企画情報部長 南波 利昭
従来、家族農業経営問題については、経済的側面からのアプローチが専らであっ たが、基本的な「豊かさ」が達成された今、はたして経済的観点だけでこの問題が 論じられるのか。労働の「質」に対する関心が高まり、就業先選択時に、組織容認、 組織選択がみられる中で、農業に限らず他の産業においても自営を敬遠する動きが 顕著である。「新農業政策」の中でも、新しい経営体像に触れ、法人化、組織化、 さらには農外者の農業への関与に期待しているが、社会の高度産業化が進む中で、 今後は社会的側面からのアプローチも必要との問題認識から、家族経営を主体とす る外国の実態をも踏まえ、我が国の抱える農業の担い手問題を研究するため、内外 の関係者の参加を得て開催されたものである。 なかでも、この研究会にレポーターとして参加された海外の研究者の実態報告は、 我が国の家族経営の動向、過去・現在・未来を考える上で有意義と思われ、その要 点を紹介したい。 家族経営にも規模の論理 ―米国のケース― オハイオ大学農業経済社会学部ルーサー・ツイートン教授は、家族農場の定義を、 @年間平均雇用労働力1.5人未満、A2パートナー以下、B株式会社等の「不特定 多数所有」の法人によって経営されていないこと、と規定したとき、アメリカの農 場の95%が家族農場であり、この割合は1945年の600万戸から、現在の200万戸まで 総戸数が減少してきたにもかかわらず変わっていないとした。 このことは、家族農場にあっても規模拡大が行われてきた、米国の伝統によるも のであり、一般的には、まず借地によって経営を拡大し、次いでゆとりが出来たと きに土地を購入するパターンを繰り返すことによって拡大が行われてきたという。 規模の経済が家族経営にも貫徹されていることを示しているわけだ。 現在、アメリカの家族農業経営が抱える問題は、第一に生産資材購入価格と生産 物販売価格の不安定さ、第二に農場資産の管理の困難さ、すなわち家族農場は農場 継承に際し世代ごとに再投資が必要なので、一代で純資産を生み出さなければなら ないこと。第三に超高度化が求められる経営管理能力、そして資金管理の複雑化等 が挙げられる。 しかし、このような問題を抱えながら、現在なお農業を続けている経営者は、幅 広く卓越した能力を持った者が残っており、多くの困難と課題を克服している姿に、 農外者からも畏敬の念を持って見られている者が多いという。 そして、そもそも家族経営が、非常に柔軟で弾力的であり、効率的であることか ら、将来とも家族農場がアメリカ農業の主要な形態であり続けると考えられており、 現に、家族経営を駆逐するような法人企業の参入は極めて少ない。 突然の農村人口流出 ―韓国のケース― 韓国農村経済研究院のキム・スンホー(金 聖昊)主任研究員によれば、韓国で は、1991年に突然、農村からの人口流出がおきたという。1989年の農産物市場開放 の動き、1990年の「農漁村発展特別措置法」制定等を経て、農業改善事業に取りか かった矢先におきた農村社会の激動であり、この突然の動きに関係者は戸惑ってい るところであるという。つい最近まで、韓国では家族農業が永久に続くと信じられ てきた。 労働市場の発達→農家数の減少→階層分化というモデルは、基本的には日本のケ ースと変わらないと思うが、こうした現象が1991年に、あまりにも突然にあらわれ たということだ。 具体的な検討方向としては、休日制、給料制の導入、労働力の周年消化、人材活 用等をいかに韓国の家族農業の体制に生かすかにあり、現在までのところ、組織化 以外に妙案はないと考えている。最近になって、日本の「新政策」を手本に急ぎ勉 強を始めたばかりとのことである。 農業の重要性は、国民的コンセンサス ―台湾のケース― 中興大学農業経済学部長のロー・ミンチェ(羅 明哲)教授によれば、台湾にお ける経済発展は農業発展から始まり、その後農業部門は、土地、労働、資本、市場 等を非農業部門に提供してきた。経済の急成長により、農業のシェアーは下がった が、農業の役割は肯定されており、その重要性に対する国民の認識は何等変わって いないという。 台湾の農業経営形態をみると、会社、組織、パートナーシップ、共同経営等の家 族経営以外の形態もあるが、その数はわずかで、96%以上は依然として家族経営の 形態を取っている。 家族農業における問題点は、経済効率が低く、報酬が低いことにあるが、家族経 営の強靭さ、台湾の家族の求心力的特質から、将来においても家族農業経営は続く ものとみられる。 政府は、「国家六ヶ年建設計画」の実施と、「農業構造改善・農民所得向上計画」 を継続実施することとしており、その中で、経営診断、制度金融の改善、契約作業 の進展、分業化による生産安定、情報の提供等を家族農業経営対策として取り上げ ている。そして、中核農家に重点を置いて施策を集中し、家族農業経営の発展を促 進することとしている。 生産手段は集団所有でも、担い手は家族 ―中国のケース― 中国国務院農村発展研究センター学術委員会のリウ・チレン(劉 志仁)副主任 によると、中国では、1979年に始まった農村改革により、現代的家族経営制度がで きあがったが、この新しい制度では、土地と主要生産手段は集団の所有となってお り、農家と集団の間で契約が結ばれ、農家は耕作を行う。いわば、農家は集団の一 構成部分となっている。 中国における農業経営の形態は、前述の家族経営のほか、集団経営、国営農場に 分けられるが、全農業経営体2億3千万戸のうち97〜98%は家族経営となっている。 家族経営の問題点としては、農家数が増加し続けており、1戸当たりの割当て面 積が減少していること、人民公社の解体以降、集団の機能・組織が弱体化している こと、農業従事者の高齢化が進んでいること等が挙げられている。他方、今後の課 題としては、血縁的結合の家族経営を社会的結合である組織経営体へ誘導すること、 農業サービス制度の確立、農村内における非農業の振興(工業導入)等を図り、農 業経営体の健全化、合理化、安定化、活性化を実現することにあるという。 国によって異なる家族農業経営事情 同じ家族経営といいながら、それぞれの国の社会的発展の程度、農業生産力、家 族なるものに対する認識、相続の形態等の違いによって、当然のことながら事情は 大きく異なる。また、同じ国の中にあっても、畜産と稲作では異なり、作目の違い は家族農業経営事情を左右する大きな要因となっている。 当研究会に参加した出席者の中でも、家族農業経営の先行きに不安を感じている 点では同じであるが、認識の程度はそれぞれの立場で区々であった。 家族経営の現状に特に危機感をもっているのは、主として我が国の関係者であり、 アメリカの研究者は、家族農業経営という特定テーマでかくも検討することがある ものだとあきれ顔をし、韓国からの研究者は他山の石とばかりに勉強する姿勢を見 せ、台湾からの研究者は家族の絆を信じて疑わずという様子であった。 各国の農業事情と家族の在り様が見える討論の場であった。