★ 巻頭言


酪農・乳業を巡る最近の諸問題

生乳需給管理委員会 委員長 芝田 博


生乳需給管理委員会の討議から

 平成元年度より開始された生乳需給調整円滑化事業の推進のために中央酪農会議
に設置された生乳需給管理委員会は、生産者、乳業者、学識経験者等で構成され、
需給見通し、乳製品調整保管事業その他需給調整対策の検討を行うものとされた。
平成2年4月の発足後約2年間は需給逼迫状況が続き、委員会は、主として需給見
通しについての意見・情報の交換の場として機能してきたが、昨年度から明らかに
なりつつあった需給緩和、バター過剰の傾向の中で、その対策を中心に酪農・乳業
を巡る諸問題が幅広く真剣に討議、検討されるに至った。当面の需給調整対策につ
いては、7月20日の委員会でまとめられた意見書において、「国等関係機関は生乳
需給調整円滑化事業の発動を早期に行うこと。生産者団体は、生乳需要に見合った
適切な生乳の計画生産を実行すること。乳業者等は、牛乳・乳製品等の一層の消費
拡大を通じてバターの在庫削減をはかること。生乳取引当事者は、需要に見合った
生乳の成分取引のあり方について検討すること。」を要請し、これらは関係者によ
って逐次実施に移されつつあるところであるが、本稿においては、委員会の13回、
3年有余にわたる討議の中で浮き彫りにされた酪農・乳業を巡る最近の諸問題とそ
の解決にむけての努力の方向についての意見を順不同に取り上げ、紹介したい。委
員の皆さんは、いずれも斯界を代表する見識をお持ちの方々であり、そのご意見等
をご紹介することは意義あるものと考えるからであるが、文責は筆者にあることは
勿論である。


需給の安定と公的在庫の役割

 わが国の牛乳・乳製品の需要は景気や天候の影響を受けて変動し易く、生乳の生
産も気候によって左右されることが多く、需給はしばしば「様変わり」に見舞われ
る。近頃では、平成3年4月から12月にかけて乳製品の需給逼迫に対処して、バタ
ー14, 500トン及び脱脂粉乳37, 500トンが輸入されたが、年が明けると早くも過剰
感が囁かれ始め、1年後には過剰対策が議論されるにいたった。需給変動のたびに
急激な減産、または増産を迫られる生産者の苦労と損失も大きいのみならず、需給
逼迫のたびに国産乳製品(とりわけバター)の市場が代替品や輸入乳製品に不可逆
的に蚕食される事態を招いている。このような問題に対処するために、発想を転換
して、畜産振興事業団等の公的機関が常時需給安定のための緩衝在庫を保有するこ
ととしてはどうか。流動的混合保管方式を採用し、数量も過大にならぬよう適切に、
コントロールすればコストもそんなに大きくならないのではないか。


二つの自由化の影響

 二つの自由化がわが国酪農・乳業を圧迫している。一つは言うまでもなく平成3
年度から実施された牛肉の輸入自由化であり、予想されたこととはいえ、乳雄ヌレ
子と老廃牛の価格の暴落を通じて、肉用牛農家よりも酪農家に甚大な打撃を与えて
いる。これに対しては、かねて用意の肉用子牛生産者補給金制度が発動され、その
効果によって低位ながらも価格の安定が保たれているが、今後生産者補給交付等の
交付の長期化、恒常化が予想され、制度の資金面の不安を絶つためにも関税50%ラ
インは文字通り死守されねばならない。他方、生産者においては、生乳の生産コス
トのダウンに努めるのは当然としても、乳雄ヌレ子と老廃牛の価格の回復が望めな
い以上、生乳価格にそれを転嫁せざるを得ないのであって、この点について、行政
当局及び消費者の理解をのぞみたい。

 もう一つは平成2年度から実施されたアイスクリームの輸入自由化であり、商品
の性格からみて大量の輸入は考えられず従ってわが国酪農・乳業には大した影響は
ないと思われていたし、事実、自由化後しばらくの間は目立った動きは見られなか
ったが、国内流通網の整備に伴い、低価格を武器に、急速に伸長している。(アイ
スクリーム類輸入数量・金額・単価の推移。平成2年度3, 580トン、1, 639百万円、
458円/kg、同3年度11, 203トン、4, 673百万円、417円/kg、同4年度14, 270ト
ン、5, 335百万円、374円/kg)。アイスクリームが乳脂肪の需要先とて重要な地
位を占めることと考え合わせると、見過ごすことのできない数値であり、国産アイ
スクリームメーカーの価格・品質両面における競争力向上の一層の努力をのぞむと
ともに、今後の推移によっては、ダンピング問題の面からの検討も必要となろう。


乳脂肪の過剰問題

 アイスクリームの輸入の急増が国産乳脂肪の市場の蚕食問題として受け取られる
のも、今回の乳製品の過剰が従来型の需給の循環的ミスマッチによる一時的なもの
ではなく、先進国に共通のローファット指向の食生活に起因する構造的なものであ
り、乳脂肪の過剰は今後慢性化するのではないかという危機感があるからである。

 この問題についての対応の第一は、直接消費者に対する啓発活動を含む積極的な
消費拡大の推進である。(社)全国牛乳普及協会を中心とする牛乳・乳製品の消費
拡大活動は、骨粗鬆症という言葉が国民常識となるほど牛乳・乳製品の含むカルシ
ュウムの重要性についての啓発に成功し、消費の拡大に大きな力となったのである
が、今後は啓発活動の重点を乳脂肪に移し、飲用牛乳中の乳脂肪の量が脂肪摂取量
全体にしめる割合は非常に小さいものであること(従って普通牛乳をローファット
牛乳に代えることは余り意味がないこと)、乳脂肪(バター、クリーム等)の栄養
価値の高さ、味の良さ等について、直接消費者に対する啓発活動を強化する必要が
ある。 対応の第二は、現行の乳脂肪偏重といわれる生乳取引基準を見直し、需要
動向等を踏まえた合理的な生乳取引を確立することである。昭和62年度に生乳取引
基準が改められて乳脂肪3.5%を基準とすることとされ、飲用牛乳のイメージアッ
プと消費拡大に大きな効果を挙げたところであるが、最近に至ってこの基準と基準
を充たさない生乳に対する懲罰的な価格の適用とが、種々の問題を顕在化させてい
る。生産者の側からすれば、周年乳脂肪3.5%を維持するためには、夏場は輸入干
牧草まで給餌して手間とコストをかけて頑張らなければならず、年間を通して見れ
ば3.5%をかなりうわまわった乳脂肪を生産することにならざるを得ない、その無
理な努力の結果、乳脂肪過剰の張本人だと非難されては泣くに泣けない、というこ
とになる。乳業者の側からすれば、ローファット牛乳が伸びる時代に乳脂肪率の高
い生乳を買い入れ、余儀なく売れないバターを作ることになる、成分無調整牛乳の
場合は原料生乳の乳脂肪率が高くなっても製品価格を上げるわけにはいかないので
メーカー負担が増大する、ということになる。このような問題を解決するため、中
央酪農会議に生産者、乳業者双方の代表者及び学識経験者からなる検討委員会が設
けられ検討を開始されたわけであるが、一日も早く適正・妥当な結論に到達するこ
とがのぞまれる。その際留意されるべきこととしては、3.5%基準にすることによ
って得られたイメージアップを損なわない配慮と、生産者、乳業者どちらもが経済
的デメリットを被ることのないようにすることであろう。


新しい日付制度(期限表示)導入への対応

 厚生省当局より、食品の日付表示制度を製造日表示から賞味期限表示に変更する
ことが検討されており、来年度の実施が予定されている。変更の方向については、
酪農・乳業界は概ね賛成であり、変更されれば日付競争や返品もなくなるだろう、
これを機に工場の操業に週休制を導入して処理施設、設備の保守・点検に万全を期
したい、従業員にも一斉休日を確保したい、と明るい期待が広がっている。しかし、
業界の過当競争体質が改まらず、量販店や消費者の理解が得られなければ、不統一
な期限表示で消費者の不信を招いたり、二重表示を強いられて却って過酷な日付競
争に陥ったりという不安も大きなものがある。過当な日付競争やこれに伴う賞味期
限内の返品は、生産者、乳業者にとって不利益であるのは勿論のこと、消費者にと
っても結局商品のコストにはねかえって得にはならないということを、充分PRし
て消費者の理解を求めるとともに、関係者は問題の重要性を認識して抜け駆け的行
為を行わないよう協調しなければならない。 


最大・最緊急の課題 環境整備

 酪農・乳業関係者の会議は、すべて飲用牛乳市場の環境整備、飲用牛乳の適正な
商品価格の実現の問題に行き着き、そしてため息をもって終わる、といわれる。し
かし、この問題は、いよいよ、ため息をついては先送りしているわけにはいかない
段階にきていることが明らかになってきた。不況の長期化、深刻化に伴い、スーパ
ー、コンビニ等の量販店相互間の競争は激化の一途を辿り、理屈抜きの値引き要求、
物流経費の負担増要請等、なりふり構わぬメーカーへのしわよせが見られるが、こ
の傾向は今後好・不況に係わらず構造的なものとして続くものとおもわれる。この
ままでは、値直しが難しいばかりか建値自体の引下げが要求される事態となり兼ね
ない。

 この難題に対処する道は、結局のところ、言い古された結論だが、農協プラント
及び中小乳業における経営体質の強化と、大手乳業を含む処理業界全体の連携、協
調しかないと考えられる。農協プラントについては、先ず経営体質の率直な評価が
必要であろう。他事業部門と切り離して、生乳処理部門がその生産効率、販売力、
経営力等から見て、生産者に対して正当な乳価を支払い得るのか、冷静に評価する
必要がある。一部の中小乳業についても同じことがいえよう。そして、経営体質に
問題があると判明した場合には、その弱点を補うために、販売の共同化その他の業
務連携や工場の統廃合、事業の合併をも視野に入れた改善の方策を、業態の違いを
超えて大胆に講じていく勇気が必要である。こうして農協プラント及び中小乳業の
経営体質がある程度強化されたうえで、協同組合法に基づく協同行為を充分に活用
して量販店のバーゲニングパワーに対応すべきであり、その時、賢明な大手乳業は、
独自の判断で、協調行動をとることになろう。


元のページに戻る