絵で見る牛肉需給


最近の牛肉をめぐる諸統計の時系列分析(その一)

食肉部  渡部 紀之


(はじめに)
  昭和63年6月の日米・日豪の牛肉交渉の結果、平成3年4月1日をもって日本
は牛肉についての輸入割当制を撤廃することが決定した。

  また、それまでの間のアクセス改善として、輸入数量の拡大(3年間で18万ト
ン増加)及び新SBSの導入並びにその取扱数量の拡大についても併せて合意がな
された。(新SBSの展開については、「畜産の情報」平成元年12月号及び平成
2年1月号の「新SBSこの1年」を参照されたい。)

  このような条件の変化を反映して、最近の牛肉をめぐる需給、価格等はかなりの
変化を示してきていることが予想されることから、今回は、牛肉自由化を控えた最
近までのこれらの動向を視覚的に捕らえることを目的として時系列分析を試みるこ
ととした。

  このことにより、自由化までの移行期間中及び自由化後の諸々の変化に対する理
解と、それに対する的確な判断を行うための一助としたい。

(分析方法)
  時系列分析には季節変動を除去する方法として「EPA法(経済企画庁)」を採
用した。

  「EPA法」は、米国で開発された時系列分析手法のCENSU局法U−X10を原
型とした改良手法であり、循環変動の振幅が若干拡大する傾向にあうという欠点を
有するが、精密な季節変動分析等をパソコンレベルで利用できることから採用する
こととした。なお、現在では、大型コンピュータの利用も普及してきており、官公
庁の時系列分析手法は国際標準としてU−X10の改良型のU−X11を採用して
いる。

  TSCI分離                                                                
      (時系列変動の構成要素の分離)                                          
        T値…傾向変動値                                                      
            C値…循環変動値                                                  
              S値…季節変動値                                                
                I値…不規則変動値                                            

  今回の目的は、予測をテーマとするのではなくあくまでも現在進行している牛肉
価格等の動向を視覚的に捕捉することとし、経済指標、景気動向等には言及せず直
接的な統計数値の分析とした。

  採用した各種統計は、
  ・農林水産省「食肉流通統計」
  ・農林水産省「家畜の飼養動向調査」
  ・大蔵省「貿易月表」
  ・日本食肉流通センター「業務月報(牛部分肉相場)」
  ・USDA「LIVESTOCK MEAT WOOL,“Market News.”」
  ・畜産新興事業団調査「牛肉仲間相場」及び「食肉在庫調査」である。

  これらの諸統計の数値をEPA法によりTCSI分離を行い、牛肉価格等の変動
をTCI値(S…季節変動値を除外した値)又はTC値(S及びI…不規則変動値
を除外した値)についてのグラフ化を行った。パソコンの能力の問題もあり分析期
間は、長いのもので8年間(今月号の場合は、82年4月から現時点まで)、特に
変化を詳細にフォローするものについては3年間(今月号の場合は、87年4月か
ら現時点まで)とした。

  分析結果については、T.国産牛肉の生産、卸売価格の推移、U.牛部分肉(国
産、輸入牛肉)価格の推移及びV.米国の部分肉価格の推移の3つに分け、遂次掲
載して行くこととするが、記述については、分析結果を見る場合の前提条件、留意
点等を主とし、その解釈については極力読者に委ねることとする。

T.国産牛肉の卸売価格の推移

1.生産量、輸入量及び在庫量の推移

(1)国内の牛肉生産量の推移

  牛肉が畜安法の「指定食肉」として指定された昭和50年以降、昭和62年まで
ほぼ一貫して増加傾向で推移していた。

  直近3年間(昭和62(1987)年3月〜平成2(1990)年2月、本文中
の年号の表記方法は、経過年数が明確となるよう西暦を用い、1990年を90年
と表すこととする)の成牛と蓄頭数及び牛肉生産量の推移は、図−1及び図−2の
通りである。88年8月までは、微増で推移し、移行33,400頭(TC値)か
ら89年10月の31,400頭(TC値)に急減しその後横ばいで推移している。
牛のと畜動向は、和牛は、「めす和牛」及び「去勢和牛」とも85年6月をピーク
としその後減少傾向で推移した後、「去勢和牛」は88年6月をボトムとし、「め
す和牛」は88年10月をボトムとして増加傾向に転じている(図−7,図−8)。
(キャトルサイルの存在。なお、キャトルサイルについては、社全国肉用子牛安定
基金教会の「基金情報」昭和62年3月号に事業団企画室が発表した「和牛のと畜
頭数予測について」を参照されたい。)

  一方、乳牛のと畜動向は「乳めす牛」は87年12月までは若干の増減は有るも
ののほぼ横ばいで推移した後、88年1月以降急減しており、「乳おす牛」は84
年6月をボトムとし87年12月まで増加した後、「乳めす牛」と同様に88年1
月以降89年8月にかけて急減し、その後増加に転じているが、この増加が一時的
増加かどうかの判断はもう少し経緯を見る必要がある(図−9,図−10)。また
「乳おす牛」のと畜動向にもキャトルサイルが有るとの説も有るが確認していない。

  これらの乳牛のと畜動向は、生乳の生産過剰による経産牛の淘汰等で母牛が85
年6月以降減少したことにより分娩頭数が減少したためと思われる。

  なお、乳用牛経産牛の飼養頭数は、88年2月をボトムとして増頭に転じ、分娩
頭数も増加に転じている(図−16)

(2)牛肉の輸入量の推移

  牛肉の輸入量は、輸入割当制の下で規制されたいる。毎年の輸入割当数は、年度
間の需要見込み量から国内生産見込み量を差し引いて決定されているが、GATT
のMTN(東京ラウンド)の結果、1978年移行、米国及び豪州との交渉をも考
慮して数量が決定されてきた。第1回目の交渉合意は、1982年度に割当量を13
5,000トンに拡大することであり、第2回目の交渉合意では、1983年度以降1
987年度までに毎年9,000トンづつ増加させ177,000トンまで拡大することを言う
ものであった。

  また、1988年6月の合意では、1988年度以降1990年度まで毎年6万
トンづつ増加させ394,000トンまで拡大し1991度以降輸入割当制度を撤廃する
こととされた。  以上の割当量の増加を平均年率でみると、1978年度〜198
2年度が4.8%、1982年度〜1987年度が5.8%の増加であったのに対
し、1988年度からは1990年度(予定)の3年間は22.6%増と大幅な伸
びとなっている。

  実際の輸入は、短期の需給変動等により、年度をまたぐ若干の繰り上げ、繰り下
げ、繰り越しを伴いつつ、上記割当数量に沿って行われてきた(図−5)。

(3)牛肉在庫量及び推定出回り量の推移最近牛肉在庫量が著しく増加した(図4)。
  この背景として、次の点を考慮すべきである。

@  日米・日豪の牛肉交渉合意後、昭和63年度については下期だけで1年分の増
 加量である6万トンの輸入が、また平成元年度分については輸入割当枠の前倒し
 発注が行われたことから輸入量が急増したこと、
A  自由化が決定された昭和63年の前半の在庫量は、流通量に比し過少であった
 こと、
B  新SBSの導入により、流通形態が変化し、流通の各段階での在庫積み増しを
 行う必要に迫られたこと。

  なお、事業団では食肉の毎月末の在庫調査を行っており、次の式により推定の牛
肉出回り量(需要量)を算定している。

 期首在庫(調査による)+生産量(「食肉流通統計」の数値の部分肉換算量)+
輸入量(部分肉換算量)−期末在庫(未通関在庫を除く)=推定出回り量(需要量)

  88年は、前年より伸び率は鈍化しだし、89年に入りさらに伸びは鈍化、89
年9月以降は58,500トン(TC値)程度で横ばいとなっている。

  この伸び率を、関数当てはめで見ると(計測期間は、87年〜90年3月)2次
曲線(成長曲線)と重なり、しかもピークとなる部分に近い形となっている。
図−6。

2.国内産牛枝肉の卸売価格

  通常牛枝肉の卸売価格の推移を見る場合、特定市場の省令規格(東京中央卸売市
場の「中」規格)を指標として見ることになるが、格付等級の定め方が昭和63年
4月に改正されたことから、それ以前と以後では連続制を失ってしまっている。
(改正後の省令規格は、「和去勢牛」、「その他の去勢牛」の区別ははく去勢牛の
「B−3」及び「B−2」の平均価格としている。)

  「EPA法」によるTCSI分離には最低3年間の連続した数値データが必要で
あることから、当分の間、和牛については昭和63年3月までは「中」規格の価格、
4月以降は「B−4」規格の価格を利用し、乳牛については「中」及び「B−3」
の価格を利用した。

  結果は図−7〜図−10の通り和牛は連続性を維持していると思われるが、乳牛
では88年3月と4月の間で価格のギャップが生じている。なお、乳牛について和
牛と同様に「B−4」を採用した場合、さらにギャップが拡大することから「B−
3」の価格を利用することとした。

  したがって、上記の様な変則的な状況を補完する意味で、中央卸売市場及び指定
市場のぞれぞれの加重平均牛枝肉卸売価格も併せて分析を試みた。

(1)和牛(図−7、図−8)

  82年3月以降の「めす和牛」の卸売価格は、84年9月をボトムとしてその後
は数カ月単位の上昇及び鈍化(一時的な値下がりを含む)を繰り返しながら、現在
まで(90年2月)ほぼ一貫した値上り傾向で推移している。「去勢和牛」の卸売
価格は、「めす和牛」とほぼ同様の推移となている。

  これらの価格動向は、それぞれのと畜頭数の動向と反比例、すなわちと畜頭数が
増加すれば価格は値下がりし、逆にと畜頭数が減少すれば価格は値上がりするとい
う需給関係での一応の説明は行えるが、和牛のと畜頭数は88年半ば以降増頭に転
じているにもかかわらず価格は上昇している。すなわち88年頃から従来と異なっ
た動きが出てきているものと思われる。

  その一つは、次にの述べる乳用牛のと蓄及び枝肉卸価格の動向と、もう一つは部
分肉価格の動向と関連づけて考えてみることとしたい。

  なお部分肉に関する動向は、次のU牛部分肉(国産・輸入牛肉)価格の推移の中
で述べることとする。

(2)乳牛(図−9、図−10)

  82年3月以降の「乳めす牛」の卸売価格は、「めす和牛」の価格動向と同様に
84年10月まで値下がりし、その後86年半ばにかけて上昇した後88年10月
まで再度値下がりし、さらに89年5月まで上昇した後再び値下がりしている。
「乳おす牛」の卸売価格もほぼ同様に推移している。

  和牛では、グラフに見られるように、「中」規格のものと「B−4」規格のもの
の間では価格のギャップは見られないが、乳牛では「中」と「B−3」の間では約
50円/kg(「B−3)の方が安い)のギャップとなっている。

  乳牛のと蓄動向と価格の関連を見てみると、82年3月以降84年半ばまでの
「乳めす牛」は、若干の減少傾向、「乳おす牛」は減少傾向にもかかわらず卸売価
格は値下がり、84年半ば以降86年末まではと畜頭数が増加しているにもかかわ
らず卸売価格は上昇している。このことは、単に需給関係で説明しようとするとの
「和牛」のところでのべたことと矛盾することになる。この間の乳牛の卸売価格の
動向は私牛の卸売価格の動向が直接影響したと考えられる。さらに87年1月以降
88年半ばまでの「乳めす牛」のと畜頭数は若干の減少傾向、「乳おす牛」は88
年1月までは増加その後減少となっているが、卸売価格は値下がりとなっておりこ
の間は和牛の卸売価格と逆の動きとなっている。88年半ば以降は「乳めす牛」、
「乳おす牛」ともと畜頭数は急減し卸売価格も急上昇し89年5月以降値下がりと
なっている。

  現在牛肉の国内生産量は減少から横ばいに、輸入量は増加に、牛肉在庫量は横ば
いから増加に、さらに推定牛肉出回り量は増加傾向の鈍化にと、牛肉を巡る状況は
刻々変化している中で、「和牛」の卸売価格は値上がりが続き、「乳牛」は値上が
り値下がり再度値上がりと、その動向は単に需給関数的に説明することは困難にな
っている。したがって牛肉の輸入自由化までの間、このような方法で価格動向等を
視覚化して捕られて行きたい。

図−1、成牛のと畜頭数の推移(1975年以降)

図−2、牛肉生産量の推移(1975年以降、子牛肉は含まない)

 と畜頭数は85年をピークに減少しているが、牛肉生産量は88年まで増加しそ
後減少した。

  このことは一頭当たりの枝肉重量が年々重くなったためである。

図−3、国産牛肉の生産量の推移

図−4、牛肉在庫量(含む未通関)

図−5、牛肉輸入量の推移

図−6、牛肉の推定国内出回り量

図−7、「めす和牛」のと畜頭数及び卸売価格の推移

図−8、「去勢和牛」のと畜頭数及び卸売価格の推移

図−9、「乳めす牛」のと畜頭数及び卸売価格の推移

図−10、「乳おす牛(乳用肥育おす牛)」のと畜頭数及び卸売価格の推移

図−11、和牛のと畜頭数と卸売価格の相関関係
                (中央卸売市場平均価格)

図−12、乳牛のと畜頭数と卸売価格の相関関係

(中央卸売市場平均価格)
図−13、「めす和牛」の卸売価格と「去勢和牛」の卸売価格との相関関係

図−14、「乳めす牛」の卸売価格と「乳おす牛」の卸売価格との相関関係

図−15、「乳おす牛」の卸売価格と「去勢和牛」の卸売価格との相関関係

図−16、乳経産牛頭数の推移と乳牛分娩頭数の推移





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