★巻頭言


東西の生乳計画生産への期待

畜産振興事業団理事 芝田 博


○ECの生乳生産割当制の現状、評価、展望

 現在、ECの酪農・乳業政策の根幹をなしているのは、いわゆる「生乳の生産割
当制(Milk  the  quota  system)」であることは周知の事実である。

 1970年代後半から5、6年にわたって続けられたきた議論の結果、1984年3月、
EC農業閣僚理事会は、84年4月以降5年間にわたり一定数量以上の生乳出荷量に
対し適用される超過課徴金(super-levy)の導入の決定という形でこの制度を発足
させたのであるが、その後の事態の推移を踏まえ、88年4月に、EC委員会の勧告
を受けて、さらにこの制度を92年度末まで延長することを決定している。

 この制度が導入れるに至った背景としては、
@ EC発足以来、EC農業の伝統的重要部門としての酪農部門には手厚い保護が
 加えられ、生乳生産の拡大が続く一方、需要面ではバターの消費減退を中心に牛
 乳乳製品全体として消費の停滞傾向が明確となり、既にECの第一次拡大時(19
 74年)には構造的過剰といわれる市場不均衡がもたらされたこと
A その過剰は、EC域内市場における公的な介入買入れや過剰在庫の補助金付き
 処分、補助金付輸出等によってやっと解消され、その結果、介入措置や輸出払戻
 しのためのヨーロッパ農業指導補償基金(FECGA)の支出が著しく増大し、EC
 の財政を危機的状態に追い込んだこと
B 需給の均衡を回復すべく講じられた生産抑制−乳牛屠殺、牛乳から牛肉への生
 産転換の奨励等−及び消費の維持拡大の諸施設並びに生産者の共同責任課徴金制
 度もそれなりに重要な役割を果たしはしたが、生乳出荷量の削減や消費の拡大に
 関しては見るべき程の長期的な効果を発揮しなかったこと 等が挙げられている。

 そして、問題を最終的に解決するには、つまり需給の均衡又はECの財政破たん
の回避をもたらすためには、生乳保証価格の大幅な引下げか、生産の割当制度の導
入かという二者択一を迫られているということが、関係者全員に明確に認識される
ところとなり、価格の大幅引下げが政治的に不可能という判断の下に、この超過課
徴金制を伴う生乳生産割当制の導入が決定されたのである。

 本制度の内容は既にあまねく紹介されているところであるが、念のため簡単に要
約すれば、
 @ 本制度の目的は、1984年以降の生乳生産を1981年度レベルをわずかに上回る
  程度に抑制することであり、
 A このため、加盟国ごとの生乳出荷割当量(保証数量)が決定され、加盟国内
  で、生産者ごとに(フォーミュラA(農家徴収方式))又は、乳業者ごとに
  (フォーミュラB(乳業工場徴収方式))割当量が配分され、
 B この割当量を超過した生乳出荷量について、超過生産の抑制を目的とし、ま
  た超過生産生乳の処分費用を賄うための経費として、超過課徴金(super-levy)
  を徴収する。
 C このほか、特別の状況の下にある特定の生産者(新規参入の若い生産者等)
  の困難を考慮した特別の制度がある。

  さて、このように最後の切札として登場した生乳生産割当制お評価は如何なるも
のであろうか。制度は発足後3年度を経過した時点(1987年)では、生産抑制に失
敗したと評されている。EC全体の生産量は、過去のトレンドから見れば目覚まし
く抑制されたのであるが、なお、割当量を1〜2%上回っており、需要の減退と相
俟って、制度発足当初85万トンの水準にあったECのバター在庫量はさらに増加し
て86年12月末には135万トンに達したのであった。失敗の原因は種々挙げられてい
るが、一言で云えば、加盟各国における「弾力的運用」の行過ぎということであろ
う。加盟各国が、割当量を消化又は超過しないと、将来割当量を削減されると考え
た節もあるとのことである。

  ここにおいて、生産割当制の強化の必要が認識され、86年12月、87〜88の2年度
で、生産量の実質9.5%のカットを実現し、バターおよび脱脂粉乳の介入買入れを
制限すること決定されたのであった。

  この9.5%の削減は@絶対的な削減3%、AECによる一時留保5.5%、Bその他
1%という手段いよるものとされており、生産者にとって相当に厳しいものとなっ
ている。

  このような生産抑制政策の継続、強化によって、ECの総生乳生産量は、1984〜
88年の5年間に約8%ダウンしているところである。

  この間、在庫乳製品の処分が計画的に推進されたこともあって、ピーク時(87年
1月)には129万トンに達していたバターの介入在庫は89年12月には2万トンを切
るまでに激減(この間脱脂粉乳は同じく77万トンから5千トンに激減)し、乳製品
の国際市況の回復に大きく貢献するに至ったのであった。

  ここにおいて、ECの生乳生産割当制は一応の成功を収めたといい得るのであっ
て、昨年十月EC諸国を歴訪した中央酪農会議西原専務を団長とする酪農視察団に
対し、EC諸国の酪農関係者は異口同音に、「今まで種々の対策が講じられてきた
が本当に効果を発揮したのはQuota systemだけである。」と語ったとのことである。

  先に振れたEC委員会の勧告においても、「割当制度に変わる効率的で運営可能
な生産規制措置は見当らない」と述べ、割当制度は永続すべきであると示唆してい
るところであり、ECにおける酪農・乳業政策は今後とも本制度(修正はあるとし
ても)を中心として展開されていくものと考えられるところである。

○我が国における生乳の自主的計画生産制度の現状と課題

  我が国においては、ECの生乳生産割当制の導入に先立つこと5年、昭和54年度
−1979年度−により、生産者による直接的かつ自主的な生乳生産の調整、いわゆる
生乳計画生産が既に開始されている。その導入の背景となったのは、

 @ 40年代末のオイルショック、飼料穀物価格の高騰等により大きな打撃を受け
  た生乳生産は、その後の生産資材価格の鎮静化の中で、一旦引き上げられた生
  乳価格が引き下げられず交易条件が有利となったこもあって、50年代に入って
  急速に回復し、連年、年率8%前後の高い増加を示し、需要の伸びを上回った
  ため、乳製品の在庫は急激に増加した。
 A 53年度末には、国内に乳製品在庫は、バターで5.7ヶ月分、脱脂粉乳で9.7ヶ
  月分に達し、畜産  新興事業団の買入れが行われたにもかかわらず、乳製品価
  格は安定指標価格を大幅に下回って推移し、事業団の買上げも管理運営上限界
  に達した。
 B 54年度においても生乳生産が需要を上回って推移することが見通され(3月
  末の畜産振興審議会に提出された畜産局の「生乳需給表」にはじめて210千トンの
  供給オーバー(要調整数量)が明記された)、不足払制度の根幹をゆるがす恐
  れのある深刻な需給不均衡を克服するためには、保証価格の大幅な引下げか、
  又はその他の手段による生乳生産の急速な抑制を行わなければならない。
 とう諸情勢であった。
 
 ここに至って生乳生産者の全国組織である中央酪農会議は、昭和54年度より生産
者による自主的な生産調整−計画生産を開始することを決定した。

  深刻な需給不均衡を克服する手段として、大幅な価格の切下げか、直接的な生産
調整かの二者択一を迫られる情勢の中で導入が決定されたという点ではECの生産
割当制と軌を一にするが、ECのそれが(生産者の意見も充分聴いた上ではあるが)
農業閣僚理事会の決定という上からの導入であったのに対し、わが国のそれが生産
者の自主的取組みとして開始された点は特筆すべき相異点である。具体的には中央
酪農会議に結集した指定生乳生産者団体が担い手となって、各年度毎に、

 @ 国内のおける生乳需要量を予測し、
 A これに見合う形で計画生産数量(生乳供給量)を決定し
 B これを一定の基準に従って各都道府県指定生乳生産者団体別に配分し、
 C 各指定団体はこれを傘下の農協毎に、場合によっては生産者毎に配分し、
 D 計画生産超過に対する措置(生産抑制、市場からの隔離、ペナルティー等の
  措置)を定め

  よってもって少なくとも単年度の需給の均衡を図ろうとするのであった。この場
合、制度発足時に存在した累積在庫は棚上げ、凍結を前提としたこともあって、計
画生産量は対前年生産量比でマイナスとはならず(生産ダウンの厳しい計画とはな
らず)、増加率の急速なダウンを目標としたものであった。

  十分な準備期間もなく、あわただしい発足であったが、関係者の努力によって計
画生産は急速に浸透し、54年度以降連年にわたって生乳生産量の伸び率は急速に低
下し、生乳生産実績は全体としては常に計画生産目標数量の範囲に収まってきた。
他方における消費拡大の努力と相俟って、膨大な乳製品の在庫も取り崩され、市場
の混乱、乳価の暴落も回避されたのであった。

  かくして生産者の自由的な取組みに始まり、行政バックアップも加わった我が国
の計画生産は大きな成功を収めたと評価されるのであって、証拠があるわけではな
いが、この成功がECの関係者に生産割当制の導入に踏み切らせる理由の一つとな
っているのではないかと推量されるところである(昭和54年(1979年)から昭和59
年(1984年)の5年間は、ECの各レベルにおいて生産割当制の導入に至る長い議
論の続いた時期である。)

  もちろん計画生産の浸透と確立は、それが主として生産者の自主的な取り組みに
よるものであるだけに円滑、簡単に進行したものでないことは当然であって、この
間、関係者による様々な試行錯誤や創意工夫、妥協調整(例えば用途別とも補償制
度、出荷調整乳制度、特別調整乳制度等)がなされたきたとことであり、その熱意
と努力には最大の敬意が払われねばならない。

○東西の計画生産への期待

  このように、ECにおけるMilk Quota System、我が国における生乳計画生産制
度は、乳製品需要が成熟期に入って供給過剰傾向が顕在化した先進工業国における
酪農乳業の行詰りを打破しその安定的な発展を支える最後の切札として登場し、相
当の成功を収めた訳であるが、最近に至って両制度とも新たな問題を抱え、批判に
さらされている。

  ECの生産割当制についていえば、加盟国の割当超過が慢性化し、これを追認す
る如き生産枠の増枠の決定がなされ、域内の供給オーバーを補助金付輸出によって
解決しようとするいつか来た道への復帰の兆しがほの見えることである(ECのqu
otacutはアメリカやニュージーランドの生産増加を招くだけという根強い反論もあ
る。)。わが国の計画生産制度については、それがはじめて2年つづきの減産計画
という厳しい試練の時を過ごしている間(61〜62年度)に、乳製品の需給ひっ迫を
招いてバター、脱脂粉乳の輸入が行われたこと、及び、厳しい減産計画の遂行にも
あかかわらず、飲用牛乳価格の改善につながっていかないことに対する不満が制度
への不信につながりかねないという問題が生じていることである。

  これらのことは、計画生産(生産割当を含む)というものが万能で完全なもので
はなく、多くの矛盾と問題点を持っていること、及び他の施策−消費拡大対策、国
際協調、環境整備対策−と相俟ってはじめて大きな力を発揮し得るものであるとを
示しているが、決して計画生産そのものの有効性、重要性を否定する根拠となるも
のではない。

  わが国の酪農・乳業界は、皆が幸せだった黄金の3年を経て、飼料をはじめとす
る生産資材、原材料の価格の騰勢、需要の伸びの鈍化、厳しい国際情勢等の冷い風
の吹き初めた不透明な時代の入口に立っている。このときに当って、計画生産制度
発足後10年余の間に蓄積されたノウハウを基に関係者の英知を結集してさらにせい
どに磨きをかけ、より有効な武器として時代に立ち向かうべきではなかろうか。そ
してこの際、可能ならばECの生産割当制度の関係との間に組織的な交流を持ち、
互いの経験、ノウハウの交換を図るとともに、共通の課題に立ち向う者としての連
帯を強め、encourageし合うことは、現実無視の自由化、関税化にに対抗する国際
世論の喚起の効果も含めて、大きな意義を有するのもではないかと(甘い見方と云
われるかも知れないが)考える次第である。


元のページに戻る