★巻頭言


最近の畜産について思うこと

蚕糸砂糖類価格安定事業団理事長 小島和義


 2年前まで畜産振興事業団に勤務し、牛肉輸入自由化を控え、今後の事業団の情
報業務をどう展開するかという問題について参画させて頂いた。その後の「畜産の
情報」などを拝見すると、関係の職員の方々の御苦労と外部の職者の御協力とによ
って、内外の種々の情報を広範に収集し、かつ、上手に編集整理し、分かり易く提
供しているようである。元関係者の1人として、大へん有難く、また、心強くも感
じている。そんな訳で、編集者から巻頭論文として第三者的視野から畜産問題につ
いて何か書くようにと依頼されると、一寸お断りしにくいのである。しかし、元来
私は畜産の専門家でもないし、また当面の仕事に追われて先頃まで関係していた畜
産分野にも次第にうとくなっている。従って自信のある論文などは到底その任では
ないのであるが、「第三者的視野」というお言葉に甘えて敢えて無責任な筆をとっ
た次第である。大方の御叱正を期待している。

  私どもの古風な常識では、土地生産力の循環の中で営まれるのが農業であり、畜
産も作物の利用と排泄物の土地還元との両面から農業の一部門として組み込まれる
ものと理解されて来た。しかし、今や穀物の大量輸入と大規模飼養技術の完成によ
り、大部分の畜産業、特に中小家畜の飼養は、穀物と水と若干の薬品から畜産物を
製造する装置産業、畜産物製造産業に変ってしまった。糞尿処理さえ、低コストの
処分が可能ならば、農地還元は必須のものではなくなって来ている。こうした土地
生産力との決別によって、畜産の規模は飛躍的に拡大し、これによって国際競争力
を高めて来た。こう言った現象は何も畜産に限られたものではなく、耕種部門にお
いても培地と液肥循環により野菜を生産したり、工場でもやしを作ったり、その事
例に事欠かなくなって来ている。私が現在関係している蚕糸の世界では、低労賃の
発展途上国との競争のため、先進国型養蚕として、人工飼料による大規模、多回育
の養蚕が追究されているが、未だ実現を見るに至っていない。これが実現すれば、
繭生産工場にかなり近いものになるだろう。

  私は、かつて或る大規模な一貫養豚施設を見学したが、その施設の内部に入るた
めには、着衣を全部脱いでシャワーを浴び、先方で用意している衣服に着換えなけ
ればならないと言われ、あわてて辞退申し上げたことがある。聞けばこの施設では、
子豚が生まれてから以降、常に人工光線の下で育てられ、始めて太陽光線を拝むの
は、と場に送られる時だそうである。そこで私は、「それでは豚が健康に育たない
のではないか」という愚問を発したのであるが、豚は本来猪などと同様に夜行性で
あり、陽に当たらなくても一向に影響はないとのこと。正に無菌の豚肉工場なので
ある。

  こうした人工的大量生産に対するアンチテーゼとして、より自然的ないし自然的
らしい畜産物も色々登場している。いわく、地鶏、地卵(意味不明)、有精卵、黒
豚、イノブタなどである。農産物における有機農業に一脈通ずる現象である。これ
らは、その栄養上または食味上の強い信念に支えられ、意外な高価格を実現してい
るようであるが、所詮はマイナーな商品である故の価格であり、主流派畜産物たり
えない。従って市場は、自然農法の立場から言えば、極めて不自然、不健全な畜産
物が主力商品となっており、極言すれば、不自然、不健全であるからこそ高い競争
力と自給率を維持できているのである。

  中小家畜の飼養体制の専業、大規模、少数化の傾向は、今後とも止まることなく
続くだろう。最近の農水省の資料では、昭和40年に575千戸あった肥育豚経営
は、平成元年に32千戸に減少している。同じ期間の変化を飼養規模別に見ると、
50頭未満層は戸数で98.9%、飼養頭数で75%を占めていたものが、戸数で
36.1%、飼養頭数では何と2.6%しか占めていない。逆に500頭以上層は、
戸数で15.4%、飼養頭数で66.1%となっている。500頭以上層の内訳は
明らかでないが、上層集中の傾向は容易に想像できるところである。採卵鶏ではこ
の傾向は更に顕著で、戸数で3.5%の1万羽以上層が実に79.5%の羽数を飼
養し、逆に戸数で89.5%の1千羽未満層は、僅かに1.5%の羽数を飼養する
のみである。ブロイラーのように、発足当初から相当な規模で始まった経営でさえ
も、戸数、出荷羽数とも大規模層のシェア上昇の傾向が著しい。

  ここまでくると、この種の畜産経営の是非論は最早意味であって、こういう傾向
を現実的に受け止め、これを前提に政策対応を考えて行くしかないであろう。裏返
しに言うと、零細多数の経営体の存在を前提にした諸制度は、再考が必要となろう。
例えば卵価対策である。現在の増羽に対する行政的締めつけと価格補槇を手段とす
る需給調整は、現状にそぐわなくなって来ているようで、もっと価格による自律的
調整機能に期待した方が良いのではないかと思われる。養鶏家も市場価格に振り廻
されながら闇雲に鶏を飼うという時代ではなくなって来ている。或る主の予測を基
礎に行動している筈である。従って、若し必要なら、将来の需給や価格、飼料の動
向等について、将来を予見しうるデータを提供して行くことが、行政としての最大
のサービスであろう。また実際にもそうなって来ていると思っている。更に、大へ
ん難しいこととは承知しているが、先行指標としての先物価格(飼料穀物を含めて)
が形成されるようになれば、言うことなしである。また、どうしてもコスト割れが
続き経営破綻が免れないような場合、不況カルテル的発想で対処する方途ができな
いものだろうか。価格補填は、価格低落時の緩衝的効果はあるものの、これにより
系統出荷へ引きつけ、その中で生産出荷をコントロールしよとうする目論見は、ど
うも機能しているように思えない。逆に補填により低落期間を長期化させたり、コ
ントロールの外側に有力なアウトサイダーを作り出す結果になっているように思え
る。

  豚価対策についても似たような問題はあるが、豚肉の場合、需要の伸びの鈍化に
も拘らず、中小経営の離脱が依然進んでいることや常時需要に組み込まれている相
当量の輸入が需給バッファーとして機能していることがら、需給が大きく崩れるよ
うな事態もあく、季節的な調整保管で解決をみている。従って買入制度に内在する
問題は余り顕在化することなく済んでいるということであって、現行制度が生産や
流通の実態からみて適当なものかどうか、全く自信がなくなって来ている。


  次に肉用牛であるが、土地利用の制約と繁殖の整理的限界から、中小家畜に見ら
れるような大規模経営の出現は、大へん難しく思える。それにも拘らず肉用牛経営
の平均飼養規模が着実に向上しているのは、外国流のフィードロットに似た大規模
肥育経営が着実に育って来ているからに外ならない、勿論この種の経営にとっては、
素牛の安定確保が最大の発展阻害要因である。現在は、乳用雄、国産専用種の買集
めが主力で、子牛の自家生産を併用している例もあるが、決して多いとは言えない
状況にある。従って素牛の大量入手が可能な子牛輸入についての潜在的要望は極め
て強い。現在二万頭の輸入枠が設定されているが、その入手は極めて狭き門である
ようだ。かつて沖縄の復帰前、自由な輸入制度の下で、同地で輸入牛によるフィー
ドロットの成立(肥育期間の点で大分怪しげなものもあったが)を見た。その牛肉
は沖縄で輸入牛肉と競争するよりも、より高価な販売が可能な本土に出荷された。
その経験からすれば、牛肉に対する関税と子牛輸入に対する関税との相対関係いか
んによっては、同様の経営が我が国で成り立つことは十分想定されるところである。
現在の子牛輸入を制約しているのが、関税の効果もさることながら、動物検疫上の
施設の収容能力であることを考えれば、これが解決されれば、肉用牛肥育部門は、
容易に肉豚と同様の食肉製造産業に進展するに違いない。ただ、農業の国土管理機
能を重視する立場からすれば、水稲、酪農と並んで土地利用型農業の重要な一角を
占める繁殖牛経営に見切りをつけることは容易にはできない相談であろう。従って、
牛肉の自給率を多少犠牲にすることになっても、また肥育側からの輸入要望を我慢
してもらってでも、国産自給飼料に基盤をおく繁殖牛経営の夢を育てなければなる
まい。それがまた真の意味の自給と言うものだろう。ただ残念なことに、繁殖牛経
営について、専業にせよ、耕種との複合にせよ、担い手の構造的展望が今一つ明ら
かでない。これには稲転面積の増大による耕種側の理由もあるのかも知れない。ア
メリカのような大農国でさえも、繁殖牛経営は、規模も小さく、兼業経営だそうで
ある。そうなると、規模拡大についての強いエネルギーを有する肥育経営が、直接
に、または兼業農家等との委託関係により、初度投資や価格変動リスクを負う形で
しか繁殖部門の当面の絵が書けないのではないかと思う。何れにせよ、あれもこれ
もと言う選択は難しいのであって、仮に供給量の点では物足りない結果になっても
国土の有効利用に立脚した繁殖牛経営を育成するのか、生体の輸入体制を整備して
いくのか、そういう変則的対応を避けて食肉輸入でいくのか、早急に見当をつけな
ければなるまい。

  最後にもう1つ、景気上昇期の度ごとに、或る分野での人手不足の深刻化が話題
になる。最近では労務倒産という言葉ができたり、外国人労働者の流入が話題にな
ったりする。3Kの点では外に遜色ない食肉処理産業で、労務面からの行詰まりを
来たすに至っていないことは、殆ど奇跡に近い。アメリカの食肉工場でも外国人労
働者の比率が圧倒的に高いことは、見聞された方も多かろう。同じような問題が我
が国でも生ずることが、間近に迫っているように思えてならない。ただ我が国の場
合、外国人労働者の移入に対して極めて閉鎖的政策がとられているし、また仮に今
少しオープンになったとしても、近隣に宗教的タブーをもつ民族が多いことを考え
ると、現実の問題となった場合は、大へん対応が難しい。現在研究が進められてい
る解体処理の機械化、自動化も有力な解決手段には違いないが、矢張り労務確保の
有効な手段は考えておく必要はあろう。食肉製造産業化した畜産が、その工程の最
終段階のキャパシティによって、その生産量が規制されるという事態が起こらなけ
れば幸いだと思う。


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