★自由化レポート


国産牛肉の優位性を目指して

−自由化から半年、肉用牛生産と経営の担当責任者が考えていること−


 この10月1日で牛肉の輸入自由化後、半年が経過しました。そこで今回は、肉牛
の生産と経営の第一線に立って指導に当たられている全国農協組織の担当責任者の
方々から、最近における肉牛生産現場の話を聞く機会を得ました。

 全体に厳しい環境の中で、少しでも国産牛肉の優位性を強調し、輸入牛肉に負け
ない国産牛肉の生産を行っていこうという意欲が話のはしばしから強く感じられま
した。

 その概要について報告します。

開催月日及び参加者

日 時 : 平成3年10月2日(水) 午前10時から
場 所 : 畜産振興事業団 2階会議室
参加者 : 以下のとおり(敬称略、順不同)

伊 藤 紀 夫  全国畜産農業協同組合連合会 事業部長
堀     喬  全国農業協同組合連合会 畜産総合対策部長
松 本 洋 幸  全国開拓農業協同組合連合会 業務部長
三 谷 暢 昭  全国酪農業協同組合連合会 食肉課長

聞き手は伊藤宏助成部長、武岡義武審査役、鈴木c雄助成第1課長


予想以上に下げた枝肉価格

 4月以降枝肉価格はさらに低落し、自由化前に心配していたことが現実のものと
なったと考えています。

 和牛肉上物は、輸入牛肉との差別化が図られる中でバブル経済にも支えられ弱含
みながらも堅調に推移しましたが、その他のグレードの牛肉については大幅な落ち
込みがありました。自由化前の枝肉価格には自由化後の価格差が既に折込済みであ
ると考えておりましたが、この考え方は、自由化後一転して覆りました。

 特に乳用種おす牛肉は、昨年6月から弱含みの展開の後、今年4月以降急激な値
下がりとなり、枝肉価格はB−2で800円/s台(対前年比80%)、B−3で同1,0
00円前後と低迷しています。これは肉質格差を反映した価格差が徐々に拡大してき
ており、今後ますますこの傾向は強まるのではないでしょうか。


わからないF1牛の評価

 F1牛は乳用種おす牛より肉質が良いと考えられ、酪農家の間にも大分浸透して
きています。しかしながら、枝肉価格の評価においては、その他肉専の格付の中に
入れられ適切な評価を得ていないのではないかと思われます。

 F1牛の中には和牛に近い肉質のものもあれば乳牛に近い肉質のものもあるのは
事実ですが、F1牛肉の位置づけがまだ市場で明確になっていないのではないので
しょうか。 


下がりすぎた枝肉価格、今が我慢の時期

 国内生産が増加基調であることに加え、輸入量が一時的に増加したことで国内在
庫量は増加し、さらに関税率は今後2年間にわたり10%ずつ下がります。これら国
産牛肉からみたマイナス要因は、短期的には牛肉需給の緩和を引き起こし、枝肉相
場の回復に暗い影を落としています。

 しかしながら、海外の肉牛の需給状況に眼を転じて見ますと、為替相場が今後円
高に向かうのか円安に向かうのかは別として、現在の国内での輸入牛肉価格が輸入
コストに見合ったものとは考えられません。また、原産地価格がこれからも更に下
がるものとは考えにくく、現在の原産地価格は底値であると思われます。(特に日
本向けに生産された枝肉価格のコストは上がっており、現時点で1,200円/s前後
である。)したがいまして、国内生産を巡る環境を長期的に見ると更に悪化するも
のとは考えにくいので、相場は、期待をも含め悪化してほしくないというのが今の
気持ちであります。

 今がまさに「辛抱の時期」なのです。


怖いのはチルドの輸入量、必要なのは高品質の生産方式

 フローズンビーフの輸入量はこれからもあまり増えないかもしれません。しかし
ながら、国産牛への影響が大きいチルドビーフの輸入割合が、自由化後高くなって
きていることから、今後のチルドビーフの輸入数量には大変関心を寄せています。

 品揃えの面(輸入牛肉は必要な時期に必要な量が揃うのに対し、国産牛肉は一定
量のロットを揃えにくい)からは国産牛肉の劣勢が言われていますが、これからの
国産牛肉は、和牛ではA−5、A−4、乳おす肥育ではB−3以上の生産比率を高
めるなど肉質重視の生産方式を確立することにより、輸入牛肉とは競合しない高品
質の牛肉をつくっていくことが必要であります。また、このような中においても肥
育期間の短縮を図るなどコスト面の配慮も必要です。

 輸入牛肉との競合を避けるためにはこれら牛肉をブランド化し販売していくこと
も重要なことです。 


自由化のしわ寄せを最も受けた酪農家

 自由化前に、生産意欲に駆られて割高な素牛を導入した乳用種おす牛の肥育農家
の中には、枝肉価格の下落に伴いピーク時においては1頭当たり10数万円の赤字を
出すという経緯もありました。その間におきましては、国や畜産振興事業団による
さまざまな対策がなされたところであります。

 現在の価格水準で素牛を導入することは、少なくとも生産段階で、かなりのコス
ト低下となります。今後の相場展開如何にもよりますが、これらの素牛を導入した
肥育農家は、それなりの経営見通しが立つような状況になってきています。

 しかしながら、自由化後の影響を一番に受けたのは酪農家であります。昨年5月
頃から経産牛の価格が下がり始め、と殺が進んだことにより生乳生産にも影響を与
えたわけであります。更に、今年4月の自由化突入からはヌレ子(乳用種おす子牛)
価格が大幅に下落し、ヌレ子生産農家である酪農家の収入は激減しております。

 中堅の酪農家でさえ今後の動向に非常に不安をもっており、年率5%で減少を続
けている現在約6万戸の酪農家が、今後どの程度減少するのかということが、肉用
牛の生産面から一番憂慮されることであります。


乳おす生産に影響を及ぼす、酪農家の懐具合

 乳用種おす牛肉を生産する肥育農家にとっては、酪農そのものが母体になってい
るわけであり、酪農家がやめるとそれだけ肥育する素牛の生産が減ってくるという
ことであります。

 逆の言い方をすれば、酪農家の収入如何が今後の乳用種おす牛の生産つまりは国
産牛肉の生産量に大きな影響を及ぼすことであり、その意味で酪農家の減少には大
きな危惧を抱いています。


心配な後継牛の確保

 最近における高品質乳を求める風潮から、早めに搾乳牛を更新する酪農家も多く
なってきており、だいたい3産程度で搾乳牛を更新する傾向のようです。 

 初産には肉専用種(F1)を種付けし、2回目以降からは乳用種を種付けするケ
ースが多くなってきています。その結果、雄、雌の生まれる確立が半々としても乳
めすは1頭しか生まれないことになり、健全な後継牛が確保できるのか心配です。


酪農家が本業で勝負ができる環境を!

 酪農経営が厳しい背景には、廃牛価格が異常なほど安いこともあげられます。経
産牛の飼い直しも、廃牛価格がこれだけ下がってくると難しくなってきています。
今の相場格差では飼い直しの効果よりも、むしろ餌代の方が余計かさむ傾向であり
採算が合わなくなってきているからです。

 一部地域では、地域内で搾乳と肥育をグループに分けてやることにより、乳肉複
合経営がうまくいっているところもあります。しかし、大幅な廃牛価格の値下がり
から肉牛の生産段階のみにとどまらず、製造メーカーと協力し、すそ物牛肉の加工
を行うことにより流通段階まで踏み込むことも検討しています。

 これからはヌレ子、廃牛の販売収益に多くを期待できないことから、酪農家は本
来の搾乳で経営体質の強化が図られるよう環境整備を図る必要があります。


粗飼料を食い込ませた肥育素牛の供給を

 素牛は体重で取引きされており、最近は、生産農家が手取り収入を少しでも早く、
少しでも多く得ようとするため、市場に出てくる素牛の中には余分な脂が付いてい
たりする場合があります。

 この場合は、肥育開始後2〜3ヵ月かけて脂を落とすことになり必然的に肥育期
間も長くなることから、ひいては牛肉のコスト高を招いています。

 大きく丈夫に育てるには、素牛のときに粗飼料をたっぷり食べさせ、しっかりし
た骨格なり内臓を作ることが大切です。また、そうしなければ後の肥育がうまくい
かなくなります。常々、素牛生産農家には、素牛の育成に当たって粗飼料を沢山給
餌するようにお願いしています。 


頭の痛い環境問題

 畜産経営にとって、環境問題も解決しなければならない重要な課題となっていま
す。これからの肉用牛経営は生産コスト低減の一手法として飼養規模を拡大するし
かありません。その結果、そこから大量に発生する汚水、ふん尿を大規模に処理す
る必要があり、ふん尿処理問題が経営に大きくかかわってきております。特に養豚
農家にとっては重大な問題となっています。

 ふん尿を処理するに当たっては、排水規制が厳しくなってきています。そのため、
農協においてもふん尿を水分と固型分に分離し、ふんは肥料として畑地等に還元、
尿は採草地で蒸発させることにより無排水でふん尿を処理する研究を行っています。
経営との関係でコスト的にまだ問題が残っていますが、見通しとしては実用化でき
るのではないかと思われます。しかしながら、これらの技術開発に要する試験研究
費を農協がすべて負担することには限度があるので、何らかの形で公的機関からの
助成が受けられればと考えています。


制度資金に工夫を!

 日本での肉用牛経営の特色は、肥育期間が長いことです。経営合理化の一つとし
て一時期若齢肥育の動きがありましたが、今日的にみて肥育期間を短くすることは
結果的には肉質的に輸入牛肉と更に競合してしまうおそれがあります。そのため、
畜産農家は経済変動が予測できない中で牛を飼っていかなければならず、この長い
生産期間が畜産経営をリスクの多いビジネスにしています。

 外国の肉用牛経営は、肥育期間が短い分、投下資本を回収する期間も短いことで
す。それだけに、日本の肉用牛経営は、国等からの資金面での相当なテコ入れを必
要としています。

 国等においては頑張っている生産者のために色々な融資制度を用意しており大変
感謝しております。農家指導に当たっている農協職員は、貸付農家のTPOに合わ
せてこれらの融資を適用していますが、融資制度の種類及び内容が細分化されすぎ
ているため選択に苦労しています。 

 そのため、わかりやすい資金制度として再編成して頂ければと思っています。

                                 (以 上)

元のページに戻る