★ 国内現地の新しい動き


夏山冬里方式の現状と役割−岐阜県高山市及び清見村の事例−

岐阜大学農学部 教授 杉山道雄、助教授 小栗克之、大学院 蘇都那


1.はじめに

 夏山冬里方式は肉用牛繁殖は養羊経営にとり入れられた資源を合理的に利用した
低コストをめざした経営方式である。この方式は、家畜を冬期間舎飼いするが5〜
11月の夏季には山頂や山腹の放牧地に家畜を放牧し、冬期、再び舎飼いする方式
である。したがって、山村や農山村のように耕地や放牧地などの農用地の高低差が
大きい所で所与の土地を有効かつ効率的に利用する方式である。

  もっとも高山(岐阜)から九州の方へ移れば放牧期間は長く、東北では短い。

  山地畜産経営は山林原野をどのように利用して畜産経営を営むかが課題であり、
スイスやオーストリア及び中国内蒙古地方での人畜共動型のものや、イギリス、ウ
ェールズ地方やカリフォルニア山地でもみられる家畜の1シーズン放牧もみられる。
これらは、資源の有効利用と共に低コスト化を狙うものである。本報告は岐阜県飛
騨地方にみられる夏山冬里方式のあり方を追跡しようとすものである。

2.岐阜県における公共牧場の実態

  岐阜県内には公共牧場が30ヶ所、3,750haにのぼるが、実際に利用され
ている牧場は27ヶ所、3,186haであり、一つの平野の大きさをもっている。


表−1夏山放牧場の分布状況
所在地 牧場名 面積(ha)
飛騨地域 神岡村
上宝村
高山市
高根村





朝日村





久々野町
小坂町
白川村
清見村


荘川村
宮  村
馬瀬村
流葉牧場
穂高牧場
岩井牧場
オバコ牧場*
小日和田牧場
黍生牧場
野麦牧場*
千町牧場
猪之鼻牧場
若座原牧場
隠畑牧場
大平牧場
平岩牧場
東俣牧場
高平牧場*
下平牧場
瀧上牧場
白弓牧場
小井戸牧場
小鳥山牧場
飛騨牧場
一色牧場
苅安牧場
黒石牧場
20
21
78
250
222
137
214
240
219
121
90
170
56
75
100
65
130
40
35
72
408
75
40
79
その他の地域 高鷲村
明方村
岐阜市
池  田
恵那市
上矢作町
尾上郷牧牧場
水沢上牧場
長良川河川敷草地
池田山山頂牧場
東濃牧場
木の実牧場
298
55
4
30
284
124
注:*印の付いている牧場は一時事業停止となっている。

  これらの放牧場の分布をみるとその面積の86%、事業体数の73%が飛騨地域
に集中している(表−1)。

(1) これらの放牧場についてみると、利用農家から遠く離れ、標高も高い奥山草地
 は、主に市町村が運営主体となるのに対し、利用農家に近い里山の草地は、集落
 の牧野組合或いは肉用牛生産組合が管理する共同放牧場が多い。さらに買上げ方
 式をとり、経営的に独立性が強い県営牧場がある。このように夏山放牧場には町
 村営、集落営、県営の3つの運営形態がある。

   草地面積を運営主体別にみると、市町村営が47%と最も多く、県営が22%、
 集落営が31%である。

   運営主体別放牧延頭数をみると県営が62%、市町村営が30%、集落営が9
 %である。

   運営主体別草生産地をみると、県営が36%、市町村営が48%、集落営が1
 6%であり、県営が多く、集落営で少ない(図−1)。

図−1  夏山放牧場の運営主体別概況

表−2  運営主体別、規模別経営成果比較
   

区分

運営主体別 規  模  別
項目      県営 市町
村営
集落営 20〜69ha 70〜89ha 90〜169ha 170〜460ha
牧場数 2 12 10 8 5 5 4
平均規模
(ha)
346 125 98 43 76 120 287
平均放牧日数
(日)
193 147 147 146 143 160 138
牧草地比率
(%)
71 30 14 50 25 20 17
野草地比率
 〃
18 69 86 47 75 80 82
その他の比率
 〃
11 1    3       1
草地平均牧養力
(CD)
183 102 49 118 71 81 73
購入飼料依存率
(%)
16 2 10 12 0.2 2 2
放牧子牛の平均D.G
(g)
530 560    480    520 650
家畜飼養費用価
(円/頭日)
939 178 131 238 241 168 126
平均預託料(成牛)
    日数方式
    (円)
買上げ 140(10) 130( 1) 136( 5) 155( 4) 157( 2)   
    シーズン方式
    (万円)
1.25( 2) 1.60( 9) 2.30( 1) 1.80( 2) 1.53( 3) 1.37( 4)
事業収支状況
  収支赤字牧場数 1 9 4 4 3 2 3
  収支黒字牧場数 1 1       1      
  収支均衡牧場数    2 6 4 1 3 1
注 :規模別においては県営牧場を除く
資料:各牧場「牧場管理運営状況報告書」(63年度)により作成

   規模を算出すると、集落営放牧場は平均面積が98haで比較的小規模であり、
 市町村営が125ha、県営が346haとなっている(表−2)。

   運営主体別に牧草地割合をみると集落営、市町村営、県営となるにつれて14
 %、30%、71%と増大し、逆に野草地割合は86%、69%、18%と減少
 している。すなわち県営牧場で草地造成が71%とよく行われていることになる。

   草地平均牧養力(CD)みると、集落営、市町村営、県営となるにつれて49、
 102、183と増加する。購入飼料依存も市町村営、県営となるにつれて多く
 なる。

   家畜飼養費用価は、1日1頭当たり、集落営131円、市町村営178円、県
 営939円で、県営がかなり高い。

3.草地造成と放牧頭数の変化

  飛騨地域の草地造成面積は昭和40年の63haから45年  180ha、50
年  714ha、58年  1,125haと着実に増大し、平成元年には1,33
5haに達している。造成面積の多い年次は昭和50年と58年で、前者は共同利
用模範牧場放置事業、後者は公社営畜産基地建設事業によっているが全体として過
去20余年の間に10以上の事業によって人工草地率が高まってきている。(図−
2参照)。

図−2  草地造成面積

  牧場利用戸数は昭和50年の600戸から平成元年には400戸への減少傾向に
あり、牧場数も40から27へと減少している。さらに放牧頭数も10年前の2,
500頭から平成元年には1,263頭と減少傾向にある(図−3)。

  現在(平成2年度)の牧場立地及びその概要は、図−4に示すとおりである。

  なぜこのように放牧頭数が減少してきたかその理由をいくつか検討してみよう。

図−3  放牧場の利用農家と放牧頭数の推移

図−4  平成元年度草地及び放牧地の利用状況

  第1は大家畜飼養戸数の減少である。そのうち、乳養牛飼養戸数は45年の30
6戸から63年には92戸へと30%に、肉用牛飼養戸数は同期間に2,831戸
から748戸へと26%に減少している(表−3)。

表−3  飛騨地域の牧場数及び家畜頭数の変化
     昭50 55 60 62 63
牧場数 39 24 27 27 27
牧場利用戸数 600 400 400 400 400
入牧頭数 1,656 1,566 1,523 1,416
酪農戸数 306※ 136 108 94 92
乳牛頭数 2,179※ 3,021 2,633 2,515 2,673
一戸当たり乳牛頭数 7.1※ 22.2 24.2 26.8 29.1
肉用繁殖牛飼養農家数 2,831※ 1,341 933 814 748
繁殖牛頭数 5,519※ 4,098 3,189 3,362 3,775
一戸当たり繁殖牛頭数 1.7※ 3.1 3.4 4.1 5.0
※印は昭和45年の数値
資料:「飛騨の畜産」より

  第2はそのためでもあるが総頭数は乳牛が2,179頭から2,673頭へ、肉
養繁殖牛は5,519頭から3,775頭へと減少したが、1戸当たり飼養頭数は
乳用牛、肉用牛それぞれ7.1頭から29.1頭へ、1.7頭から5.0頭へと増
加傾向にある。すなわち、戸数減少、頭数拡大の傾向を辿っている。戸数減少が利
用者減少への結びついていよう。

  第3は、高品質肉用牛の増大である。肉用牛は、役用牛期、役用兼用期、肉用牛
期へとそれぞれ利用目的を変えてきたが、それに対応した牧場利用に変化していな
いことが指摘できる。役用期の牧場利用は各戸1頭の役用牛であり、春の農繁期を
終えれば、夏山に上げて、飼育労働を減らし、養蚕と水稲作を営み、秋、山下げを
して冬期間、舎飼いするという、いわば「蚕畜林一体の経営」であった。そして牧
場では「まき牛」を利用して繁殖をし、秋には、子づれで山を下り、子牛は山下げ
牛として収益をもたらすものであったし、夏山の管理は集落所有の共同放牧であり、
輪番制であった。経費も、牧棚代、牧草の種子、肥料代が若干要するのみで、1日
当たりほぼ、100〜150円程度でよかったし、これは年間の半分の期間は飼育
費が5分の1か7分の1のコストで済むものであった。しかし、役肉兼用期となっ
て、繁殖経営と肥育経営が分化し、前者は依然として少頭数経営であり、後者は多
頭化が可能となった。さらに肉用牛期になると、多頭化傾向が一層進むが、もっぱ
ら肥育牛経営が多頭化し、繁殖牛経営は、資金回転率の悪さも手伝って、多頭化が
遅れたといってよい。あとで詳述するが、肉用牛期の夏山放牧冬里方式のシステム
が明確でないことである。

  さらに高品質牛志向となり、1頭80万円以上となると容易に手離さないこと、
つまり農家が手もとに財産として管理しておきたいためである。

  第4にこのことは肉牛飼育の集約化がすすみ、飼料費も労働投下も高まり集約管
理が進んだことがあげられる。

  このことは第5に、飼養者の老齢化も手伝い、夏山放牧より、夏期間の草刈り
(労働飼料)による舎飼い管理へと進んだ。

  第6にこのことはまた養蚕の衰退により、夏山にあげる必要性がなくなったので
ある。

  第7に繁殖管理がまき牛方式から人工授精方式となり、集団繁殖から固体管理方
式に変ったため、一層、固体管理重視され始めた。

 第8に、集約管理は、萩原方式※など、牛舎方式、飼料給与、同一繁殖方式など
集団的舎飼い畜産方式が進められ、固体管理が一層進められたことによる。

  第9は、全体として、肉用牛専門の集約的経営の育成方向に向かって来た。しか
も小規模に留まっていたことによる。

  第10は、牧場そのものの数、面積などが減少した。また残っていても、観光用、
スキー場、レジャー用などの用途に向けられ、放牧場は日陰げに追いやられた。こ
うした観光化は49年の列島改造ブームの時にピークに達したが、平成に入り、再
びリゾート法のもとで開発、多目的利用が唱えられている。

※萩原方式とは、岐阜県益田郡萩原町でみられた肉用牛繁殖経営の飼養方式で、農
家は個々に牛を飼うが町ぐるみで牛舎、牛種、飼料給与基準を統一し、町ぐるみで
の技術・指導を行う村ぐるみの舎飼い生産方式で、生産成績をグループで引き上げ
る効果をもつ。

4.公共牧場の役割

  ここで公共牧場の経営的効果を考察してみよう。

@  部門効果の把握
  草食家畜は放牧飼養することが最も大切なことは論をまたない。それは足を強く
し、繁殖牛の耐用年数を増大させる。たとえそれが周年の放牧でなく、夏期放牧で
あっても、草の成長する時期に放牧するにしくはない。とりわけ、飛騨地域では放
牧期間が限定され、九州や沖縄のように長くない。


表−4  牧場利用による飼料費節減状況
調査農家夏期主要購入飼料 牧場利用料金 備考
品  目 TDN4.5kg
相当現物量
(kg)
最低単価(円) TDN4.5kg
相当現物量
(kg)
利用牧場 1頭1日当り
預託料(円)
フスマ 7.0 27 190 千町牧場 100

成牛1頭1日
当たりTDN
需要量を4.5
kgとした。

モーレット 5.8 60 350 猪之鼻牧場 100
稲ワラ 11.9 40 474 小鳥山放牧場 130
乾 草 9.0 57 513 小井戸放牧場 130
トウモロコシ
(青刈り)
45.9 7 321 隠畑放牧場 148
  この効果を単純に購入飼料代と比較してみよう。表4のように調査農家の夏期間
の購入飼料を乾草のみ与えた場合、513円要し、最も安いフスマを利用しても1
90円要することとなり、1日1頭当たり放牧料金100〜148円の方が安いこ
とになる。これは直接的飼料費の単純比較であるがこれのみみても効果はみられよ
う。

  次にこの放牧効果を生産費節減把握(部門効果)でみると次のようになる。

  表5によれば、和子牛1頭当たり生産費は約355,000円である。これをも
し、夏期放牧を180日間行うとすれば、飼料費、労働費、敷料費、、高熱水道費
など直接的経費は半分となる。これら総計は222,523円となる。この額は舎
飼い費用の約63%である。もし放牧によって、耐用年数が10%延長すれば繁殖
牛償却費は、10%減少させてもよい。

表−5  肉用牛繁殖経営の放牧効果

  しかも、これら22万円の節約分を1日当たりとすれば1,236円〜1,48
3円となる。これは勿論、150円の放牧料は約10分の1であり、計算上は有利
となる。

  けれども、節約分のうち労働費が27%(59,356円)を占める。これは、
労働費とはいえ、家族労働であり、計算上は変動費として計算しているが実は一定
費であり、オーバーヘッドコストを形成している。したがって労働費を除くと役9
00〜1,088円となる。これとの比較によっても現行の放牧料(1日約150
円)は安いこととなる。

  しかし、労働費がオーバーヘッドコストとなっており、また、多頭化したら、そ
の費用分は大きくなる。したがって放牧効果は、山揚げしたらどう制約労働を他へ
廻わせるかにかかっている。そのため、単純部門計算ではその動きを示すことはで
きない。

A  他部門への効果把握
  (経営体全体への効果測定)
  夏期間の労働節約により、その浮いた労働を他部門に仕向け、仕向け部門の集約
作目の導入、管理の集約化により、経営全体として所得向上効果をみようとするも
のである。

  他部門とは、トマト、ホーレンソウ、大根などで兼業も一部と考えてよい。

  したがって、夏山放牧により、1頭当たりコストが16〜20万円安くなるばか
りでなく、その労働を野菜作りにふりむけることにより100〜200万円増大す
ることとなる。

5.公共牧場の経営改善方向

  公共牧場は現在、調査地域では表6のように6ヶ所が存在している。所有形態は
集落営1ヶ所、市町村営3ヶ所、県営が2ヶ所である。

表−6    草ち及び放牧地の概況

  集落営の小井戸の坂下畜産組合は35haで利用頭数は10頭と少ない。利用期
間は5〜10月の5ヶ月間で149日で標高は800mと比較的低い。利用料金は
130円と最も低いのは町村からの援助があるためである。

  町村型タイプには、清見村の小鳥牧場、荘白川の白弓放牧場、荘川村の一色牧場
がある。清見村の小鳥牧場は村営であるが、他の2つは荘白川農協である。

  小鳥山牧場は121haで1,000〜1,100mの処にある。草地造成地は
43haで比較的人工草地が多い、そのため牧草生産量はもっとも多い。

  利用農家は79戸で、肉用牛が79頭放牧されている。放区数は7区で、他の農
協営の放区数1〜2ヶ所より多い。畜舎から牧場までの距離は34〜36kmであ
る。

  白弓放牧場は40haで標高は1,040mである。放牧頭数は31頭で利用料
は1頭1日当たり成牛140円、育成牛140円、子牛60円である。利用日数は
162日である。畜舎から放牧地までの距離は10〜12kmで比較的近い。

  荘川村の一色牧場は7.5haで、草地造成地は7.5haであり、放牧頭数は
37頭で利用料は1日1頭当たり200円である。利用日数は135日と少ないの
は海抜980mと約1,000mであることでもある。

  改善対策として提示したい項目は以下の点でそのため施設、機械については別の
機会としたい。

図−5  Two  Pasture  Systemによる夏山冬里方式

  第1は、放牧期間の延長である。現在は135〜162日と5ヶ月余りである。
これは牧場の草生状況とも関連しているが、利用農家の高冷地野菜栽培の多忙期と
競合するので図5で示すように里山放牧ちに予備放牧する場所をもうけ、事前放牧
と事後放牧を行うようにする。

  第2は、放牧区数の増加である。集落型の1放区では少ない。町村型でも1〜2
牧区では少なく、7〜8牧区必要である。このことにより、輪換放牧が出来るばか
りでなく、家畜毎の目的別放牧ができるからである。

  第3は、自然草地ばかりでなく人工草地を増加させ、そのバランスをよくするこ
とである。

  集落型では造成草地が13%、野草地が12%、混牧林が75%を占め、牧養力
が小さい。

  県営型では造成草地が60%、野草地が30%、その他が10%で、混牧林地は
ない。したがって人工草地1/4、自然草地1/4、混牧林地1/2などに当面の
目標としたい。

  第4は二段階放牧(Two  Posture  System)とし、里山ではよ
り人工草地として、奥山では自然草地として組み合わせることが大切で、土地改良
効果は奥山より里山で投資効果が大きい。逆に奥山では野草地の方が望ましい(図
−5)。

  第5は、放牧管理主体を法人化し、責任ある体制として、夏期前面管理契約を農
家と結ぶことである。

  第6にそのため、放牧場で人工授精を行うようにする。現在、妊娠鑑定を行った
もののみ、放牧するので、放牧期間がばらばらであり、農家の労働も多く、多忙期
には放牧をとりやめる場合がある。

  したがって里山かプレ放牧期に人工授精を行うことである。

表−7  夏山冬里方式の成立と変遷

  第7に冬飼料生産対策を講すること。これは近年「菜畜林一体経営」として高冷
地野菜を栽培する農家がふえ、冬飼料生産が出来なくなってきている。したがって
かっての「ニュー」またはニゴ生産(ニューともいう)に代わる新しい冬飼料対策
が必要である。ニゴとはかって当地域で一般的に行われていた冬飼料・敷藁用の野
草の粗放的な野外での貯蔵方式である。新しいシステムでの貯蔵方式が必要であろ
う。


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