基礎固めを終え躍進を期す福島牛

         財団法人 農政調査委員会 専門委員     山本 文二郎



  「子牛は安くなった。 でも東平茂 (あずまひらしげ) の子なら1頭40万円はする。  
10万円は高いからなあ」 こういう渡辺金一郎さんは福島県二本松市で1. 1ヘクタールの水 
田と繁殖牛11頭、 肥育牛7頭を飼う農家である。 つい3年ほど前までは1. 5ヘクタールほ 
どの桑園を経営していた。  不振の養蚕に見切りをつけ、 繁殖経営に集中することに 
なった。 「東平茂のメス子牛をできるだけ保留して、 繁殖牛の質を高めながら規模拡 
大を進めたい」 と豊富を語るのだった。   
  
  二本松市と安達郡を管内とする安達畜産農協の斎藤信弘参事は 「東平茂の人気ので 
る前は、 県のいう通りに計画交配すると子牛は高く売れない。 県がこんな改良を続け 
るなら牛飼いをやめると息巻く農家もいて、 なだめるのに苦労したものだ。 家畜改良 
事業団や他県の有名牛の凍結精液を求めて農家は右往左往。 それもつい 1、2年前の 
ことだ」という。 それが 「東平茂が登場するようになって様相が変わった。 東平茂の 
タネは希望に応じられないほどで、 農家も県の計画交配に積極的に対応するまでに変 
わってきた」 と続けた。 
 
子牛価格・念願の全国平均を上回る
  福島県の子牛は全国的にみて評価が低かった。 2、 3年前までは福島県の子牛価格
は全国平均に比べ1頭当たりで7〜8万円、 ときには10万円も下回っていた。 この大
きな差がだんだん縮まり始めたのが平成5年に入ってからである。 今年2月には平均
価格が32万8,000円と全国平均を6, 000円も上回った。 初めてのこと、 和牛関係者は
小踊りして喜び、 福島牛の将来に明るさを見いだして自信を深めたのである。  具体
的に安達畜産農協の本宮市場をみると今年1月までは30万円を下回っていた。 だが2
月から30万円台に乗せ、 4月には全国平均を上回っている。 この価格上昇で注目され
るのは、 東平茂など優良種雄牛の子牛の出荷頭数が増え、 それを求めて栃木、 愛知、 
徳島など県外からの買付けが増えてきたことだ。 これまで福島の牛に人気がなく、 県
外業者の買付けが全体の30%程度だったが、 今年に入って50%近くに上がり、 全国平
均を上回った4月には65%が県外に出荷された。 福島牛への評価が高まった現われで
ある。 
 
  人によっては 「福島はやっと世間並みになった」 という。 同じ世間並みにも、 下か
らはい上がって世間並みになった上り坂の場合もあるし、 生産意欲が低下して質が落
ち世間並みになった場合もあって、 生産に取り組む意気込みが違う。 和牛子牛は肉質
や増体性など期待して肥育農家によって価格が形成されるが、 肉質や増体性などは長
い年月をかけた改良の集積であって、 県の平均価格が上がってきたことは改良の成果
の現われなのである。 

福島牛の改良の基礎は早熟の鳥取系
  種雄牛の改良は地道な努力を伴う大変な作業で、 成果がでて当たり前、成果がでなけ
ればひどくたたかれる。  まず改良の目標を設定し、 その目標にしたがって県の指定す
る基礎メス牛(約650頭) に基幹種雄牛を交配する。 生まれた子牛から60頭ほどを選抜
して直接検定にかけて4〜5頭に絞り込む。その牛からタネを採取するが、 指定交配か
ら最短距離で26カ月。 そのタネを交配して、子牛群が生まれるまでに更に10カ月。その
兄弟牛10頭を1セットとし、年間5セットほどを育成しながら間接検定にかけて優良種
雄牛を選抜する。 指定交配から数えると5年。そのタネが配布されて子牛が生産され市
場にでるのに一番早くて1年半、 肥育牛なら3年はかかる。最短で8年、 その系統の牛
は優れていると評判になり、 人気がでるまでにはさらに年月が重なる。気が遠くなるよ
うな話だ。 世間並みの一言にはこれだけ奥深い努力が集積されている。 
 
  福島県はもともとは馬産地であった。30年代に入って耕うん機の普及と経済成長にと
もなう牛肉の需要の増大で、和牛が肉畜として重視されるようになり、 肉専用種として
飼養頭数が増加していった。 40年代中ごろから改良に取り組み始めるが、 そのころは県
が優良種雄牛を各地の畜産農協に貸し付けていた。 県が銘柄牛の造成に乗り出すのは50
年代に入ってからだ。 52年に県が貸与していた種雄牛を畜産試験場で集中管理するよう
になった。 
 
  福島牛の改良の基礎となったのは鳥取系であった。 鳥取系は大柄で早熟、 増体性がよ
い。 昭和初期に鳥取県種畜場から鳥取系の牛が導入された経緯もあり、 また40年代は経
済効率と赤肉重視もあって、 鳥取の気高系を中心に改良が進められた。 これがいまでも
福島の牛の基礎となっている。 

クジ運の悪かった兵庫系の導入
  
  だが、 50年代に入ると肉質がだんだん重視されるようになり、 但馬系に人気が集まっ
た。県も予算を組んで兵庫県から高価な種雄牛を購入する。 52年には大関、 56年には金
山をそろえている。 当時は増体性の鳥取の反動として但馬が大変重視された時代である。 
 
  しかし、 但馬ならなんでも優れているわけではない。 和牛は乳牛などと違って固定化
が遅れていて、 当たりはずれが激しい。 閉鎖育種の伝統を守る兵庫県は優先的に種雄牛
候補から良いのを選び出し、 残りが他県に売りにだされる。 当たり外れがないなら兵庫
県の牛は突出していてよいはずだ。 "残り物に福あり"で他県に買われた中から紋次郎、
安福がでている。 当たりクジをひいた県は子牛価格もべらぼうに高い。 第7糸桜も父牛
は岡山で生まれ岡山の血が圧倒的に多い。 有名になってから岡山が慌ててその子牛を買
いつけるといった具合である。 種雄牛の選定には運、 不運がひどく付きまとうものだ。  

  
   
 
福島牛づくり、 成績抜群の東平茂が出現
  こうした中で、 県は60年代に入ると 「福島牛」づくりの推進要綱を決め、 自前の優良
種雄牛づくりを目指して組織的に取り組むようになった。 県の方針は質と量に優れ斉一
性のある牛肉を生産できる牛群をつくることで、 格付けでA−4以上が85%を占めるの
を狙いとしている。 あくまで鳥取系を軸に但馬系を入れて改良を進めることになった。 
 
  鹿児島県は改良の面では和牛の古里・中国地方に比べると後発県である。 だが、 30年
代に入ると鳥取の栄光、 気高を中心に積極的に改良を進め、 40年代には大型で増体性の
よい鹿児島黒牛の基礎体型をほぼ固めている。 「鳥取系の優れた種雄牛を求めるならど
うぞ鹿児島へ」 と自信をみせるまでになった。 その後、 肉質改良に兵庫系の血を入れて
いくが、 同じ鳥取系を基礎とする福島県に比べ10年も20年も早かった。 
 
  そこで先進県に追いつくために、 当時鹿児島で一世を風びしていた 「第20平茂」 の凍
結精液を求めた。 それを県内の基礎メス牛に指定交配し、 その中から東平茂、 平高が生
まれた。 特に61年に東白川郡棚倉町の農家で生まれた東平茂は抜群の成績をあげている。 
間接検定の成績は1日増体量0. 85キロ、 脂肪交雑3.1、 上物率100%だ。 鳥取系は増体
性はよいが脂肪交雑に欠点があるというのが定評であったが、 東平茂は鳥取系でも脂肪
交雑で優れた成績を上げうることを実証した。 福島県ではそれまで長い間待ち望んでい
た種雄牛を東平茂で初めて実現したのであった。 
 
  先に述べたように間接検定を経て選抜され、 そのタネが配布されて子牛が市場にでる
のに8年近くかかる。 昨年秋ころから福島牛の価格が全国平均に近づき、 今年に入って
一時的とはいえ上回るまでになったのは、 長年の改良の成果がようやく現れ始めたから
だ。  「長い下積みを経てようやく和牛界で世間並みの顔ができるようになった。 苦しい
20年だった」 と関係者はいうのだった。 

 
 
 
兵庫系の導入で一層の飛躍を
 現在、 12頭の基幹種雄牛が畜産試験場につながれている。 このうち6頭が自県産だ。 
自分の足で立てるようになってきた。 東平茂のほかに但馬系を入れたサシのよく入る第
二幸雄もつながれている。 そして、東平茂の凍結精液200本が鳥取の和牛改良に逆送され
た。 鳥取のお陰で福島の牛が改良された、 そのお礼返しである。 福島もそこまでたどり
着いた。 東平茂の年間の凍結精液の生産は1万5, 000本くらいだが農家の希望は4万本
近くになるという。 「そっぽを向いていた農家も県の方に顔を向けるようになった」 と
安達畜産農協の斎藤参事はいうのだった。 
 
  福島県の肉用牛飼養状況は平成6年で農家数が1万1,800戸、 頭数が10万5,400頭で、
全国では第7位、 東北では岩手、 宮城に次ぐ大型の肉用牛主産県となっている。 福島県
は頭数では全国の上位県に入りながら、 肉質では下位県にあった。 優良種雄牛の造成で
明日への発展の手がかりをつかむことができ、 肉質で後進県から先進県への仲間入りが
期待できるようになってきた。 今後それを果たすために新たな課題に挑戦しようとして
いる。 
 
  牛肉の自由化に伴って輸入牛肉の急増、 平成5年度の輸入依存率は60%近くになって、
なお増加傾向にある。 こうした中で、 和牛が生き残るためには肉質の向上が一層強く求
められるようになっている。 
 
  鳥取系で改良を進める中で、 東平茂や平高など従来の鳥取系にはなかった肉質の優れ
た種雄牛が造成されたが、 サシがやや粗く兵庫系のように細やかに入らないうえに、 ロ
ース芯が小さい。 A−5クラスがでるようになったのに、 兵庫や飛騨、 岩手の胆江地域
に比べてどうしても見劣りする。 このため、 県ではあくまで鳥取系を基礎としながら肉
質の向上を加味するために、 5年度から兵庫県産候補種雄牛を毎年2頭ずつ導入するこ
とになった。 たまたま大当たりした種雄牛が死ぬと名声を維持できず停滞する県がある。 
そのテツを踏まないように後継種雄牛の育成に取り組んでいる。 
 
  鹿児島県では40年代に鳥取系による体型の改良がほぼ一段落し、 50年代に入って但馬
系による肉質の改良に積極的に取り組んだが、 いまだにバラ付きがでて斉一性に欠ける
ところがある、 と改良を重ねている。 それほど改良には時間がかかる。 福島県の改良も
これからも苦闘が続くだろう。 
 
 
課題は優良メス牛の整備と肥育の充実
  福島牛の全体のレベルアップを図るためには種雄牛の改良だけでは十分ではない。 
 質の高い繁殖メス牛を揃えることが今後の二つの面で重要になる。 一つは種雄牛の造成
 のためで、 系統のきちっとした基礎メス牛を配置する必要がある。 近年、 産肉能力や脂
 肪交 雑などを算定する育種価方法が開発され、県では育種価のデータを使って基礎メス
 牛を整備していく方針だ。 但馬で優れた種雄牛が多く生産されるのも、 系統がしっかり
 していてメス牛が整備されているからで、 農家は長い間メス牛の改良に努めてきた。 
  
   もう一つは、 一般の繁殖牛の全体のレベルアップである。 農家はタネさえ良ければ質
 のよい子牛が生まれると思いがちだが、 受け皿のメス牛が良くないと能力が十分に発揮
 できない。 福島県は50年代の混乱期にメス牛の系統に統一性がなくなった。 安達畜産農
 協などが東平茂の優良メス牛を繁殖後継牛として保留するように農家に盛んに呼びかけ
 ているのはここからである。 
  
   種雄牛は優れたのが1頭いれば、 生産される子牛のレベルアップにすぐに役立つ。 だ
 が、 メス牛は繁殖農家に広く飼われ、 経営面から優良牛にすぐ交替というわけにはいか
 ない。 メス牛の世代交替には時間がかかる。 種雄牛の造成は県の方針で集中的に進めら
 れるが、 繁殖メス牛の改良は農家自らが取り組まなければならない。 それにはメスを優
 良系統で揃えることがなぜ必要かを農家がまず理解しないといけない。 子牛の平均価格
 に県による差がでてくるのは、 よいメス牛が裾広く整備されているかによるところが大
 きい。 
  
   さらに、 福島県は子牛生産県だが肥育部門に弱い。 肥育がしっかりしていると、 肥育
 農家から質のよい子牛が求められ、 繁殖農家も子牛の改良に力を入れる。 また、 生産さ
 れた子牛の県内購入が多ければ、 肥育成績が繁殖農家にフィードバックされ、 繁殖農家
 のメス牛の淘汰、 更新、 改良に役立つ。 種雄牛の生産に伝統を誇る中国山地が停滞し、 
 鹿児島などの後発県が大きく伸びてきている要因の一つはここにある。 福島県は60年に
 「福島牛」 という銘柄を決め、発育・増体のよい特性に肉質改良を加えた福島牛づくりに
 取り組んでいる。 苦節20年ようやく東平茂にみられるような優れた種雄牛が造成される
 ようになり基礎固めができた。 だが、 福島牛といわれて福島牛の特徴がすぐ理解できる
 ほど銘柄が確立されているわけではない。 生産者段階でも安達牛とか双葉牛、 石川牛と
 か地域銘柄の呼び方がまだ通っている。 福島県は肉用牛の飼養頭数では全国で十指に入
 る大きな県だ。 名実ともに和牛大県となるためには、 農家も含めて組織的な取り組みに
 よるレベルアップが必要になろう。 しかも、 輸入牛肉が急増する中で振興をはからなけ
 ればならない。 関係者は 「次回の岩手県での全国共進会でなんとしてもトップクラス入
 りする」 を合い言葉に一層の躍進を期している。 
   
  

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