仙台牛の原点、南方町の牛肉流通戦略

高千穂商科大学商学部助教授
梅沢 昌太郎


「牛トピア」でのレストラン事業

仙台牛の中核産地

 南方町は仙台牛の中核産地として有名である。この町は仙台から北へ70キロも離
れていて、平坦な土地は非常に肥沃であり大規模な水田地帯を形成している。そし
て、その肥えた土地を利用して、ニラを始めとする野菜生産も盛んになっている。

 そのような良質な「米どころ」が、優れた仙台牛を生み出したのである。米どこ
ろを形成した良質で豊かな水は、肉牛の生産にも重要であり、良い稲作の産出物で
ある稲藁は牛の良い飼料になり、また敷藁として快適な環境を牛に提供している。

 仙台牛は「和牛の中でも品質に優れた黒毛和種で、仙台牛生産肥育体系に基づき
宮城県で肥育された肉牛で、枝肉規格[A−5]および[B−5]の霜降り肉だけ
を称している」(JA南方町資料)という、大変に高級な和牛肉である。

 しかし、南方町は仙台から遠く離れ、東北新幹線の古川駅か、くりこま高原駅か
ら車で数十分かけて行かなければならず、東北本線の駅も町内には無く、他の町に
ある鉄道の駅からバスで数十分も揺られなければならない。町は農業地帯であるの
で、商業集積は淋しいものである。宿泊施設も無く、泊まるには隣の迫町へ行かな
ければならない。また、外食施設も町内には見るべきものはなく、これまた隣町に
出掛けなければならない。

 南方町は純粋に農業の町なのである。


南方牛レストラン「牛トピア」

 このような町を活性化するために、町と農協はいろいろな知恵を絞った。その一
つが仙台牛レストラン「牛トピア」である。

 これは、仙台牛の PR 拠点として、そして町づくりの「へそ」としての機能を
持っている。町に適当な飲食店が無いので、町民の「ハレ」の場としても活用して
もらうという意図もある。 ここへ来ると都会では2万円はするステーキが、わず
か8千円で食べることが出来る。もちろん、安いといっても8千円は大金である。
一家4人で食事を楽しんだら、軽く3万円を越えてしまう。しかし、地元だけでは
なく、仙台市などからも本当の仙台牛肉が食べられるということでかなり遠くから
も来ているらしい。

 レストランが7月24日から8月15日間までに取ったアンケート調査では、地元以
外の利用者が圧倒的に多い。県外の利用者も2割以上いるのである(図−1)。

 もっとも、町内の人が積極的に利用してくれて、楽しんで貰えなければ、このレ
ストランの目的の半分は達成されないことになる。地元の人に愛されなければ、大
都会や観光地でない、このような町のレストランの繁栄はおぼつかない。

 町の担当者も言うように、「近隣は2,500円から3,000円くらい」のもののメニュ
ー開発が必要になるだろう。特産の野菜と組み合わせた料理、例えば、ニラとレバ
ーを組み合わせたモツ鍋などもメニュー開発の重要なポイントになるだろう。ステ
ーキとモツ鍋では、フランス料理で育ったシェフには不満であろうが、消費者志向
と言うことからは、そのようなメニュー開発は絶対的である。

 この町の名所として仙台周辺に知られてきたことは、間違いないことである。聞
くところによると、仙台市内では南方牛の看板を掲げている食肉店は、仙台市の三
越にテナントとして出店している食肉店だけだという。この町に来れば仙台牛肉そ
れも本物の南方牛のステーキが食べられるということで、接待の目的なども含めて
多くの人の人気を呼んでいると、レストラン担当者は胸を張って言う。


第三セクターによる運営

 この「牛トピア」は第三セクターによる経営である。株式の51%は町が所有し、
1割は農協所有である。残りの株式は1株5万円で町の人から公募した。希望者は
非常に多かったという。「住民として何か誇りの持てるもの」が欲しかったのだと
町の担当者は言う。

 シェフはフランス料理を東京で学び、松島で修行を積んで来た。現在7人のスタ
ッフとパート2名(8時間換算)の9名で運営されている。

 売上げ目標は従業員1人当たり1日25,000円を目標としていたが、最盛期には1
日52万円の売り上げがあり、2倍以上の目標達成率となっている。もっとも、さす
がに最近は来客数も少なくなり、客単価も落ちているが、それでも1.5回転の採算
目標を少なくとも2回転はしているというから、滑り出しの経営は順調であるとい
えるだろう。


心とからだの栄養

町全体を公園に

 この「牛トピア」は町づくりのプランの一環として進められた。

 先にも触れたように、この町には「何か特色を持たせる」ことが必要なのである。
そこで考えられたことが、「全町を公園として考えたい」というコンセプトである。
それが「へそ」となる物を町の適当なところに置くということであった。

 それには「アートのある町づくり」が一番よいということになった。「時間がか
かっても長い目で見たい」「周辺の高校からも見にくる」「小中学校の遠足」など、
多目的な町づくりが考えられた。

 平坦な町ではあるけれど比較的小高い丘の周辺に、菖蒲を植え花菖蒲の郷を作っ
た。そしてその丘で昨年は「アート・フェスティバル」を開催した。国内から2名、
外国から5名の芸術家がこの町に集まり、1か月をかけて造型芸術を作り上げたの
である。それらの作品は現在もこの丘に残されている。今年は外国作家の版画展が
即売会を兼ねて「牛トピア」の廊下で開催されている。その作品は芸術性からみて
非常に格安な価格で即売されていた。そのような試みは国際的なネットワークがな
ければ成り立たず、その芸術性を支えている人々の努力は評価されてよい。

 「牛トピア」の建物は、その芸術祭に参加した芸術家による設計である。その前
の広場にはアートフェスティバルの時の参加作品が配されていて、花菖蒲園のイメ
ージと重なりあって、風情のある光景を繰り広げていた。

 牛肉のマーケティング戦略の一環としてレストラン事業を行うケースは、ここだ
けではなくいろいろなところで見ることが出来る。しかし、このような芸術という
コンセプトを取り込み、実際にお金を投じている事例は非常にユニークであると言
えるだろう。


説得と補助金の活用

 現実には町の議員への説得には時間がかかったという。そのような「無益」とも
思える「道楽」に町の予算を使うことに難渋を示す「先生」が多かったのである。
県の「活力ある町づくり」の予算から2分の1の補助があった。それで総額5,000
万円の事業費の半分が補助されることになった。その基礎があって「牛トピア」の
事業が成立したわけである。このように見てくると、町の南方牛の促進戦略は、か
なり高度なビジョンの上に成り立っているということができるだろう。


生産と流通のアンバランス

優秀な生産技術

 この町の和牛生産者の技術は最高水準であるといってよい。町の資料では、「上
物率が全国平均25.5%なのに対して、常時72〜73%あり実質日本一の実績を持って
います」と自賛している。その実績は、前にも述べたように、よい水とよい稲藁と
いう環境であり、さらに「茂重波号」という優良な種牛の導入に始まる素牛の確保
にある。

 しかし、そのような環境と素牛という条件があったにせよ、優秀な生産技術が無
ければ、今日の産地形成は有り得なかった。その生産技術は、繁殖、肥育そして一
貫経営という各側面に、優秀な生産者を有していることにある。

 生産者の代表として繁殖牛生産の石川信一さん、佐々木孝男さん、肥育牛の佐瀬
徳さん、鎌田喜三男さん、川口公司さん、そして一環経営の佐々木徳久さん、三浦
実さんにインタビューをした。その人達の他にも意欲的な生産者が多くいる。若い
人や成年で地域の畜産の指導的な地位にある人もいる。また、若さにもの言わせて
いろいろと革新的な試みを行っている生産者もいる。そして、他の事業から和牛肥
育に参入し、大規模経営を成り立たせ、さらに外食ビジネスに進出しようとする意
欲的な生産者もいる。

 その生産技術が伝承され、さらに新しい試みを加えることによって、さらに進ん
だ技術となっているのである。ほとんどの生産者が親子二代で経営されていること
は、このような技術の継承が「血の繋がり」によって行われているとを示している。

 その結果、南方牛は素牛として高い評価を得て全国的に散らばって行き、それぞ
れの地域のブランド牛となっている。肥育牛は、言うまでもなく仙台牛の中核とな
り、ブランドを支えている。一貫生産農家は繁殖と肥育の付加価値を自身のなかに
取り込むことによって、経営を軌道に乗せている。

 南方の和牛生産は牛肉自由化の荒波にも十分耐えて行けるだけではなく、新しい
価値を創造できるだけの体力を有していると言ってよい。


知られていない仙台牛

 重要な問題が残されている。それは仙台牛のブランドが産地の期待ほどに知られ
ていないことである。東京と大阪の消費者に牛肉の産地(銘柄)を聞くと、純粋想
起(何の助けも与えずに、思い出してもらう)では、松阪と神戸はほとんどの人が
思い出すが、その他では鹿児島が健闘している程度である(図−2)。

 助成想起(ブランドを教えて思い出すのを助ける)でも、鹿児島への認知が高く
なる程度で基本的には、消費者のブランドへの認識は変わらない。残念ながら仙台
牛という銘柄は、東京や大阪の消費者にはまったく認知されていないのである。

ブランドを確立するために

 農協としても「もっこりマーク」などのタッグを、枝肉に付けてもらうなどの努
力をしている。また、南方町がレストランを作って、仙台牛をPRするという試みも、
ブランドの確立を強く意識したからに他ならない。生産者自身が最終製品化に乗り
出したわけである。精肉に加工して消費者包装を生産者自身が行い、消費者に提供
するシステムをつくるということである。「牛トピア」は外食サービスで、消費者
に直接アプローチする試みである。

 このことは困難なことであることも事実である。しかし、生産者自身がマーケテ
ィングの試みをしなければ、外圧はおろか内圧にも耐えられないのである。


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