★ 事業団通信


高品質畜産物の産地形成と産地銘柄保護規制政策について
―フランスのブレス鶏(AOC法適用)とルエ鶏(赤ラベル法適用)にみる産地等表示の実態―

吉田忠(京都大学教養部教授)


(一)はじめに

 現在わが国の畜産は、その国際化の中で国民の需要動向に合わせた高品質化の方
向が強く求められている。しかしそのためには数多くの問題の解明が必要であるが、
特にその産地の形成・維持・発展に関し次の問題がある。

(イ)高品質畜産物をもたらす生産技術的要因は特別な飼養方法か、それとも特殊
  な品種・系統の存在か。土地をはじめ自然条件はどこまで規定的か。

(ロ)産地の形成と維持発展における産地組織とそのリーダーの役割はどうか。

(ハ)高品質畜産物で一般に見られる品質と生産性の逆行関係はどのようにあらわ
  れ、どのように解決されているか。

 さらにある産地の特別な生産物であることを示す産地銘柄に関し次のような問題
がある。

(イ)消費者や流通業者にそれを知らせ保証する手段としていかなる商品化戦略が
  とられたとき、効果的か。

(ロ)産地銘柄の確立と維持発展に関して、どのような政策的支援と規制が効果的
  か。

 これらの問題、とくに産地銘柄の保護規制に関し最も進んでいるのは、産地銘柄
規制法(Appellation d'Origine Contrôlée,AOC法,1919)、商標法(Les Lab
els,1960)での農産物食品商標規定(Les Labels Agricoles et Alimentaires,
通称赤ラベル法)等により産地銘柄を保護育成しているフランスであろう。筆者ら
のグループは本年3月、世界に知られた高品質鶏肉のブレス鶏(AOC法適用)をブ
ール・カン・ブレス(アン県々都)、ルエ鶏(代表的な赤ラベル法適用鶏)をル・
マン(サルト県々都)で調査した。我が国でも平成元〜2年の両年度にかけて食肉
産地等表示のガイドラインが策定されたが、それをさらに発展強化させるために調
査の結果を紹介したい。


(二)生産と流通の概況

 まずブレス鶏である。ブレス鶏はブレス地方の地鶏として中世から知られていた。
12世紀ごろから飼養されており、15世紀にはブレス鶏の名が史料に見られるという。
16世紀末にはアンリ四世に愛好され、19世紀初頭にブリア・サヴァラン『美味礼讃』
で激賞されたりするなかで、最高の食材という声価を確立した(1)。1957年にはB
11(大型系)、B55(多産系)の両系統が確立され、またこの年に産地銘柄規制法
が適用されることになった。

 現在、ブレス銘柄で、ブレス鶏(若鶏、Poulet de Bresse)、ブレス肥育メス
(Poularde de Bresse)、ブレスケポン(肥育オス、Chapon de Bresse)、七面
鳥、ほろほろ鳥、鴨、あひる、がちょう、鳩等が生産されている。このうちブレス
鶏、ブレス肥育メス、ブレスケポン、七面鳥が産地銘柄規制法の対象になっている
が、量的にとびぬけて大きくその重要性が最大なのはもちろんブレス鶏である。ブ
レス鶏は、現在、約600戸の生産者が年間約150万羽を生産している。なお、フラン
スでのブロイラー生産は約8億羽、赤ラベル肉用鶏生産は約6千万羽である。

 産地銘柄規制法の対象は、法の本来の目的であるワイン、ブランデーのほか、チ
ーズ、バター、クリーム、ブレス家禽等であるが、この法によってブレス鶏の銘柄
をつけうるものは、産地(アン県とその隣接2県)、素びな(指定品種)、飼養期
間(初期35日以内の舎飼い、9週間以上の圃場での放し飼い、8〜15日のケージで
の仕上げ)、飼料(1羽当たり10u以上の放し飼い用圃場、指定された穀物・乳製
品)、処理方法(口腔内動脈カット、頭部とその羽毛の残存等)、包装等々で法の
定める規制に従ったものに限られる。その施行と監督に当たるのは、全国産地銘柄
機構(l'Institut National des Appellations d'Origine,I.N.A.O.)であり、
この地方ではブルゴーニュワインの中心マコンに支所ある。より直接的には、法に
もとづくブレス家禽関連業者委員会(Comite´ Interprofessionnel de la Vola
ille de Bresse,生産者、処理業者、レストラン、小売商の代表19名からなる)が、
厳しい自主規制を行っている。

 ブレス鶏は、腸のみ除去の丸と体で出荷されるが、リヨンの公設市場でのs当た
り小売価格は、ブロイラー20〜22フラン、赤ラベル鶏(アルデッシュ産)30〜33フ
ランに対し、60〜66フランであった。またレストランでの代表的料理は、丸と体ま
たはパーツをオーヴンで焼いてソースをかける形である。

 次に赤ラベルの家禽ではもっとも有名なルエ鶏である。ブリア・サヴァランが
「フランスでは三つの地方が最良の飼鳥類の産地として名誉を争っていた。…ペイ
・ド・コー、ル・マン、ブレッスがそれである」と書いているように(2)、ル・
マン周辺の地鶏は有名であったが、それが組織化され産地銘柄として確立されるの
は、現在その理事長を務めるヴォーガルニ氏が1960年にルエ農家家禽擁護組合(Sy
ndicat de Défense des Volailles Fermières de Loué,SYVOL)を設立してか
らである。地元出身の同氏は農林省職員としてサルト県に勤務したが、ル・マンの
東約40qのルエ村を中心とする地鶏生産が衰退しつつあるのを案じてSYVOLを設立
し振興を図った。1966年には白若鶏(Poulet Blanc)に赤ラベル法が適用された。
現在、ルエ村中心に40qの範囲で約950戸の生産者が若鶏(年産約2200万羽)、ほ
ろほろ鳥(同200万羽)、鴨(同100万羽)、七面鳥、がちょう等を飼養しているが、
いずれも赤ラベルに指定されている。ルエ鶏と通称される若鶏には白若鶏のほか黄
若鶏(Poulet Jaune)、黒若鶏(Poulet Noir)があり、現在の構成比はそれぞれ
6割、2割、2割であるが、黄若鶏がふえる傾向にある。

 商標法による赤ラベル制は広範な高品質農畜産物に適用されているが、畜産物で
は家禽類(全国30地区)と食肉、食肉加工品、乳製品等に赤ラベルが与えられてい
る。農林省担当官の説明によれば、産地銘柄規制法と赤ラベル法は、(イ)生産者
の自主制を基本とし、(ロ)客観的かつ計量可能な基準にもとづき指定し、(ハ)
その基準に従って生産されているかを政府およびその認可をえた機関が検査をする
点で共通するが、産地銘柄規制法が、伝統的な生産方法があってそれがある地域の
土壌と結びついており、かつその土壌と結びついた在来品種があること、という条
件が要求されるのに対し、赤ラベル法の場合、特定の土地ないし土壌との結びつき
が要求されない、という。畜産物がブレス家禽を例外として産地銘柄規制法の適用
を受けられず、赤ラベル法の適用が主であるのは、家畜飼養が特定地域・土壌との
結びつきが稀薄なためであるようだ。ルエ鶏(白若鶏)の場合、赤ラベル法によっ
て、品種、1羽当たり2u以上の放し飼い用土地、穀物等の飼料の内容、81日以上
の飼養期間のほか、処理方法(こゝでは頸動脈カットで首を落とす)等が定められ
ているが、SYVOLでは、サルト県内への産地限定、4,000羽単位のオールイン・オー
ルアウト方式、1u当たり11羽の鶏舎での4週間の舎飼、そのあと生垣と日陰用樹
木をもつ土地での放し飼い、自家産小麦の給与、91日以上の飼養期間と最後の1日
の絶食等の条件を加えていた。

 ルエ鶏がこれらの条件を守って生産されているかは、全フランス赤ラベル家禽組
合(Syndicat National des Labels Avicoles de France)とSYVOLによって検
査されている。


(三)問題の検討

(1)産地の形成と維持発展
 高品質肉用鶏を生んだ最大の要因は、産地が在来種的な優良品種・系統をもって
いたことである。しかしブレス鶏でB99という新系統が作られつつあるように、品
種・系統は固定的ではない。また、そのメリットを強めるものとして放し飼いや長
期肥育等の独自な飼養方法が結びつけられている。

 特定の土地・土壌との結びつきは、産地銘柄規制法で本質的要件とされているの
に対し、赤ラベル法では条件にあげられていない。しかしルエ鶏がサルト県に限定
されているように、高品質畜産物にとって特定産地への限定は声価を高める有効な
手段である。

 次に産地組織とリーダーであるが、ルエ鶏のヴォーガルニ氏とSYVOLの例に見ら
れるように、産地と産地銘柄の確立と発展にとって必須の条件である。さらに注目
すべき点は、ブレス家禽関連業者委員会にレストラン、小売商の代表が入っており、
レストラン代表の高名なシェフが長く会長を勤めていることである。消費サイドに
近い関係者が産地銘柄の維持発展に深くかゝわっており、その制度が法令で保障さ
れていること、これがフランスの産地組織の特色である。

 次に品質と生産性の逆行関係であるが、120〜30日齢で2.2sほどに仕上げる「伝
統固執的」なブレス鶏と80〜90日で2.1sにする「規模拡大的」なルエ鶏との対比
が示すように、より高品質であればあるほど逆行関係は大きい。もちろんその逆行
関係は、品種改良をはじめとする技術革新で縮小可能である。しかし、法令や自己
規制によって生産性を犠牲にする飼養方法がとられるとき、供給制限や計画生産に
よる製品差別化ないし需給調整の戦略になっていると見ることもできる。

(2)産地銘柄と商品化戦略
 産地銘柄を基軸とする商品化戦略については、フランスの高品質肉用鶏から学ぶ
べき点は多い。それは中ぬきの形で小売されるが、赤ラベルをつけたルエ鶏は非常
に目立つ形で並べられている。加えてそのラベルには産地や飼養方法の特色が詳し
く書いてある。ブレス鶏の場合、ラベルに加えて頭部が飾り毛とともに残されてお
り、いっそう目立つものとなっている。なお頭部の皮膚が無傷であることはチルド
での日持ちをかなり大幅に伸ばし、また腸以外の内臓を残すことは胃から給餌状態
を肝臓から健康状態を知る便宜を購買者に与えるという。またレストランでのブレ
ス鶏料理には、ブレス鶏マークの小さな金属バッチがつけられる。既述のように、
産地銘柄規制法でも赤ラベル法でも、飼養と処理に関する行政検査と自主規制は極
めて厳しい。それを基盤に、このような商品化戦略は効果をあげているのである。
またその背後には、豊かなフランスの大地が生んだ農産物が世界最高のフランス料
理を支えているのだ、というフランス国民の自負がある、と見るべきであろう。

(付記)本稿は、畜産振興事業団の研究費助成による宮崎昭、小島洋一と筆者との
   共同研究の成果の一部を、筆者の責任でまとめたものである。

(注)
(1)文献〔1〕(上)113〜4頁、(下)198〜200頁、文献〔2〕62頁。
(2)文献〔1〕(上)113頁。


参考文献

〔1〕プリア・サヴァラン、関根=戸部訳『美味礼讃』(上)、(下)、岩波文庫、
  1967。
〔2〕宇田川悟『食の大地フランス』柴田書店、1990。
〔3〕駒井亨「フランスの赤ラベル鶏」、『畜産の研究』39巻8号、1985。
〔4〕日本食鳥協会『海外における鶏肉の品質に関する調査(フランスにおける赤
  ラベル制)』1980。


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