★ 国内現地の新しい動き


牛が暴落すると敬遠されるセリ市

財団法人新農政研究所 理事長 松浦 龍雄


 生牛、牛肉の暴落が、生産者の間で深刻である。証券市場で株式が下がると薄商
いになって、売買契約がそもそも成立しなくなる。ところが牛は毎日飼料を食べ成
長し、適期にはと畜して肉にしなければならない。泣く泣くコスト割れで出荷せざ
るを得ない。

 このあたり金融商品の流通と農畜産物の流通の本質的な違いである。そこで生き
ている牛が流通に当たって通らなければいけない関門、家畜市場はいまどうなって
いるか。このような状況のなかで家畜市場の在り方を明らかにすることは非常に重
要だろう。

 畜産振興事業団の子牛価格補てん基準価格算定の基礎となる肉用育成素牛(乳用
種、約250−200s)の相場は、平成2年8月に値下がりしたあと反騰し、9月には
20万円を上回っていた。その後じりじりと値を下げて今年の6月には15万円台を割
り込み、8月には13万7千円まで下がっている。

 証券市場なら薄商いだが、家畜市場も単価が値下がりした分、金額表示では薄商
いとなる。手数料収入に依存する家畜市場はもちろん、市場に搬出入する家畜商や
農協だって収入減となる。そして生産者はコスト割れ出荷を泣く泣くつづけること
になる。もちろんこうした事態は、牛肉の自由化に伴ない予想されていた。

 もっともコスト割れがはっきりと判るのは、なんといっても肥育生産者である。
1頭25万円からの育成素牛を仕入れて、1年間肥育したあげく手取り25万円で手離
なすなら、なんのことはない、1年間がタダ働きになり、タダ食われという泣くに
泣けない思いをする訳である。

 9月10日、旭川空港に降り立って、すぐ近くの前田牧場をたずねた。前田逸雄さ
んはご夫妻と26才の息子さん、5人の従業員で搾乳牛180頭、ほかに育成牛などし
めて250頭規模の酪農経営。といっても家畜商から転出した前田さんは自給飼料生
産はやっていない。北海道ではちょっと珍しい経営だ。それだから肉用牛の暴落は
身にしみる、特に乳用老廃牛。これは従来から政策も対象にしていなかった。値下
がりがストレートである。ところが酪農家にとってはつらい。

 「これまでは老廃牛2頭を売ると初妊牛1頭が45、6万円で買えた。これに自家
育成をあわせると、ちょうど今の規模を維持できたのに、最近は老廃牛なんて見向
きもされない。3頭売ったって初妊牛に手が届かないのだから調子が狂っちまう。」
そうである。

 乳業家にとって乳用種の肉利用は実は大きな息抜きの場といわれていた。かとい
って、これまで乳用肉牛種の老廃牛や育成子牛は非常識に高過ぎたのだから、私と
しては大きく同情する気にはならない。搾乳で堂々と利益をはかったら如何ですか
と言いたくなる。なにしろ乳製品を緊急輸入するほど加工原料乳は不足しているの
である。なにも不足払いに頼るだけが能であるまいと言いたくもなる。たしかに最
近原料乳価格に押さえられ、補給金単価も安くなっている。だが、私が昨年秋歩い
たフランス農村の酪農はわが国の不足払い金を差引いた1g50円から47円の乳価が
手取りなのだから、調整ワクをはみ出したからといって恐れることはない。まして、
現在は運用上生産調整ワクは青天井になっているはずである。

 ところが前田さんによると、翌年のワク決定にあたってペナルティがかかる仕組
みとか、本当ならこの原料乳不足の時期にとんでもない硬直的な政策運用が行なわ
れているものだと呆れ返る。



メッキはげただけのホクレン市場

 だがその問題は本稿のメインテーマではないからさて置くとして、翌日は旭川市
のホクレン中央家畜市場のセリ風景を見学することにした。南江勝ホクレン旭川支
所酪農課長らの説明で、安値の実態がよく判った。まず平成元年6月には32万円を
上回っていた乳用老廃牛が、今年の6月には15万円、9月11日セリの平均価格は12
万8千円である。同じく育成牛(生後半年)は2年前の30万円を上回る相場から15
万円を割り込んでいる。生後1週間程度のヌレ子となると、かっての15万円を上回
る相場から7、8万円水準と半値である。

 もっともヌレ子は本来1頭7万円から5万円ぐらいが適正価格と思っていたので、
直ちにヌレ子が安いという印象は受けなかった。好況のメッキがはげただけである。
しかし、それにしても老廃牛は安いなと思う。さて、そうなると安い相場をチャッ
カリと利用してもうけている向きがあるはずである。安ければ関係者は皆損をして
いると思うのは市場の本質を知らないからだ。私は安値で利益を出している人を見
抜いてやろうと思った。

 いったいそれは誰だろう。出荷する生産者、持込む農協、家畜商、さらにセリを
行うホクレンのとどれでもない。単価が安くなれば困る人ばかりである。値が下が
って喜ぶのは買い手である。その買い手だって、いざ転売する時安くなって困るの
が常識なのだが、そこが違う。消費者が最後に安値の受益者とならない所に実は流
通のカラクリがあるはずだ。目をサラのように電光掲示板を見ているうちに、どう
やら答が判った気がする。



安値でもうける人が必ずいる

 セリ番号70番と180番の買い方の違いがどうも気になるのである。まず、70番は
老廃牛の10万円以上にはまず手を出さない。10万円以下をネライ打ちしている。A
社という大手水産会社の系列会社で市場の近くに処理場を持ち、冷凍ハンバーグ製
造をしているそうだ。明らかにヒキ材ネライである。

 これに反して180番は12、3万円の老廃牛がネライである。ほぼ平均水準あたり、
絶対に半端な安物に手を出さない。この180番は家畜商の坂井秀昭さんという人だ
った。自家牧場で1−3ヵ月肥育し直して、全量B社へ、生体で本州送りである。
どうやらB社はヒキ材用と生鮮肉で売れる部分をキチンと仕分けるらしいのである。
「A社だって生食用も売っている。」そうだから、結局はたち割った際の肉質次第
なのだが、それにしても二束三文の捨て値とはいい乍ら、実はキチンと見わけられ
て買われている。

 私の友人のさる肉屋さんが言うように「こんな時代は安物肉の方がもうかる。」
のである。とにかくスーパーの店頭で冷凍ハンバーグが値下げになったという話は
聞かない。このあと帯広で私の友人の肥育生産者のKさんが自家製の肥育牛のハン
バーグを1個200円で売り、連日全量売切れを続けていた。老廃牛のヒキ材製とま
ともな肥育牛のクズ肉製では味がちがうことは消費者はちゃんと見わけるのである。
もっとも彼のハンバーグ200円の内訳は材料コスト150円、加工手間賃40円で手取り
10円の収益という文字通り勤労奉仕的価格なのだ。かりに1個250円に値上げすれ
ば収益性は良いが、売れ行きがガクンと落ちるはずだ。消費者は同じヒキ材のクズ
肉でも肥育した乳用雄と老廃乳牛では味が違うと認めてくれるものの、それはお値
段と相談の上の話である。あまり高ければソッポを向く。オビヒロ・テキサスの店
頭で私の友人Kさんは消費者行動をしきりと分析していた。ハンバーグは差別化し
にくい大衆商品である。それだけに安い老廃牛は貴重だ。そしてかりに生鮮肉で売
れる部分があれば収益性はまた上昇する。ホクレン市場の老廃牛相場の背景に安値
を活用して、しっかり利益を出す人たちがいることに気づいた。

 その日の市場は、総出荷数468頭(うちヌレ子192頭)で売買成約は426頭だった。
平均価格は乳用種育成牛14万4千円、初妊牛31万1千円、経産牛24万3千円、肉用
育成牛は11万2千円、ホル牡7万円、肉用老廃牛12万8千円という水準だった。市
場のあちこちで「安いな」という歎声が聞こえた。しかし私は直ちに同調できない
気持ちである。つまりこれまでの牛肉高値が異常だったから、本来このあたりでガ
マンしなさいという感じがどうしても拭えないのである。そして老廃牛を上手に自
分のネライ目にあわせて買いこんでいる人がむしろ落着いているとさえ思った。育
成素牛やヌレ子が安いのは肥育生産者にとってはむしろ有難い。現在ホル牡肥育の
市場価格が下がっているだけに、肥育生産者の採算割れのほうが心配である。すで
に枝肉1s800円台、老廃牛なら500円以下との声も聞けるだけにこの程度の下げに
耐えられなくてどうする。畜産基地北海道の名が泣くぞとさえ思ったのである。

 翌日愛別町から美瑛町を走り回って肥育生産者に会う。果せるかな1頭15万円以
上の高値ヌレ子を仕入れて、いまちょうど出荷期である。会った3人ともヒイヒイ
言っていた。中にはヌレ子を半年間育成して出荷する人もいる。本州の肥育生産者
に送るのである。自分の資本力、生産条件に見合った経営をすべきなので、決して
背伸びしてはいけない。その点きわめて賢明な感じがした。

 だが、美瑛町の渠夢舎(ビームシャ)の上田利昭さんの経営は気の毒だった。
1,800頭規模のヌレ子からの一貫肥育、飼料畑は40ha、技術的にもこれまで各地で
見た肥育経営と遜色ない立派なものだ。



肥育生産は10万−4万円の赤字

 「貴君の生産コストは1頭当たり36万円、ヌレ子購入価格は現在出荷分は15、6
万円、エサ代や管理費をみると単純に言うと1頭10万円の赤字だね。」とズバリ切
り込んでみた。上田さんは「全くその通り。いまは社会福祉事業です。」と冴えな
い表情だ。もっとも子牛価格安定基金の補てん金や緊急対策の補給金など何やかや
の助成をあわせると最大限4万円近くの穴埋めがある。また、コストのうち労賃、
資本利子部分などを差引いたものを支出負担とみると多分4、5万円程度の出血の
はずだ。それにしてもあらゆる飼養管理技術を駆使して赤字生産なのだからこれは
悲しい。これまでに1頭10万円以上の利益が出たこともあったではないかと言えば
それまでの話だが。こんな赤字経営は財界人ならもう大騒ぎしているはず。農民は
苦労に強いというが、よくガマンできるものだと感心してしまう。

 私はこんな時の農業者を見ると胸が痛くなる。自らは最大限の努力をして、何の
責任もないのに相場が悪ければ、それだけでヒドイ目にあわなければならない。し
かも牛肉自由化後、市況は下ると明らかに予想されたのにあらかじめ対抗する手段
がない。子牛価格安定基金があるといえばその通りだが、不足払いは結果に対する
救済措置であって、予想される損失を回避できる仕組みではない。やはり先物相場
が必要だと思うのは上田さんのような人を見た時だ。見るからに精かんな上田さん
だが表情は元気がない。対抗する武器が持たされてないのは、本当に気の毒である。



十勝商協への出荷は半減

 ホクレン市場では、よく判らなかった市場の事情が13日、幕別町の十勝家畜商協
市場に行った時、一気に判明した。まず、第一にホクレン市場より家畜商協市場は
その時の相場の動きを先鋭に反映する。高値安値が非常にシャープなのだ。したが
って今回は見事に安値が突出していた。当日は上場頭数602頭(うちヌレ子358頭)
で売買成立503頭(同302頭)だ。明らかに通常より出荷が半減している。この市場
は過去2回見ているから、繋留場を見ただけで「少ない」と判る。
 
  第一の不思議。相場が安いと出荷が減る。農家から出荷される牛がそんなに減っ
ているはずはないのだから、多分セリを敬遠しているのである。
 
  敬遠するはずだ。兎に角安いのである。ホクレン市場よりはかなりシャープな値
下がりの様相を見せている。まず、この市場の特色である初生ヌレ子が平均雄4万
3千円、雌1万8千円だ。これではいくらなんでも酪農家が気の毒である。ちょっ
とやせていたり貧弱なもの、フリーマティンだったりするともう1万円以下はざら。
しかもそうしたキズものがやたら目につくのだ。どうもまともなヌレ子は生まれな
いのか。北海道の子牛はひところより水準が落ちたのかと思うほどだ。250s前後の
肉用育成素牛だって10万円を割り込むのがいかにも多い。雌子牛は明らかに軒並み
6、7万円の感じだ。老廃牛もここでは10万円以下が目立つ。初妊牛はほぼ25万円の
線に乗っているようだが、目立つのは出荷者の引取りが多いことだ。要するに安いの
で出荷を拒否してお持ち帰りである。こんな厄介な手数をかけるより、1産でも2産
でも余計に搾乳した方がよいのにと思ってしまう。妊娠牛の平均価格がなんと12万
7千円というのには驚いた。



セリ市から逃げて本州へ

 ところが旧知の佐々木久勝参事にいわせるとセリ市場だけ見ていては十勝の牛需
給、流通は判らないのである。

 「一日のセリ市総売上げがわずかに3、4千万円では、盛時の半分以下、以前は
ヌレ子だけでもそのくらいにはなった。持込む家畜商も、扱う市場もこんな手数料
収入ではやっていけませんよ。」という訳。昨年あたりから家畜商協の職員が十勝
一円、さらに根釧まで足をのばして農家に呼びかけ、牛を集めて市場に出さずに本
州のユーザーに直接送っているのだそうだ。したがって肉用育成素牛でいえば年間
4,500頭は市場に上場されていない。「セリに出るのはキズものとか。まともな取
引にならないのが出るだけですよ。」とのこと。

 これでは、安いのは当然だが、それよりも市場経由が減ったという話のほうが興
味がある。数年前米コロラド州、デンバー近郊の家畜市場でセリ上場は、滅多にな
いと閑古鳥が鳴いている状況を見て驚いたことがある。場外の繋留場にも種牡牛が
1頭ポツンとペンにいるだけだった。出荷された肥育素牛の大部分はセリ以前にこ
のペン取引である。いや本当は農家の牧場に買入れ人がやって来て、そこで売れて
しまい市場にはやってこないのだ。しかし家畜市場に牛は来なくても取引はスムー
ズに行なわれている。といわれて、判ったような判らないような混乱におち入った
ことがある。

 佐々木参事は「市場に出してセリをしなくても取引が効率的、円滑に行なわれれ
ばそれで良いでしょう。」と割り切っている。単価が下がれば費用対効果比からみ
て、市場へ出さなくてもよい方向へ進むのはむしろ当然である。流通がこのため停
滞している訳ではない。「私の所が北海道の市場の代表的存在とみられているのは
当然だ。確かにこれまでもホクレン市場より高値も安値も大きく振れ、しかも早期
に現れています。ホクレンの牛肉引取り価格が前月市場の平均価格を使うように、
どうしても農協は反応が遅いですよ。その点わが方はきわめて敏感に反応する。」。

 総じて現物市場の相場の反応は鋭敏だ。いや、鋭敏過ぎると言うべきだろう。米
国でもUSDAなどの現物市場は鋭角的な上昇下降を描きシカゴCME先物価格ははるか
にゆるやかな曲線となる。だから市況に過敏に反応を起こす必要はない。そうは言
うものの、幕別市場に限っていえばわずかに上場頭数の2頭(その日)という育成
素牛価格がそのまま全国平均の基礎数字に採用され、そのほかに年間4,500頭もの
セリを経由しない育成素牛があるというのでは、これはちょっと重要な問題点では
ないのだろうか。北海道の牛市況の指標のひとつである幕別市場の状況はなにか最
近の牛市況暴落の背景にひそむ重要な見逃がし≠ェあることを示しているようだ。

 「安いなあ」という歎声を歎声だけで終わらせるには、余りにも重大な兆しがそ
こに潜んでいるようだ。市場を経由しない流通はヌレ子、育成素牛だけではない。
肥育牛でも、安値になればなるほど市場を敬遠するようになるらしい最近の傾向は
重大である。

                                 終  り

元のページに戻る