食肉部 渡部 紀之
前々月号、前月号では国内における牛肉の生産の動向、価格の動向等をEPA法 によりTCSI分離による時系列分析を行い、その結果をグラフ化し、牛肉をめぐ る需給動向を視覚的に捕らえる試みを行ってきた。 今月号では、米国内での、すなわち牛肉の原産地価格等の動向を、同手法により 分析を行ったので、その結果を引き続き掲載し、また、米国のI社(パッカー)が 日本の商社等に流しているオファー価格の動向と原産地価格の動向との関連及び自 由化後の輸入牛肉の価格展開を試みたのでこれらの結果も併せて掲載し、読者の的 確な需給動向掌握の一助としたい。 V.原産地(米国)における牛肉価格等の推移 原産地における牛肉価格等の推移については、日本での輸入量の多い豪州及び米 国の両国について行うのがベターであるが、豪州については時系列分析に使用可能 なデータがほとんど無いことから、米国についてのみ分析を行った。 1.牛生体価格及び枝肉価格の推移 米国における牛生体価格は、牛の飼養頭数の減少及び牛肉の生産量の減少による 牛部分肉価格の上昇(後述)により、素牛価格及び肥育牛価格ともここ数年は値上 がり傾向で推移しているが、肥育牛価格は、TC値(季節調整済み価格)でみると、 90年1月以降値下がりに転じている。(図−1、2) 同様に、枝肉価格(チョイス級、歩留等級3及び4)も値上がり傾向にあるが、 TC値(季節調整済み値)でみると90年1月以降値下がり傾向に転じている。 (図−3、4) 88年1月からは90年1月までの値上がり率は、素牛価格は7.4%、肥育牛 価格は13.4%、枝肉価格(チョイス級、歩留等級3は14.37%及び枝肉価 格(チョイス級、歩留等級4)は18.6%の値上がりとなっている。 図−1 米国における素牛価格の推移 (カンサス、去勢牛、体重600〜700ポンド) 図−2 米国における肥育牛価格の推移 (オマハ、去勢牛、チョイス2〜4、体重1,100〜1,300ポンド) 図−3 米国における牛枝肉価格の推移 (オマハ、チョイス3、枝肉重量700〜800ポンド) 図−4 米国における牛枝肉価格の推移 (オマハ、チョイス4、枝肉重量600〜900ポンド) 2.牛部分肉価格の推移 (1) ロイン系部位(bP12A リブアイロール/リップオン、bP80 ストリ ップロイン、bP89 テンダーロイン)の価格(図−5〜7) ロイン系の部位は、他の部位の価格動向と異なり、88年の7〜10月を中心に 一時期高騰をみたがその後値下がりし、最近では89年10月以降若干の値上がり で推移しているものと思われる。 88年1月から90年1月までの間の値上がり率は、bP12A、bP80、 189の順に14.7%、7.4%、0%となっている。 一時期の高騰については、その他の諸統計の数値等から判断して米国内ではロイ ン系の部位の高騰を招く要素が見あたらないことから、新SBS等による日本から のロイン系品目への買入れ注文が集中したことが、その原因とも考えられる。 米国内での牛肉流通量が年間1,000万トンも有るので、多少日本からの買い 注文が殺到してもそれ程価格は騰らないという説もあるが、流通量が大量に有った としてもほぼ決まったルートで流れており、その中に急な注文が殺到した場合は高 騰を招くとの説もある。 この価格動向については筆者は後説をとりたい、したがって、牛肉の輸入が自由 化された後、原産地に買い注文が殺到するようなことがあると、いたずらに価格高 騰を招く恐れがある。 図−5 bP12A リブアイロール/リップオン (オマハ、チョイス1〜3、11ポンド以下) 図−6 bP80 ストリップロイン (オマハ、チョイス1〜3、14ポンド以上) 図−7 bP89 テンダーロイン (オマハ、チョイス1〜3、7ポンド以上) (2) カタ系部位(bP14 ショルダークロッド、bP16A チャックロール、 bP20 ブリスケット)の価格(図−8〜10) bP20BRSはリブ・バラ系の部位に分類すべきであるが、整理の都合上この 中に分類した、したがって、他の2つの品目とは価格動向が若干異なっている。 カタ系の部位の価格は、88年1月以降一貫して上昇傾向にあり、88年1月か ら90年1月までの間の値上がり率は、bP14、bP16A、bP20の順に1 6.9%、15.9%、17.5%となっている。 bP20BRSは88年10月から90年2月にかけて急騰したが、原因は不明 である。 図−8 bP14 ショルダークロッド (オマハ、チョイス1〜3、13〜24ポンド) 図−9 bP16 チャックロール (オマハ、チョイス1〜3、13〜25ポンド) 図−10 bP20 ブリスケット/ディックルオフ (オマハ、チョイス1〜3、6〜14ポンド) (3) モモ系部位(bP67 ナックル、bP68 トップラウンド、bP84 ト ップサーロインバット)の価格(図−11〜13) bP84TSBは一応モモ系の部位に分類されるが、他の2品目とは若干価格動 向は異なり、ロイン系の部位の価格動向にも似た動きとなっている。 モモ系の部位の価格は、カタ系の価格動向とほぼ同様の動きとなっており、88 年1月以降ほぼ一貫して上昇傾向にあり、88年1月から90年1月までの値上が り率は、bP67、bP68、bP84の順に15.2%、10.5%、12.2 %となっておりカタ系の部位よりも若干低くなっている、したがって、値上がり率 の順に並べるとカタ系、モモ系、ロイン系の順になり、日本では国産牛のロイン系 部位の評価が上がっているのとは逆の展開となっている。 図−11 bP67 ナックル (オマハ、チョイス1〜3、8〜15ポンド) 図−12 bP68 トップラウンド (オマハ、チョイス1〜3、14〜26ポンド) 図−13 bP84 トップサーロインバット (オマハ、チョイス1〜3、12〜14ポンド) 3.牛部分肉価格の季節変動 牛部分肉価格は、品目により季節需要が異なり需要期と不需要期では価格が異な る。 先月号で紹介したように、日本では国産牛肉価格はそれ程大きな季節変動を示さ ないが、国産牛に比して輸入牛肉価格は若干季節変動は大きくなっている。 米国での牛部分肉価格の季節変動は、日本に比してかなり大幅な季節変動を示し ている。 ロイン系部位の季節変動は他の部位に比して変動幅は大きい。 特に、bP80S/Lは変動幅が大きく春先から初夏(需要期)にかけて上昇し、 5〜6月のピークには120(年平均=100)を超え、逆に夏から秋冬(不需要 期)にかけて下降し、10〜12月のボトムには85を下回る。(図−14) 単純にこのことを表すと、年平均価格が300セント/ポンドと仮定した場合、 ピーク時は360セント/ホンド、ボトム時は255セント/ポンドとなるという ことであり、季節変動だけで変動幅は100セント/ポンドを超える。 bP12A R/Rは需要期が5〜6月と11月〜12月の2回あるが、変動幅 はそれ程大きくなく±5程度、bP89T/Lは同様に需要期が3〜5月と11〜 12月の2回有り、変動幅は±10程度である。 カタ系の部位では、bP14S.CLとbP20BRSが同じ様な季節変動とな っており2〜5月が需要期、8〜11月が不需要期であり、変動幅は前者が±5程 度、後者が±10程度である。 bP16A C/Rは需要期が12〜1月、不需要期が6〜8月と他の2品目と は異なっている。なお、変動幅は±10程度である。(図−15) モモ系の部位は、bP84TSBを除けば他の3品目は1〜5月が需要期、7〜 10月が不需要期であり、bP70B/Rが不需要期には大きく落ち込む以外変動 幅はおおむね±5程度である。 bP84TSBは4〜6月が需要期、10〜12月が不需要期であり、変動幅は 相当大きく+20〜−15となっている。この季節変動はbP80S/Lに非常に 良く似ており、モモの部位ではあるがストリップロインの後端部に接続した部位で ある。部位を構成する筋肉群はまったく異なっているが、調理方法は主としてステ ーキ用であり、ストリップロインと共通していることから季節需要も同一時期とな っているものと思われる。(図−16) なお、ストリップロイン、トップサーロインバットが4〜6月に需要期となるの は、気候が良くなることから屋外等でのバーベキュー需要が旺盛になるためとのこ と(現地駐在員談)である。 図−14 ロイン系部位の季節変動 図−15 カタ系部位の季節変動 図−16 モモ系部位の季節変動 4.I社(パッカー)の日本向けオファー価格 前述の米国での牛部分肉価格の動向は、USDA(米国農務省)が公表している クォテーション(相場)を採用した。 したがって、この相場をそのまま原産地価格として利用することが妥当かどうか 検証する必要があり、I社が日本の商社等に流しているオファー価格を用いて分析 を試みた。 オファー価格は約1年分しか手元にないので時系列分析はできなかったが、89 年4月から90年5月までの間について、USDA公表の相場とI社のオファー価 格を直接対比する方法で検証を行った。 オファー価格はC&F価格であることから、単位を合わせる意味でUSDA相場 の価格に標準的なコスト(凍結料等日本向けにするための経費、輸出事務手数料、 米国内輸送経費及び日本までの船賃等)を加算してC&F価格見合いの価格に変更 した価格を用いた。 bP12A R/Rは両価格ともほぼ一致し、bP80S/LはUSDAの相場 がI社の価格より若干下回っているものの価格の動向(値上がり、値下がりの動き) はほぼ一致している。(図−17〜18) bP80S/Lの価格差については、I社のオファー価格とUSDAの相場とで はウエイト条件、格付等級等の違いがあるためと思われる。また、I社のbP80 S/Lは歩留等が良く、日本国内でもプレミアムがつき他社の製品よりも高価格で 取引(仲間相場)されていることからみてもこの程度の差は当然生じているものと 思われる。 図−17 I社のオファー価格とUSDAの相場の推移(1) 図−18 I社のオファー価格とUSDAの相場の推移(2) さらに、同価格を用いた相関分析も行ったので、その結果も併せて掲載する。 112A R/Rの相関関係は0.9091、bP80S/Lの相関関係は0.8 947と若干低い値になっているが、USDAの公表する相場は原産地価格の動向 を知る上で有効な情報たりうるものと思われる。(図−20〜21) なお、筆者が米国出張の折り訪問した複数のパッカー等では、パソコンを利用し てデータベースから随時USDAのクォテーションを呼び出しディーリング(売買 価格の決定)の参考にしていたことから見ても、現地でも有効な情報となっている ものと思われる。 また、出張の折りや、米国のパッカーの担当者が事業団に訪問してきた折りに、 それぞれの者に「日本向けのオファー価格はどのように決めるのか?」との質問を してきたが、「単に、米国内で売った方が得か、日本へ売った方が得かそれだけし か考慮しない。」との答がほとんどであった。したがって、USDAの公表してい る相場を日本向け輸出価格の最低原産地価格と見ることも出来そうである。 図−19 I社のオファー価格とUSDAの相場との相関分析(1) (bP12A リブアイロール/リップオン) 図−20 I社のオファー価格とUSDAの相場との相関分析(2) (bP80 ストリップロイン) 5.自由化後の輸入牛肉価格 先の日米・日豪の牛肉交渉の結果。91年4月1日以降牛肉輸入は自由化し、自 由化後3年間は関税率が年々70%、60%、50%と低減することが決定された (その後の関税率は、ウルグァイラウンドの交渉結果による)。 したがって、関税の変化がどの程度輸入牛肉価格の変化に寄与するのか、また自 由化されることで、為替の変動及び原産地価格変動が直接輸入牛肉の価格変動要素 となってくることから、これらの要素の変動がどの程度影響してくるのかについて 机上計算を行ったので、その結果を掲載する。 計算上の前提条件は、 @ 原産地価格は、170セント/ポンドとした A 為替は、ことわりの無い場合は155円/ドルとした B 船賃等諸経費には、標準的な船賃のほか現地凍結料、国内運搬料及び付帯経費 等を全て含む経費とした C 海上保険料は、標準的な保険料率とした D 輸入経費は、標準的な銀行経費、運搬料及び倉入れ料とした E 歩留は、75%とした F 粗利は、30%とした なお、為替による変化及び季節による変化の計算では、関税率を70%とした。 また、直接的な価格の変化を見ることとしたので、輸入商社の手数料、卸売り業 者等を経由した場合の流通コスト等は省略した。 (1)関税の変化による輸入牛肉価格の変化
関税水準 | 関税支払い後の輸入価格 | 歩留、粗利を考慮した後の価格 (想定輸入牛肉小売り価格) |
70%関税 | 約1,210円/s | 約2,100円/s |
60%関税 | 約1,140円/s | 約1,980円/s |
50%関税 | 約1,070円/s | 約1,860円/s |
(2)為替の変化による輸入牛肉価格の変化
為替水準 | 関税支払い後の輸入価格 | 歩留、粗利を考慮した後の価格 (想定輸入牛肉小売り価格) |
165円 | 約1,290円/s | 約2,240円/s |
155円 | 約1,210円/s | 約2,100円/s |
145円 | 約1,140円/s | 約1,970円/s |
(3)季節の変化(±10%)による輸入牛肉価格の変化
季節性 | 関税支払い後の輸入価格 | 歩留、粗利を考慮した後の価格 (想定輸入牛肉小売り価格) |
需要期 | 約1,320円/s | 約2,280円/s |
平 均 | 約1,210円/s | 約2,100円/s |
不需要期 | 約1,110円/s | 約1,920円/s |
巷間、自由化後の輸入牛肉価格がどうなるか議論の対象となっているが、輸入牛 肉価格を決定する要素は、単に関税水準のみではなく、為替の変動、季節変動によ っても変化する、実際の価格は最低でもこの3要素に原産地における傾向変動要素 が複雑に絡み合って形成されることから、一概に自由化後の輸入牛肉価格はこうな るとの予想は出来ないが、流通条件等の諸条件に大きな変化が無いとすれば、自由 化前とその直後とでは部位、産地等によって変動もあろうが、総じてみれば輸入牛 肉価格に大きな変化は生じないのではないかと考えられる。 しかし自由化以後は、原産地価格及び為替等に大きな変動がないとすれば、関税 率の引き下げに伴い輸入牛肉価格は次第に低下するものと思われる。 6.米国の牛肉小売り価格 米国における牛肉の小売り価格についても、USDAが公表している。ただし、 部分肉価格と小売り価格を直接対比して見ることのできる品目は非常に少ない。例 えばロイン系の部位は小売り価格は、ほとんど骨付きの品目であり、カタ系の部位 は挽き肉となっている。したがって、部分肉をbP68T/R、小売り価格をラウ ンドのステーキカットで価格対比を試みた。 現在、部分肉価格は160〜170セント/ポンドで推移し、小売り価格は30 0〜320セント/ポンドで推移している(図−22、23) この価格を相関分析すると、相関係数は0.9372と非常に良く一致した動向 となっている。(図−24) また、この相関分析で得られる他の係数を利用して計算すると、部分肉価格が1 70セントの場合の小売り価格は323セントとなり、別の手法で部分肉価格に流 通コスト10%、歩留75%及び粗利30%と想定して計算した場合は324セン トとなりほぼ等しい結果が得られる。したがって、日本で諸条件に違いが有るとし ても、前述5の歩留、粗利の想定は妥当なものと思われる。 この小売り価格を円貨で見ると、為替を155円/ドルとした場合は、約1,1 10円/sとなり、先月号で見てきたbP68T/Rの仲間相場水準から想定され る輸入牛肉小売り価格の1/2となる。 したがって、巷間言われる日本の牛肉価格は米国の4〜5倍も高いとの非難は、 国産牛肉小売り価格と米国の小売り価格を比較するという間違った手法に基づいた ものと思われる。 図−21 bP68 トップラウンドの価格の推移 (TCSI分離を行っていない、実価格) 図−22 ラウンドステーキ(ボーンレス)の小売り価格の推移 図−23 bP68 トップラウンドとラウンドステーキの相関分析 (おわりに) 平成2年5月号から7月号にかけて、3回に分けてシリーズとして牛肉をめぐる 諸統計の時系列分析を中心に、自由化が目前に迫っている時点での牛肉需給等を視 覚的に掌握する試みを行ってきた。 おそらく体系的にこのような試みがなされた最初のものであろうと、多少自負し ている。 この試みが、少しでも皆様の牛肉輸入自由化への対応策に利用されたのであれば、 望外の喜びである。 牛肉をめぐる需給関係は、さらに変化するものと予想される、したがって、適当 な時点で再度このような試みを行いたい。