★論 壇


牛肉生産の国際的水平分業について

福岡大学経済学部教授 高橋 伊一郎


1.はじめに

  牛肉生産の国際的水平分業というむずかしそうに聞こえるが、最近よくいわれる
国産牛肉と輸入牛肉の「棲み分け」のことである。輸入自由化交渉の妥結いらい、
米、豪両国の日本仕向け牛肉の高級化傾向に拍車がかかっているようである。それ
は現地の生産者自身がそうするということもあろうし、また我が国の業界関係者が
提携して要請、指導したり、さらには現地に直接投資をして農場を経営することも
少なくないようだ。

  昨1989年秋の「日本の農業政策に関する国際シンポジウム」(食料・農業政策研
究センター主催)において、「米・豪両国は日本仕向として牛肉の高級化を志向し
ているが、日本の和牛肉と同じ品質の牛肉をつくれるのか」という質問があった。
それにたいして両国の報告者がいずれも「つくれる」と声を高めて答えていたのが
印象的であった。

  仕向先市場の需要にみあった牛肉をつくって提供することが好ましいことはいう
までもない。しかし日本の市場の需要が「高級牛肉」だけかといえばそうでもなか
ろう。またかりに生産が可能としても、米国や豪州のようなところで「高級牛肉」
をつくることが、経済的に合理的かどうかについても検討の余地があるのではない
か。

  同シンポジウムでわたし自身もその問題について報告をしたが、そのときの資料
に不備があったので、ここで改めてとりあげてみたい。

注)
  1)米国では穀物が100日以上肥育した牛肉をhigh quality beef(高級牛肉)
  とよんでいるが、ここでいう「高級牛肉」はそれよりさらに長期間穀物肥育を
  したものを考えている。

2.普通肥育と高級肥育の牛肉生産費比較

  まず普通肥育と高級肥育の肉牛生産費の検討からはじめよう。表1を作成した。
このうち普通肥育の生産費に関する数値は米国農務省の生産調査(1989)の企
業的フイードロッド、去勢牛の例を引用した。体重は、米国食肉研究所(American 
Meat Institute,1989)による価格情報で、去勢肥育牛は900−1,000ポン
ド物、肥育素牛は600−700ポンド物が基準となっているので、それに基づい
た。肥育日数の150日は体重格差から逆算しているが、その期間全部にわたって
穀物肥育しているわけではあるまい。

  高級肥育の生産費は普通肥育のそれに基づいて試算した。肥育期間を2倍の30
0日としている。肥育牛1頭当たりでは、素牛費は変わらないが、飼料、労働、そ
の他(その大部分は利子と償却費)については2倍の費用とした。肥育日数から肥
育牛の体重を600sとしたが、我が国の去勢肥育和牛の体重の710s(東京市
場、1990年8月)にくらべるとかなり小さい。

  表1の数値は生体重100s当たりで示した。すると興味ある現象がみられる。
高級肥育の素牛費は普通肥育より低くなる。肥育期間な長くなって肥育牛の体重が
増すと単位重量当たりの素牛費が低くなり、時には100kg当たりの生産すらも
高級肥育のほうが低くなることも怒らないわけではない。極端な例として、素牛価
格が我が国の和牛と同じく50万円になったとしよう。その時の普通肥育牛の10
0s当たり生産費は11万2千円となり、高級肥育牛の9万6千円を上回る。

  本表の例では高級肥育の100s当たり生産費は2万6千円で、普通肥育と比べ
てさほど大きくはない。高級牛肉の生産費は1頭当たりでは高くとも、単位重量当
たりでは普通牛肉とくらべた開きはきわめて小さくなることに留意する必要があろ
う。

  なお我が国の肥育牛生体100s当たり生産費は、去勢和牛が10万2千円、去
勢乳用種牛が6万5千円である。肥育期間は前者が19.1カ月、後者が13.9
ヵ月になっている(『畜産物生産費調査報告』1988年)。

3.普通牛肉と高級牛肉のマージンの比較

  つぎに普通肥育による普通牛肉と高級肥育の高級牛肉のマージ比較する。表2で
示したが、ここでいうマージンとは、米国から輸出された牛肉が我が国で取引され
るまでに要した費用と取引価格との差額である。枝肉キログラム当たりで計算して
いる。

  生産費は、先の表1の数値を枝肉換算した。関税率は、交渉で決まった自由化後
3年次の税率を引用した。その結果我が国の国内で取引されるまでに要した費用は、
普通牛肉が756円、高級牛肉が798円となる。問題は取引価格である。ここで
は普通牛肉の価格を1,000円、高級牛肉1,190円とした。後者を半端な価
格に設定した理由は後に述べる。

  枝肉キログラム当たりマージンは普通牛肉が244円、高級牛肉が392円で、
後者が5割以上も大きい。このマージン格差から、流通業者が高級牛肉のほうが利
益が大きいと考えるのは当然である。

  しかし生産者についてはいささか様相が変わる。単位重量当たりマージンを1頭
当たりに換算すると、普通牛肉が7万1千円、高級牛肉は14万1千円になり、格
差は2倍に開く。ところが普通肥育は肥育期間が150日だから、年回転率は24
回である。それにたいして高級肥育の年回転率はその半分の12回でしかない。し
たがってマージンの年額は、参考欄で示すように普通肥育で16万9千円、高級肥
育でも16万9千円と同額となる。すなわちここで強調したいのは、普通牛肉が1,
000円のときに、高級牛肉かそれより高値で取引されてもその価格が約2割高の
1,190円を下回れば、経営としての採算は悪化するということである。高級牛
肉の価格を1,190円という半端な額にした理由は、両肥育のマージンを比較し
た場合の経営採算の分岐点を示したかったからである。

 そこで残る問題は、300日肥育の米国産の高級牛肉が1,190円を上回る価
格で我が国の市場で売れるかということになる。

4.輸入高級牛肉の国内価格

  我が国の牛肉価格の特質として、価格水準が高いだけでなく、品質別価格差がき
わめて大きいことがあげられる。東京市場の1990年6月価格(枝肉キログラム
当たり)は去勢和牛肉は「A−5」等級で2,700円、「A−3」等級は1,8
00円に低下する。乳用肥育去勢牛肉も「B−3」等級で1,300円弱、「B−
2」等級では930円に下がる。このような我が国の牛肉価格体系のなかで輸入牛
肉はどこに位置するか。

  かって1981−85年の間に国産乳用去勢牛肉の「中」が1,300円前後で
推移していたころに輸入牛肉は950円前後の水準にあった。それが‘85年以降、
為替の円高の進行とともに輸入牛肉価格は低価し、‘87年末には800円を下回
った。しかし乳用去勢牛肉「中」価格は横這い状態で、1,300円水準を維持し
ていた(Mori and Gorman,1989年)。

  また1986年度末に事業団が枝肉チルド・ビーフを空輸で緊急輸入し、卸売市
場で上場したことがある。それは米国でいう「高級牛肉」とみられるが、その価格
は国産乳用去勢牛肉の「中」または「並」に相当で取引された。チルドの空輸物で
そうだとするれば、フローンズ物の評価はさらにそれを下回ることになろう。

  したがって当時の輸入牛肉は国産乳用去勢牛肉の「並」クラスで、現在の規格で
「B−2」に相当しよう。肥育期間を延ばして当時の輸入牛肉を高級化させ、「B
−3」等級にどこまで喰い込むかというところでないか。我が国の肥育は乳用種牛
で12か月で、和牛では18か月が普通である。それにたいしてここで検討した米
国のケースは、肉用種とはいえ10か月肥育である。肥育期間を延ばせば肉質は向
上するだろうが、生産費も高まる。また肥育期間を延ばした場合の肥育牛の品質は
バラツキが大きくなる。10か月肥育で平均して1,190円の価格を実現するの
はそれほどやさしくはなさそうである。

5.牛肉生産の国際的分業の基礎

  これまで検討した結果によれば、米国の生産費は普通牛肉と高級牛肉のいずれに
ついても日本より低い。和牛の「A−5」のクラスは別格としても、米国の高級牛
肉が標的とする「B−3」、さらには「A−4」クラスにしても、生産不可能とは
いいきれない。その生産費は高まるであろうが、それでも我が国のそれより低くて
すむことは十分考えられる。

  かりにそうだとしても日本仕向用として米国がますます高品質の牛肉生産に志向
することが、経済合理性に叶うとはいえないのではないか。なぜなら問題の要は、
日本にくらべてどれだけ生産費が低いかにあるのではなく、牛肉経営としてこれま
での普通牛肉の生産にくらべてどれだけ有利であるかという比較優位性にあるから
である。しかもその有利性は1頭単位の利幅ではなく、回転率を考慮した、年間を
通じての有利性が問われなければならない。

  この観点からすると高級牛肉を志向するやり方は、米国の生産条件かちすると経
済合理的かどうか疑問になる。その点はすでに検討したところであるが、なぜ米国
において普通牛肉生産のほうが高級牛肉より、経営として有利であるのか。そして
日本ではその逆であるのか。

  その有力な要因の1つとして、素牛価格が安いこと、いいかえれば、素牛の生産
条件が恵まれていることをあげることができよう。米国では子牛生産は、基本的に
は「残滓資源利用産業」(left−over resources utilizing industry)である。
起伏が大きく農耕に向かないところ、あるいは雨量のすくない乾燥地など、人が草
を収穫しては採算がとれない乾草地など、人が草を収穫しては採算がとれないので、
牛に草を「収穫」させることで成立している。米国は農業生産に利用できる土地だ
けでなく、逆説的ないい方だが子牛生産にしか利用できない限界地にも恵まれてい
る。

  したがって子牛の生産費は低い。素牛価格は去勢素牛が1頭7万7千円(前掲表
1)でしかない。それにたいして我が国では乳用子牛でも17万円、和子牛では4
8万円(‘90年8月)という高さである。乳用子牛生産には乳製品需給条件によ
る制約がある。和子牛の生産では資源上の制約がきびしく、素牛入手難から繁殖・
肥育一貫経営も増加する傾向さえみられるほどである。

  子牛価格が高ければ肥育期間を長くさせたほうが有利となる。表3はその関係を
示す。表2の素牛価格は1頭7万7千円である。それを10万円と20万円とした
場合についてマージンを算出した。年回転率を考慮したマージン年額はいずれも減
少するが、普通肥育にくらべて高級肥育のほうが有利である。素牛価格が7万7千
円のときは両者のマージン年額は同額であったものが、10万円になると年マージ
ン額の格差は4万2千円となり、15万円に上がると格差は13万円に拡大する。
表示しなかったが、逆に素牛価格が5万円に下がれば、普通肥育のほうが有利とな
る。

  米国で普通牛肉の生産が有利となる第2の要因として、牛肉需要が赤身肉を志向
し、高級牛肉との価格差が小さいことがあげられよう。日本の場合は逆に品質別の
価格差が大きい。その価格差が大きいほど、高級肉生産の志向が強められる。世界
で穀物肥育の牛肉を食べるのは欧米で米国ぐらいだといわれるが、その米国におい
てさえ品質別価格差は、日本のように極度に大きくはない。品質別価格差が大きく
なるほど、高品質の牛肉生産を志向するようになる。

  以上からすると、国産牛肉は高、中級牛肉を、輸入牛肉は中、並級牛肉を供給す
るという国際分業が浮上してくるであろう。なお資料の制約から考察の対象を米国
に限定し、豪州を外したことをおことわりしておく。

引用文献
〔1〕 American Meat Institute,Meat Facts,1989。
〔2〕 Mori,Hiroshi and Wm.D.Gorman,”−Quantitative Cosiderations in the 
   Japanese Beef Market,”『専修大学経済学論集』第23巻第2号1989年2月。
〔3〕 農林水産省『畜産物生産費調査報告』1989年版。
〔4〕 U.S.D.A.,Economic Indicator of Farm Sector,Cost of Production, 1989。

表1.普通肥育牛と高級肥育牛の生産費の比較(試算)
   (米国、企業的フィードロット、去勢牛、1989)
                                  (千円/生体100kg)
項  目 普通肥育牛
(150日肥育)
高級肥育牛
(300日肥育)
素  牛 15.9 12.8
飼  料 4.9 7.8
労  働 0.3 0.5
その他 2.9 4.7
24.1 25.8
体重(kg) 1);
 素  牛
 肥育牛
 増体率(DG)

300
480
1.2

300
600
1.0
資料:U.S.D.A.,Economic Indicator of Farm Sector,Cost of Production,1989。
   に基づいて算出。
 注:1)想定

表2.普通肥育牛肉と高級肥育牛肉のマージン比較(試算)
   (米国、企業的フィードロット、去勢牛肉、1989年)
                                                  (枝肉kg当たり円)
項  目 普通肥育牛
(150日肥育)
高級肥育牛
(300日肥育)
生産費   1) 402 430
流通費用 46 46
FOB価格 448 476
運賃、保険料等 56 56
CIF価格  2) 504 532
関税(50%) 252 266
  756 798
国内取引価格 1000 1190
マージン 244 392
<参考>  3)    
1頭当たりマージン
(千円)
70.8 141.1
年回転率 2.4 1.2
マージン年額 169.2 169.3
注:1)牛肉生産費(表1)より枝肉歩留り0.6として算出。
    2)自由化後3年次の税率を適用。
    3)枝肉重量はそれぞれ290kg、360kg。

表3.素牛価格の変動が肥育マージンにあたえる影響(試算)
     普通肥育と高級肥育の比較
   (米国、企業的フィードロット、去勢牛肉、1989年)
項   目 素牛価格=10万円 素牛価格=15万円
普通肥育 高級肥育 普通肥育 高級肥育
枝肉kg当たり(円):
 CIF価格
 関税
  計
 国内取引価格
 マージン

585
293
878
1000
122

597
299
896
1190
295

759
379
1138
1000
−138

735
368
1103
1190
87
1頭当たりマージン
(千円)
35.4 106.0 −40.0 31.3
マージン年額(千円) 84.9 127.2 −96.0 37.6
注:表2と同じ要領で算出。


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