★ 事業団通信


牛乳・乳製品の需要拡大に関する実証研究

長谷部正(東北大学農学部講師)
伊藤房雄(東北大学農学部助手)


1.目的

 本研究の目的は、需要関数分析を中心に欧米諸国との比較を通じて、牛乳・乳製
品の家計需要の変化要因を明らかにし、さらに調査結果をもとに、わが国の牛乳・
乳製品の消費拡大策について提言をおこなうことである。


2.わが国の牛乳・乳製品の需要関数分析

2−1.計測の前提
 牛乳・乳製品を対象とした従来の需要関数分析を整理してみると、次の点が指摘
できよう(なお、詳細は報告書を参照のこと)。第1に、牛乳を対象とした研究が
多い反面、バター・チーズなど乳製品の計測例が極めて少なく、特に乳製品につい
ては1980年代の分析が行われていない。第2に、それぞれの研究結果から得られた
価格および所得弾力性の推定値が、大きく分散している。これは、主に各研究の計
測期間の違いに起因するものと思われる。経済発展とともに食生活様式が変化する
ことは広く知られているところであり、食料消費の分析を行う上で、時期区分を適
切に行う必要がある。

 そこでわれわれは、牛乳、バター、チーズの3品目を対象に、1966〜90年の総務
庁『家計費調査年報』を用いて各品目ごとに時期区分を行い、4半期データにより
各期ごとの品目別需要関数を計測した。推定モデルは両対数線形の需要関数であり、
推定には通常の最小自乗法を適用した。基本変数は、自己価格と家計支出総額で、
これに、補完財ないし代替財価格を加え、季節性をとらえる季節ダミーを導入した。

た だし、チーズについては、いわゆる家計消費がブームに左右される面があるこ
とから、それをとらえるためのダミー変数を導入した点が他と異なる。

2−2.計測結果
 牛乳、バター、チーズの需要関数の計測結果は、表1に示す通りである。これを
もとに牛乳・乳製品の家計需要の変化要因を整理すると、つぎのようになる。

 牛乳とチーズは、基本的に実質価格の低下により需要が増大している。ただし、
バターについては、所得弾力性がマイナスであることと、食生活全般の健康志向で
マーガリンとの代替が進んだことでその消費は減少する。

表1 わが国の牛乳・乳製品の需要関数の計測
品目 時期 定数項 価格
弾力性
所得
弾力性
交差
弾力性
季節
ダミー1
季節
ダミー2
季節
ダミー3
シフト
ダミー
自由度修正済決定係数 ダービンワトソン比
牛乳 1966-71 -0.339
(-0.136)
-0.200
(-0.560)
0.552
(5.445)
-1.009
(-3.245)
0.204
(6.958)
0.326
(10.205)
0.315
(8.425)
  0.938 0.685
1972-86 -3.735
(-1.345)
-0.304
(-3.803)
0.560(3.369) 0.067(0.361) 0.182(11.930) 0.282
(16.684)
0.178
(5.508)
  0.943 1.624
1987-90 -1.966
(-0.489)
-0.803
(-2.499)
0.800
(3.615)
-0.475
(-0.731)
0.124
(10.946)
0.208
(19.036)
0.053
(2.032)
  0.978 0.979
バター 1966-73 15.932
(3.523)
-0.754
(-2.621)
-1.113
(-4.047)
0.128
(0.449)
0.164
(4.348)
0.081
(1.985)
0.446
(6.555)
  0.722 1.406
1974-86 3.501
(0.970)
-0.684
(-2.674)
-0.375
(-1.485)
0.797
(6.059)
0.053
(2.128)
-0.012
(-0.443)
0.447
(9.889)
  0.927 1.985
1987-90 -22.457
(-2.173)
-0.208
(-0.338)
1.729
(2.961)
0.223
(0.251)
-0.012
(-0.329)
-0.083
(-2.091)
0.203
(2.711)
  0.933 1.482
チーズ 1966-74 -11.210
(-4.007)
-1.069
(-6.112)
1.385
(6.777)
0.033
(0.906)
0.023
(0.611)
-0.085
(-1.477)
  0.306
(5.159)
0.891 1.288
1975-90 -5.783
(-3.277)
-0.321
(-2.313)
0.595
(5.989)
0.076
(4.309)
0.023
(1.282)
0.165
(7.382)
  0.067
(4.229)
0.870 1.815
註
1)代替または補完財として、牛乳では食パンを、バターではマーガリンをそれぞ
 れ設定している。
2)季節ダミーは、第1四半期を基準としている。
3)チーズ需要のシフトダミーは、1966〜69、1988〜90年を1、それ以外の年を0
 とている。
4)( )内の値はt値である。


 品目別には、つぎのような特徴が明らかにされた。牛乳の場合、自己価格の効果
が無視できない。特に、スポーツ飲料やミネラル・ウォーターなどの代替飲料が増
えたため、近年価格弾力性が高まっている。また、従来より気温との関係から牛乳
需要の季節性が重要視されてきたが、季節ダミーの値は経年的に小さくなってきて
おり、近年は周年化の傾向が進むとともに、それがまた需要の増大につながったと
考えられる。

 バターについては、最近所得弾力性がプラスに転ずるなど、減少傾向に歯止めが
みられる点が注目に値する。特に、マーガリンとの代替効果は一段落したものと考
えられる。

 チーズは、ダミー変数の値より、最近のピザ、ケーキ、ティラミスなどのブーム
に引きずられた家庭消費の増大という点が確認できる。しかし、所得弾力性が低下
していることにも現れているように、成長率ダウンの兆しが現れている1)。


3.欧米の需要分析との比較

 表2は、欧米諸国で従来行われてきた数々の研究結果の中から、最近時を対象と
した結果を整理したものである。これと、表1のわれわれの計測結果とを比べてみ
ると、次のことがいえる。

 欧米諸国における牛乳・乳製品の消費増加が、基本的には実質価格の低下によっ
てもたらされたことは、日本の場合と同様である。Heienand Wessells(1988)の
研究でも、アメリカにおける牛乳やバターの消費減退の第1の要因として、価格上
昇が指摘されている。

 牛乳の価格弾力性をみると、ECの弾性値が最も低い。これは、ECにおいては
牛乳が伝統的な飲料であり、かつ、日本やアメリカと比べて競合飲料が少ないこと
を反映しているものと考えられよう。

 バターの所得弾力性は、最近の日本では1より大きいのに対し、ECでは1より
小さいことが確認できる(アメリカでは1)。また、マーガリンとの交差弾力性の
値から、バターとマーガリンの代替はかつての勢いはなくなったと考えられよう。

 チーズの価格弾力性は、ECと日本においてほぼ同じ値である。(所得弾力性に
ついては、オランダの値をみると、日本より低く、チーズ需要が必需品であること
がわかる。)

 なお、チーズは地域ごとに違ったものがつくられているという現実がある。イタ
リアなどEC南部では、とりわけその傾向が強い。このうち今回調査したイタリア
はパスタが主体であるため、それに利用されるチーズも極硬質が好まれるという特
徴がある。この点で、パルメザン・チーズの需要関数を分析したボローニャ大学の
Messoriand Vezzani(1987)の研究は興味深い。彼らの結果によると、品質の良い
バルメザン・チーズの所得弾力性はほぼ1と高く、また、価格弾力性も高く、競合
商品との代替もみられる。

表2 欧米の牛乳・乳製品の価格弾力性および所得弾力性

品目地域価格弾力性所得弾力性交差弾力性計測期間
品目 地域 価 格
弾力性
所 得
弾力性
交 差
弾力性
計測期間 備考(研究者、対象地域の限定) 5)
牛乳 欧州 ‐0.13 1)
‐0.14 1)

0.23 1)
   1965〜79 A.Oskam(1989),for EC
A.Oskam,E.Osinga(1982),for Netherlands
米国 ‐0.28
‐0.63
0.13
0.77
 
2)
1975〜87
1977〜78
D.J.Liu,H.M.Kaiser,O.D.Forker,T.D.Mount(1989)
D.M.Heien,C.R.Wessells(1988)
バター 欧州 ‐0.44
‐1.00
0.08
0.58
0.03 3)
1971〜84
1980〜86
A.OSKAM(1987),for EC
A.OSKAM(1988),for Netherlands
米国 ‐0.73 1.06 0.36 2) 1977〜78 D.M.Heien,C.R.Wessells(1988)
チーズ 欧州 ‐0.4
‐0.34
‐0.60

0.36
1.01


0.64 4)
1980〜86
1977〜82
A.Oskam(1989),for EC
A.Oskam(1988),for Netherlands
F.Messori,M.C.Vezzani(1987),Parmigiano−Reggiano
米国 ‐0.52
‐1.10
1.01
1.02
2)
2)
1977〜78
1977〜78
D.M.Heien,C.R.Wessells(1988),Cheese
D.M.Heien,C.R.Wessells(1988),Cottage Cheese
註
1)牛乳ではなく、生乳についての弾性値である。
2)	牛乳・バター・チーズ・カッテージチーズの代替または補完財として、それぞ
 れ11品目が考慮されている。3)バターの代替財としてマーガリンが設定されて
 いる。
4)パルメザンチーズの代替財としてグラナパダナ(チーズ)が設定されている。
5)欧米での従来の研究の詳細については、報告書を参照のこと。


4.EC調査による消費拡大への示唆

 ECでは、牛乳・乳製品は日本の漬物のように伝統的な食品である2)。このた
め、域内での即時的な需要拡大はあまり期待できない状態にあり、主に乳製品の需
要拡大のポイントを輸出においている。聞取り調査を行った牛乳・乳製品消費の専
門家のみならず、われわれが訪れたチーズ工場の支配人や酪農家も日本への製品輸
出に大きな期待を寄せていた。

 一方、国内あるいは域内の需要拡大という点において重要なことは高付加価値化
であり、そのためには、製品を差別化し、かつ、マーケット・セグメンテーション
によって、需要の堀起こしを徹底的におこなうことが重要である、と指摘している。
たとえば近年のチーズ嗜好は、図1のようにハードからフレッシュへと変化してき
ているが、これは、若い人が健康、特にダイエットの観点からフレッシュタイプを
好んでいるためである(もちろんフレッシュは価格が安いということも無視できな
い)。こうしたトレンドをとらえ、マーケット・セグメンテーションを実践してい
くことこそ、今一番求められているのである。

 ところで、EC諸国を調査してみて驚くことは、チーズに関するデータが豊富な
ことである。わが国でも、成長品目としてチーズが最も期待されてはいるが、需要
動向を分析する詳細なデータが不足しているというのが現状である。この点、今後
のデータ整備が早急に求められるところである。

図1ECのチーズ生産におけるタイプ別シェアの推移


5.結び

 日欧米の需要関数分析を比較し、さらにECでの聞き取り調査を行った結果から、
今後のわが国における牛乳・乳製品の需要拡大に関して、つぎの3つの提言をおこ
ないたい。

1)高付加価値を目指すために製品差別化をおこない、販売にあたってはマーケッ
 ト・セグメンテーションを徹底する。この点と関連して、地域性のある商品作り
 といったことが重視される必要があろう。たとえば、イタリアでは地域ごとに特
 色のあるチーズ作りがなされているが、将来的には日本でも、地域ごとの特性を
 活かした乳製品作りをおこなうことが消費拡大の上で重要な販売戦略となろう。

2)値上げを回避することも需要拡大にとっては大切である。とりわけ競合飲料が
 増えている牛乳は、その点がポイントとなる。

3)国内産の消費拡大・販売促進運動を一層強化する。その際、品目ごとに留意す
 る点は、
@ 牛乳は、機能性の宣伝を通して脂肪からカルシウムへという健康飲料である点
 を強調し、かつ、それをデータで示す。
A バターは、料理法を工夫して、手軽でリッチなイメージを与える。
B チーズについては、素材としてのチーズから、味わうチーズへの転換をはかる。


参考文献

1)宮入久直「酪農製品トレンド通信3チーズ@まだ遠い?ナチュラルチーズ時代」
 デーリーマン、1992年4月号
2)多田道太郎『あまのじゃく日本風俗学』PHP研究所、1988


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