食肉加工品の消費と食肉技能者資格制度−ドイツと日本の比較−

社団法人全国食肉学校 研究員 古澤 栄作


 このレポートは、食肉技術者を養成する機関である(社)全国食肉学校が行った調査の結果をふまえ、同校研究員 古澤 栄作 氏の寄稿です。

 この調査は、世界的にみて食肉加工品製造レベルが高いと言われる旧西ドイツ地域を対象に、食肉関係の資格及び教育制度、食肉専門店における加工品の製造販売方法、食肉関連施設の視察等を行い、日本国内における食肉加工品の販売方法、資格制度、及び同校の教育・研修事業の資料作成を目的として実施したものです。レポートは、その調査の際、現地で見聞した中で、ドイツでの食肉加工品の消費形態、食肉技能者資格制度等についての報告です。
1 旧西ドイツ地域の畜産及び食肉生産

 農業用地の約40%は、地形が丘陵地帯が多いため草地として利用されている。農
家の一戸当り耕作面積は小さく、所得のかなりの部分を畜産に依存している場合が
多く、農業総産出額の約60%が畜産物となっている。

 1991年の家畜飼養頭羽数は、牛14,541千頭、豚22,036千頭、羊1,784千頭、馬375
千頭(推定)、鶏75,000千羽となっており、特に豚の飼養頭数はヨーロッパ内で最
も多く、全体の12.4%を占めている。農家の一戸当りの家畜飼養規模は、農家戸数
の減少に伴い若干拡大しているものの複合経営が多いこともあって、日本ほどの規
模には至っていない。

 複合経営が多いため、家畜の飼料の自給率は高い。特に豚の飼料として大麦が80
%も配合される場合がある。

 1991年の食肉生産量は、牛肉1,766千トン(推定)、豚肉2,881千トン(推定)、
羊肉34千トン(確定)、馬肉4千トン(推定)、鶏肉466千トンとなっている。豚
肉の生産は国内で最も生産量の多い肉種であると共に、ヨーロッパ内でも最も多く、
生産割合は13.6%となっている。食肉の輸入量においても1990年には548千トンの
豚肉を輸入しており、ヨーロッパ内で最も多い。


2 食肉消費量

 食肉の消費は、1992年の需要予測によると牛肉1,700千トン、豚肉3,790千トン、
家きん肉1,000千トンとなっており、生産量に比例して、豚肉の需給量もヨーロッ
パ内で最も多い。食糧農林業統計年報1992によると、統一ドイツとなる前年(1990
年)の旧西ドイツの国民1人当たり年間消費量は、豚肉57.6s(枝肉ベース)、牛
肉21.0s(枝肉ベース)、鶏肉12.4s(調理ベース)、子牛肉1.1sとなっている。
また、この統計では魚も食肉に分類されており、魚を含む食肉消費量は100.3sで
ある。このように、豚肉の消費割合は圧倒的に高く、1日当たりの豚肉の消費量は
約157gという計算になる。この内の大部分はソーセージ等の食肉加工品として消費
されていると思われるが、正確な内訳はわからない。

 1982年から1990年までの国民1人当たり食肉消費の傾向としては、豚肉は1988年
の62.2sをピークにその後減少傾向にあるのに対し、牛肉は横這いとなっている。
反対に増加傾向にあるのは鶏肉及び魚である。

 以上の消費量を日本と比較すると、牛肉では日本(9.4s)の2.3倍、豚肉におい
ては日本(16.7s)の約3倍とかなりの量を消費している。


3 食肉の消費形態(食生活)

 食肉加工品の日本国内での消費を伸ばすためにも、食生活が異なるとはいえドイ
ツの消費形態を参考にすることは重要である。

 食肉産業全体の売上構成比は、生肉とソーセージ等加工品でほぼ半々に近いそう
であるが、末端の食肉専門店での売上構成比はソーセージ等加工品が60〜65%、生
肉が35〜40%程度であり、専門店のショーケースの間口や陳列量を見てもうなずけ
る数字である。

 先にも述べたように、ドイツでは日本の数倍の食肉を消費しているわけであるが、
ではどのように消費しているのか、つまり食生活はどのようになっているのかが問
題となる。

 一般的に、食事はパン、食肉加工品及びコーヒー等の飲み物で済ませる「カルト
エッセン(冷たい食事)」と、肉入りスープ等温かいものを含む食事「ヴァルメス
エッセン(暖かい食事)」に分けられる。朝食と夕食は「カルトエッセン」が主流
である。昼食には最も重きを置き、勤務者もなるべく帰宅してスープやシチュー、
肉の一品料理、ザワークラウト・ピクルスなど酸味のきいた惣菜、サラダ、パン等
の「ヴァルメスエッセン」というのが通常である。週末には、時々レストランに家
族で出掛けるか、肉料理を作り家族で食事をする時もある。肉料理では、ロースト
物が多く、肉の種類は豚肉、牛肉、鶏肉の順に多い。

 この様に、3食ともパンと肉料理または食肉加工品を食べていることになる。日
本のように、豊富な食品類の中から日々メニューを変えるという食生活からは想像
できないかもしれない。これは、パンと食肉加工品の種類が日本と比べものになら
ないほど多く、これらの組合せでバリエイションをつけているのである。パンの種
類はライ麦を主原料としたライサワーブラウトに代表されるライ麦パンをはじめ、
ブレッチェン等200種以上ある。食肉加工品は、ソーセージ類、生ハム類等2500種
類以上と言われている。食肉加工品の種類は、地方独特のものや、食肉専門店独自
の商品が数多くあるために正確な数はわからない。

 食生活のパターンに大きな変化はないものの、食品を選択する上で、近年では次
のような傾向が見られる。まず、第1に簡便性を望む傾向が強まったことである。
ハム・ソーセージはそもそも調理しないで食べられるものであるが、他の食品につ
いてもこの要素を望んでいる。第2に健康志向である。食肉消費では先にも述べた
ように、豚肉消費の減少傾向、鶏肉及び魚消費の増加傾向となっており、油脂の消
費量でも植物性が横這いであるのに対し、動物性は減少傾向となっている。また、
河川の近くには農薬を散布しないなど、自然環境保護との関連もあり、自然志向も
高まりつつある。家庭内の食事は以上の様な傾向にあるが、週末の外食とかパーテ
ィー等では、日本料理(鉄板焼き)や中華料理も多く取り入れられる傾向にある。
今回の訪問時に立ち寄った日本料理店では、週末の予約を取るのは難しいそうであ
る。

 このように、食生活は大きく異なるが、簡便志向、健康志向等食生活の大きな流
れとしては日本とほぼ同様である。 


4 ハム・ソーセージ等食肉加工品の販売促進

 今回の調査では、日本国内での食肉加工品販売促進策を検討することも目的の1
つであったが、食文化(食生活)が基本的に異なることが再確認され、ドイツでの
食肉加工品の販売形態そのものを持ち込むことはむずかしいと思われた。

 日本の食生活に於ける主食はやはり米であることに違いはないが、食生活の多様
化、洋風化は今後も継続するであろう。従って、食肉加工品の商品開発及び食肉専
門店等での販売拡大を図る方法として次のことが考えられる。

 まず、商品開発においては、消費者の食品志向を再検討すべきであろう。簡便性
という面においては、食肉加工品は問題がないが、健康志向については加工品に限
らず動物性蛋白及び動物性脂肪ということで若干問題が残る。しかし、世間一般が
不景気と言われている今日においても、外食は別として食生活の内容が後退したわ
けではなく、消費者が「おいしい」、「本物」、「自然な」食品を望んでいるのに
は変わりがないであろう。このことから、食肉加工品の原点に立ち返り、原価低減
を目的としたような製造ではなく、消費者の本物志向や健康志向に対応した製品開
発をすべきであると考える。そのためには、原点となった製造方法に、消費者の志
向に合った変更を加えた製造技術を開発していくことが必要となる。もうひとつの
方法は、米に合う商品の開発と、その食べ方の啓蒙を強力に行うことが考えられる。
現在この方向で商品開発が進んでおり、既に販売されているものもある。例えば、
日本古来の調味料である醤油を添加したソーセージなどはその典型である。食べ方
としては、和風ソーセージ(ハム)ステーキ、コロッケの具、巻き寿司の種等幅広
く考えられる。

 販売においては、先にも述べたように、ドイツにおいては食肉加工品とパンは切
り離せない存在にある。このことから、特に食肉専門店においては「店の特色づく
り」ということで、ドイツ風の食肉加工品にはドイツ風のパン(ライ麦主体)を組
み合わせて販売することも1つとして考えられる。ドイツ風の食肉加工品はともか
くとして、ドイツ風のパンは日本人に合わないという意見もあろうが、そもそも食
肉加工品はドイツから生まれたとされており、これにはやはりこのようなパンが合
うのである。ソーセージ類ではウインナータイプ、ボロニアタイプソーセージ及び
単味品のスライスが、パンとの組合わせにおいては適当であろう。

 近年、スーパー等ではスライスパックが販売されているが、食肉専門店でのスラ
イスでの計り売りは少ない。この理由は、スライスすることによるロス(主に変色
や商品歩留)が大きいことや、手間がかかることなどが考えられる。この解決策と
しては、スライス品でわずかに変色したものはオープンサンド風に製造したり、切
落し部分は、マリネやサラダ類に加工して販売する方法が考えられる。

 いずれの方法にしても、日本人にとって食肉加工品はあくまでも副食物の1つで
あり、消費者の食生活に取り入れる回数をいかに増やしてもらえるかが問題となる
ので、食肉加工品の製造者及び販売者側はどのようにバリエーションをつけて対応
するかが最大の課題となる。


5 食肉技能者資格制度

 ドイツでは、マイスター制度に代表されるように、食肉を含む全ての手工業分野
に、国としての資格制度が確立されていると共に、教育体系も連動して整備されて
いる。また、レールリンク、ゲゼレ及びマイスターといった資格は、社会全体で認
知され、労働報酬もそれぞれに応じて決定される。一方、日本国内での食肉技能者
資格は、労働省が窓口となる「ハム・ソーセージ・ベーコン製造技能士1級・2級」
「食肉加工製造技能士補」、これらに関係する「職業訓練指導員資格」及び民間資
格としての全国食肉技術専門士協会の「食肉技術専門士」があるが、これらが全て
社会的に認知され、この資格が労働報酬にまで影響しているとは言い難い。食肉学
校はこのような社会体制の中で食肉技能者の養成機関として機能しているのである。

 ドイツの資格制度は食肉に限らず、「手工業」という分野全てにわたり体系的に
整備されている。食肉マイスターは、食肉専門店が基礎となっているために、生体
の選別から、と畜、原料処理、食肉加工、販売及び経営分野に至るまでの知識と技
術を持っているわけであるが、日本ではこれらの分野が分業化されそれぞれに機能
している。このために、日本は各分野毎に資格の創設について関係官庁に働きかけ
ているのが現状であろう。

 先に示した食肉加工分野の「技能士」制度においては、製造技術に重点を置いた
内容となっているため、食肉に関してはハム・ソーセージ・ベーコン製造分野だけ
が対象となっており、と畜・流通・販売の各分野については特に資格制度は定めら
れていない。この分野は個人の資格という事ではなく、食品工場の食品衛生という
側面から管理されている。ドイツの「手工業」を狭い意味で解釈すれば、人為的加
工を伴う業種ということになり、これを国内の食品産業に当てはめると、食肉分野、
魚介分野、惣菜分野等が該当するであろう。

 スーパーマーケットという1つの業種においては、青果・精肉・鮮魚・日配・惣
菜及びグローサリー等の各部門があり、全てではないにしても特に精肉・鮮魚及び
惣菜は原料を仕入れ、加工して製品化するという技術を必要とする。また、これを、
食肉販売店、鮮魚販売店及び惣菜販売店に置き換えても同じことが言える。このよ
うな食品を扱う各業種がそれぞれに資格制度について問題を提起したのではまとま
りがつかないであろう。

 従って、日本の現状から考えると、所轄官庁の管理範囲はあるにしても、加工製
造分野、流通販売分野というように、統一された資格制度、及び資格取得(教育)
方法として整備を行うことが重要であろう。また、雇用者側に対する資格取得の推
進と有資格者に対する優遇体系の整備等を強力に働きかけることも必要があろう。
このことにより、有資格者の当該職種に対するプライドが高まると共に、商品の
「品質」も向上するであろうし、消費者の安心感及び店に対する信頼度等も高まる
ものと考えられる。


参考文献

1)「'93数字で見る食肉産業」食肉通信社(1992)
2) 社団法人全国食肉学校「昭和58年度研究研修事業報告書」(1984)
3)「日本食肉加工情報」N0.515日本ハム・ソーセージ工業協同組合・社団法人日
 本食肉加工協会(1993)


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