★ 巻頭言


企業的畜産・雑感

(財)食料・農業政策研究センター理事長 並木 正吉(まさよし)


農業労働力不足の農業生産への影響 

 日本農業に関する筆者の目下の関心事は、労働力不足による生産不足の可能性に
ある。周知のように、学卒新規就農者は2,000人を割り、さらにその減少は止って
いない。しかし、他方、34歳未満で農業にもどる若者もあり、差し引きどうなって
いるかについては『農業調査』報告書によらねばならない。新しいのは平成3年度
の報告書である。これによると、表に示すように、全国で農家のあとつぎ(16歳以
上、男子、在宅、世帯主予定)のうち、農業を主とするもの(以下「農主」と略称)
は約20万戸(人)である。この統計では、経営組織別に集計し、かつ単一経営・準
単一経営に分けている。単一経営は一部門の収入が農業収入の8割以上、準単一経
営は6割以上である。

 ところで、世帯主の年齢が若い場合は、未だ、16歳以上のあとつぎはいない。い
ても在学中でやがて就農するものもある。幸い、世帯主の年齢別集計もある。49歳
未満、50〜59歳、60歳以上の3区分である。49歳未満はもちろん、50代でも、やが
て就農するあとつぎがいる。そこで将来のあとつぎの就農予定者を含めた統計があ
れば、後継者の「農主」状況がわかるはずだが、そのような統計はない。そこで、
60歳以上の世帯主の農家のあとつぎの「農主」率を、他の世帯にもあてはめること
にする。前述の20万戸が26万戸にふえる。

 以下同じ手続きで経営組織別に(単一・準単一を合計)算出すると、稲作15万戸、
施設園芸3万戸、野菜3.5万戸、果樹5.1万戸、酪農2.2万戸、肉用牛0.7万戸、養豚
0.4万戸、養鶏0.5万戸、複合2.6万戸、その他となる。

表 経営組織別・農主のあとつぎのいる戸数(平成3年)
経営組織別 販売農家戸数 農主あとつぎの比率 農主あとつぎのいる戸数 2000年見通しの作付面積、頭羽数 1戸当たり規模推計
修正前 修正後
(a) (b) (c) (d) (e) (f)
全国計 2,936
千戸
6.8% 8.8 25.8
万戸
稲作経営 1,659 3.4 8.9 14.8 190
万ha
13ha
施設園芸経営 94 21.6 31.2 2.9
野菜類経営 197 13.2 17.8 3.5 63 18
果樹類経営 222 9.9 23.1 5.1 36 7
酪農経営 47 28.8 46.3 2.2 221
万頭
100頭
肉用牛経営 67 7.3 9.6 0.7 412 633
養豚経営 12 16.8 30.2 0.4 1,276 3,544
養鶏経営 12 24.2 48.5 0.5 192
百万羽
38,400
複合経営 169 11.7 15.1 2.6
資料:農水省 『農業調査』 (平成3年)
注1:経営組織は単一・準単一経営の計
   単一経営は農業収入の8割、準単一経営は6割以上
 2 農主あとつぎ比率(b)は、農家戸数(a)に対する農主あとつぎの比率。
   (c)修正後は、世帯主60歳以上の比率。
 3 (d)は、修正後の比率をあてはめた場合の戸数
 4 (e)は農水省「2000年見通し」
 5 (f)は(e)を(d)で割ったもの


 これらの経営で、「2000年見通し」の生産目標である作付面積・頭羽数を担うと
仮定すると1戸当たり規模が算出される。それが表の(f)欄である。畜産関係に
限定して考えてみる。酪農は100頭規模となる。肉用牛は633頭、養豚3,544頭、養
鶏38,400羽である。農産や園芸部門では、兼業農家の分担する割合が大きいので上
記の計算には明らかな誇張がある。しかし、畜産部門は兼業農家のシェアは小さい。
そこでこの値に即して検討する。

 酪農は2.2万戸で221万頭を飼養する。1戸当り100頭(子牛を含む)である。畜
産統計によれば、平成4年2月現在、5.47万戸で、30頭以上の戸数は2万戸である
(北海道は全戸数1.39万戸、30頭以上0.95万戸)。総合判断して、あとつぎの「農
主」は30頭以上の規模となるが、この30〜39頭も戸数は減少していることから状況
はきびしい。平均100頭という規模を実現できるかどうか、大変疑問であり、また、
そのような大規模の酪農経営の糞尿処理はどうするのか。今から考えておかねばな
らぬことが多い。心配なのは、生産の伸びなやみや減退が生じないか、である。ま
た、北海道と都府県を分けてみると、北海道は今後も伸びるとして都府県は減少過
程に入っている。この傾向を大胆に延長してみると、牛乳生産量のうち北海道のシ
ェアがやがて1/2を超えることになり、北海道は原料乳地帯、都府県は飲用乳地帯
という区分は事実上解消し、北海道も飲用乳供給地帯となり、全体として不足する
おそれのある乳製品は輸入依存を高めることになる(直接消費のナチュラルチーズ
は、その新鮮さから根強い需要をもつと考えられるが)。

 養豚経営はより深刻である。「農主」のあとつぎが確保されている戸数は4,000
戸。この戸数は、500頭以上肥育戸数にほぼ等しい。辛うじて戸数を維持している
のもこの規模であって、それ以下の規模は減少または急減している。また「畜産動
態調査」によれば、会社経営が増加しており、その平均頭数規模は3,000頭以上で
あり、大きな傾向としては、1,000頭以上の会社(ないし農業生産法人)経営で賄
われることになる。大規模な会社経営の動向に注目する必要があるが、飼養頭数そ
のものを維持ないし増やしうるか、が問題である。

 豚の飼養頭数は平成元年から4年までの間漸減である(11,866千頭、11,816千頭、
11,354千頭、10,966千頭)。飼養戸数も5万戸から3万戸(平成3年)に減少し、
平成5年(2月)は2.5万戸と見込まれる。乳牛頭数は全体としては維持されてい
るのに対し、深刻なのである。豚肉生産量に対する輸入量の比率は既に増加傾向で
ある。この傾向を逆転するには、会社などが飼養頭数を増やすしかない。欧米の養
豚は糞尿を農地に還元する方法が基本で、飼料の自給率も高い。日本では、地域複
合の形でこのタイプを実現することがすすめられてきたが、成果は少ない。加工畜
産と批判された養豚経営と環境対策の両立をより重視すべき時代になったのではな
いか。


企業的畜産に学ぶ

 畜産振興事業団のご好意で、企業的畜産の現地を訪問することができた。そのう
ち特に印象的だったのは神明畜産の鮫川ファーム(福島県、豚、年間出荷頭数5万
頭)、同白糠フィードロット(北海道、乳用種肥育、1.5万頭)、はざま畜産有限
会社(宮崎県都城市、豚5.5万頭出荷、和牛一貫経営、約5,000頭)、外山総合畜産
・農事組合法人(宮崎県日南市・豚1.5万頭、和牛一貫経営750頭)の4ヵ所である。

 共通点がある。豚の多頭飼養(繁殖・肥育一貫)の経験を、肉牛経営に応用して
いる点である。この点、外山社長の対応は明確であった。第一に省力、第二に防疫、
第三に他人の能力と知識の徹底的活用がそれである。具体的にどうか。

 北海道の場合、飼料のタンクと畜舎の配置を工夫し、自動的に給餌している点が
印象的で、これは養豚の方法をとり入れたものである。約2,000u(120m×16m)
の棟が20棟づつ2列にならび(40棟)、その外側に堆肥舎(160m×15m)が6棟
配置され、牛舎1棟に400頭を収容している。夏は日光が入らず、冬は十分に採光
でき、天井は高く、ファンがあって乾燥に役立ち、他の牛舎では1週間毎にしきわ
らの入れかえをしているのに1ヵ月毎でよい。従業員は43名(うち現場21名)。

 はざま畜産と外山畜産は、和牛の繁殖・肥育の一貫経営でしかも大規模である。
給餌も自動装置を採用しているが、牛舎は、交通機関のパイプ、ガードレールなど
のリサイクル利用で自力で組み立てている。建築費が極端に低い。建築基準法の建
物にあわないが、十分台風に耐え、融資も活用している。

 飼料は、租飼料を含め購入している点も共通で、相手を選び、複数の会社から
「情報とともに」仕入れる、という考え方である。飼育のステージ毎に飼料内容を
かえ、配合に工夫をしている。

 神明畜産白糠フィードロットでは、乳用種の肥育が中心だが、B−3の比率をに
することを目標とし、そのことが利益を出すためのポイントとしていた。そのため
に牛2/3をゆったりと飼い、落ちつかせ、畜舎に資金をかけてもよいという方針
のように見受けた。

 和牛の一貫経営をしている宮崎県の2社については、一方はA−3を80%、A−
5を20%におき、他方はA−5を80%、A−4を20%としていた。量で勝負するか
質で勝負するかとみることも出来る。

 前述したように、養豚経営のやり方を牛に応用した点が共通だが、その養豚経営
では、母豚一頭当たりの出荷頭数が収益の決定的条件で、神明畜産の鮫川ファーム
では23〜24頭、宮崎県の場合でも22頭程度であった。神明畜産の八戸ファーム(1.5
万頭)は25頭の実績をもつという。埼玉県サイボクハムの笹崎龍雄社長は「豚博士」
として著名で、24頭弱の実績をもつが、上記について「信じ難い成績」とされた。

 問題は糞尿処理である。鮫川ファームでは糞尿を最初から分離し(床の水洗いは
しない)、糞は発酵・乾燥させ、販売。尿は活性汚泥法で処理し、きれいになった
水は牧草地へ還元している。このための施設・運転資金は金利とも、販売金額の3
%程度ですんでいる。

 宮崎県の肥育豚舎の場合は、オガクズをしきわらとし、給餌とともに数種の菌を
供与するが、消化もよく、出荷までの4ヵ月で、完熟堆肥に近くなる。出荷のとき
掃除し、新たにオガクズを敷く。その間々取りかえない。筆者はあっけにとられた
感じであったが、この場合の糞尿処理コストは極端なほど低いにちがいない。

 以上の見学は、いずれも十分な予備知識もなく、またせいぜい2〜3時間づつで
あったこと、多少は企業秘密らしきこともあったことのため、十分な紹介はできな
かったが、いわゆる企業的畜産のなかに、欧米のそれとはタイプが異るために「加
工畜産」として正当な評価を受けなかったものが存在することを知ることができた。

 前半でのべたように、労働力不足を基本要因として、急激な戸数の減少が進んで
いるなかで、日本の畜産の将来を展望するとき、より多くの注意を払うことが望ま
れる。


元のページに戻る