★ 事業団の歴史


思い出いずること

元畜産振興事業団乳業部調査役 酒井 英長


 私は、昭和34年1月に畜産振興事業団の前身である酪農振興基金に入り、51年
2月まで約18年間勤務しました。その中でも特に、保証課時代に、事業団資本金
の破産会社持分の譲渡について、最高裁裁判所の判決をあおぐこととなり、その
担当者として当時の苦労話を書いてみたいと思います。


“俺が民法だ”

 昭和36年12月に酪農振興基金の一切の権利義務を承継した畜産振興事業団は、
その設立登記をしなければならない。登記実務には自信があったが、蓮池理事長
は、創立総会開催の日と登記の日が一致するよう大分心配されたようであるが
(補正のため登記申請書類が返却されることもある)、当日創立総会の席上で、
「只今、登記が完了しました」と報告すると、度の強い眼鏡越しに、にっこりほ
ほえまれたことを覚えている。

 蓮池理事長・田口副理事長ともに、どことなく古武士的な風格を備えられ、峻
厳であるが反面非常に温情味のあるお二人であった。

 先に本誌で、宇田さんが書かれた理事長の思い出の記を拝見すると、当時の理
事長の横顔が彷彿として浮かんでくる。

 田村町会館時代(38年10月〜39年12月)に、理事長と法の解釈の仕方について
考え方が対立し、民法の本数冊並べ学説を引用して議論したことがあったが、旗
色悪しとみられたのか、最後に一喝!“俺が民法だ。”蓮池理事長の面目躍如た
るものがあった。


法廷での宣誓

 事業団の保証により、金融機関が融資した債権について代位弁済を受けた場合、
その金融機関は、当該求償権の行使を受託している(約定書)にもかかわらず、
自己の債権が回収されれば、ほとんど関心がないのが実情である。求償権回収に
つき、積極的に協力してくれたのは、大阪府農業信用協同組合連合会ぐらいであ
った。

 更生会社又は破産会社になると、債権の大部分は切り捨てられるので、結局、
連帯保証人等に請求せざるを得ない。中には、一筋縄で行かない連帯保証人もい
るので、今思えば中川さん(現食肉生産流通部審査役)と度々大阪・京都に出張
し、朝駆け、夜駆け、また寝込みを襲ったこともある。

 「債権の回収方法」等類書が出版されているが、記述が教科書的で、年数がか
かっても、具体的妥当性を求めて解決しようとする事業団の方針には、あまり参
考にならなかった。

 T牛乳処理株式会社の事件では、事業団側申請の証人になった。大阪地方裁判
所貝塚支部の法廷で、「良心に従い真実を述べ、何事をも黙秘せず、また何事も
附加せざることを誓う。」(民事訴訟法第288条)と裁判長から宣誓を命じられ
たり、また、証人相互の対質尋問(同法第296条)もあって、これらははじめて
の経験であり、法廷技術のよい勉強になった。


最高裁での判決

 S乳業株式会社は、経営が行き詰まり更生会社になったが(41年7月)、その
会社更生計画も途中で挫折し、破産宣告を受け破産会社になった(47年2月)。

 破産財団には、破産管財人の報酬等を償うほどの財源もなかったのか、目をつ
けたのが事業団に対する出資金である。破産管財人は、書面で出資持分の譲渡承
認を事業団に申し入れたが、事業団は、「譲渡持分を事業団に対する求償債務の
弁済に充当しない限り、承認できない」と拒否した。管財人は、「破産財団とし
て、当該求償債務に対してはすでに配当ずみであるから、その問題は生ずる余地
がない」と反ばくした。

 数週間後、日本工業倶楽部内の法律事務所で管財人代理のH弁護士は、確信が
あったのか、私に面と向って憎々し気に、「無駄な抵抗はやめた方がよい」と言
われた。この時、私は何故かふと昭和11年2・26事件での反乱軍兵士に出された
「無駄な抵抗を止め、速やかに原隊に帰れ」という“兵に告ぐ”を思い出した。

 結局、破産管財人側は、「出資持分譲渡承認請求」を東京地方裁判所に提訴、
第一審で事業団は敗訴となったが(51年7月)、控訴し第二審で勝訴となる(同
年12月)。管財人側は、これを不服とし最高裁判所に上告したが、第二小法廷は
裁判官全員一致の意見で、「破産会社は、本件持分を訴外某乳業会社に対して譲
渡する旨の合意が成立したので、その譲渡について被上告人事業団の承認を求め
たが、同被上告人事業団は之を拒否したものであり、この譲渡に際して某乳業会
社は、求償債務の引受けはしたことはないというのである。このような事実関係
のもとで、原審が、被上告人事業団は本件持分の譲渡について承認を与える義務
を負うものでなく、その不承認は承認権の濫用にならないと判断したことは正当
として是認することができる。けだし、持分の譲受人は譲渡人の権利義務を承継
するものであるが、この義務のなかには譲渡人の負担している求償債務を含むも
のではないと解されるものであり、このように、持分の譲渡に伴って求償債務が
譲受人に当然に承継されない以上、被上告人事業団が、関係者による求償債務の
弁済、確実な求償債務の引受け又は担保の提供を受けない限り、持分譲渡の承認
を拒むことは、事業団運営の経済的基礎を確実ならしめるために相当な措置であ
るからである。そして、このことは、出資者が破産を受けた場合であっても、別
異に解すべき理由はない。」と判示し、管財人側の上告は棄却され(55年3月)、
事業団の主張が認められた。これは当時、先例の全くない分野における貴重な判
決例と言われ、学会でも判例評釈の対象となった。

 さて、法律論はともかく、実体のない形骸化した乳業会社が、事業団出資者名
簿に名を連ねているのは、素人目から見てなんとなく奇妙に感じられるのである。


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