★ 事業団便り


島根中央家畜市場を訪ねて


 島根和牛の子牛は、増体・肉質に優れ、全国から高い評価を得ています。今回、県内で生産された子牛の7割が集まる島根中央家畜市場を訪れる機会がありましたので、市場の模様と生産事情をレポートします。
家族連れでセリへ参加

 島根中央家畜市場は、夕陽の美しさで有名な宍道湖のほとりから、車で10分くら
い山の方へ入ったところにあります。市場を訪れた日は、ちょうど8月の子牛のセ
リが行われていました。あいにくの小雨模様でしたが、夏休みということもあり、
孫や子供連れの農家の方も多く見かけることができました。この日の子牛の出場頭
数は全部で約350頭で、ほとんど「出雲地方」と呼ばれる県東部の山間地で昨年11
月から今年1月の間に生まれたものです。

 セリ場には、中央に円形上の子牛の係留場があり、これを見おろすように階段状
の買参人席があります。ちょうど古代ローマのオペラ会場を小さくしたような形で
す。ここに子牛が一頭づつ農家の人にひかれて出場し、セリが行われます。入場入
口には、出場を待つ子牛が列をなしています。手塩に掛けた子牛の晴舞台を思って
か、どの子牛も真新しく美しいとも綱で繋がれています。とも綱を握る農家の人達
も家族同様に飼ってきた子牛がいくらで売れるか、不安と期待を胸にしてセリを待
っています。

 入場した子牛は、まず中央にある係留場の周りを何回か廻ります。次に「○○万
円から!」というセリ人の威勢の良いかけ声とともにセリの開始。買参人は、自分
の席にあるボタンでセリに参加します。段々値が上がっていく様子が、中央の電光
ボードで見ることができます。黄色のランプが「まだまだ」、赤が「落札」の印で
す。すぐに赤ランプがついてしまう子牛があれば、ななかな赤ランプがつかず値の
上がるものもあります。最後に、落札した買参人の番号と落札価格が掲示。この一
瞬、農家の人は、「いい値で売れたわ」とか「今回はいけんだったわ(だめだった)」
と思うのでしょう。

 セリの終わった子牛は、入場口と反対の出口から出て行き、引き取りの事務手続
きを行います。セリ前とは違い、ここでは農家の人達も「なんぼだった(いくらだ
った)?」と仲間との会話もはずみ、ホッとした様子が伺えます。

 子牛のセリは、生産者が直接セリに参加できることから、枝肉のセリとは違った
緊張感があります。


「早熟、早肥、肉質」がセールスポイント

 セリの合間に、JA島根経済連畜産事業所所長の嘉本弘さんから、島根和牛の特
徴についてお話を聞きました。

 セールスポイントは、なんといっても「早熟、早肥、肉質」と三拍子揃っている
ことだそうです。島根和牛の名声を一挙に高めた第七糸桜はあまりにも有名ですが、
すでに現存していません。この日のセリでも、第七糸桜を直接の父とする子牛は、
350頭のうち1頭だけでした。現在ではこの「糸桜系」に加えて、「晴美系」など
県で20頭余りの優良種雄牛を造成し、県立の種畜センターで精液を配布しています。
種雄牛の造成は、一つの系統に大きく依存することは後継種雄牛の造成の幅が狭め
られる可能性もあるため、「晴美系」や他の系統と交配しながらすすめられていま
す。しかしながら、今日も第七糸桜という伝統ある遺伝子を基礎に改良が進められ
ていることはいうまでもありません。ちなみに、この日のセリで最も高かったのは、
「糸桜系」の糸光を父とする雌子牛で173万円でした。

 増体・肉質に優れた島根和牛は、全国から高い評価を得ており、市場で取引きさ
れた子牛の7割近くが全国各地に移出されています。特に、雌は泌乳能力が高く、
子出しが良いことから、雄(去勢)より高く取り引きされています。一般的に全国
の各市場では、この逆が普通です。これも繁殖もと牛としての評価が高いことのあ
らわれでしょう。


生産振興に向けての取り組み

 肉牛の繁殖経営は全国的にみても零細なものが多く、1戸当たり子取り雌牛飼養
頭数は平均4. 2頭(平成4年)です。島根ではさらに規模が小さく2. 8頭となって
います。嘉本さんは「ここ数年、県内の肉用牛飼養頭数はわずかながら増えている
ものの、生産者の高齢化が進んでいるため、若者の担い手がもっと増えてほしい」
と語っていました。県でも、担い手対策は特に重要と考え、「21世紀大家畜経営農
家活性化対策事業」を実施し、3kイメージを払拭して生産者の意欲を高めるとと
もに、魅力ある畜産環境創りと農山村への定住化を図っています。

 一方、子牛生産の新しい動きも見られます。その一つとして、受精卵移植の活用
があります。受精卵移植が軌道に乗れば、子牛の改良テンポがはやまるばかりか、
優良な子牛を多数生産することも可能となることから、関係者の期待も大きいもの
があります。市町村レベルで受精卵移植協議会が設立され、すでに実用化の段階に
入っています。セリにも受精卵移植により生産された子牛が何頭かいましたが、セ
リ名簿の摘要欄に「受卵」とあるものの、一般の子牛となんら変わりなく取り引き
されていました。

 さらに、島根の肉牛生産は今まではどちらかというと繁殖部門のウエイトが高か
ったのですが、地域内一貫生産をめざして肥育センターを各地に設置したり、「し
まね和牛肉ブランド確立推進協議会」を設立してブランド化の推進に力をいれてい
るほか、消費者に直接肉質の良さをアピールするために農協直営のレストランを開
店させるなど、さまざまな取り組みが行われています。


頑張れ!繁殖農家

 牛肉輸入自由化に景気後退の影響が加わり、輸入牛肉とは正面から競合しないと
見られた和牛の子牛価格も低迷を続けています。「和牛神話は崩壊した」とさえ言
われています。しかし、子牛価格の上がり下がりは今までもあったこと。一喜一憂
せず、子牛価格の安くなった時に、繁殖牛の更新や規模拡大を考えるなど、積極的
な経営を打ち出すことも一つの方法ではなかろうか。ここ「神話の国」島根で、長
い歴史の中で形成された和牛の系統を大切にしながら、新しい時代に対応した和牛
生産に努力する人々の様子を垣間みて、そう思いました。

(企画情報部 布野 秀隆)
 
 

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