海外現地レポート

牛脂を利用したブラジルのバイオディーゼル工場

   ブエノスアイレス駐在員事務所   松本 隆志、横打 友恵
 


 

1 2008年から2%のバイオディーゼルの混入を義務付けたブラジル

 ブラジルでは、バイオエタノールの需給情勢に合わせて20〜25%の間でガソリンへの混合が行われている。一方、軽油についても、2005年から2%までのバイオディーゼルの混合(B2)を許可し、2008年からはB2が義務化され、2013年からB5(バイオディーゼル混入5%)の義務化が予定されている。

 ブラジル国家石油庁(ANP)によると、これまでに51のバイオディーゼル工場が建設されている(2007年12月現在)。51のバイオディーゼル工場が計画通りの生産能力を発揮した場合、1年間当たり276万キロリットルのバイオディーゼルが製造されることとなる。ブラジルのバイオディーゼルの国内需要量については、B2の義務化による需要量が84万キロリットル、同じくB5では210万キロリットルと試算されている。


2 バイオディーゼル工場は赤字経営か

 2005年から始まったB2の混合許可を契機にバイオディーゼル工場の建設計画が始まったが、現在ブラジルのバイオディーゼル工場の主な原料は大豆である。

バイオディーゼルへの仕向け量(2006年)

 しかし、建設計画当初の状況と現在のバイオディーゼルを取り巻く状況が大きく変化している。例えば2005年のマットグロッソ州の生産者販売価格は60キログラム当たり23.84レアル(1,488円、1レアル=62.4円)であったが、2006年からの穀物価格の上昇により、2007年12月では33.90レアル(2,115円)に達している。このため、大豆油の工場売渡価格は1リットル当たり1.96レアル(122円、2008年1月のパラナ州の搾油工場の売渡価格)となっている。

 加えて、バイオディーゼルが供給過剰にある。ANPは2007年11〜12月にバイオディーゼルの競争入札を行った。当初、ANPはバイオディーゼルの落札価格を1リットル当たり2.00〜2.20レアル(125〜137円)と予測していた。しかし、需要量を上回る応札があったため、落札価格は1.81レアル(113円)と事前予測を大幅に下回った。工場建設への投資額などを考慮すると、生産コストも賄いきれないのではないかと考えられる価格である。

 このように建設を計画した2005年と現在の状況が大きく変化し、原料となる大豆の価格が上昇する一方、バイオディーゼルの価格が低いことから、バイオディーゼルの生産量を減少させる工場が現れている。このため、276万キロリットルの生産能力が見込まれているにもかかわらず、2008年の需要量である84万キロリットルの確保が心配されるようになり、関係者からは、バイオディーゼル生産に対する交付金やB5の早期義務化を要請する声が出ている。

バイオディーゼルの生産量

 なお、農業コンサルタントのFNP社が試算した2008年1月現在のバイオディーゼル1リットル当たりの生産コストは以下の通りである。

バイオディーゼル1リットル当たりの生産コスト


3 牛脂を利用したバイオディーゼル工場

(1) 工場の概要
 このような中、バイオディーゼルの原料である油糧種子の価格が上昇していることから、これまで利用されてこなかった魚の内臓や牛脂を原料としたバイオディーゼルの生産に向けた取り組みも開始されている。

 ブラジルの大手パッカーであるベルチン社は、2007年8月、ルーラ大統領出席の下に牛脂を利用したバイオディーゼル工場の落成式を挙行した。

 同社バイオディーゼル工場はサンパウロ州リンス市の食肉処理施設の敷地内に設置されたことから、土地取得や電気水道の整備、職員食堂の設置などの新たな支出が抑えられたため、建設費用は4,200万レアル(26億円)と廉価で施設整備ができたとのことである。

(2) バイオディーゼルの生産工程
 バイオディーゼルの原料となる油脂を得るため、レンダリングで発生した牛脂を利用している。この牛脂を真空高温で処理することにより、油脂と脂肪酸に分離する。

 油脂は、バイオディーゼルの原料として用いられる。一方の脂肪酸は、バイオディーゼルの生産工程において発生したグリセリンとともにせっけんとして利用される。

ベルチン社のバイオディーゼル工場の1日当たり生産能力

(バイオディーゼル工場)

(この中で化学反応が行われる)

(貯蔵タンク)

(原料となる油脂やメタノール、製品となるグリセリンやバイオディーゼルが貯蔵されている)

 同社のバイオディーゼル工場の1年間の生産能力は11万キロリットルであり、B2の場合、ブラジルの国内需要量の13%に相当する。同じ敷地内の同社食肉処理施設から得られる油脂は、1日当たり約20トンであるため、不足分は周辺の食肉処理施設から、油脂1キログラム当たり約0.7レアル(44円、2008年1月現在)で購入している。ANPが2007年11〜12月に行ったバイオディーゼルの競争入札の落札価格は1.81レアル(113円)であったが、これを基にすると、油脂1キログラム当たり0.8レアル(50円)以上になると、生産コストを賄いきれなくなるとのことであった。

(サンプル)

(左から牛脂、油脂、脂肪酸、バイオディーゼル、グリセリン)

(バイオディーゼルの出荷スタンド)

(3) バイオディーゼル生産への考え方
 バイオディーゼルが供給過剰にある中、バイオディーゼル生産への考え方を伺ったところ、「バイオディーゼルは軽油に比べ、鉛を含まないクリーンなエネルギーである。また、当社のバイオディーゼルには、牛脂を利用しているため食料と競合しないというさらなる利点がある。また米国の各州がバイオディーゼルの利用義務化を始めることにより需要が拡大するため、供給過剰が緩和されると見込んでいる」とのことであった。

 なお牛脂は、菜種や大豆に比べ飽和脂肪酸の含有量が高いことから、低温流動性が低く、冬季にエンジンの始動性が悪くなることが指摘されている。しかしながら、B5程度であれば、大きな支障は無いとのことである。


4 おわりに

 ブラジル政府はこれまで、補助金を支出することなく、バイオディーゼルの利用促進に関する規則を定めることにより、関係産業の育成を行ってきた。しかしながら、大豆をはじめとしたバイオディーゼル原料の価格が上昇し、バイオディーゼルの供給が心配される状況になっている。

 現在のバイオディーゼル原料の価格高とバイオディーゼル価格が低い関係が継続すると、B2の達成のためには、バイオディーゼル生産に対する交付金やバイオディーゼル価格の引き上げが必要になると考えられる。このため、バイオディーゼルの利用を義務付けるためには、環境に優しい社会を作るためには費用負担も必要であるという国民理解の醸成が不可欠になるものと考えられる。

(サンパウロ市内のガソリンスタンドの価格)

(上からアルコール1.399レアル(87円)、軽油1.959レアル(122円)、
普通ガソリン2.399レアル(150円)、ハイオクガソリン2.499レアル(156円))


 

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