★ 事業団便り


農業を始めて


 農林水産省を退職後、岩手県で新たに農業を始めた野村博久さんから、作業の厳しさや集落での子牛生産の取り組み、今年の冷害の様子などについてお聞きしましたので、レポートします。
役人から農家へ

 野村さんが東京肥飼料検査所の所長を最後に農林水産省を退職し、ここ岩手県江
刺市で農業を始めたのは3年前です。この辺は、NHKの大河ドラマ「炎立つ」の
舞台になっている藤原文化発祥の地です。「前々から退職後は農業をすることに決
めていた」という野村さんですが、役所を退職後も関連の業務に再就職(「天下り」)
する人が多い中では異色といってもいいでしょう。

 離農された人から農地1ヘクタール、山林1ヘクタールに加え、住居もそのまま
引き継ぎました。明治9年に建てられた茅葺きの家ですが、トイレ、壁、廊下など
のリフォームはほとんど自分でしたそうです。

 役所時代は東京・六本木に住んでいたのですから、生活環境の変化にはすごいも
のがあったと思います。大好きだったゴルフも今は全然することなく、お酒も晩酌
をちょっとするだけという健康的な生活を送っています。


頭にくる鳥獣害

 野村さんの経営概要を紹介すると、主な作物は「ひとめぼれ」1ヘクタールに、
自分で開墾した畑で栽培するブロッコリー10アールです。栽培規模はまだ小さいの
ですが、将来、自分の経営に取り組んで行こうと、トマト、かぼちゃ、とうもろこ
し、大豆、メロン、リンゴのほか、アマランサス、こんにゃくといった特用作物も
栽培しています。また、近所の人から「牛を飼わないか」と誘われているそうです
が、「経営がもっと軌道に乗ってから」と考えています。しかし、鶏とキジを飼育
しています。鶏は卵肉兼用種の横班プリマスロックです。

 農作業の中で手間暇のかかるのが、機械化ができないブロッコリーの植え付けと
収穫です。はじめ、農協から教えられたとおりに苗作りをしていたのですが、半分
くらいで「とてもこんな面倒くさいことはやっておれない」とやり方を自分なりに
簡略化したそうです。また、出荷は農協のセンターへ毎朝11時までにもっていかな
くてはならないので、夜明けとともに収穫を始め、朝御飯も出荷が終わった昼頃に
なるという頑張りようです。

 農業をしていて一番頭にくることは、「収穫間近の作物をタヌキやカラスに荒ら
されること」と野村さんは怒りを込めて言っていました。特に、タヌキは悪質で、
とうもろこしを一晩でダメにされたこともあるとのこと。もぎ取ったとうもろこし
を車座になって食い荒らした跡が草の上に残っているそうです。釣り糸を畑のまわ
りに張り巡らすなど、いろいろ対策をとったのですがどれもだめ。結局、一番効果
があったのが漁網です。流し網が禁止になり使われなくなった漁網を手に入れるた
め、石巻までトラックを運転して行きました。


「戦後最悪の冷害」に直面して

 今年、東北地方は「戦後最悪の冷害」といわれています。この辺りのお米は「江
刺金札米」として昔から有名ですが、集落内の田でも登熟しないままピンと上を向
いた稲がいたるところで見受けられます。野村さんは集落の活動に積極的に参加し
ており、現在、農業共済部長を引き受けています。これから、各農家の冷害による
被害を評価しなくてはなりません。今はすべての農家が共済に加入しているので、
宮沢賢治が詠んだように「サムサノナツハオロオロアルキ」ということはないので
しょうが、農家の収入に直接影響することからいろいろ難しい問題があるようです。

 「稲の減数分裂期に深水潅漑をするなど基礎技術を忠実に守った」ので、野村さ
んの稲は周りの田よりも登熟歩合が良いようでした。しかし、それでも半分くらい
が不稔粒で、収量の減は免れそうもありません。特に、「次の作業がしやすいよう
に早く水を落とした熱心な農家ほど、今年の場合は冷害の被害がひどい」ようです。

 県内のある町では、「早く出稼ぎに行きたいから共済の評価を早くしてくれ」と
いう農家の要望が強いということを聞きました。また、県では、お米のとれない稲
をいかにして飼料用に活用するか、頭を悩ましています。


頑張る肉牛繁殖農家

 23戸の農家がありますが、そのうち14戸が黒毛和種の繁殖をしています。いずれ
も大規模なものではないのですが、牛は稲作との複合経営の重要な柱になっていま
す。しかし、最近、後継者がなく病気などが原因でやむを得ず繁殖経営をやめた農
家が3戸あるそうです。

 非常に熱心な人もおり、特にTさんは島根から糸桜系の繁殖もと牛を導入し、最
近のセリでは100万円近い値段で子牛が売れたということです。野村さんが中四国
農政局での経験(?)をもとに「傾斜のある放牧場が子牛には良い」とアドバイス
したところ、Tさんは自分の敷地内にわざわざ傾斜のある放牧場をつくったとのこ
と。その結果、子牛の価格が良かったものだから、今、一生懸命に放牧地の拡張に
力を入れています。

 集落には繁殖農家が集まってつくった「和牛部会」があります。毎月9日に子牛
のセリがあるのですが、その夜には集会所に集まり、自分たちの子牛がなぜ安かっ
たのか高かったのか反省会を行います。野村さんもこの熱心さには感心していまし
た。だだし、飲み代はその日のセリで子牛を売った農家が出すようです。


第2、第3の野村さんを

 都会から脱サラなどで農村に移り住み、新たに農業を始める人が増えています。
後継者不足に危機感を募らせる自治体が新規就農者への支援策を充実し、農業への
入口が広くなったことなどが背景にあるようです。今後は若い人の脱サラだけでな
く、野村さんのように退職後、新たに就農する人も多くなるのではないでしょうか。
会社勤めの経験など従来の農業の枠を超えたアイデアを活かして、地域の活性化に
結びつけばと思います。

(企画情報部 布野秀隆)


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