慢性肝炎の食事療法


 従来の慢性肝炎の治療は、食事や安静といった非薬物療法が中心であったが、19
89年にC型肝炎ウイルスが発見され、わが国でもインターフェロン療法が本格的に
施行されるようになり、慢性肝炎の治療成績は画期的な進歩をみている。インター
フェロンは、肝組織から肝炎ウイルスを排除し、炎症を抑制する。しかし、破壊さ
れた肝組織を修復するためには、やはり従来の治療法である食事や安静が最も重要
な治療法となる。

 ここでは慢性肝炎の食事療法のありかたをめぐって、特に高蛋白食摂取を中心に
臨床と栄養の専門家に話し合っていただいた。


慢性肝炎治療は食事が重要

宗像 インターフェロンという薬剤が肝炎治療に使用されるようになって、治療成
  績が非常に上がっているということが一般新聞などでも報じられていますが、
  肝炎の原因となるものは何なのでしょうか。

鵜沼 一般的に肝炎と言われているもののほとんどは、肝炎ウイルスが原因です。
  肝臓障害にはアルコール性や薬剤性のものもありますが、圧倒的に多いのはウ
  イルス性の慢性肝炎です。

宗像 そうしますとそのような慢性肝炎に対しては、どの様な治療が行われている
  のでしょうか。

鵜沼 つい最近までは、これといった決め手となるような治療法はありませんでし
  た。昔の結核のようなもので、栄養を取り安静にして抵抗力を高めること以外
  に治療法はありませんでした。つまり、肝臓ウイルスを排除する方法がなかっ
  たわけです。

   しかし、先ほど宗像さんが言われたようにインターフェロンという薬剤に抗
  ウイルス作用があることがわかり、今度はウイルスそのものを追い出すという
  治療が始まったわけです。そして、約半数の患者さんからウイルスが消え、肝
  臓病も治まってくる、こういう時代を迎えているわけです。

   しかし、基本は自分で肝臓を回復させること、ウイルスを追い出した後の自
  然治癒力が必要です。そのために、肝臓の回復力を高め、かつウイルスに対す
  る免疫力を高める。これはもう食事なんですね。そういうことで、今日は慢性
  肝炎の食事療法を中心にお話をしたいと思います。

宗像 慢性肝炎のときは食事が薬と同じくらい大切だということですね。では、食
  事療法の基本についてお話いただけますでしょうか。

鵜沼 慢性肝炎の食事療法で一番大事なことは、良質の蛋白質をたくさんとるとい
  うことです。なぜ、良質の蛋白質をたくさんとらなければならないか。その理
  由は2つあります。一つは肝臓の回復力を高めるためと、もう一つはウイルス
  に対する免疫力を高めるためです。

宗像 今でも「肝臓か。それなら脂っこいものはいけないし、肉もいけないね」と
  言われる方もいらしゃいますね。

鵜沼 そうですね。そういう方が今でもいらっしゃいます。これは全く間違いであ
  りまして、アメリカのパテックという人が1941年に証明しています。

   彼はアルコールを飲み過ぎて肝硬変になり、お腹に水が溜ったアルコール性
  肝障害の人をみていると、物をあまり食べていない。つまり栄養が悪いんだと
  考え、そういう人たちに高蛋白・高エネルギー・高ビタミン食を与えたわけで
  す。エネルギーとしては3,600Kcal/日です。

宗像 大変な高エネルギーですね。

鵜沼 ええ、そうなんです。蛋白質を140g/日、脂肪が175g/日と、恐ろしく大量
  なんです。しかし、結果は非常によくて、患者さんは驚くほど回復してしまっ
  た。そこで、それまでの油物は食べない、肉は食べないというのが見直された
  わけです。そこで肝炎の食事療法の基本は、高エネルギー・高蛋白となったわ
  けです。


蛋白質を90g/日が目標

鵜沼 しかし、どうでしょうか。我々がパテックの方法をそのまま応用しようとす
  ると、3,600Kcal/日といいますと……。

宗像 ほとんどの人は、確実に肥満になってしまいますね。

鵜沼 そうですね。そうしますと、日本人の慢性肝炎患者に適した食事を考える上
  で、エネルギーはどれくらいが適当とお考えですか。

宗像 2,000〜2,300Kcal/日が適当だと思います。エネルギーをそれぐらいに抑え
  て、良質の蛋白質を摂取できるような食事を考えればよいと思います。

鵜沼 私は慢性肝炎の患者さんには、蛋白質は体重1あたり1.5g/日を目標に摂取
  するように指導しています。例えば、体重60sの平均的な人ですと、90g/日
  ということになります。

宗像 そうですね。慢性肝炎の患者さんは中年以上の人が多く、運動量も少ないの
  で、エネルギーには特に気をつける必要があると思います。

鵜沼 そのとおりです。慢性肝炎の食事療法は高エネルギー・高蛋白が基本ですが、
  太ってはいけないというのが条件です。肥満すると肝臓に脂肪がたまり、脂肪
  肝になってしまいます。脂肪肝になると、肝機能はむしろ悪化してしまいます。
  ですから、エネルギーを先ほど宗像さんがいわれたように、2,300Kcal/日ま
  でに抑えて、蛋白質を90g/日摂取するということでしょう。

   エネルギーに関して、脂肪と糖質はどうしましょうか。

宗像 現在の日本人の平均脂肪摂取量が55g/日ですから、脂肪についてはこれく
  らいがいいのではないでしょうか。

鵜沼 そうしますと、糖質は350g/日ぐらいでしょうか。

宗像 350g/日まではいかないと思います。300g/日ぐらいです。

鵜沼 蛋白質90g/日、脂肪55g/日、糖質300g/日、大体そういう食事がいいんだ
  ということになりますね。


高品質な蛋白質が必要

鵜沼 それでは、今度は良質の蛋白質とはどういうものをいうのでしょうか。

宗像 人間の蛋白質を合成するのにどうしても欠かすことができない必須アミノ酸
  というのが8種類あります。この必須アミノ酸というのは、人の体内では合成
  できませんので、外から摂取する必要があります。この8種類の必須アミノ酸
  を全て含んだものが良質の蛋白質ということになります。

   蛋白質には動物性と植物性がありますが、一般的には1:1がいいといわれ
  ています。しかし、肝臓病の方は、もう少し動物性蛋白質を多めにしたほうが
  いいと思います。

鵜沼 そうですね。肝炎の患者さんは、人間の蛋白質に近い高品質の蛋白質をとる
  必要があります。それは何かというと肉と牛乳と卵と魚と大豆、この5つにな
  ります。肉は牛肉、豚肉、鳥肉です。貝はだめですね。

宗像 先生が言われた5つの食品の中でも、卵は一番いいですね。卵のプロテイン
  スコア(蛋白価)は100ですからね

鵜沼 プロテインスコアというのは、蛋白質に含まれている必須アミノ酸の割合が
  人間の要求する理想的な割合に対してどれくらいの価値をもっているかという
  ことを数字で表したものですね。100が理想ということで、プロテインスコア
  が高いものほど良質の蛋白質ということになりますね。

   慢性肝炎の患者さんは、蛋白質を効率よくとらなければなりませんので、そ
  ういう質のいい蛋白質をたくさんとるべきです。だからご飯や、芋ばかり食べ
  てもだめだということです。ご飯はリジンが足りませんね。

宗像 そうです。パンはもっとだめです。ですから、ご飯はリジンを含んだものと
  組み合わせて食べるべきです。そうすることによって、理想に近い蛋白質の摂
  取が可能になります。

   例えば大豆ですとリジンは十分なのですが、含硫アミノ酸は足りません。し
  かし、米には含硫アミノ酸がありますので、ご飯と味噌汁というのはすごくい
  い組合せなんです。つまり、プロテインスコアがアップするのです。

   また、ご飯と味噌汁に肉や卵を加えれば、動物性と植物性蛋白質が組み合わ
  されて、より理想に近い蛋白質の摂取が可能となります。

   鵜沼ですから、バランスよくいろいろなものを組み合わせて食べて、プロテ
  インスコアをアップさせることでしょうね。お肉ばかり食べてご飯を食べない
  と、蛋白質の利用効率が悪くなります。つまり、ご飯を食べないと蛋白質をエ
  ネルギー源にしなければならないですから、蛋白質がむだになってしまいます。
  慢性肝炎の人などは特に気を付けなくてはなりません。ご飯はエネルギー源と
  なることでバランスがとれるのですね。


理想的な現在の日本食

宗像 現在、平均的な日本人は70g/日の蛋白質の20%を主食からとっています。
  欧米人は、蛋白質のほとんどを肉、卵、牛乳からとりますからバランス的には
  よくないのです。

鵜沼 逆をいえば、現在の日本食は非常にバランスがいいということがいえますね。
  宗像そのとおりですね。欧米人のように動物性蛋白質を多くとりますと、どう
  しても付随して脂肪摂取も多くなってしまいます。そうすると必然的にエネル
  ギーも多くなり太ってしまいます。

鵜沼 そういうことで、現在、アメリカでは日本食が非常に見直されてきています。
  世界で最も理想的な食事は日本食ではないでしょうか。

宗像 そうですね。ただ、肉や卵を上手に取り入れた現在の日本食が理想に近いと
  いうことですね。昔のご飯とタクアンと味噌汁だけの日本食はためです。日本
  人は平均するとバランスのよい食事をとっていることになりますが、個人でみ
  ますと、かなりばらつきがあるんですよ。肉ばかりの人もいれば、主食ばかり
  とっている人もいます。もっと平均的にいろいろなものを食べていただければ
  いいのですが、なかなか本人は気付かないんです。

鵜沼 やはり、平均的に何でも食べるということですね。そうしますと、厚生省の
  指導している1日30種の食品をとるというのは、いいことですね。

宗像 30種というのは理想ですね。実際問題といたしましては、30種というのはと
  ても大変なんです。だから、私は27種を目標に指導しています。日本人は平均
  すると22〜23種なんですよ。ですから、良質な蛋白質が必要な肝炎の方は、こ
  の点にもう少し気を付けていただきたいですね。


エネルギーとコレステロールの問題は…

鵜沼 それから、お肉はたくさん必要なんだけど、食べ過ぎると太るという問題、
  エネルギーコントロールの問題についてはいかがでしょうか。

宗像 同じ重量でしたら、脂身の多いものは必然的にエネルギーが高くなり、逆に
  蛋白質は減少しますね。ですから、慢性肝炎の患者さんのように、良質の蛋白
  質をとる必要のある場合は、赤身肉ということになります。脂身を除く工夫を
  すれば、お肉を食べてもエネルギーオーバーにはなりません。

鵜沼 あとはコレステロールの問題があります。確かに中年以上の人は、動脈硬化
  を非常に心配していますね。だから肉、卵=コレステロール=動脈硬化なんて
  ことを考えている人も少なくはありません。これは大変な間違いです。確かに
  コレステロール値の高い人は、食事制限をする必要がありますが、正常な人が
  肉や卵を普通に食べ続けたところでコレステロール値は上がりません。

   また、慢性肝炎の人は、ほとんどが低コレステロール状態です。というのは、
  コレステロールというのは肝臓で合成されますので、肝機能が低下していると
  きには上がりません。

宗像 つまり、慢性肝炎の人は何も気にせず、お肉や卵を食べていいということで
  すね。

鵜沼 そのとおりですね。むしろ、何度もいうように、どんどん食べなくてはなり
  ません。自分のコレステロール値を知っておいて、正常値の人は心配しないで
  お肉を食べていいのです。


注目されている豚肉のオレイン酸

宗像 コレステロールの問題に関しては、最近、注目されていることがあります。
  それは、豚肉の脂にオレイン酸という一価の不飽和脂肪酸が含まれていますが、
  このオレイン酸にコレステロール低下作用があることがわかり、非常に注目を
  集めています。

鵜沼 それは非常に新しい情報ですね。

宗像 つい最近まで、我々は脂身はいけませんといっていたのが、エネルギーの問
  題を除けば、余り厳しくすることはよくないということになります。

鵜沼 私は、それは非常に大事なお話だと思います。不飽和脂肪酸は植物油に多く
  て、動物油には少ないといわれてきたんですが、必ずしもそうではないことが
  わかってきた。つまり、豚肉を心配するなということです。

   現在、日本一の長寿県は沖縄県なんですが、私は、沖縄の人はあんなに豚肉
  を赤身だけでなく脂身もたくさん食べて、どうして長寿なんだろうと不思議に
  思っていたんですよ。豚肉の脂にそのような作用があることがわかりますと、
  それも納得のいくことになります。

宗像 比率は豚肉より低くなりますが、牛肉にもオレイン酸は含まれています。で
  すから、肉の脂は絶対にいけないものではなくなってきたんですね。

鵜沼 そうですね。どうも世間では、お肉というと動脈硬化に結び付ける傾向にあ
  ります。決してそうではないということを患者さんに指導していただきたいん
  ですね。

宗像 食べたいけど食べないという人が多いんです。卵も1日に2〜3個食べたっ
  て、コレステロール値は上がらないですね。

鵜沼 食べ過ぎると動脈硬化と考えてしまう。私は日本人は肉を抑えるステージに
  はまだ来ていないと思います。

宗像 だから、どんどん食べていただきましょう。

鵜沼 そんなわけで、最後に慢性肝炎患者の食事療法として、注意点を6つ挙げて
  おきたいと思います。

   1つは、良質の蛋白質を多めにとる。次に、太らなければ脂肪を気にしない。
  3つめは、ご飯を食べ過ぎない。4つめに、緑黄色野菜と海藻を十分にとる。
  それから、ビタミン補給のために果物をとる。最後に1日30種類の食品を目標
  にとる。これがまとめです。

 本日はどうもありがとうございました。
 日経BP社発行の「日経メディカル」3月25日臨時増刊号に“対談慢性肝炎の食事療法”と題して動物性蛋白質に関する記事広告を掲載いたしましたので、日経BP社の了解を得てここにご紹介しました。



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