オセアニア在留邦人の肉類、特に牛肉消費の実態

専修大学経済学部教授 森 宏


1 問題意識

 無論、地域や個人によって違うが、豚肉の消費は、日本人総体としては、ほぼ頭
打ちしているとみてよいだろう。米国でわが国の牛肉自由化の計量分析を精力的に
行なっているアイオワ州立大学グループのトム・ウオール他は、アメリカ農業経済
学会(1990年夏)で、日本が豚肉の輸入を「完全に」自由化すれば、日本人の豚肉
消費はほゞ倍増すると予測した。モデルを使った推計値だが、「日本人が果してそ
んなに食べられるだろうか」の質問に、「現にアメリカ人はそれだけ消費している」
と答えて、大方の失笑を買った。

 鶏肉については、今後の魚肉の供給や日本人の健康志向などにかかっているが、
農水省の長期見通しに示される、10年後20%増がいゝところであろう。

 牛肉については、今後の自由化の進み具合、国内生産の合理化の程度にもよるが、
倍以上になってもおかしくないと考える人から、意外と早く頭打ちするとみる人ま
で見解がわかれる。同じ人間が、当分は年率10%以上のテンポで伸びると言ったり、
少くとも家計消費に関する限りほぼ頭打ちしたと弱気になったりする。この数年間
の動向を見ても、ひどく伸びた年があると思えば、翌年は意外に悪かったりで、ど
うも計量モデルの有効性を疑わせるものがある。過去の牛乳やみかんの経験からも、
10〜15年先を、過去のデータから推定される弾力性の機械的な適用でシュミレート
するのはいささか危険である。

 近年日本経済の国際化に伴い、多くの日本人が海外に出掛けるようになった。短
期間の旅行でも飛行機のなかから行く先々まで和食で通した人から、昼・夜ステー
キで大いにエンジョイしたという人までいる。こういう人達にきいても、将来の日
本人の食生活のイメージは定まらない。その点家族連れで海外赴任している人達の
食パターンは、それなりに安定している。彼等の多くは日本に居た時に比べ住居や
自由時間などの面でも恵まれ、さらに肉類をはじめ食品の価格は格段に安いという
条件の下で暮らしている。こういう人達の日常の食生活における肉類の位置づけを
おさえれば、将来の日本人の肉類消費の姿が浮び上ってくるかもしれない。

2 調査の手続き

 筆者はニュージーランド(NZ)日本学センターの招きで、91年8月末から92年
7月迄、Massey 大学に客員フエローとして駐在し、わが国の牛肉市場の紹介に携
った。日本の牛肉はおそろしく高い。そのため日本人の牛肉消費はNZ人や豪州の
人の数分の1にすぎない。これが現地の研究者を含め食肉関係者の日本に関するイ
メージである。日本が市場を「本当に開放すれば、日本の牛肉消費は3〜4倍にな
り、NZからの輸出も10倍近くに増えるだろう」という人もいる。

 「わが家の牛肉消費はNZに来てからもそう変っていない」と言うと、「自分の
ところにホーム・スティした男子高校生は、日本に居た時に比べ幾倍も食べるよう
になったと語っていた」などという。確かに周りの日本人の家族を見渡してみると、
来た当座は牛肉消費がぐんと増える。極端に言えば、毎日ステーキという日が続く。
しかし1〜2ケ月すると、子供達までが「もうこんなのいやや」と拒絶反応を示す
ようになる。亭主の方はもう少し前から心の中ではそう思っていた。

 その頃までには、さしみにもできる新鮮な魚を供給してくれる店や行商のスタン
ドともコネができる。オリエンタル・ショップで金さえ出せば、結構なものが揃う
こともわかってくる。それから暫くは、家庭の食卓から牛肉、少くともでっかいス
テーキの姿は消える。そのうち子供達も現地の友達が増え、食事に呼んだり呼ばれ
たりするようになる。主婦もパーティーに招かれたり、料理講習会に出たりして、
あちらの牛肉料理の仕方を覚える。また少々かたくて、くさいグラス・フェッドの
肉でも、すき焼きができるようになる。牛肉消費は再び伸びはじめるが、果たして
どこまでいくかは定かでない。

 幾人かの日本の食肉関係者との以上のような話し合いを受けて、NZ在留邦人家
族にアンケート調査ができれば面白そうだということになった。ただ格別に調査の
ための予算があるわけでもないので、筆者の手集計の範囲におさまる程度の、なる
べく簡単なものにせざるをえない。日本にいた時に比べ、牛肉を中心に肉類の消費
が増えたか、余り変わらないか、それが滞在期間や年代とどのように相関している
かだけでもわかれば、貴重な情報であろう。『家計調査』 のように日記をつけて
もらう訳にもいかないから、余り定量的なところ迄はつっこまず、「大変増えた」、
「やゝ増えた」、「余り変らない」の分布がわかるだけで、良しとしなければなら
ない。

 予備調査の結果、牛肉の消費が増えたといっても3倍も4倍も増えている家庭は
稀で、増えたといっても40〜50%程度であるらしいとの感触を得た。そこで質問票
には、こちらに来て日本に比べて、「かなり(30%以上)増えた」、「やや(10〜
20%)増えた」、「余り変らない」、「やや(10〜20%)減った」および「かなり
(30%以上)減った」の5本建てできくことにした。Face sheet(属性)も出来る
だけ簡単に、こちらへ来てからの年・月数、夫婦の年代(20〜30才台、40才台およ
び50才台以上)、食型における関東、関西などに限ることにした。

 当初の計画ではNZに在留する邦人家族だけを対象にする予定であったが、調べ
てみると日本人会に登録している家庭は100数十戸で、しかも単身赴任者が多いら
しい。メール調査を前提すると、クロス集計にたえうるデータ数が集りそうにもな
い。その点豪州はシドニー地区だけで正式に7, 000人以上の日本人が居住している
とのことである。やるからには多少でも統計的に有意な結果がほしい。急遽、シド
ニー地区にも対象を拡げることにした。幸いシドニー JETRO、シドニー日本人学校、
シドニー日本人商工会議所の御高配により、成功裡に調査票の配布・回収を行うこ
とができた。回答者および調査に御協力下さった皆様に、この場をおかりして改め
て御礼申し上げたい。 

3 結果の概要

 調査は92年4月中〜下旬に、NZの北島および豪州シドニー地区で行われた。有
効回答数はNZは75戸、シドニー地区は316戸であった。いずれも相当数の単身赴
任者世帯からの回答があったが、それらはカウントに入れていない。

 単純集計の結果は、表1〜3の通りである。すなわち、

(1) 肉類の消費は、シドニー地区では、日本に居た時に比べ(以下略)、30%弱の
 家庭で「かなり」(30%以上、以下同様)、50%の家庭で「やや」(10〜20%、
 以下同様)それぞれ増加し、20%弱で変わらない(NZの以上に対応する数字は
 それぞれ40%、50%弱および10%)。

(2) 魚貝類の消費は同じく25%強の家庭で増加し、30%で変わらず、45%で減少し
 た(NZの数字は、それぞれ25%、15%および60%)。

(3) 肉類のうち豚肉の消費は、同じく30%弱の家庭で変わらず、70%弱で減少した
 (NZの対応する数字はそれぞれ30%弱および70%弱)。

(4) 同じく鶏肉の消費は、20%の家庭で増加し、60%強で変らず、20%弱で減少し
 た(NZではそれぞれ20%弱、50%弱および30%弱)。

(5) 同じく牛肉の消費は、50%弱の家庭で「かなり」、40%強の家庭で「やや」そ
 れぞれ増加し、10%が変わらないないし減少した(NZではそれぞれ60%強、30
 %強および10%)。

(6) その結果、生鮮食肉消費に占める牛肉、豚肉、鶏肉および羊肉の割合(重量)
 は、シドニー地区では、51%、19%、26%および4%(NZでは同じく52%、17
 %、24%および7%)であった。

(7) 1988年の 『家計調査』 によると、生鮮肉類に占める割合は、全国平均で、牛
 肉23.5%、豚肉38.5%、鶏肉30.5%であったから、オセアニア在留日本人は総体
 として、(相対的に)豚肉消費が大分少くなり、牛肉消費が大幅に増加したよう
 にみえる。オセアニアの豚肉は「くさみがあるので我が家では子供達は、あるい
 は子供も大人も食べない」と付記されていた回答が少からずみられた。牛肉との
 相対価格の関係もきいているのかもしれない。

  加えて、

(8) 現地の普通の店で普段求めている牛肉の品質について、満足しているか否かを
 尋ねたところ、シドニー地区では半数近くが「ほぼ満足している」と答え、「か
 なり不満」と答えたのは8%弱に過ぎなかった(NZでは「ほぼ満足」が40%、
 他方「かなり不満」は10%)。このように(筆者の個人的)予想に反して不満の
 割合が低かったが、シドニー日本人商工会議所における報告会の席上、参会者か
 ら「値段がこんなに安いのだからそう文句は言っていられない」とのコメントが
 あった。従ってこの数字から、日本人の半数近くが、グラス・フェッド肉で十分
 満足していると結論する訳にはいくまい。値段の割には結構いけるという人が半
 分近くいるということであろう。

  定量的な設問として、牛肉および米の最近1ケ月の家庭内消費量を尋ねた。大
 半の家庭が数字を記入してくれたが、牛肉の消費量は、普通5〜10s袋で購入す
 る米の場合と違い、回答の精度はそれ程高くない。一応以上の点をふまえた上で、

(9) 最近1ケ月の牛肉の購入量(≒家計内消費量)は、シドニー地区の平均で4.3s
 (世帯数3.8人)、NZは4.2s(世帯員数3.4人)である。日本の家計内消費量は
 全国平均で1ケ月約1.0s(世帯員数3.6人)だから、約4倍である。しかし日本
 に比べると外食のウエイトがかなり低いと思われるので、この数字からオセアニ
 ア在留の邦人は、日本の人にくらべ牛肉を4倍食べているということにはならな
 い。まして日本人が、事情が許せば、現在の4倍近く牛肉を消費するようになる
 と結論するのは危険である。

(10)1ケ月の米の消費量は、シドニー地区の平均で11.3s、NZは9.2sであった。
 日本の家計内消費は全国平均で11.0sである。ここでも外食のウエイトが問題に
 なるが、オセアニアに来ても、米を中心に据える「日本型食生活」の基本は、大
 半の家庭で維持されているとみて良いように思われる。

  この調査で得られたデータの分析には、因子分析、順列確率モデル(ordered
 probability model)などが考えられよう。共同研究者の Doren Chadee と、試
 験的にいくつかのモデルを適 用しているが、自 信のある結 果を得られるに至
 っていない。そもそもスタートから、それ程大それたことを狙っていた訳ではな
 い。表4に、シドニー地区のデータを使って、世帯の牛肉消費量とそれと関係す
 ると思われる要因との直線回帰の結果を示してある。表の読み方を兼ねて、簡単
 に解説しよう。すなわち、

(11)世帯当りの牛肉消費量に影響しているのは、t値から判断するに、(イ)魚の
 消費が増えたか減ったか、(ロ)家族員数、(ハ)米の消費量、(ニ)夫婦の年
 代といった要因で、一方当初の予想に反して、(ホ)滞在期間や(ヘ)ヘ豚肉の
 消費の増減などは影響していないようにみえる。そこをやや詳しく説明しよう。

(イ)魚の消費がこちらへ来て増えた家庭に比べ、変らない家庭は1.1s、かなり
  減った家庭は1.8sそれぞれ余計に牛肉を消費している。これらの数字から魚
  と牛肉のトレード・オフ(競合)の関係は、かなりはっきりしているように思
  われる。

(ロ)家族員が増えれば、当然のことながら家族当りの消費量はふえる。表4の推
  計式によると、家族員が増えると牛肉消費は1ケ月約0.4s増えることが示さ
  れている。1人といっても幼児がカウントされる確率が高いし、「食における
  規模の経済」もあることだから、1人平均0.4s消費していることは意味しな
  い。

(ハ)興味深いのは米の消費量が1.0s多い家庭は、その他の条件が等しければ、
  牛肉の消費量が約0.2s多いという推計結果である。よく西欧人との比較で、
  肉類の消費が増えると澱粉質食品の摂取が減る、事実日本人の食生活は1960年
  代以降そうした傾向を辿ってきた、これからもその方向に進むであろうなどと
  言われる。しかしわれわれの調査結果では、オセアニア在留邦人について、肉
  類の中心である牛肉と米の消費の間に、競合でなくむしろ補完の関係がみられ
  る。しかも統計的な有意性が高い。

   この統計的事実の解釈は余程慎重にやらねばならないが、手集計の過程の感
  触などから、大食いの家庭は小食の家庭より、平均して牛肉も米も余計食べる
  ということであるように思われる。例えば育ち盛りの中・高生で、ラグビーで
  もやっている子供が1人〜2人いれば、食料消費は肉も米もたちどころに増え
  るだろう。

(ニ)意外に思われたのは、夫婦が20〜30才台の若い世代の家庭の方が、ベースに
  おいた40才台の家庭に比べ牛肉の消費量が1ケ月当り1.0sも少ない事実であ
  る。これも前項の場合と似て、20〜30才台のうちでは子供が一般に小さく、ま
  だ「食い盛り」に達していないからと解釈するのが無難かもしれない。許され
  る推測として、「若い世代は古い世代に比べ食生活が著しく 『西欧化』 して
  いる」とは簡単に言えそうもない程度の意味合いは引き出せるだろう。 

(ホ)滞在期間を、2〜3ケ月、半年〜1年、1〜3年、3年以上くらいにわけて
  牛肉消費量との関係をみたが、プラスにもマイナスにも全く相関はみられなか
  った。これについては、もう少し別の分析方法を適用すれば何らかの関係が析
  出されるのではないかという意見もある。現有データのみならず、よりコント
  ロールされた新しいデータを入手して、そこの関係を明らかにしたいと思って
  いる。

(ヘ)豚肉の消費が減ったか、余り変らないかは、魚の場合と異なり、牛肉の消費
  には影響していないように思われる。

4 むすびに代えて

 オセアニア在留邦人の肉類消費の実態から、日本人にとって米を中心に据えた
「日本型食生活」は、年代、出身地域などを問わずここ当分は維持されるものと思
われる。

 オセアニアは米国に比べても牛肉は一段と安いが、そこでも家計内消費は1人1
ケ月当り1.0s強、年間約13.0s前後と推定される。その相当部分は品質・価格面
での豚肉からの代替を含むと思われるから、牛肉の家計内消費の上限は恐らく10.0
s前後であろう。

 今後相対価格がどう展開するかにもよるが、外食・加工品を含め日本人の牛肉消
費の上限は、1人・年間13〜14sくらいではなかろうかと思われる。但し今回の調
査には、50才台以上の老齢者世帯は殆ど含まれていない。また回答者世帯の大半は、
経済的にきわめて恵まれている。

 従って上に述べた年間13〜14sの「上限値」は、価格が国際水準に迄下った時、
経済的に恵まれた働き盛りの世帯ではどれくらいの水準になるかを示す値であって、
老齢者世帯および経済的に余り恵まれない世帯を含む全国平均の数字ではないこと
に留意しておく必要がある。外食の問題を含め、そこいらの点は今後の幅広い調査
・研究にゆだねなければならない。

(後記)

 本調査の集計・分析は、Doren Chadee, un associate proffessor, Dept. of 
Marketing, the University of Auckland と共同で行った。 

表1 こちらへ来て日本に住んでいた時に比べ、消費がどう変ったか?
                    (%)
  シドニー地区 NZ
A)肉類(加工品を含む)
 かなり増えた 29.1 39.5
 やや増えた 50.0 48.7
 変わらない 18.7 9.2
 減った 2.2 2.6
  100.0(316) 100.0(76)
B)魚貝類
 増えた 25.6 25.0
 変わらない 30.6 14.5
 やや減った 30.6 28.9
 かなり減った 13.2 31.6
  100.0(317) 100.0(76)
注(1):( )内の数字は回答者実数。
 (2):「やや」10〜20%、「かなり」30%以上。


表2 こちらへ来て日本に住んでいた時に比べ、消費がどう変ったか?
                    (%)
  シドニー地区 NZ
A)豚肉
 増えた 5.1 3.9
 変わらない 29.1 27.6
 やや減った 41.5 32.9
 かなり減った 24.4 35.5
  100.0(316) 100.0(76)
B)牛肉
 かなり増えた 46.5 56.6
 やや増えた 42.4 34.2
 変わらない 8.5 5.3
 減った 2.5 3.9
  100.0(316) 100.0(76)
C)鶏肉
 増えた 19.8 18.7
 変わらない 62.6 48.0
 やや減った 15.0 16.0
 かなり減った 2.6 17.3
  100.0(313) 100.0(75)
注:表1に準ずる。 


表3 生鮮食肉消費に占める各種肉の割合(重量)
                    (%)
  牛肉 豚肉 羊肉 鶏肉 生鮮食肉計
シドニー地区 50.9 19.3 3.8 26.0 100.0
NZ 52.5 16.7 6.8 24.1 100.0
(参考)
全国平均 23.5 38.5 2.0 30.5 100.0※
資料: 『家計調査』 1988年。
注※:羊肉は推定最高値. 他に合いびきは含まれない。


表4 牛肉の家庭消費量(キロ/月)の要因分析結果
説明変数 推定係数 t値
滞在期間(ベース:4〜12ケ月)
  1〜3ケ月 .02 .03
  13〜36ケ月 .23 .42
  37ケ月〜 .01 .02
魚消費の変化(ベース:増えた)
  変らない 1.11 2.08
  やや減った 1.61 3.12
  かなり減った 1.76 2.58
豚肉消費の変化(ベース:増えた)
  変らない −.33 −.37
  やや減った .39 .45
  かなり減った .13 .14
夫婦の年代(ベース:40才台)
  20〜30才台 −.97 −2.45
  50才〜 .27 .29
食型の地域性(ベース:関東以北)
  関西以西 .31 .28
当地の牛肉の品質について(ベース:ほゞ満足)
  やや不満 .11 .26
  かなり不満 −.88 −1.12
家族員数(連続変数)
  人 .361 .34
米の消費量(連続変数)
  s/月 .195 .71
常数 −.01 −.01
  R2=.229、F値=4.82



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