農林水産省大臣官房調査課 山本 実
「平成4年度 農業の動向に関する年次報告」(農業白書)は、5年4月9日閣 議決定の上、国会に提出、公表された。 本年度の報告においては、農業の維持・発展のためには各地域の諸条件を一層生 かした農業生産の活発化が重要であるとの観点から、特に「地域」に着目した新た な章を設けて検討を行うとともに、食料、農業、農村に関する幅広い分野について 検討・分析を行った。 以下、畜産をめぐる状況を中心に紹介する。 1 地域の条件を生かした農業の展開 我が国の国土は南北に細長く、山地が多いこと等から、自然条件は多彩であり、 市場へのアクセス条件等の経済的立地条件の差も大きい。このため、我が国の農業 は、極めて多様なものとなっている(図1)。 農業地域類型別の農業粗生産額の増加率に対する作目ごとの寄与度をみると、畜 産は、全国平均では増加要因となっているが、都市的地域においては豚を中心に減 少要因として働いている。一方、中間及び山間農業地域においては、畜産の寄与が 特に大きく、肉用牛、乳用牛のほか、鶏やめん羊等も増加している(図2、3)。 また、生乳については、北海道が年々シェアを高めている。 今後、地域農業をさらに発展させていくためには、@地域のおかれた諸条件や資 源を積極的に生かし、A需要動向に対応した農業生産を振興するとともに、B地域 条件に適合した担い手を育成していくことが必要であり、このためには、C関係機 関が連携し、一体となった取組が重要となっている。 2 牛肉輸入自由化後の畜産の動向 (1) 変化する食肉消費 食肉の消費量は引き続き増加傾向にあるが、内訳をみると、いくつかの変化がみ られる。 第1は、消費形態が、加工品や外食等への消費へと変化していることであり、家 庭での生鮮肉の消費量のシェアは、平成3年度には、牛肉で約5割、豚肉で約4割、 鶏肉で約3割と低下してきている。なお、最近では、このような動きに景気低迷等 による外食費支出の伸び悩み等の影響が及んでいるとみられる。 第2は、家庭における各生鮮肉の消費構成の変化であり、生鮮肉消費量がここ数 年1人1年当たり12〜13kg前後と横ばいで推移するなかで、牛肉は順調に伸びてい る。 第3は、食肉消費の地域間の差異が、依然大きいものの年々縮小していることで ある。 (2) 増加する牛肉需要 牛肉の需要は順調に増加しており、平成3年度には、78万9千トン(部分肉ベー ス)と前年度に比べ3%増となった。 生産量は、元年度を除き乳用種、肉専用種ともに増加傾向にあり、3年度には前 年度比4.7%増の40万7千トンとなった。 輸入量は、自由化初年度の3年度は、32万7千トンと前年度比14.9%の減少とな った。これは、2年度末の輸入牛肉在庫が高水準で、この取崩しが進んだためであ り、輸入牛肉の出回り量としては前年度を1%上回った。4年度の輸入量は、5月 を除き大きく増加しており、4〜11月では34万8千トンとなっている。 なお、自由化後は、消費者の生鮮志向に対応して冷蔵肉の輸入が増大し、輸入量 に占める割合は、3年度には53%となっている。 (3) と畜頭数と卸売価格の推移 と畜頭数の推移をみると、肉専用種(去勢和牛)は、平成元年以降増加傾向で推 移しており、また、乳用肥育おす牛(去勢牛)も、2年後半から増加傾向に転じて いる(図4)。また、牛肉輸入も増加したこと等から、輸入牛肉と品質面で競合度 合いが強い乳用肥育おす牛の卸売価格は、2年4月以降前年同月を下回る水準で推 移している。さらに最近では、景気低迷の影響等もあって、去勢和牛の「Aー4」 の卸売価格も、前年を下回っている。 肉用子牛価格についても低下傾向で推移し、肉用子牛生産者補給金制度における 「乳用種」、「その他肉専用種」は、4年10〜12月期には、3年同期と比較してそ れぞれ1割強、約1割低下した。一方、「黒毛和種及び褐毛和種」は、近年、過去 に例のない高水準で推移してきたが、4年に入りわずかに低下している。 (4) 肉用牛経営の動向 飼養戸数は、ここ数年年率5%前後の減少を続け、平成4年には約21万戸となっ た。飼養頭数は、元年以降は肉専用種を中心に増加し、4年には289万8千頭とな った。この結果、1戸当たりの飼養頭数は、繁殖経営4.2頭、肉専用種肥育経営 20.6頭、乳用種肥育経営65.2頭と、拡大してきている。 繁殖経営の収益性は、近年、好調に推移してきたものの、最近では子牛価格の値 下りを反映して値下りしているものとみられる。 肥育経営の収益性も、近年、安定的に推移してきたが、肉専用種肥育経営では、 肥育牛の販売価格が最近になって低下する一方、導入時の子牛価格が高水準であっ たことから収益性は低下してきており、4年の肥育牛1頭当たり所得は13万1千円 となった。また、乳用種肥育経営では、3年以降肥育牛の販売価格が低下している ことから、肥育牛1頭当たり所得は4千円と低い水準にある。最近、出荷牛の導入 時の子牛価格が、ピーク時よりも低下しつつあり、収益性は以前に比べ回復してい るとみられるが、今後の動向を注視する必要がある。 このような、収益性の悪化に対応し、規模拡大による低コスト化、肉質の向上に よる高付加価値化への取組等により収益性を維持・向上していくことが重要である。 (5) 生乳需給と酪農経営の動向 昭和62年度以降堅調に推移してきた飲用牛乳の消費量は、平成3年度には停滞し、 4年度も、ほぼ前年度並みで推移している。生乳生産は、2年度は、夏場の猛暑等 により伸びは鈍化し、3年度も、前半は伸び悩んだが、後半は順調に推移し、前年 度比1.7%増(北海道6.3%増、都府県1.1%減)となった。4年度は、前年を上回 って推移している。 乳製品需給は、4年度に入り、乳製品向け生乳処理量が増加するなかで、景気低 迷の影響による業務用需要の減少等から、バターを中心に緩和傾向にある。 収益性の推移をみると、牛肉輸入自由化に伴い子牛価格が低下したことにより、 1頭当たり所得は減少し、4年には全国で23万7千円となった。 収益性の向上を図るためには、生産性の向上を図りつつ、飼料費等の削減による 低コスト化を進め、受精卵移植による黒毛和種生産や、初生おす子牛のほ育・育成 等による高付加価値化を図るなどの取組が重要である。 (6) ゆとりある酪農経営を目指して 乳用牛の飼養戸数は、近年、小規模層を中心に減少を続け、平成4年には前年比 約8%減少の約55千戸となった。飼養頭数は微増傾向で推移し、1戸当たり飼養頭 数は、4年には37.8頭となった。 酪農後継者確保に必要な方策についてみると、小規模層は経済的条件(生産物価 格の安定等)を重視しているのに対し、大規模層は労働条件(拘束時間の短縮等) や社会的条件(明るいイメージ等)を強く意識している。 労働時間の削減には、搾乳時間の短縮が課題であり、フリーストール・ミルキン グパーラー方式の普及・定着、酪農ヘルパー等の活用による定期的な休日等の確保 が望まれる。 (7) 大家畜畜産と自給飼料生産 飼料作物の作付面積は、最近は横ばいで推移している。また、飼料作物の単収は、 最近は伸び悩み傾向にあり、大家畜畜産農家の飼料自給率は伸び悩んでいる。 しかし、粗飼料の国内生産は、コスト低減、経営体質の強化等の経営上の利点、 土地及び家畜ふん尿の有効利用といった観点から、今後とも振興していく必要があ る。 このため、草地の整備、単収の向上等を図るとともに、耕種農家との連携による 作付面積の拡大や作業等の共同化、ロールベールサイレージ等省力化技術の導入の 取組を一層推進していくことが重要である。 (8) 中小家畜畜産の動向 平成3年度の1人1年当たりの中小家畜畜産物の供給純食料をみると、豚肉、鶏 肉はそれぞれほぼ前年度並みの11.5kg、10.4kg、鶏卵は前年度比4.8%増の17.3kg となった。 豚肉の生産量は、2年度以降減少する一方、3年度の輸入量は、前年度を大幅に 上回り、需要量に占める輸入量の割合は初めて3割を超えた。また、卸売価格は、 5年1月以降安定基準価格を下回っている。 鶏肉の生産量は、元年度以降、前年をやや下回る水準で推移する一方、輸入は、 3年度には、前年度を大幅に上回り、需要量に占める輸入量の割合は2割強になっ た。4年度も、輸入が増加し、卸売価格は低下している。 鶏卵の生産量は、3年以降は増加傾向にあり、卸売価格は、4年に入り生産増と 加工需要の低迷により大幅に低下している。 中小家畜畜産経営は、需要の伸びの鈍化と輸入量の増大、混住化の進行に伴う環 境問題の深刻化等もあり、中小規模層を中心に転廃業が進み、大規模農家や、会社 等の生産シェアが高まっている。中小家畜畜産経営は、今後とも、多様なニ−ズを とらえ、引き続き計画的な生産に取り組む必要があるが、その際、環境保全への配 慮が大きな課題となる。最近、地方自治体ぐるみでの地域環境保全への取組がみら れ、今後の動向が注目される。