★ 巻頭言


畜産の経営展望

農用地整備公団理事長
(農政審議会企画部会第1小委員会座長)
関 谷 俊 作


 去る9月29日に農政審議会の「稲作以外の主要経営部門についての経営の展望と
政策展開の基本方向」が公表された。稲作以外の部門に係る経営展望については、
農政審議会企画部会の第1小委員会で今年3月から検討が行なわれ、今回報告の運
びとなった。

 稲作については、昨年6月に農林水産省が公表した「新しい食料・農業・農村政
策の方向」(「新政策」)に「望ましい稲作経営の展望」が記載されている。10年
程度後の展望として、経営規模は個別経営体で10〜20ha程度、組織経営体で1ない
し数集落程度となり、生産費用合計は全農家平均の5割以下に低下するとしている。

 ここでいう「経営体」は、個人又は世帯が単独で又は共同して農業を営む経営体
で、その主たる従業者に他産業並みの労働時間と地域の他産業従業者と遜色ない水
準の生涯所得を確保し得るものと定義されている。この定義に従い主たる従業者の
労働時間を年間1,800〜2,000時間として稲作の経営展望がなされた。

 「新政策」では稲作以外の部門について「望ましい経営の展望を示す」ことが今
後の課題とされていた。稲作について用いられた経営展望の手法を稲作以外の部門
にも適用して展望を作成することは、性格としては事務的な作業である。しかし、
第1小委員会においては、経営展望の前提条件や政策推進上の問題点など、単なる
経営展望作成の域を超える基本的な論議が行なわれた。

 その第1は今回の経営展望が所得水準を示していないという批判である。今回の
作業は前記のような農業従事者の労働時間を鍵として機械の効率的利用を中心とす
る諸作業に労働時間を配分することにより経営類型を作成している。所得の算定の
ためには農産物価格、地代、資本利子などの想定が必要である。所得の領域に入る
ことを避けた今回の作業は主として生産技術の世界の中で行なわれている。

 第2は地域の実態に即し経営類型の数をもっと増やすべきであるという意見であ
る。この点については、全国段階の作業としては主な経営形態・類型に対象を絞り、
都道府県、市町村の段階で地域の実態を踏まえた諸類型につき望ましい経営体の姿
を示すこととされた。なお、こういう意見との関連で地域の実情に応じた経営の複
合化が強調されたことは注目すべきである。

 第3に就業条件の改善などゆとりある経営の実現を重要とする意見が強かった。
この点については、報酬や役職等の面での適正な処遇など経営内における女性の適
切な位置付け、機械化・省力化技術の開発普及、労働力の調整システムとしての酪
農ヘルパー制度の充実、経営の外部で作業をまとめて効率的に処理する体制として
の飼料生産作業の受託体制と公共育成牧場の整備などが必要とされた。

 第4に環境問題に対する対応を求める意見が多かった。このため、環境保全型農
業技術として低コストの家畜ふん尿処理技術の開発の促進、家畜ふん尿のほ場還元
によるリサイクルシステムの確立のため耕種部門との連携による広域的な堆きゅう
肥の流通を促進する体制の整備、さらに畜産経営の移転の円滑化が対策として挙げ
られた。

 今回の経営展望の対象とされた酪農及び肉用牛については、「酪肉法」(酪農及
び肉用牛生産の振興に関する法律)に基づく農林水産大臣の基本方針において「近
代的な酪農経営及び肉用牛経営の基本的指標」が定められている。現在の基本方針
は平成7年度を目標年度として昭和63年2月に公表されている。

 今回の経営展望をこの基本方針と対比すると、先ず経営類型については、経営展
望は酪農(北海道、都府県)、肉用牛肥育(乳用種、肉専用種)、肉用牛繁殖の5
類型を掲げるのに対し、基本方針の経営指標は、酪農は単一と乳肉複合、肉用牛は
一貫、繁殖と肥育を区分し、さらに土地条件の制約が比較的小さい地域と大きい地
域との区分及び他作目との複合経営の区分を設けるなど、きめが細かい。

 次に経営の内容については、経営展望は「21世紀初頭を目標に開発・普及・実用
化が見込まれる技術・装備の中で生産諸要素を効率的に機能させるために活用可能
で望ましい技術と装備を想定し」て作成されている。酪農ではフリーストール・ミ
ルキングパーラー方式の導入、週1日の休日の確保、肉用牛ではスキャンニングス
コープの利用、自動給餌機の導入等がその例である。数値を対比すると、酪農(北
海道)については飼養規模が経産牛80頭(基本方針40頭以上)、経産牛1頭当たり
年間搾乳量8,000kg(同6,700kg以上)、経産牛1頭当たり労働時間63時間(同100
時間以下)であるのに対して、乳用種の肥育、繁殖経営については飼養規模及び1
頭当たり労働時間ともに基本方針と大きな開きがない。生産性の向上に寄与する技
術の開発普及の歩みの違いがここに表われている。

 総じて畜産については、「酪肉法」の運用の実績を持っていることから、今回の
経営展望も比較的現実になじみやすいものとなっている。野菜や畑作では、作物と
地域により経営の内容がきわめて多様である上に、全国段階での経営類型の設定は
今回初めてであるため経営展望が困難な事情にあったのと対照的である。

 「新政策」の経営・構造対策を実施するための関係法律の改正により、農用地利
用増進法が改正されて農業経営基盤強化促進法となり8月2日から施行された。こ
の法律では、都道府県知事が定める基本方針に即して、市町村が「農業経営の規模、
生産方式、経営管理の方法、農業従事の態様等に関する営農類型ごとの効率的かつ
安定的な農業経営の指標」を含む農業経営基盤強化の促進に関する基本構想を定め
ることになっている。今回の経営展望はこれら基本方針及び基本構想を作成する上
の指針を示すことを目的としている。

 農業経営基盤強化促進法では、市町村が農業経営改善計画を認定する際は基本構
想に照らし適切であるかどうかを判断し、認定を受けた農業経営者に対して農用地
の利用集積、融資その他の育成策が集中的に実施される。この仕組みは「酪肉法」
における市長村長が定める計画と経営改善計画の認定の仕組みに類似している。

 目標とする経営の類型を設定し、これを基準として育成すべき農業経営者を選び
出すことは、利用し得る土地資源に限りがあることから、むらの段階では大きな困
難を伴う。「新政策」を契機として具体化された経営・構造対策ではこの困難な課
題に取り組まなければならないこととなった。酪農及び肉用牛については「酪肉法」
の運用経験を活かすことができるが、地域の農業全体にとっては新しい路線である。
地域農業の中に畜産を適切に位置付け、地域農業の均衡のとれた発展が図られるよ
う努力しなければならない。


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