★ 国内現地の新しい動き


南島の黒毛和牛たち

(財)新農政研究所理事長 松浦 龍雄


  八重山群島はわが国の南西国境にあ亜熱帯の島々である。西の端にある与那国島
は東京から1,900q、群島の主島である石垣島からさえ170q離れているが、
台湾からは125qに過ぎない。北緯24度20分という石垣島の位置は北回帰線
のすぐ北方にあり、同島より17q南方にある黒島や新城島となると、夏はもう熱
帯と言ってよい。

  その八重山群島に本土復帰以来何回通ったことか。春夏秋冬さまざまな群島の表
情をみてきた。それというのも、農業的に、とくに肉用牛に素晴らしい立地を持っ
ていること、さらに今年三月まで四期石垣市長を務めた内原英郎氏が獣医出身であ
り、南島の畜産政策について、東京では到底聞けない、足が地についた論議を聞か
せてくれて、大いに意気投合したこと、また何回かの訪問のうちにやる気を持った
農業者と友人として深いつながりを持つことができたこと…など、さまざまな理由
がある。今回の報告もそのような背景に立ったものであると、まず知って頂きたい。

  ついでに、昨年生まれて初めてサンゴ礁の海に潜って、龍宮城のような水面下の
世界を垣間見てからは、八重山の島と海に対して私の熱は上がりっ放しなのだ。

  7月17日、まず新城島下地のパナリ牧場へ、パナリ・エクスプレスの快速艇で
渡る。上江州安幸社長とは最初の沖縄訪問以来の友人、ご長男の結婚式にも招かれ
たし、ご夫人をはじめ我家とは家ぐるみのお付き合いだ。「先生の必要なのはこれ
でしょ。」と、のっけから損益計算書(別表1)を渡される。まさしく経営数字と
して欲しいのは、子牛の生産費である。しかし私にとって最大の喜びはこのところ
毎年見ているパナリ牧場だが、必ず前回より改善された点がはっきり判ることだ。
まず牧牛用の種雄牛が必要がなくなって、すべて人工受精となっている。ピロプラ
ズマ病のための薬剤浴がバイチコール剤を頭から背中へ塗布するだけになった。そ
れよりも重要なことは95haha余の採草放牧地が、かつてのソテツ生い茂るサン
ゴ礁の原野からジャイアント・スター・グラスが一面に広がる立派な牧草地に変身
していることだった。

  かつてソテツだらけの荒地に立って「あそこを中古ユンボで岩を砕いて、10a
で良いから牧草畑を作って実験すべきだ」なんて上江州さんとさまざまな議論をし
たのが懐かしい。

表1  パナリ牧場の実績(平成元年1月〜12月)
                                (単位:千円)

 区  分

実  績 成雌牛1頭当り 仕上げ子牛1頭当り 備考

項  目 

(元年度) 実 績 県指標 実 績 県指標
肉用牛収益 子牛販売収入 35,280 102.9 136.3 273.5 221.8  
育成牛販売収入 0 0 0 0 0  
肉牛販売収入 0 0 0 0 0  
堆肥販売収入 0 0 10.0 0 11.9  
そ の 他 0 0 0 0 0  
35,280 102.9 196.3 273.5 233.7  
生産費用 期首飼養牛評価額 21,367 62.3 165.6  
当期費用合計 44,719 130.5 224.3 346.7 267.0  
期中飼養牛振替額 9,300 27.1 45.0 72.1 53.6  
期末飼養牛振替額 36,606 106.8 283.8  
他部門堆肥評価額 0 0 0 0 0  
差引生産費用 20,180 58.9 179.3 156.4 213.4  
  荒れた原野が、スタビライザーという岩石粉砕機で一気に牧草畑に変身した。な
んでも専門家の間では西表島から山土を運んで客土するとか、いろんな案を検討し
たあげく、費用がかかり過ぎるとお流れになったという。だが私は最初からあのサ
ンゴ礁を砕けば牧草地になると信じて疑わなかった。土に適した牧草をみつけるの
がむしろ大仕事だと思っていた。スーダングラス、ネピアグラスなど南方性の牧草
をいろいろ試して結局目下のところつる草状にのびて行くジャイアント・スター・
グラスに落ち着いている。もちろんデントコーンもよくできている。要するに南島
の牧草の出来はその時の天水の都合に左右されるのである。だが適当な豆科の牧草
がまだ見当らない。そこでギンネムの樹を牧草畑に条植している。かん木と牧草を
混ぜて果して良いものか首をかしげるが、とにかく他に方法がないとのことだ。昔
からあるツル草状の島豆も効果は良いが再生力が不足だ。18年前、パナリで上江
州さんと話し合って以来、この問題は依然として解決してないことを確認した。だ
いたい牧草畑を更新する必要があるという思想が私には気にくわない。適度に放牧
牛が入り、適度にお湿めりが確保できるなら、百年でも永続する牧草地でなければ
国際競争なんて考えられないではないか。そしてパナリの最後の問題は灌漑である。
隣の西表島には捨てるほど水があるのにという話し合いがいつもの幕切れとなる。

  それにしても牛飼いというのはむづかしいものだ。別表1の仕上げ子牛一頭当り
の生産費用が15万6,400円になっているのには首をかしげた。新しい投資の
償却負担を考えてもせいぜい12、3万円止まりのはずである。ところが昨年ロタ
・ウイルスが出て、生後二週間までの子牛40頭以上が白痢便を出して死んだそう
だ。ワクチンはなく、牛舎を全面消毒するより道がないとのこと。いっそのこと母
牛ともども舎外で放りっ放しにしたらその方がよかったと言う。

  与儀さんという子牛育てのベテランが石垣島の肥育場へ送るまでの子牛の集団育
成をやっているのだが、それ以前の母牛が哺育している段階で死なせてしまうので
は話にならない訳だ。上江州さんがお父さんの遺した黒島の牛を連れてパナリに上
陸して28年、牛飼いというのは時間がかかる。成程、男子一生の仕事である。2
2日に湧ヶ原肥育場の落成式があって、パナリ牧場の石垣島基地は年間1,000
頭の肥育体制が整った。問題は新城島の繁殖体制がそれだけの子牛を供給できない
ことだ。せめて母牛600頭体制に早く持っていってほしい。私の見るところ、乾
草、ヘイレージ、バンカーサイロなどの高度な技術装備を使いこなし、水が確保で
きれば子牛1,000頭年間供給体制だって決して困難ではないはずだ。

  「それが私の目標なんですよ」と上江州さん。母牛600頭まではせいぜいあと
二、三年の辛抱である。そして水さえ解決すればもっと上の目標も可能である。お
互いに年を取ったなと顔を見合わせた。これは内緒の話だが、パナリ牧場の観光資
源活用も重要なテーマである。上江州さんと顔を見合わせて又、ニヤリとする。

  さて次の目標は与那国島。この島は私は一度も行ったことがない。南西航空のY
S11機が与那国空港に接近するため島の北側をグルッと回り込み始めると、これ
まで見ていた石垣島や竹富島と全く違う断崖絶壁に囲まれた厳しい島の表情が印象
的である。世界最大のヨナグニサンという蛾がいると聞くが、西表島ほどではない
が山の起伏はあり、他の島よりも絶海の孤島という表情を持っている。

  周年放牧という伝統的なスタイルのままだが、与那国島はもう牧牛を追放して、
全部、人工受精に切りかわっていた。(東濱永成町長の話)したがって放牧牛の牛
群を集めて、その中から発情寸前の牛を発見してタイミングよく人工受精を施さな
ければならない。果して上手にやれるのか、必ずしもよく判らなかった。実際に見
た牛群の中には雄牛も混じっていた。

  与那国島は厳しい表情の島だ。パナリは定住3人という牛の島だが、与那国島は
八重山群島の一島で歴史が古い町だ。総面積、2,852haうち水田83ha、
畑413haなど農用地535ha、あとはほとんど山林。総人口1,933人、
696戸のうち農家241戸である。(いずれも昭和63年12月末現在)米と砂
糖キビと肉用牛が島の農業の主力。肉用牛飼養農家は82戸だが、1,166頭の
黒毛和牛を飼っている。八重山では石垣島、黒島につぐ第三位を占める。高齢者の
数頭飼いもあるが、専業的に50頭以上飼って後継者を確保している農家も結構あ
る。というのは、島内自給も可能な米だが、自然条件からみて成長作目というのは
ほど遠く、砂糖キビは離島格差の中で唯一の現金収入源としてお年寄りも作ってい
る。但し含密糖だ。肉用牛の繁殖生産はむしろこれから力を入れて伸ばしていける
部門という訳である。自然条件だけなら花卉でも果実でもOKだろうが、運賃コス
トを考えるととても無理であろう。「もっといろんな作目が考えられるでしょう」
と口先まで出かかった。しかし東濱町長の次のような説明は厳しい現実を思い知ら
されるものだった。

  島には高校がない。子どもたちは中学を卒業したら進学のために全員が島を離れ
る。両親たちはその仕送り費用を稼ぐため島を離れて石垣島なり、那覇に出ざるを
得ないのだ。したがって残るは年老いた祖父母だけになり、島の活性化は夢のまた
夢という訳である。

  宿命的な悪循環である。私も黙り込まざるを得なかった。これは草地造成をはじ
め農業補助金で解決できる問題ではない。そんな中で肉用牛はとにかく後継者が村
に帰ってくれる唯一の作目という訳である。

  もっとも漁業は違う。最近糸数繁さんという81才のカジキ捕りの名人が海で死
んだ。ドキュメンタリー映画「老人と海」の主演者である。公開される前にはから
ずも映画の宣伝が行き届いたようなものだが、与那国島の周辺は日本一カジキの集
まる漁場である。そして漁師には一獲千金とはいわないが年収一千万円を水揚げで
きる人も何人かいる。したがって専業漁師はそれなりに成立するのだ。国境の島だ
から人が住みそこに生活していること自体がわが国にとって重要である。そのため
の魚であり、牛であると考えて、どんな財政資金の使い方があるか考えるべきだろ
う。与那国島でも牛のセリ市が二ヵ月に一回立つそうだが、重要な島のイベントと
して、町の行政当局が位置づけているのはうなずける。聞けば聞くほど粛然とエリ
を正したくなるのである。

  さて翌日石垣島へ戻り、黒島へ渡った。今回の取材旅行の最大の目的地である。
わずか1,000haの小さい島に180人余りの住民、62戸が牛を飼っている。
その牛が総数で1,800頭を越すという牛の島。八重山群島の中でももっとも牛
と島民の生活が結びついている。

  不思議なことに私はパナリはよく見ているのにその隣の黒島に一度も渡っていな
い。だから一番の希望は「牛を飼う人々、老若男女を問わず会いたい。そして今な
ぜ牛なのか、と聞きたい」と、竹富町当局にお願いしてあった。それで判ったこと
は次のような話だ。

  「ありゃ牛が枯れ草を食うぞ!!」ということから黒島の新しい牛飼いは始まっ
た。写真を見れば判るが、ソテツやバンジロウなどが生い茂るサンゴ礁の原野に母
子牛がのんびりと草を食べている。直射日光が強いからガジュマルの涼しげな樹陰
に座り込んだのが多い。亜熱帯というより、もう熱帯といってよい。年間を通じて
青草が繁茂する。したがって牛を飼うとは、タマに放牧地に行って牛を数え、必要
な時引っ張ってきて作業に使う。また放す。雨が降らなければ草が枯れ、牛は死ぬ。
まったくお天気任せの農業であり、畜産だった。したがって乾草をわざわざ作り、
しかも牛が喜んで食べるなんて想像もできなかったのである。

写真
 宮良当成さんの放牧場(黒島)サンゴ礁の岩がゴロゴロしソテツやバンジロウが
自生している昔ながらの自然

  宮良当成さん(54才)昭和63年度の肉用牛繁殖経営で総理大臣賞を獲得した。
奥さんと二人で母牛50頭を飼育している。ということは14.4haの所有農地
と入会牧野のうち19haを利用して、牛を管理飼養しているのだが、一頭当り子
牛の直接生産費は表2の通り七万円、これに管理費や事業外収益を差引きした費用
つまり生産コストは販売子牛一頭当り七万六百円である。現金支出だけなら一万六
千円である。

  多分わが国の子牛生産コストでもっとも安く、オーストラリアの放牧牛にも負け
ないだろうと見られる。パナリ牧場と比較しても超安値だ。それもそのはず宮良さ
んの機械装備は50ccのミニバイク(見回り用)と動力カッター一台だ。柱と屋
根だけの畜舎というより餌やり場と天水溜めはあるがそれだけだ。それで牛が飼え
るのである。年中青草を牛が勝手に食ってくれるから…。

  スタビライザーによる草地造成がここに登場した。牧草畑の刈取り、乾草、収納
貯蔵という新しい技術体系がここに登場を始めている。タテ型サイロかバンカーサ
イロか、ヘイベーラーによる乾草かビニール包みのヘイレージか。とにかく新しい
技術課題が落下傘降下のように降って湧いている。

表2  宮良当成さんの実績   
                        (単位:千円)

区  分

総  数 成雌
1頭当たり
販売子牛
1頭当たり
肉用牛収益 子牛販売収入 12,837 266 299
育成牛販売収入 0 0 0
肉牛販売収入 0 0 0
そ の 他 0 0 0
12,837 266 299
生産費用 期首飼養牛評価額 2,248 47 52
当期費用合計 3,024 63 70
期中飼養牛振替額 500 10 12
期末飼養牛振替額 1,742 36 41
差引生産費用
(第1次販売原価)
3,030 63 70
  宮良正富さん(73)新城英勇さん(61)玉代勢泰徳さん、宮良さん(いずれ
も54)宮喜正広さん(民宿経営の38才)船道保伯(31)保秀(28)兄弟、
又吉清真さん(28)人工受精師で最近石垣島から帰った島仲治伸さん(30)ら
黒島の牛飼いの基幹メンバーの老壮青三結合に集まって頂いて話を聞いた。

  宮良さんの経営を見て判ったのはこれまでの黒島の牛は雨の降り具合が最後の決
め手だった。牛は勝手に生み、育ってくれる。そして干ばつの年は牛が死ぬ、ある
いは減らさざるを得ない。現金収入は牛しかない。砂糖キビなんか作っても製糖工
場が成り立つほどの量はつくれない。石垣島へ運んだのでは採算がとれない。子牛
なら、離島のその又離島格差があっても、それだけ飼養管理に手抜きができる訳で
ある。

  それにしてもスタビライザーが荒地を牧草畑に変えるさまを見て、若い人たちは
島へ帰る決心がついたのである。新しい黒島の牛飼いの歴史がいま始まっている。
せいぜい一千頭止まりだった黒島にいまや1,800頭からの牛がいる。とにかく
西表島から海底導管を通じて人や牛の飲み水が送られてくるようになったのだ。あ
とは牧草地に散水できれば申し分ないというところまで来た。

写真
 黒島の原野がスタビライザーの活躍で牧草地に変容する

  しかし一経営体に三億五千万円の事業費が必要という。「オイそんな金、東京の
サラリーマンが聞いたら腰を抜かして怒り出すかもしれないよ」ちょっと挑発して
みたくなった。一番若い又仲君があっさりと「だから島へ帰る気になりましたよ。
島で暮らすことに、国はそれだけの意義を認めてくれたのでしょう」と切り返した。
合格点である。問題は牛飼いで落第しないように頑張ってくれといいたい。

  子牛一頭当り保証基準価格30万4,000円をめぐって彼らの意見が二つに割
れた。宮良派は「全国平均が基準価格割れになる時、わしらは離島格差でうんと下
がっている。年間平均がもし30万5,000円なら、わしらは掛金だけ拠出して、
補償金はもらえない。だからこの話はうっかり乗れない。」

  玉代勢派は「30万4,000円とわしらの子牛生産コストの差は大きい。支払
われることになると、絶対に利益が見こめる。だからオレは全頭掛金を負担しても
入っておく」

  果たしてどちらが笑うか。相手は相場だから判らない。来年四月の牛肉自由化を
にらんでそれぞれの先見性の読み合いである。私はつくづく、生産者たちはすでに
「先物取引の世界」に足を踏み込んでいると感じた。ただしリスクを投機家に引き
受けさせて、自分は安全パイを確保することができない。リスク移転ができないの
は気の毒である。生産者は余計な議論に時間と神経を使わされているのではなかろ
うか、子牛の補償基金に入るもよし、入らぬもよし、自分の経営責任を賭けて選択
する幅が必要だと思う。それには何が必要か。考え乍ら取材して回る。

写真
 黒島セリ市で最高値を取った宮良当喜さん夫妻

  21日、黒島で牛のセリ市。前回五月には106頭が上場され97頭が売られて
島を去った。最高値は255s51万5,000円、安値5万1,500円(これ
はちょっと異常安)だった。今回の出場は去勢、牝子牛、育成牛もいれて94頭だ
った。最高値は当成さんの長兄、当喜さんの去勢子牛二頭、それぞれ280s、2
90sでキロ単価1,500円を越えた。押しなべて1,200〜1,300円に
きている。一頭当り43万5,000円が最高値である。正直云うとやや飼い過ぎ、
300キロ近く10ヶ月以上飼っている子牛が目立った。離島だから輸送中の事故
も多いのかなと思う。大きい方が少なくとも価格的に有利らしい。残念なことにセ
リ人がせいぜい10人。一人京都から来た人が富士晴系統ばかり狙い打ちして20
頭余りを買い込んでいた。それなのに買い向うせり人があまり見当らない。せっか
くのセリ市なのに実態が伴わない。ここにも離島の嘆きがある。富士晴系は八重山
で最も増体の良い系統である。その人は京都府園部市あたりで農家に一頭当り一日
200円の手間賃で飼料や薬剤などすべて当方持ちで預託牛経営をしているという。
預託牛制度は農協系統だけでなく、神明畜産やスーパー、生協まで乗り出している
が、家畜商出身らしくこの人もやっている。そんな人がわざわざ黒島まで子牛を買
いにきているのだ。遠方では長野県あたりからも買いにくるそうだ。そして翌日の
石垣島のセリ市も同じだったが、とにかく登録牛が少ない。一ヵ月一回しか登録受
付ができないなどの問題はあるようだが、これだけ血統重視の買い方をする購買者
がきているのに……。島の人は頑固だなとも思う。もちろんまだ牧牛も多いのであ
る。離島格差とはいったい何なのか。もっと取材を進めつつ考えて行こう。

表3  黒島の肉用牛飼養状況

1 農家戸数及び飼養頭数(平成元年12月末現在)
飼養戸数 繁  殖  用 肉  用
(7ヵ月未満)
子  牛
(7ヵ月未満)
合計 生産
頭数
(1月〜

12月)
備考
18ヵ月以上 7〜18ヵ月
経産 未経産 去勢
62 1,005 107 9 134 82 102 207 205 1,851 817  
2 経営形態…肉用牛繁殖経営

3 黒島家畜セリ市実績(平成元年)
上場頭数 取引頭数 成立率
(%)
総売上
金額
(千円)
1頭当たり
平均単価
(千円)
平均体重
(kg)
1kg当たり
平均単価
(円)
備考
388 296 684 366 276 642 94 218,037 340 240 1,398  
子牛(12ヵ月令まで) 550kg以上の雄 350kgの雌
取引
頭数
平均
価格
平均
体重
平均
単価
平均
日令
取引
頭数
平均
価格
平均
体重
平均
単価
取引
頭数
平均
価格
平均
体重
平均
単価


535
千円
/頭
344
s/

228
円/s
1,514


266


0
千円
/頭
0
s/

0

/s
0


29
千円
/頭
295
s/

447

/s
658
  一時間半ほどで終わったセリ市は、二ヵ月に一回の黒島のお祭りとも言える。わ
ずか180人ほどしかいない島民のほとんどが遊びに来ていた。そして売られた子
牛は四時間ほど波に揺られながら石垣島に渡り、さらに那覇港へ、そして本土に送
られる。石垣島までの輸送費だけで2,500円から4,000円はする。

  翌22日は石垣島のセリ市があった。黒島と比較にならないスケールだ。毎月一
回開かれるが前月は298頭、今回も282頭である。午前10時にスタートした
セリは一分の休みもなく午後二時近くまで約四時間。炎天下に座り込んで見ている
のはセリ人も私にとっても重労働だ。セリが必ずしも公平な価格決定方式とは思え
ない理由が見つかった。終わりごろになると明らかにだれるのである。前月は28
9キロの子牛がキロ単価2,980円、一頭85万4,900円というバカ高値が
出た。今月はさすがに60万を超す子牛はなかった。それにしても鹿児島、宮崎あ
たりのセリなら6、70万になるのではないか。40万円、時には50万円台のセ
リ値がポンポンついて行く。良い子牛は40万円を確実に越し、平均的な子牛で3
4、5万円というとこか。電光掲示板を見ていても、購買者がセリ合っているのが
よく判る。ひとことで二つのセリ市の市況を締めくくれば、三年も続いている子牛
高相場は最近やや下げ足が見えるといわれているものの、上物ではまだはっきりと
続いている。だがスソ物ではやや下向いているという印象だった。それにしてもこ
れらの子牛が肉になるのは当然ながら来年四月の輸入牛肉自由化以後である。果た
してこんな高値が続いてもよいものか。相場師でない私には何とも答えを出しかね
る。

写真
 これから有望な種雄牛  中部6号(仲若牧場で)

表4  八重山地域における種雄牛別子牛の能力

  問題は子牛の生産費との間の利ザヤである。黒島の宮良さんの一頭当り七万円と、
パナリ牧場の15万6,400円では内容が違うから単純な比較はできない。しか
し明らかな点は近代的装備を施したパナリ牧場のほうが様々な償却負担が重くてと
ても宮良さん並にコストを引き下げることはできまいという点である。この点を全
国ベースに見て考えると果してどんなことになるか。企業家精神を持ち、コスト採
算から資金繰りまで目配りできる経営者なら、有利販売のチャンスを見逃がさず切
り抜けられるかもしれないが、国の施策に丸乗りして、農協の言うがままの飼料を
やり、機械を買い、家族は汗みずくで働くだけという経営体は危険をはらんでいる、
ということにならないか。しかも八重山の場合、離島格差をどうはねのけるのかも
ある。

  宮良さんのように慎重な上にも慎重な投資態度を南島気質とけなすことはできな
い。それだけではないと思う。同時に国費による助成は明からに規模拡大して生産
量をふやし、それなりの品質向上実現し、結果として競争力をつけていることも事
実である。

写真
 畜産基地事業八重山第2入植者宮良里芳さんの長男が子牛を持ち込んだ(石垣セリ)

  コスト的には宮良さんに歯が立たないように見えるパナリ牧場だが、実をいうと
秘密兵器を持っている。別表4は八重山の種雄牛別産仔能力検定の結果である。出
荷日令、体重増体、価格のどれを見ても断トツが中部6号の産仔だ。まだ41頭の
結果だけだから八重山全体の生産者には十分に知られていないのかもしれない。あ
るいは登録牛が少ないことでも判るようにあまり関心がないのかもしれいない。実
をいうと仲若牧場にいるこの中部6号は島根系統というが、産仔のサシは写真で見
る限り但島系統のサシよりやや粗いと見えるが、それにしても立派なシモ降りにな
っていた。かつての基準ならちょうどプラス三から四、現在はもちろんA5である。
そしてその中部6号の精子6,000本分をパナリ牧場はすでに確保していた。そ
して石垣セリ市でパナリ牧場の長坂君はもっぱら中部6号の産仔をセリ落とし結果
は一頭を逃しただけだった。

  和牛の場合有利販売の決め手のひとつが血統とするなら、仲若牧場の中部6号に
関する情報に真っ先きに気づいたパナリ牧場は素早かったといえよう。それにひき
かえ血統も明らかでない無登録牛が多い。黒島、石垣の現状はやはり情報不足とい
うか鈍感ということになる。このような情報先読み能力があればそれは肉用牛経営
の目に見えない武器である。

  種雄牛には流行がある。ひところは救世主のように言われ、産地には銅像も立っ
ている但馬系の茂金波号だって、最近の人気はさっぱりだ。国の助成事業と私企業
が要求する情報の相関がどうなっているのか私には判断もつかない。正しい情報は
千に三つと言われるのが和牛の世界である。情報の山の中から選択する能力も大切
である。八重山群島内の情報にさえ鈍感な人たちで大丈夫かなという気にもなる。
そして離島格差とは実はこの情報収集、選別の格差がもっとも大きな要因ではない
だろうか。単に運賃はじめ生産費の構成要因だけほじくっても実態は出てくるまい。

  内原英郎前石垣市長とはそんな点でも意見がよく合い、かつ八重山群島の実情を
適確に教えて頂いたものである。幸い今回も元気なお話は聞けたが、身体のほうは
もうひとつ気になる感じだった。心身ともに全快されることをお祈りしたい。


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