★ 需給分析


牛肉自由化1年目の動向

企画情報部 企画課長 渡部 紀之


 来る4月1日で、牛肉の輸入が自由化(輸入数量割当制の撤廃)されてちょう満
1周年を迎えることとなる。

 その間の牛肉をめぐる動向は、当初予想された通りに展開したこともあるし、ま
ったく予想と異なった展開となったものもある。

 ある程度の各種データも揃ってきているので、昨年の7月号に引き続き、これら
の諸統計を基に価格動向を中心に、牛肉自由化1年目の動向を見ていきたいと思う。
なお、前回と同様に牛肉に関する価格動向等については、1年間の中での周期変動
が含まれるので、EPA法により季節変動等を除去した傾向・循環変動(TC値)を用
いてみてゆくこととした。

 したがって、季節変動や不規則変動が含まれた実際の動向とは若干趣を異にする
が、動向(傾向)はより明確になっている。

1.牛肉の需給量(図−1.参照)

(1)牛肉の生産量

 国内産の牛肉の生産量は、88年4月以降89年11月までの間はほぼ一貫して減少し、
その後増加基調で推移している。

 ただし、91年8月以降の各月は、対前年同月比でみるかぎり100%以上で推移し
ており増加基調と読み取れるが、分析後のTC値では対前月比が100%をわり続けて
おり、増加傾向に終止符が打たれたとも読み取れる。過去にもこのように対前年同
月比ではプラスとなっていても、TC値の対前月比がマイナスに転じた場合は、生産
減少局面に傾向が変化していることから、あるいは今回も転換期にさしかかってい
るとも考えられ、今後の動向を注意深く見守る必要がある。

 なお、牛の種類別のと畜の動向(図−2.参照)は以下の通りであった。

@めす和牛のと畜頭数

 88年4月以降の動向は、88年10月を底として、その後はほぼ一貫して増加傾向で
推移している。

 ただし、91年7月以降は、その傾向が鈍化してきていると思われる。

A去勢和牛のと畜頭数

 88年4月以降の動向は、直近の92年1月まではほぼ一貫して増加傾向で推移して
いるが、90年半ばから若干鈍化傾向となっている。

 ただし、増加の割合は、めす和牛に比して大きい。このことに関しては、牛肉自
由化の影響が和牛までは及ばないことから、めす和牛が保留されているためにと畜
があまり増えていないという見方と、去勢和牛のと畜頭数の中に乳牛とのF1が含
まれているためとの見方があるが、このような見方を裏付ける資料はなく、定かで
はない。

B乳用めす牛のと畜頭数

 乳用めす牛のと畜頭数は、90年3月までの間かなりの減少を示したが、その後増
加に転じている。ただし、その増加の割合はあまり大きくなく、特に91年6月以降
は、ほぼ横這いで推移している。

 過去の傾向からみて、と畜の増加がそれほど多くないのは、ここ2〜3年の生乳
生産が不足気味であることもあり、経産牛を中心に乳用めす牛が農家段階に積極的
に保留されているためと思われる。

C乳用おす牛のと畜頭数

 乳用おす牛のと畜頭数は、めす牛と同様に90年6月までの間減少傾向で推移した
が、その後は増減が繰り返す複雑な動向となっており、特に91年8月以降の減少傾
向が目につく。

 これを、乳子牛のと畜動向からみると、18〜22カ月前にと畜が量的には少ないも
のの急増しており(図−3.参照)、肥育に仕向けられた子牛が減少したことが、
最近の乳用おす牛のと畜の減少の一部を説明しているようにも思われる。

(2)牛肉の輸入量

 牛肉の輸入量は、88年7月の日米・日豪の牛肉協議の結果、91年4月の輸入自由
化決定とともに、それまでの間の輸入アクセス改善として、各年6万トンずつ輸入
割当数量を増加(3年間で18万トンの増加、実質は2年6カ月間)させることも合
意され、91年1月までの間は輸入量が急増した。

 91年4月の自由化以降は、3月末時点の牛肉在庫が多かったこともあり、91年8
月までは減少し、その後は増加傾向となっているが、輸入量は依然として前年水準
を下回っている。

(3)牛肉の在庫量

 牛肉の在庫量は、上記の輸入量急増をそのまま反映し、主に輸入牛肉の在庫が急
増した。

 特に、自由化までの3年間(実質2年半)に増加分の18万トンを前倒し的に発注
したこともあり、輸入量が集中した89年1月〜89年7月の間、及び90年8月〜91年
1月の間に在庫が積み増しされ、ピーク時には12万トンを超える在庫となった。
 
 90年4月の自由化以降は、輸入量が前年を下回る水準で減少傾向で推移している
こともあり、在庫量は急激に減少している(逆にいえば、在庫が多かったため、こ
の消化を優先的に行った結果、輸入量が減少しているといえる)。

 直近の在庫量は、7万5千トン程度であり自由化決定以前にいわれていた適正な
ランニングストック(流通在庫)水準に近い水準の範囲に入っているものと思われ
る。

(4)牛肉の推定出回り量(消費量)

 事業団では、推定出回り量(消費量)を食肉の在庫調査に基づき次の式により算
定している。

  推定出回り量=期首在庫量+生産量+輸入量−輸出量−期末在庫量

 牛肉の推定出回り量は、88年4月以降、輸入量の急増に合わせたように91年3月
までは、89年の1月前後の若干の停滞傾向を除いて、ほぼ直線的な増加傾向を示し
た。

 しかし、91年4月の自由化以降は、対前年同月比では100%を超えており増加傾
向にあると見られるものの、TC値でみると91年1月〜92年1月までの間は、ほぼ横
這いで推移している。

 これは、何を意味しているのか傍証できる資料はないが、巷間言われているほど
には、自由化後は牛肉の需要は拡大していないのかもしれない。

2.牛肉の価格

(1)牛枝肉価格

 分析に用いた原データは、牛肉の枝肉取引についてのリーディング市場である東
京食肉卸売市場の月別、規格別の価格とした。

@和牛(図−4.参照)

 88年4月以降の和牛枝肉価格は、概ね89年いっぱいまでは、一部の例外を除き
(88年4月に牛枝肉規格の改正があったことから、改正初期段階の価格形成への混
乱が若干あったものと思われる)値上がり傾向で推移し、特に規格上位(A−5)
のものほど値上がりの割合は大きくなっている。

 その後は、規格下位のものほど早く値下がり傾向に転じ、特に下位になればなる
ほどその値下がりの割合は大きくなっている。

 なお、規格最上位のA−5の価格は、ほぼ横這いから若干の値上がりで推移して
いる。

A乳牛(図−5.参照)

 88年4月以降の乳牛枝肉価格は、一部の例外を除き規格下位のものは89年半ばま
では若干の値上がり傾向、規格中、上位のものは横這い傾向で推移した。

 その後、規格下位のものは大幅な値下がりとなり、最近はやや横這いとなってお
り、規格中、上位のものも値下がりとなっているが、値下がりの割合は下位のもの
ほど大きくはない。

 なお、和牛と同様に規格下位のものほど早く値下がり傾向に転じているが、和牛
と異なり規格中、上位のものでもその値下がり開始時点は和牛よりは早くから値下
がりとなっている。

 和牛、乳牛とも、牛肉の輸入自由化決定後に一時的に値上がり傾向となったのは、
上記1.で述べた通り、輸入牛肉の輸入量が増えだしていたものの、国産牛肉の生
産量が89年までは減少傾向で推移していたこともあり、輸入急増の影響はそのこと
で緩和されたことによるものと思われる。

 なお、その後の価格の値下がりは、国産牛肉の生産量が増加しだしたことと輸入
増加が重なり、価格引き下げの要素が拡大されたこと、品質的には輸入牛肉と競合
しているとされていた、規格下位、特に乳牛の規格下位のものへの影響が大きくあ
らわれ、加速度的な値下がりにつながったものと思われる。

 これらの関係については、別表(表−1.参照)にまとめたので、規格別の価格
動向を図表とあわせて値下がりの開始時点、値下がりの割合等を確認していただき
たい。

(2)牛部分肉価格

 分析に用いた原データは、国産牛部分肉価格については(財)日本食肉流通セン
ターが公表する牛部分肉取引価格、輸入牛肉(部分肉)価格については畜産振興事
業団調査による仲間相場とした。

 なお、国産牛肉と輸入牛肉の価格を比較するために、部分肉のカット、トリミン
グ(整形)等に若干の差異はあるものの、ほぼ同一の部位を用い、国産(冷蔵品)
及び輸入牛肉(豪州産:冷凍、冷蔵品、米国産:冷凍品)について、高級部位、中
級部位並びに低級部位に分けて比較を行った。


@高級部位(サーロイン[国産]、ストリップロイン[豪州産、米国産])
(図−6.参照)

 88年4月以降の部分肉価格の動向は、去勢和牛のサーロインの価格は91年2月ま
ではほぼ直線的な値上がりを示した後、その後は自由化になる前後に若干の値下が
りがあったものの、ほぼ横這いで推移している。

 乳おす牛のサーロインの価格は90年7月までは緩やかに値上がり、その後は若干
値下がりから自由化後は横這いで推移している。

 一方、輸入牛肉については、豪州産ストリップロイン、米国産ストリップロイン
のいずれもほぼ一貫して値下がりを示しているが、自由化後よりは、自由化が決定
された88年中の値下がり幅の方が、はるかに大きいものとなっている。

 これらを総じて見ると、高級部位に対する需要は、国産牛肉と輸入牛肉の価格差
が拡大していることからもより品質の高い方へシフトしていることが明らかであり、
消費者の高級志向、グルメ志向を反映した動向となっているものと思われる。

 ただし、これらの消費者志向を支えてきたものは、90年までの経済成長が好調に
推移(平成景気)してきたことによるものと思われる。

 自由化前後から国産牛肉は若干の値下がりをみており、その後は横這いで推移し
ている状況は、自由化の影響もさることながら景気後退の影響も相当あるものと思
われ、先日神戸で聞いた「一昨年の暮れは、2〜3万円の贈答用のステーキが飛ぶ
ように売れ、仕入れた分は全て売り切れ、再仕入れしなければならないような状況
だったが、昨年の暮れは、同じ価格設定の贈答用はあまり売れず、8千〜1万円程
度のものが売れ、しかも、仕入れたものを売り切るまでにはいかなかった。」との
話もこのことを裏付けている。

 なお、今までの価格動向からみて、特に和牛は値上がり傾向から高値で推移した
こともあり、需要の二極分化論や自由化は和牛に影響しないとの論も聞かれたが、
自由化後の価格は、輸入牛肉は若干の値下がり傾向にあるものの、国産、輸入牛肉
ともほぼ横這い傾向にあり、今後、牛肉に対する関税が順次引き下げられることか
ら、さらに輸入牛肉の価格が値下がる可能性もあり、動向を注意深く見守る必要が
ある。

A中級部位(ウチモモ[国産]、トップサイド[豪州産]、トップラウンド[米国
産])(図−7.参照)

 88年4月以降の去勢和牛のウチモモの価格動向は、90年11月までは若干の値上が
り傾向で推移し、その後は緩やかな値下がり傾向が続いている。あまり大きな変化
とはなっていない。

 乳おす牛のウチモモの価格は、89年7月まではほぼ横這いで推移した後、値下が
り傾向に転じ、最近は下げ足が速まっているように思われる。

 輸入牛肉では、豪州産の冷凍品トップサイド及び米国産トップラウンドの価格は、
両者に一定の格差はあるが89年5月までは値上がり傾向で推移し、その後は値下が
りに転じ、最近は豪州産の下げ足が速まっていることから両者の価格差は拡大しつ
つある。

 なお、豪州産の冷蔵品は一貫しての急落となっている。このことは、自由化以前
は、冷蔵品の輸入牛肉が国産牛肉に対する影響力が大きいことに鑑み、事業団によ
る売買操作では制限的に取り扱ってきたこと、また、自由化決定にともなうアクセ
ス改善として、新しい形の売買方式(新SBS)を導入した際、冷蔵品の制限等を緩
和したことから供給が増えだしたことに原因をみいだすことができる。さらに、輸
出国側にとっては、冷蔵品と冷凍品の間にはもともとコスト的にそれほど価格差が
あるわけではないので、冷蔵品の価格は当然のごとく冷凍品の価格に接近した価格
に落ち着いてくるものと思われる。また、国産と輸入牛肉の価格動向を総じてみる
と、豪州産の冷蔵品の価格動向を除けば、ほぼ一定の価格差でほぼ平行的に推移し
ている(乳おす牛の値下がりが若干大きい)ことから、値上がり、値下がりの傾向
は一致して動くものと思われる。

B低級部位(カタバラ[国産]、フル・ブリスケット[豪州産]、ブリスケット
[米国産])(図−8.参照)

 88年4月以降の去勢和牛のカタバラ価格は、89年12月の間は急騰をみたが、その
後は若干の価格の値上がり値下がりがあるものの、ほぼ横這いで推移している。

 乳おす牛の90年4月まで緩やかな値上がり傾向にあったが、その後は値下がり傾
向になっている。

 一方、輸入牛肉の動向は、豪州産(カタバラ)のフル・ブリスケット及び米国産
のブリスケットは89年4〜5月までは値上がり傾向で推移し、その後は急落傾向と
なったが、自由化後は若干の値下がりから横這い傾向となっている。

 これらの動向を総じて見ると、豪州産の冷蔵品及び米国産の輸入牛肉は、一時的
に乳おす牛の価格を超えるほどに値上がったが、国産牛肉の生産量が増加しだした
ことと輸入量が急増しだしたことが重なったこと等から、一様に急落となっている。
なお、国産牛肉が値下がり傾向にあるものの、輸入牛肉の値下がりの方が下降傾向
の割合が大きいことから、国産牛と輸入牛肉の価格差は拡大傾向にある。

 それぞれ、高級、中級及び低級部位ごとにこれまでの間の価格動向を見てきたが、
傾向的には輸入牛肉が自由化に向けて値下がりしているもののその動向は一様では
ない。

 また、国産牛肉との価格対比からも、自由化などの影響を一括りにはなかなか説
明が困難である。

 これらの関係を別表(表−2.参照)にまとめたので、部分肉の価格を図表とあ
わせてその動向を確認していただきたい。

 以上、価格動向を中心として自由化1年目を包括的に見てきたが、分析等が不十
分のところもあり、その多くを語れなかった。

 しかし、上記で見てきた範囲でも、それぞれの動向は自由化によってより複雑な
動向となっており、今後の動向を注意深く見守る必要があるとともに、各種資料等
を収集整理し、充分な分析の必要性が痛感させられる。


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