★ 巻頭言


価格政策と情報活動

(財)農林水産長期金融協会会長 松本 作衞(まつもと さくえ)


 毎月、畜産振興事業団からの豊富な情報資料が送付されて来るようになって以来、
関係者の努力に敬意を感じながら読ませて頂いているが、畜産振興事業団がこのよ
うに情報活動に力を注ぐことになった背景には、今村理事長始め事業団の方々が、
畜産物の価格政策を担当する政府機関における情報活動の重要性について深い関心
を持っているからであろうと推測している。

 政府の価格政策において、市場価格を一定の範囲内に安定させ、生産者に対して
必要な価格水準を維持しようとする場合、主要な国内的政策手段としては、市場に
おける価格の安定帯と生産者価格の支持水準を定めるとともに、その目標を実現す
るため、自ら現物を保有して必要に応じて市場介入を行うことと、生産者に対する
価格補助金を交付することが考えられてきたように思う。その場合、市場の需給関
係によって決定される物の価格を人為的に変化させるためには、相当量の介入を一
定期間にわたって実行しなければならないことになるので、それを可能にするため
には多額の財政負担を必要とすることになる。

 価格政策におけるそのような仕組みによって、価格の高騰時や低落時における市
場介入を発動することが出来るし、平常時においても価格の目標を示しておくこと
によって誘導効果を発揮することが出来るのだが、市場介入に伴う財政的コストと
公的機関による経済行為の効率性が指摘されて、政府が現物を操作する価格政策に
ついては批判があることも事実である。

 市場における需給関係によって価格が決定されて行く過程においては、需要側と
供給側によって数量操作が行われることになるわけであるから、価格の動向は、需
要量と供給量の実態によって左右されるとともに、生産者から消費者に至るまでの
多くの関係者が、価格や需給の動きに対応してどのような経済行動を取るかによっ
て大きな影響を受けることになる。より直接的には、供給側の出荷者と需要側の販
売業者が市場の動向や需給関係についてどのような予測と判断をするかによって、
実際の市場価格が形成されると言ってよいのであろうと思う。

 したがって、価格の安定を図るためには、需要の実態に即して適正な現物供給が
行われる必要があるとともに、価格形成に影響を持つ多くの関係者に対して、その
判断の基礎となるような適正な情報が与えられることが重要な意味をもつことにな
ると言うことが出来よう。そのように考えると、市場価格を安定するための価格政
策の手段としても、供給量の数量操作による市場介入と並んで、需給や価格に関連
する情報を管理し、これをできるだけ多くの関係者へ提供することによって、市場
動向を適正に誘導することが重要な内容になってくるものと思う。

 需給や価格に関連する情報と言っても、国際的影響も考えると、国内、国外を含
めた膨大な内容になってくるが、その場合、近年におけるコンピューターによる情
報処理能力の飛躍的向上と、情報機器利用の一般化によって情報管理のシステム化
が広範に拡大している実態に、特に注目しなければならないと思う。需要と供給と
価格に関する情報を収集し、それを分析して行くことによって、需要や供給を動か
す諸要因とその影響との関連性、需給関係と価格動向との相関度と言ったものにつ
いて、時系列的にまたは地域別に品目品質に応じた計数的分析を行うことが可能に
なって来ると思うし、これによって市場における価格形成のプロセスが明らかにな
り、価格安定のためにはどのような要因にどのような影響を与えればよいかが分か
ってくるものと思う。

 こうして、市場における価格の形成は、アダム・スミスの言う「見えざる神の手」
によって決定されるのみではなくて、コンピューターの情報管理によって決定され
る可能性が多くなっているのではないかと思う。しかもこのような情報の収集につ
いても、その分析を行って広く関係者の活用を図ることについても、公的な機関に
おける組織的な活動によって行わねばならないので、こうした情報活動や情報管理
の役割を政府の価格政策において明白に位置づけることが必要になっているものと
思う。

 そのことに関連して、約10年前に私が食糧庁長官として食管法の改正を担当した
時のことが思い起されてくる。戦争中に制定された食管法は、制度の建前と経済実
態との矛盾が各所に表面化していたので、それまでにも、自主流通米の発足や予約
限度数量に基づく買入制限などと言った運営上の改善を行って対応して来たのだっ
たが、配給通帳と言った現実にはすでに消滅したものが米穀流通制度の基本として
残っていたし、過剰米の累積と食管特別会計における巨額の赤字発生が問題とされ
る中で、運営改善によっては到底対応が出来ないものとなった制度の基本的矛盾を
解決するためには、結局は食管法そのものについて約30年ぶりの全面的な法律改正
に踏み切らざるを得ないことになったのだった。

 その時点で食管法の法律改正を進めようとする場合、直接統制に基づく全量管理
を基本とする食管制度の建前を覆すような内容は、国会対策上ばかりではなくて、
農協組織、米穀販売組織の立場からも、食糧庁の組織自体や農政の実態を考えても、
現実的に不可能であることは明らかであった。また米穀需給の実態から見ても、消
費が年々減少して生産過剰が拡大する中にあって、今後とも生産調整政策を継続す
る必要性があることを考えると、生産面の調整のためには、流通と需要の面も含め
た米穀流通量の全体について何らかの管理をしなければならないことも明 白であ
った。

 しかし食管制度の運営実態からみると、実際に政府が自らの手で物量を操作し、
価格を決定することが出来るのは、政府買入米についての生産者からの買入れ段階
と卸売業者に対する売渡し段階のみであって、当時でも自主流通米が米穀流通の4
割を占めていたし、卸売り段階から小売り段階への売渡しや消費者段階の流通と価
格については、流通業者の手に委ねられていたので、政府自身の物量操作に基づい
て、生産者から消費者に至るまでの全量管理を考えることも到底不可能であった。
そのため食管法の改正に当たっては、政府の直接的な物量操作を行うこと以外の手
法で、流通と価格についての全量管理を実現するための制度を作り出すことに苦心
をしたのだった。

 昭和46年に制定された改正食管法においては、自主流通米を法定化し、需給計画
に基づく需給調整機能を明らかにし、特定流通ルート内に米穀流通を限定すること
によって、市場機能も取り込んだ全量管理の体制を法律上明確にしたのであった。
需給計画は、自主流通米も含めた流通する米穀の全量について、府県単位の地域別、
時期別、品質別、流通形態別に作成されることになり、必要に応じて集荷業者や販
売業者に対する指示を行うことも出来るので、政府米の現物操作による需給調整機
能とあいまって、米穀流通の全体について計画的な需給調整をきめ細かく行おうと
するものであった。この為には、集荷段階から卸、小売り段階に至るまでの米穀流
通が一定の枠内において営まれ、その実態が把握されている必要があるので、集荷
業者については指定制、卸、小売りの販売業者については許可制によって流通ルー
トの特定をすることにしたのだった。

 価格政策についても、政府による価格決定は政府買入米についてのみ行われるこ
とになり、これが自主流通米価格の下支えの機能も持つことになるが、自主流通米
価格については集荷団体と販売団体との間での取引きによって形成されることが方
向づけられて、政府米の販売についても入札制を取り入れるなど、米穀取引におけ
る競争原理による市場機能を導入することによって、地域や品質ごとの需給の実態
に応じた価格形成が図られることを指向したものであった。

 このような新食管法の考え方は、政府の現物管理については政府米部分に限られ
ていても、米穀の流通と価格形成についての全量管理体制を作り上げることが出来
るというものであったが、そのためには米穀の流通と価格形成についてのすべての
情報が政府の手によって把握されていることが前提とされなければならなかった。
それとともに、産地における生産集荷と消費地における販売実態を情報として蓄積
し、これを地域別、品質別に組み合わせた時系列的な分析を行うことによって、流
通と価格の動向が予測されるようになり、より適正な需給調整が可能になることを
期待したのであった。このような情報管理の体制については現時点でもなお困難な
面が残っているようであるが、自主流通米も含む情報の蓄積とその分析、活用につ
いては、自主米取引機構の活動等を通じて情報管理システムが形成されつつあるも
のと考えている。

 畜産物の価格政策においても、生産者価格の支持と市場における畜産物の価格安
定を図るためには、情報管理の必要性が益々強まってくるものと思われるので、畜
産振興事業団において蓄積された豊富な情報資料が、一層の分析を加えられて情報
システムとして構築されることによって、市場動向や価格形成を誘導しうるような
政策的機能を発揮することを期待したいと思う。また、このことによって農産物の
価格政策を担当する政府機関に対する批判にも答えることが出来るのではないかと
思っている。


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