★ 事業団便り


飛騨地方清見村を訪れて


 9月16日から3日間、岐阜大学の小栗克之農学部助教授の調査に同行する機会を得ました。同氏の報告につきましては、追って当誌でレポートしていただくことといたしまして、今回は現地で見聞きしたことをいくつか報告させていただきます。

肉牛肥育を中心とした畜産の村

 今回調査に訪れたのは岐阜県北部に位置する大野郡清見村で、15の集落が川上川、
小鳥川、馬瀬川の3河川流域に点在する典型的な峡谷型の山村です。飛騨盆地の中
心である高山市とは隣接しており、肉牛の繁殖・肥育、酪農などの畜産と、ホウレ
ンソウやトマトなど高冷地野菜栽培が盛んな有数の積雪寒冷単作地帯です。

表1 清見村の主要農産物販売額        (単位:千円)
区  分 平成元年度 平成2年度 平成3年度 平成4年度
180,554 190,172 183,688 208,355
野菜 502,231 625,590 622,747 570,724
畜産 肉牛繁殖 145,081 132,899 137,511 102,691
肉牛肥育 1,218,278 1,141,906 1,065,890 994,675
酪  農 216,736 207,519 196,915 200,962
小  計 1,580,095 1,482,324 1,400,316 1,298,328
その他 49,743 47,544 28,221 5,656
合 計 2,312,623 2,345,630 2,234,972 2,077,407
(注) その他はタバコ、シイタケ
(資料)清見村役場

 清見村における畜産農家の経営の特徴としては、肉牛繁殖農家は、飼養頭数が1
頭から2頭の零細経営が多く、主に米と野菜を栽培するかたわら、家族の中で60歳
以上の高齢者が牛を管理するといった経営が大部分です。このため、野菜栽培面積
の拡大に伴い繁殖牛を飼養する農家は年々減少しており、後継者を含む人手の確保
が問題となっています。一方、繁殖雌牛頭数は、補助事業による経営規模拡大の効
果によってほぼ横ばいで推移しています。

 肉牛肥育農家の経営は、繁殖農家とは異なり専業的なものが多く、既に二つの農
家は法人化されています。また、肥育牛は、ホルスタイン種から黒毛和種に移行さ
れつつあり、黒毛和種の頭数は、一時期(5〜6年前)の約300頭から最近では約
1,200頭まで増加しています。問題点は、肉牛価格の低迷に伴いホルスタイン種の
肥育を中心とした農家経営の維持が困難となっていることです。なお、後継者につ
いては、肉牛繁殖農家とは対照的に大部分で確保されているとのことです。

 酪農家戸数と乳牛頭数についてはほぼ横ばいで推移しており、問題点は、乳価や
副産物(ヌレ子)価格が低迷する中、いかに経営を維持していくかという点と、農
家の半数が60歳以上の高齢者であり、しかも後継者がいないという点です。

表2 清見村の畜産農家戸数と飼養頭数の推移   (単位:戸、頭)
区  分 昭和60年 平成2年 平成3年 平成4年 平成5年
戸数 肉牛繁殖 101 75 72 70 62
肉牛肥育 21 19 19 18 18
酪  農 12 12 12 12 12
合 計 134 106 103 100 92
頭数 肉牛繁殖 365 370 411 413 403
肉牛肥育 2,285 2,436 2,319 2,170 2,325
酪  農 365 361 359 365 371
合 計 3,014 3,167 3,089 2,948 3,099
(注) 各年2月1日現在の数値
(資料)清見村役場


経営順調のコンポストセンター

 清見村には、肉牛肥育農家が中心となって設立した農事組合法人清見コンポスト
センター(以下「コンポストセンター」という)があります。三ツ谷地区の三ツ谷
肉牛組合(構成員8戸)と集落内の肥育農家2戸が、昭和53年に三ツ谷たい肥組合
を設立し、これが母体となって公社営畜産基地建設事業により村内の2大肥育組合
を含めた処理施設を、59年に設立したものです。現在では、常時勤務する職員が3
名で、清見村管内で産出される牛の糞尿の大部分が、このコンポストセンターで処
理されています。また、たい肥として生産される製品は、村内利用のほか、土木事
業の緑化基盤材などに広く利用されており、年間収益は1千万円以上という極めて
順調な経営状況となっています。


村内で牛の一貫生産を目指す

 清見村の肉牛肥育農家は、平成元年に農事組合法人飛騨牛繁殖センター(以下
「繁殖センター」という。)を設立しました。設立当初の目的は、繁殖用雌牛を共
同で飼養することにより、優良な肥育素牛を安定的かつ効率的に確保することでし
た。その後、平成2年からは、新たに受精卵移植技術を応用することにより、村内
の酪農家が飼養する乳牛等を利用して和牛の増殖を行い、村内での牛の一貫生産を
目指しています。現在の経営状態は、コンポストセンターのように順調とはいえな
いようですが、計画されている肥育素牛の農家への安定的な供給が軌道に乗れば、
今後は経営改善が期待できそうです。


清見村を中心に受精卵移植技術確立に努力

 今回の調査で最も興味深かったのは、清見村が中心となって周辺市町村とともに
実施している受精卵移植推進事業でした。この事業は、飛騨地域家畜衛生協会に受
精卵移植推進部会を置き、下部組織である管内市町村の受精卵移植推進分会ととも
に、乳牛・肉牛の改良や肉用牛の素牛確保を進めるというものです。


 清見村の場合、先にも触れたように繁殖センターを中心として事業が推進されて
います。受精卵は繁殖センターの雌牛や村内優良雌牛から採取され、酪農家の乳牛、
繁殖センターのF1などに移植されます。そして、生まれた子牛は、繁殖センター
等で育成された後、肥育農家に譲渡されます。

 この際、酪農家には、乳牛の借り腹代金として子牛(和牛)1頭当たりに直近の
子牛市場価格の25%が支払われます。例えば、直近の高山市場における子牛平均価
格が60万円だとすれば、酪農家は15万円の子牛代金を得ることとなります(子牛代
金等の流れについては、図2のとおり)。

 この事業は、乳価の低迷と副産物価格の低迷というダブルパンチを受けている酪
農家にとって大変ありがたい事業といえそうです。ただし、現在、受精卵移植によ
る受胎率は40%前後と、通常の人工授精に比べて低く、今後は受胎率向上のための
技術確立が緊急の課題となっています。 


(企画情報部 苅草 洋雄)


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