★ 巻頭言


これからが本命、赤肉のたんかく和牛(上)
― 日本短角種による赤肉生産の展望 ―

岩手県肉牛生産公社専務理事 村田 敦胤


1 はじめに

 これまで、短角牛は季節生産でコストは安いが定時定量出荷ができない、精肉歩
留が悪い、バラツキが多い、肉のキメ、シマリが悪いなどと言われてきた。しかし
ながら、私たち岩手県では、昭和57年以来、平成3年までに産直で15,000頭余りを
供給してきた。この産直を通じて、牛肉の流通の仕組みを勉強することができた。
消費者との理解も深め、我々もいくらか賢くもなった。

 本編は、私たちが、なぜ短角牛にこだわり、なぜ短角牛に生命をかけて生活して
いるのか、本当に短角牛は駄目な牛なのか、関税率の引き下げに伴う輸入牛肉の攻
勢をどう乗り切らねばならないのか等、日本短角牛による赤肉生産の将来展望につ
いて、話題の一端として紹介させていただこうとするものである。 


2 消費者が求めるものは何か

 短角牛は、主に北上山系に飼われている。北上山系は山深く、山村は冷害と出稼
ぎのいたちごっこ、行政の陽のあたらない山陰で、人々が生活をしている。この陽
のあたらないところに陽を当てようというのが、短角牛産直のはじまりであった。

 短角牛は、本県特産の肉専用種である。岩手の厳しい自然の風土の中で生まれ育
ち、私たちの生活を支えてきてくれた祖先の血と汗の努力の結晶である。この牛を
通して人との出合いがあり、心のつきあいをしてこそ山村の生活があると考えてい
る。言ってみれば、牛は一つの媒体なのである。短角牛に連れられて、都市生活者
に山村生活を自分のふるさととして肌で知ってもらうことが、本当の産直となるか
らである。

 試行錯誤の産直は、昭和56年12月、大地牧場への2頭の出荷で始まった。翌年の
57年8月からは、県内3農協から県内の2生協、1量販店への出荷となり、更に58
年に首都圏の生協へ、62年からは量販店への供給へと続くこととなった。

 昭和57年より平成3年までの10年間で15,041頭供給したが、平成3年には全出荷
牛の72.1%を産直で占めるにいたった。この経験を通じて、消費者が本当に求める
ものは何かということについて、我々なりに常に考え続けてきた。


3 食生活に対する関心の変化

 日本最大の生協と言われる灘神戸生協(現、生活協同組合コープこうべ)が、産
直のガイドラインに「安全、安心な食料を生産する産地における大気、水質、土壌
などを環境庁等の基準でチェックし、この基準で生産した食べ物は、すべて買い取
りたい」と報道されたことがある。生活上での公害への認識の高まる中、食べ物に
求められるものは、安全性、健康、うまい、安いの志向に加え、自然の姿や風土を
生かした本物が少なくなったことから、本物、手作りへの志向が強まっている。

 また、労働時間の短縮による潤いのある生活を求めて、余暇の利用が高まるほど、
より一層簡便化への志向も進むものと予測される。

 牛肉でこれに応えられるのは、赤肉生産の短角牛だけである。

(1) 安全性

 安全な農産物は、いわゆる自然食品だろう。山野に自生するもの、無農薬、有機
農法で栽培されたものに限る。

 日本短角種は太陽を一杯に浴び、山野を駆け回って放牧で育っている。粗飼料多
給で健康そのもの、健康な体でなければ、本来健康な牛肉は育たない。濃厚飼料多
給で肥育された人の成人病まがいの牛肉を健康な牛肉と言えるだろうか、短角牛の
丈夫さは太鼓判である。

(2) 安心感

 市場が産直に求めるものは、安全性と鮮度だが、私たちが求める産直は、顔の見
える産直である。いつ、誰が、どこで、どんな方法で生産したものか、そこでの生
活、地域に根ざした都市では得られない価値感を提供するものでなければならない。

 言ってみれば、山村を丸ごと味わって欲しいのである。目と体で安全性とともに
確かめて欲しいのである。昭和57年から「大地を守る会」との産直・交流が、短角
牛のふるさとー山形村で始まり、10年を経たが、農家生活を知って欲しい一念で始
まった産直は、安心感と安らぎを与える産地として育ちつつある。

(3) うまい

 うまいとは、柔らかいこと、しかも適度の噛みごたえがあることである。月齢で
いえば、生後22〜23カ月齢、生体での成熟が大事である。

 一般に牛肉は硬いものとの印象が強い。まず柔らかさでうまいという感じを持ち、
そして味わう。うま味については、短期間に肥育したものはブロイラーのようにう
ま味がなく、草を充分に使い、生体成熟をさせたものは、むしろあま味さえ伴うこ
ともいわれている。

 短角牛肉は、脂肪が少なく、赤身に溢れるヘルシーな、医者もすすめる健康な牛
肉としておすすめできる。うま味を比較した分析結果でも、短角牛肉はグルタミン
酸やイノシン酸の含有が高い。

(4) 安い

 安いとは、たたき売りの安さではない。農家が生活ができ、再生産できる常時安
定した安い価格のものを買える(供給する)ということである。

 そのためには、正当な評価をして欲しいのである。短角牛が黒毛和種の肉として
売られるのではなく、短角牛肉として表示販売し、消費者がダメな肉というならば
やむを得ない。短角牛は充分に応えられるだけの価値を持っている。半面、生産者
は、精肉歩留の向上に努めなければならない。食肉業者は、精肉歩留が高ければ、
誰も短角牛はダメだとはいっていない。

(5) セールスポイント

 安全、健康、うまい、安いに、“いわれ(特色)”を加えて、ちょっと高いがお
いしい牛肉として、差別化商品として売れるだけの価値を短角牛は持っている。そ
のセールスポイントは、
 ・ 黒毛より安く、乳雄よりうまい(大衆和牛肉)。
 ・ 大自然にはぐくまれ、粗飼料中心に飼育されている(自然食品)。
 ・ 生産から流通まで「一貫体制」で保証される(安全食品)。
 ・ 無駄なアブラがなく健康によい赤身肉である(健康食品)。
ということである。


4 売れる商品づくり―そこにしかないものを生産する

 短角牛は限定生産である。誰が食べるのかわからない牛肉づくりでは、これから
は困る。産直の推進と地場消費の拡大で消費者を特定したい。

 短角牛をわかってもらえるのは、特定の消費者に限定販売すると良い。もっと自
分のつくったものに自信と誇りをもって、健康志向で赤身に富む牛肉を安全性と味
の良さと品質で売り込みたい。

 これからは、短角牛のように人(生産者)がたくましくなければ生きていけない。

 地場消費の拡大は、販路拡大の重要なポイントである。短角牛は季節生産で、周
年出荷ができないと指摘されているが、季節生産のリスクを逆手にとれば良い。例
えば、スキー客での増大がある。平成3年度の岩手県内のスキー客はあわせて300
万人、1人200gの牛肉を食べたとすれば600トンの牛肉が必要となる。この600トン
を1頭当たり236sの精肉とすれば、2,542頭の春子の牛が必要となる。現在県内で
市場に出荷される子牛は約5,500頭、上場頭数の半分の子牛は、スキー客に対する
春子でなければ妙味はなくなる。

 産直と地場消費を進めながら、いくつかの課題を克服し、売れる商品としての短
角牛を生産する必要がある。

(1) 商品の品揃え

 まず数、大きさ、そして質の順に揃えたい。数、大きさ、質が不揃いでは、とて
も商品として取り扱えない。

肥育目標 出荷体重 620s
     枝肉重量 360s
     枝肉規格 A2以上
     皮下脂肪 背脂肪厚2p以下

 精肉歩留の向上をめざして、むだな脂肪をつけない揃ったものとしなければなら
ない。精肉歩留が向上したならば、取り組みの単位を拡大し量から質へ、しっかり
した選び抜かれたものを供給するしかない。味の均質化が大切なわけである。エサ、
肥育期間、ストレスの排除に特に気をつけたい。

(2) 飼料の開発、給与法の改善向上

 短角肥育がこれまでにやってきたことは、黒毛和種や乳雄肥育のまねごとである。
短角牛のもつ特性を引き出す努力に欠けている。赤肉生産の能力がすばらしいのに、
行政も研究も少しでもサシを入れたいことだけに、これまで目が向いていた。サシ
が入ったものを食べたいなら黒毛和種にまかせれば良い。亜流の考え方は、生産者
を惑わすばかりである。

 今後は、肥育農家の誰でもが間違いなくやれるための短角専用のエサの開発が必
要である。これからはマニュアルの徹底いかんにかかっている。

(3) 周年出荷体制の確立

 定時定量の周年供給をするためには、秋子生産のための自然交配、人工授精、受
精卵移植での対応がある。短角牛の低コスト生産という放牧のうまみを生かすため
には、秋子生産の放牧牛群をつくり、自然交配を行える地域体制をつくり上げる必
要がある。

 肉牛生産公社では現在41.9%の秋子生産を放牧しながら行っているが、短角生産
地帯が話し合えば、手間、ヒマのかからない秋子生産は可能となる。

(4) 本物の一貫生産体制

 一貫生産とよくいわれるが、私が提案したいのは本物の地域一貫体制である。本
物とは、子牛生産農家が生活ができ、再生産できるように、子牛の生産、肥育から
消費までが補完し合う機能を持ったもので、よく見えるものでなければ力を発揮し
得ない。その基本となるものは、産地での評価購買から始まる。

 子牛の生産や肥育については、一定の規格のものさえ生産すれば、間違いなく価
格が保証されるのであれば、努力目標がはっきりとして、技術の改善やコスト低減
が可能となる。そして、消費者も安定した牛肉がいつでも安心して手に入るという
ものである。

 これまで牛肉として流通するまでには多くの手数が加えられ、不透明なリスクが
生じやすいが、本物の一貫化が進めば、子牛価格、枝肉価格、消費者価格がお互い
の思惑で取り引きすることもなく安心である。これは赤肉生産の短角牛だからこそ
やりやすい。枝肉の価格決定の状況をみると、特にサシの具合で価格を決めるもの
では困難である。

 まして、価格以上に大切なことは、消費者から本当に満足してもらえるものは、
おいしさ、品質、鮮度、安全性に加えて産地の信頼性である。顔の見える産直が、
効率化が図られる供給体制となるためには、個別での発展はあり得ないということ
である。

(5) 企業意識の自覚と戦略の実施

 「世界のトップクラスの購買力をもつ消費者が身近にいて、新鮮、安全、おいし
さ、美しさを求めて毎日大枚のお金を支出している。海上、航空の輸送力が発達し
たといっても、日本の生産者は、世界で一番恵まれた市場条件下にある。消費者の
求めに親身にこたえられる立場にある。」とは、平成3年9月15日の日本農業新聞
の記事である。

 短角牛はだめだというが、短角牛がだめな牛ではないのである。人がだめなので
ある。

 短角牛は、“世界中さがしたって、こんなすばらしい牛はどこにもいない”と私
は思っている。


5 見はてぬ短角牛の中核基地づくり

 短角牛の主要な産地は、中山間地域に所在し、農家所得は出稼ぎで補い、後継者
不足と悩みが多い。しかし、恵まれた自然環境の美しさがあり、道路網の整備がす
すみ、これまでの山村の抱える悩みを一変させることも可能な時代となりつつある。

 子牛生産、肥育、流通加工、販売、レストラン、種畜の改良増殖、試験研究など
これまでの分野を機能的に連結し、地域の農業生産、農家生活とも丸ごと取り組ん
だ短角牛の大規模中核基地づくりを公共牧場の集約化によって果すならば、消費者
が満足する農業生産の場が実現するだろう。


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