポイント減となった。ウクライナは量で5.6%減、シェアは変わらなかった。

(4)チーズ:4ヵ国・地域で全輸出量の71%
      EU37%NZ19%、豪州12%、ウクライナ4%

 全輸出量(製品ベース)は世界的なチーズ需要の増加を反映して拡大傾向にあり、2006年の1,629千トンから1.0%増加し1,645千トンと予測されている。豪州の減少はあったが、主要三ヵ国はいずれも量、シェアともに増加した。最大の輸出シェアを持つEUは量で4.0%増、シェアで1ポイント増(2005年比で3ポイント増)、NZは量で5.7%増、シェアで1ポイント増(2005年比で2ポイント増)、豪州は量で6.7%減、シェアで1ポイント減、ウクライナは量で20.0%増、シェアで1ポイント増となった。

−アジア諸国が乳製品輸入の5割、ロシアの増加が急−

 生産に占める貿易率が非常に低く、かつ、輸出国が偏っている構造はトウモロコシ、小麦、大豆などと酷似しているが、乳製品の輸入に関しては穀物や大豆ほど特定国に集中していない。

 FAOの2007年予測〔2〕では、生乳換算ベースで世界最大の輸入国は中国である。ホエイ、全粉乳、脱脂粉乳など粉乳類の輸入が寄与して3,800千トン輸入している。近年、原油その他の資源をテコに急成長しているロシアは、チーズとバターでは世界一の輸入国であり、生乳換算ベースで3,100千トン分の牛乳乳製品を輸入している。また、伝統的に脱脂粉乳の輸入量が多いメキシコは2,500千トン、産油国グループの中心的存在であるサウジアラビアが2,300千トンの牛乳乳製品を輸入している。

 直近3年間では、特にロシアの乳製品輸入の増加が目立っている。2005年から2,400千トン、2,900千トン、3,100千トンと着実に輸入が増加しており、中国との食習慣の違いもあって、チーズとバター中心の乳製品輸入の勢いは際立っている。また、世界最大の全粉乳輸入国アルジェリアの動向も「薄いマーケット」の中で国際相場に影響を与えることが多い。

 これらを地域別に見ると世界の牛乳乳製品輸入量(生乳換算ベース)の5割を中国、サウジアラビア、ASEAN、日本などのアジア諸国が、15%をアルジェリアなどのアフリカ諸国が占める構造になっている。

 2007年の世界の乳製品輸入量に占める国別シェアは、生乳換算ベースで中国8%、ロシア7%、メキシコ5%、サウジアラビア5%、米国4%、フィリピン4%、アルジェリア4%などとなっている。

世界の乳製品貿易におけるシェアの推移

−乳製品種類別生産、消費、輸入(2007年予測)−

 これまで、FAOの予測を基に牛乳乳製品の需給構造を明らかにしてきたが、個々の乳製品ごとの予測数値はUSDAの2007年予測〔3〕の方が詳しい。そのデータを使い、主要4品目について生産・消費と輸入の関係に着目した国別ランキング表を作成した。

 この表は様々なことを示唆しているが、一つは、生乳生産量や乳製品生産量の多い国、あるいは、牛乳乳製品の消費量の多い国が必ずしも国際需給や国際相場に大きな影響力を持っているわけではないということである。

 インドを例にとってみる。インドは年間1億トン近い生乳を生産する(うち6割弱は水牛からの乳)世界最大の生乳生産国であり、かつ、バター(ほとんどはギー【ghee】という乳脂肪99.9%の液体)の生産・消費大国であるが、基本的な需給構造が自国で作ったものを自国で消費する自給型である。世界の食料価格が高騰している理由に、「中国、インドなどの急速な経済発展による需要増」というフレーズが枕詞のように取り上げられるが、少なくとも乳製品に関しては国際市場に「大きな影響力」を持つに至っていない。ただし、2007年には乳製品の国際需給がタイトな中にあって、後述するような世界の期待とは逆の影響を与えたことは事実である。

 この人口11億人のインドと全く反対の極にあるのが人口4百万人のNZだ−と説明すれば理解しやすいのではないか。

 したがって、(将来ではなく)現段階では、BRICs4ヵ国のうち乳製品の国際需給を語る上で影響力の大きいのは、インドよりむしろロシアの消費動向や輸入動向であると言える。

 また、チーズ需給の世界的な高まりの中で、ヨーロッパ、オセアニア、南米産チーズの価格高騰から、USドル安の優位性もあり、米国産チーズが注目されている。

全粉乳 (2007年)

脱脂粉乳 (2007年)

バター (2007年)

チーズ (2007年)

(参考)

主要国の酪農比較 (2006年)

3.鍵を握るプレイヤー:供給ではEU、ニュージーランド、需要では中国

 中長期的に安定した供給力があると見られるNZ、EU、米国および豪州、一方、需要の旺盛な中国、ロシア、メキシコ、サウジアラビア、フィリピン、アルジェリア等のうち、当面影響力が大きいと見られる3ヵ国(地域)に焦点を絞ってみたい。

1.EU、本年4月から生乳生産枠を拡大

 欧州委員会は2007年12月12日、EU域内外における乳製品需要の増大に対応するため、2008年4月から生乳クオータを2%拡大する提案を行った。この提案どおりに実施されれば、現在設定されている27のEU加盟国別の生乳クオータがそれぞれ2%拡大され、生産枠全体で284万トン増加することとなる。

 この提案は同年12月19日まで開催のEU農相理事会で検討されたが、現段階では最終的な結論に至っていない。一部の報道によると、クオータ拡大の否定論や慎重論が出たほか、オランダなど複数加盟国の農相から「2%ではなく4%に引き上げるべき」などの要求がなされたようである。今後、4月1日からの新年度の開始に向けて、この生乳クオータ拡大の案件と併せて、2015年のクオータ廃止に向けていかにソフトランディングさせるかなどが3月の農相理事会で議論される。

−生乳生産量増加により、特にチーズ生産が拡大−

 欧州委員会は、本提案と併せて、酪農部門の市場動向見通しを公表しており、この中で、2008年4月以降、クオータ枠の拡大に伴い生乳生産量が「仮に2%増加」した場合の乳・乳製品需給への影響試算を行っている。

 これによれば、2007年7月に公表した「2007〜2014年におけるEUの主要農産物の需給に関する中期予測」における予測数値(ベースライン)と比べ、生乳生産量の2%増加により2008年の生乳価格は4.9%、2014年は4.0%低下すると見込んでいる(ベースラインでは7%の上昇が予想されていたが、それを基準に4%低下)。

 また、乳製品別では、生乳生産量の増加に伴い、チーズ、バター、脱脂粉乳のいずれの生産量もベースラインに比べ増加すると見込まれるが、乳製品生産は、特に今後も需要の伸びが大きいと見込まれるチーズ生産によりシフトしていくと見込んでいる。

〔ベースラインに比べ生乳生産量が2%増加した場合の需給見通し〕
−「2007〜2014年におけるEUの主要農産物の需給に関する中期予測」における予測数値(ベースライン)との比較−

(1) 生乳

【ベースライン・シナリオ:1991〜2014年EU―27カ国の生乳生産、出荷】

(2) チーズ

【ベースライン・シナリオ:1991〜2014年EU―27カ国のチーズバランスシート】

(3) バター

【ベースライン・シナリオ:1991〜2014年EU―27カ国のバターバランスシート】

(4) 脱脂粉乳

【ベースライン・シナリオ:1991〜2014年EU―27カ国の脱脂粉乳バランスシート】

−生乳クオータの2%拡大は今後の酪農市場に好影響−

 欧州委員会では、EU域内のチーズ消費の拡大などを背景に、今後2014年までの間に800万トンの生乳生産の増加が必要と試算しており、世界的に好調な乳製品需要と併せて、2%の生乳クオータ拡大による生乳生産の増加は乳・乳製品市場に好影響を与えると見ている。ただし、2006/07生乳年度にはフランス、イギリス、ハンガリーなどを中心にクオータの未達が合計で270万トンになるなど、近年、生乳生産量がクオータを下回る加盟国が多く見られ、実際にはクオータの拡大に伴う生産量の増加は限定的と見込んでいる。〔2〕

 2.NZの生乳生産は順調、国際市場でのシェアさらに拡大
−豪州の生乳生産は2年連続で減少、干ばつ前の11%減となる見込み−

 穀倉地帯、酪農地帯での干ばつの被害が大きい豪州は、2007年11月〜12月に適度な降雨がありようやく一息ついたとはいえ、2年連続の干ばつのダメージが大き過ぎる。酪農家が高乳価を支えに経営を立て直すにしても、回復までにはかなりの期間が必要であろう。同年3月に発表されたABAREの中長期予測では、生乳生産量が大干ばつ前の2005/06年度水準1,008万9千トンに回復するまでに4年程度を要するとみられていた。しかし、その後の状況悪化を反映して、同年12月に発表された四半期ごとの短期予測では、2007/08年度の生産量が前年度よりさらに6.1%減少して900万トンと見込まれている。

−南島の酪農は土地利用での制約少なく最高潮−

 NZでは両島で乾燥した気候が伝えられたものの、大きな被害などの報告はなく、生乳生産は順調と見られる。FAO、USDAによれば、06/07年度の生乳生産量は2.6%増の1,560万トンと見込まれ、USDAの2007年7月の予測でも07/08年度の生乳生産量を2.6%増の1,600万トンとしていた。今、業界関係者からの情報では、前年比1.5〜2%程度の増加が見込まれている。

 当機構シドニー駐在員によると、北島については、スタートは順調であったものの、8月の雨不足から放牧環境への影響が懸念され、その後の降雨により生乳生産は順調に回復したが、2007年は生産のピークが例年に比べて少し早い(2週間程度)といわれているため、大きな生産増加は期待できないだろうとしている。

 一方、南島については、酪農は最高潮ともいえる状況にある。北島に比べて土地利用の面での制約が少ないことから大規模農家も多く、また、懸案であった水の問題についても、かんがい設備が充実してきたことで酪農生産をめぐる環境は良好で、羊から酪農へ切り替える農家が多く、羊、肉牛、酪農の畜産体系は、酪農を中心に回っているように見える。羊農家は酪農へ切り替えまたは育成牛を預託、肉牛農家は乳廃が中心でアンガスなどは減少ぎみのようである。

 このような状況から、07/08年度は干ばつの影響が少ない分だけ、国際市場においてNZのシェアがさらに拡がる可能性がある。

 FAOの2007年予測によっても、NZの世界市場における輸出量およびそのシェアは、全粉乳、脱脂粉乳、バター、チーズの主要4品目においていずれも2006年を上回っている。具体的には、全粉乳が68万トン(前年比+5.4%、世界シェア38%)、脱脂粉乳が33万7千トン(前年比+6.6%、世界シェア28%)、バター38万トン(前年比+3.3%、世界シェア42%)、チーズ31万6千トン(前年比+5.7%、世界シェア19%)と予測されている。

3.最大の輸入国、中国の牛乳乳製品自給率は9割
−生乳生産急増、輸入乳製品の6割はホエイ−

 中国の生乳生産の拡大は驚異的である。1996年から2005年までの間に年率18%平均で増加を続け〔6〕、ロシアを抜き世界3位の生乳生産国になった。牛乳乳製品の生乳換算輸入量は世界一で、世界の輸入量の8%を占めるが、国内生産の急拡大により数量ベースの自給率は9割を超えており、1996年当時より牛乳乳製品の自給率は高まっている。

 中国政府の発表によると、乳製品輸入量(製品重量ベース)の6割はホエイで、主として飼料用、調製粉乳用、機能性飲料用などに使われているものとみられる。

 輸入乳製品の品目別、輸入相手国別内訳は次のようになっている。〔7〕

【2005年総輸入量:320,035トン(製品重量ベース)】
(1)品目別
 (1)ホエイ:187,643トン(総輸入量の59%)
 (2)全粉乳および部分脱脂粉乳:64,228トン(同20%)
 (3)脱脂粉乳:42,646トン(同13%)
(2)輸入相手国別
 (1)N Z:98,323トン(総輸入量の31%)−うち84%は全粉乳、脱脂粉乳
 (2)米 国:83,150トン(同26%)−うち92%はホエイ
 (3)フランス:46,537トン(同15%)−うち95%はホエイ
 (4)豪 州:29,408トン(同9%)−うち41%は全粉乳、脱脂粉乳
 中国は世界最大の全粉乳の生産、消費国である。2007年の生産量(予測値)はEU25ヵ国、オセアニア(豪州、NZ)のそれぞれ1.4倍の規模であった。

中国の全粉乳需給

中国の脱脂粉乳需給

中国の国別ホエイ類輸入量 (2005年)

中国の牛乳・乳製品品目別輸入量・輸出量
資料:中国海関総署「中国海関統計年鑑」

中国の乳製品輸入量

−2010年生乳生産目標は4,200万トン、都市部の牛乳消費は伸び悩み−

 中国政府は第11次5ヵ年計画の「農業・農村経済発展主要指標」で、2010年の生乳生産努力目標値を4,200万トンとしている。これはすべての農産品の中で最も高い成長率であり、酪農を発展させようという中国政府の強い意欲の表れである。2005年から年平均8%の増加が必要であるが、1996年から2005年の間に年率18%平均で増加してきた中国にとっては、達成の難しい数字ではないだろう。(この場合、牧草やトウモロコシなど飼料穀物の手当の課題はある。)

 当面は、自給を基本としつつ、不足分を輸入に依存する形をとると考えて良いのではないか。

 こうした前提の下で、今後、牛乳乳製品の国際需給、相場に影響を及ぼす要素を考えると次の諸点が挙げられる。この場合、食用と飼料用の需要拡大の程度とスピードが重要な要素になるものと思われる。

(1) 都市部での牛乳類(日本で言う牛乳、加工乳、飲用乳の概念を含む)の消費が2003年から既に伸び悩んでいる一方、(1)都市部におけるヨーグルト需要の拡大が今後も続くか、(2)政府が力を入れている学校給食用牛乳消費がどの程度拡大するか、(3)もともと飲用習慣のない農村部における牛乳類消費が増加するか。→沿岸部を中心に加工乳、ヨーグルト、乳飲料、菓子類などへの輸入粉乳需要が拡大するか。

(2) 飼料需要の拡大に伴う輸入ホエイ、輸入脱脂粉乳への需要は今後も続くか。→国際相場の高値安定が続くと輸入需要は減退の可能性も。

(3) 育児用調製粉乳、幼児用機能性粉乳の原料となるホエイなど粉乳需要は拡大するか。→健康や安全性に対する消費者の関心の高まりから、都市部の高所得者層を中心に輸入調製粉乳への需要が強まるか。

(4) 都市部の外食店におけるチーズなど乳製品需要の拡大のスピード→北京オリンピックを契機に変化があるか。

第11次5カ年計画における農業・農村発展主要指標 (抜粋)

中国の都市部における乳・乳製品の年間1人当たり消費量の推移

中国の1人当たり乳・乳製品消費量の推移

中国における1人当たり農畜産物消費量

4.主要国の乳製品輸出停止、輸出抑制措置

1.インド、粉乳の輸出停止

 インド政府は、乳製品価格の上昇によるインフレの懸念と、暑期(4〜5月)の生産性低下に伴い予想される脱脂粉乳不足を解消するために、2007年2月9日付け商工省商務局外国貿易部告示第45号により、脱脂粉乳、全粉乳を含む粉乳の輸出を同年9月30日まで停止した。この措置については、記録的な高値で推移する粉乳の国際価格を背景に加工業者から根強い解除の要請があった一方で、輸出再開に伴う国内の供給不足と価格上昇を懸念する声もあり、9月30日以降も措置を延長するか否か政府の判断が注目されていたものである。〔8〕

主な輸出停止品目の輸出量、輸出額、単価の推移

2.アルゼンチン、乳製品輸出税の実質引き上げなど輸出抑制
−国内酪農経営を対象とした補償を実施−

 アルゼンチン政府は、「国内市場向け乳製品価格安定化計画」を定めた経済生産省決議第61/2007号(2007年2月8日付け)を公告した。これは乳製品の輸出価格の上昇が国内価格に影響を与えずに国内への安定供給を図ることを目的に、2007年1月4日に政府と民間部門の間で締結された協定により創設された乳製品基金の具体的内容を定めたものである。同決議によると、一定の要件を満たす酪農経営は、生乳1リットルにつき一定の補償額を乳業メーカーを通じて受けることができる。

−粉乳の輸出税の算出方法を変更、後に粉乳以外にも拡大−

 この基金の原資となるのが粉乳の輸出税であるが、同決議で制度が改定されている。輸出税はこれまで輸出額(FOB価格)の10%であったが、これを輸出額の5%を最低とし、輸出額(FOB価格)が政府の定める基準価格を超過した場合、輸出税の割合が増加する算定式を定めている。

 2002年3月に輸出税が導入された際、乳製品については5%が賦課されたが、国内で進行するインフレを抑制する対策の一つとして、乳製品の国内供給量を増加させるため、2005年7月に輸出税の引き上げを行った。これにより、チーズ、バターなどの輸出税は10%、粉乳は15%に設定された。その後、国内の価格が安定したとして、2006年8月にチーズなどの輸出税は5%に、粉乳は10%に引き下げられていた。

 2007年4月には、粉乳以外の牛乳、チーズ、バター、ヨーグルト、調整乳、ドゥルセデレチェ(牛乳を煮詰めたもの)なども対象品目とされた。(注:その後、2007年11月、UHT乳(メルコスル共通関税番号:0401.10.10)、ヨーグルト(同0403.10.00)、バター(同0405.10.00)、プロセスチーズ(同0406.20.00)などが基準価格の設定の対象外となった。)

 品目ごとの基準価格については、粉乳の基準価格である1トン当たり2,100USドル(24万2千円:1USドル=115円)を基に加減を行うことにより算出され、主な品目では、牛乳(メルコスル共通関税番号:0401.10.10)が400USドル(4万6千円)、モッツァレラチーズ(同0406.10.10)が2,620USドル(30万1千円)、バター(同0405.10.00)が1,800USドル(20万7千円)などとなっている。

−乳製品の輸出抑制策は継続−

 当機構ブエノスアイレス駐在員によれば、2007年11月、アルゼンチン政府は輸出業務の承認をさらに厳格化するとともに、国内のインフレ抑制のため生乳の生産者価格の引き下げを要求しており、現行の平均価格を0.1ペソ(3.5円:1ペソ=35円)下回る1リットル当たり0.73ペソ(25.6円)以下を支払う乳業メーカーのみに輸出を許可するという形で、輸出に実質的なブレーキをかけ始めている。〔9〕

(参 考)乳製品に係る輸出税の算定方式

 粉乳の輸出価格が1トン当たり2,100USドルを超過した場合、輸出税の割合が増加する算出方式が定められている。

 具体的には、輸出税額は「輸出価格×輸出数量×(1−(1/(1+ D + B))」から算出され、追加関税率Dは「[輸出価格/(1+ B)−V]/ V」から算出される。基本輸出税率Bは5%、基準価格Vは2,100USドルとすれば、

 例えば、1トン当たり2,800USドル(現在の一般的な輸出価格)で10トン輸出した場合、

 D=[2,800USドル/(1+ 0.05)−2,100USドル]/ 2,100USドル= 0.27
 輸出税= 2,800USドル×10トン×(1−(1/(1+ 0.05+ 0.27)))= 6,787USドル

乳製品の輸出量および輸出額(2007年1〜9月)

まとめ

 2007年の異常ともいえる乳製品価格の高騰は、世界の乳製品貿易の構造がもともと供給可能国の偏った脆弱な構造であった上に、豪州が2年続きの干ばつによる生産減で需要に応えられず、EUの生産は伸び悩み、頼みのインド、アルゼンチンが粉乳の輸出停止や各種乳製品の輸出税の引上げによる輸出抑制措置を導入したことで、サプライヤーが一層限られてしまい、そこに需要が集中したために加速した結果と考えられる。このような状況下では、好むと好まざるとにかかわらず、輸出余力のある2〜3の国々の事情や輸出業者の戦略が国際需給や相場に大きく影響する。投機的な要素も含めて、価格コントロールされやすい構造になっていることは事実であろう。

 中国のみならず、ロシアや産油国など世界的な資源・エネルギー需要の高まりから豊富な資金力を蓄え、国民の所得水準が向上した国々における乳製品需要の伸びは今後も続くと見られる。そうした基調の中で、そもそも共通農業政策(CAP)によって生産とは切り離された所得補償政策(ディカップリング)をとり、生乳生産増へのインセンティブが働かない仕掛けを作り上げてきたEUが、2015年の生乳クオータ廃止に向けてどのような政策誘導を行っていくのか、それを受けてEU各国の生乳生産が実際にどう動くのか、さらには、拡大したEU域内でのチーズなど乳製品需要の伸びがこれからも続くのかが、今後の乳製品の国際需給を占う上で大きなカギを握っていると考えられる。そこに、好景気に沸くNZの酪農の拡大、USドル安から競争力の増した米国やウクライナなどの輸出余力、豪州が何年で現状から回復できるかなど、いくつかのファクターが重なる。

 一方、乳製品の品質も含めてかなりの潜在輸出能力がありながら、国内市場の安定化を優先するインド、アルゼンチンなどの国々は、輸出を抑制する政策を導入するリスクがあり、「継続的で安定した」サプライヤーとは言い難い面がある。当面は、これらの国々も視野に入れつつ、世界の需要は伝統的サプライヤーに依存せざるをえない状況が続くであろう。

 世界の生乳生産量に占める貿易量がわずか7%程度であることを忘れてはならない。

(参考文献)
〔1〕USDA(FAS), FAS Commodity Trade Info : Dairy Analysis
〔2〕FAO, Food Outlook - November 2007
〔3〕USDA(FAS), Dairy : World Markets and Trade-July 2007
〔4〕COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, REPORT FROM THE COMMISSION TO THE COUNCIL, Market Outlook for the Dairy Sector
- Brussels,12.12.2007
〔5〕ブリュッセル駐在員 和田剛、「欧州委、生乳クオータを2008年4月より2%拡大する提案(EU)」−平成19年12月12日発、農畜産業振興機構ホームページ
〔6〕長谷川敦、谷口清、石丸雄一郎、「急速に発展する中国の酪農・乳業」『畜産の情報』(海外編) 平成19年3月号(No.209)
〔7〕中国海関総署『中国海関統計年鑑』
〔8〕シンガポール駐在員 佐々木勝憲、「注目される粉乳輸出停止解除の判断(インド)」−平成19年9月6日発、「粉乳輸出停止措置を延長せず(インド)」−平成19年10月4日発、農畜産業振興機構ホームページ
〔9〕ブエノスアイレス駐在員 横打友恵、「アルゼンチン、乳製品向け輸出税の制度を改定」−平成19年3月7日発ほか一連のアルゼンチン乳製品輸出及び酪農関連情報、農畜産業振興機構ホームページ


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