農林水産省畜産局畜政課畜産総合対策室
先日公表された農政審議会報告「稲作以外の主要経営部門についての経営の展望と政策展開の基本方向」から、畜産部門における経営展望と政策展開の基本方向を中心としてその概要をご紹介します。 |
1 酪農及び肉用牛の現状と課題 酪農及び肉用牛経営は、肉用牛繁殖経営を除いて規模拡大が着実に進展してきた ものの、飼料生産が飼養頭数の拡大に追いつかないほか、酪農では経営規模の拡大 に伴い総労働時間が過重となっており、また、労働の周年拘束性により定期的な休 日確保が困難な状況にある。 さらに、畜産環境問題の深刻化や畜産経営の孤立化が進展しており、急速な規模 拡大を進めた経営の中には、借入金の円滑な償還が困難な経営が一部にみられ、最 近では牛肉の輸入自由化等が畜産経営に大きな影響を及ぼすとともに、加工流通部 門においても輸入品との競合が強まっている。 このような状況に対処するためには、過剰投資とならないよう留意しつつ、計画 的かつ着実な規模拡大と規模に応じた飼料基盤の拡充整備等による経営体質の強化、 省力化技術の導入、飼料生産の組織化・外部化、ヘルパー組織の活用等によるゆと りのある経営の実現、畜産環境問題への適切な対応、加工を含めた需要者ニーズに 応じた畜産物の加工流通体制の整備が重要である。 2 経営展望 (1) 経営展望の意義 以上のような課題を克服した姿として、また、今後の農業経営のあり方について 生産者や後継者のみならず国民全体の共通の理解を得るためのものとして、10年程 度後に目標を置いた望ましい経営体の姿を明らかにすることは極めて重要な意義を 有する。 このような経営体の展望に当たっては、現実の諸事例を参考にするとともに、農 業を職業として選択し得る魅力あるものとするための必須の条件として、主たる従 事者の年間労働時間及び生涯所得が地域の他産業従事者と遜色ない水準を確保でき ることが必要である。 (2) 経営展望作業の考え方 地域における農業の実態は、多種多様であり、将来の望ましい経営体の姿として も、このような地域の実態に応じて多様な形態が想定されるが、国の段階で全てを 明示することは困難である。このため、主な経営形態・類型に対象を絞り、将来の 望ましい経営体の姿を示すとともに、都道府県及び市町村においては、これを参酌 しつつその他の部門も含め、地域の実態を踏まえた諸形態、諸類型につき、経営体 の姿を示すことが重要である。 (3) 試算の前提条件 @ 経営類型及び経営形態 飼料基盤に立脚した経営を前提とし、今後育成すべき代表的な経営を想定。 経営類型は、酪農については、生乳の仕向先割合(飲用乳、加工原料乳)や価格 水準、草地の賦存状況等に大きな格差があることから、北海道、都府県の経営を想 定。肉用牛については、生産技術からみて全国的に普遍性があることから、乳用種 肥育経営、肉専用種肥育経営と肉専用種繁殖経営を想定。 経営形態は、個別経営体とするが、飼料生産部門については、機械の共同利用と 牧草収穫時の共同作業を想定。 A 技術、装備等 21世紀初頭を目途に開発・普及・実用化が見込まれる技術・装備の中で、生産諸 要素を効率的に機能させるために活用可能で望ましい技術と装備を想定し、 ・ 酪農経営では、労働の周年拘束性の緩和を図るため、ヘルパー等雇用労働の活 用や地域内の協力等により、週1日の定期的な休日を確保するとともに、現行の 搾乳システムの下では家族労働によっては労働時間が過大となる大規模な経営に ついては、搾乳労働時間を大幅に削減し得るフリーストール・ミルキングパーラ ー方式等省力化のための新しい飼養管理方式を導入。 ・ 肉用牛肥育経営では、スキャニングスコ−プの利用等により肥育段階で肉質を 測定することによる適期出荷を前提とした肥育期間の短縮を図るとともに、自動 給餌機等省力的飼養管理方式の導入により1頭当たりの労働時間を短縮。 ・ 肉用牛繁殖経営では、稲わら等の資源を有効活用した水稲との複合経営による 効率的な経営を前提。 ・ 飼養頭数規模に応じたふん尿処理施設を整備し、堆きゅう肥として土壌に還元。 (4) 試算結果 結果は表に示したとおりであるが、生産性については、現状(平成3年生産費の 平均)と比較して、1頭当たりの労働時間は3〜6割程度、生産物1s又は1頭当 たりのコスト(費用合計)は6〜8割程度に低減することが見込まれている。
酪 農 | 乳用種肥育 | 肉専用種 肥育 |
肉用牛繁殖 | |||
北海道 | 都府県 | |||||
経営規模(頭) | 経産牛 80 総飼養頭数 114 飼料作物 作付実面積 72.5ha |
経産牛 40 総飼養頭数 61 飼料作物 作付実面積 10.6ha |
肥育牛200 | 肥育牛100 | 繁殖成雌牛 20 総飼養頭数 40 水稲 6.0ha 飼料作物 作付実面積 4.8ha |
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生産性 | 単位当たり 生産量等 |
8,000 kg/頭 |
7,200 kg/頭 |
肥育終了 月齢18ヵ月 |
肥育終了 月齢24ヵ月 |
分娩間隔 12.5ヵ月 |
労働時間 (時間/頭) |
63.0 (57) |
87.2 (61) |
14.6 (49) |
33.4 (44) |
41.1 (33) |
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費用合計 | 50 円/生乳1kg (74) |
70 円/生乳1kg (79) |
29 千円/生体100kg (82) |
35 千円/生体100kg (69) |
235 千円/頭 (59) |
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労働時間 (時間) |
6,200 | 4,700 | 3,600 | 3,100 | 3,400 | |
主たる 従事者 |
2,000 | 2,000 | 2,000 | 2,000 | 2,000 | |
補助的 従事者 |
1,700×2人 | 1,100×2人 | 800×2人 | 600×2人 | 700×2人 | |
雇 用 | 800 | 600 | − | − | − |
注:1.( )内は、平成3年生産費調査の平均を100とした数値である。 2.乳用種肥育、肉専用種肥育の費用合計は、もと牛費を除外した数値である。 3.労働時間は、ラウンドの関係で計と内訳が一致しない場合がある。 3 今後の政策展開の基本方向 (1) 経営体の体質強化 @ 合理的な経営管理の推進と経営規模の拡大 経営感覚に優れた効率的・安定的な経営体となるための基本は、合理的な経営管 理が行われることであり、高能率機械化技術体系や新たな生産方式等に対応した効 率的な生産規模を確保するとともに、構成員の適切な役割分担の下に、休日制、給 料制の導入や青色申告、複式簿記の実施等を推進する必要がある。また、農業にお ける女性の役割の重要性に鑑み、経営の中に女性を適切に位置付けることが重要で ある。 このような合理的な経営管理を行う基盤として、農地の流動化と農地利用の集団 化、新技術の導入を可能とするほ場条件の整備、経営に必要な情報の迅速な収集を 可能とする体制の整備を図るとともに、経営内容の改善を計画的に進めようとする 経営体に対する総合的な資金融通、税制面での支援を行うことが重要である。 酪農及び肉用牛においては、畜舎等の低コスト化の推進をはじめ経営規模の拡大 に伴う投資が過大とならないよう留意しつつ飼養頭数の拡大を進めるとともに、こ れに対応した飼料生産の拡大と効率化を図るため、転作田・水田裏作等の農地利用 の集積、林野、里山等の利用や低利用資源の活用、地域の実態に応じた飼料生産部 門の組織化・外部化、優良な草種・品種の導入等を推進する必要がある。また、配 合飼料については、工場の再編整備等生産流通の合理化を進める必要がある。 A 地域の実情に応じた経営の複合化、高度化 経営規模の拡大と併せ、労働力や農業機械施設等の有効活用を図りつつ経営の安 定と所得の確保を図る観点から、地域の実情に応じて収益性の高い作目を導入する ことによる複合化の推進等経営の高度化に向けた取組みを推進することも重要であ る。 酪農及び肉用牛の分野においても、肉用牛繁殖部門と稲作部門との複合化など経 営の安定や地域資源の有効活用等の観点から、地域の実態に応じ、耕種部門等との 複合化を進めることも重要である。 なお、このほか水田地帯においては畜産、野菜等と稲作との複合経営が想定され るが、こうした複合経営を効率的に展開していくためには、畜産、野菜等の複合部 門については産地としての維持・発展を図るため農協等が中心となって生産、加工、 流通の各般にわたる体制の整備を図る一方、稲作部門については機械・施設等の共 同利用の推進や作業の受託体制の整備等により生産性の向上と他部門との労働力調 整の円滑化を図っていく必要がある。 B 地域における経営体の支援体制の整備 望ましい経営体の育成と地域における農業生産の維持増大を図るため、関係機関、 団体の密接な連携のもとに、地域の実情に応じて、経営・技術指導、営農指導のほ か、農業技術、気象、市場動向等に関する情報の収集・提供や労働力の調整活動等 の支援活動を効果的に行う体制を整備する必要がある。 (2) 就業条件の改善等ゆとりのある経営の実現 @ 機械化・省力化技術の開発普及 生産性の向上や労働時間の短縮等を図り、ゆとりのある経営を実現するため、機 械化・省力化技術の早急な開発・普及が必要である。 酪農及び肉用牛については、受精卵移植等新しい技術の普及・実用化を図るとと もに、労働時間の短縮を図るため、大規模経営を中心にフリ−スト−ル・ミルキン グパ−ラ−方式等の新しい飼養管理方式の普及を図る必要がある。 A 労働力調整システム等の構築 農業労働に特有の季節的な繁忙への対応や家畜飼養に伴う労働の周年拘束性に適 切に対処する仕組みを構築することが、ゆとりのある経営を実現する上で不可欠と なる。 酪農については、労働の周年拘束性を緩和するため、酪農ヘルパ−制度の充実を 図るとともに、生産者による共同作業や分業の推進等多様な取組みを助長する必要 がある。 B 作業の外部化の促進 経営体の規模拡大、経営内容の高度化等に伴って生ずる労働力面での制約を解消 し、経営効率の向上効果を一層発揮させるため、地域において農業生産過程の一部 を経営の外部でまとめて効率的に処理する体制を整備する必要性が増大している。 このようなニ−ズに対応するため、酪農及び肉用牛においては、飼料生産におけ る作業受託体制の整備や後継牛育成作業等の外部化のための公共育成牧場の整備を 推進する必要がある。 (3) 環境問題への適切な対応 @ 環境保全型農業技術の確立 畜産環境問題に対処するため、環境への負荷を軽減する低コストの家畜ふん尿処 理技術の開発を促進する必要がある。 A リサイクル体制の整備等 家畜ふん尿のほ場還元によるリサイクルシステムの確立のため、耕種部門との連 携による広域的な堆きゅう肥の流通を促進する体制を整備する必要がある。 この場合、排出物の処理は生産者自ら行うことが基本ではあるが、個々の経営体 だけでは対応が困難な状況もみられるため、地域の環境保全という視点も踏まえ、 地方公共団体、農協等を核としたリサイクル体制の整備を図ることが重要である。 また、地域の環境保全に対する要請の高まりに対応するため、畜産経営の移転の 円滑化等を推進することも必要である。 (4) 産地体制の整備、加工、流通の改善等 加工用、外食用需要の比重の増大や、産地の変動が進む状況の下で、加工、流通 コストの増加に対処しつつ、消費者、実需者のニ−ズに的確に対応した安定的な農 産物の供給が確保されるよう、農協等による集出荷、処理加工施設の整備等、産地 体制の整備を図る必要がある。 また、輸入農産物等との競争関係が強まる中で、国産農産物に対する需要の維持 ・増大を図るため、実需者との連携による需要開発や高品質化、高付加価値化を推 進することが重要である。 このような観点から、牛乳・乳製品については、より広域的視点に立った集送乳 路線の再編整備、農協プラント・中小乳業の統廃合、余乳処理の適正化を推進する 必要がある。食肉については、処理コストの低減、実需者のニ−ズに応じた部分肉 供給の推進、加工品の生産等高付加価値化を促進するため、産地食肉センタ−の大 規模化、省力化をはじめとした産地処理体制の整備を図る必要がある。また、畜産 物の安全性の確保を図るため、動物用医薬品、飼料等の製造管理、適正使用の徹底 とモニタリング体制の整備を行うことも重要である。さらに、産業動物獣医師の確 保等地域獣医療提供体制の整備も必要である。 以上のような産地を中心とした生産、加工、流通を通ずる一貫した改善への取り 組みの中で、関係者の合意形成を行い、産地自身の強化を図るとともに、消費者や 実需者のニーズにも的確に対応できる体質の強い経営体の育成を図っていくことが 必要である。