★ 巻頭言


変革に直面する日本の経済と農業

 

 株式会社 さくら総合研究所     専務取締役 高 山 幸 男


 

好調な主要国経済に取り残される日本経済

 
  1995年の世界経済を展望すると、 経済成長率がピークを過ぎて減速局面に入る米
・加・英の3国や、 水面下から浮上して上昇に転ずる旧西独・仏・伊3国などでは
いずれも3%前後の成長が予測され、 またNIES、 ASEAN、 中国などのアジア諸国で
は平均7%台前半の伸びが持続するものと見込まれる。 
 
  こうした中にあって、 わが国では93年10月に景気が底を打ったとされているもの
の、 その後の回復のペースは極めて緩慢である。 昨年12月までに発表された55の調
査機関の経済見通しによれば、 95年度の実質経済成長率の予測の平均値は1. 9%で
あり、 主要先進国やアジア諸国に比べて最低の水準である (ちなみに、 当総研の予
測は1. 5%と、 平均値よりも若干厳しい見方となっている)。 
 
構造改革を迫られる日本経済
  ところで、 このところ日本の政治・経済・産業・社会のシステムに関する構造改
革論議が盛んに行われている。 論議の対象を極めて大雑把に分類すると、 一つはバ
ブルの崩壊や円高の進行につれて最近顕現化してきたシステムの軋み (例えば、 リ
スク管理体制の欠如や産業の空洞化など)、 もう一つは戦後50年間高度成長の道を
走り続けてきた日本型システムの制度疲労に基づく歪み (例えば、 政・官・財の癒
着構造や終身雇用制度の崩壊など) であり、 冷戦の終結や 「55年体制」 の崩壊を契
機に、 見直しの論議が一気に加速してきたものといえよう。 
  
  経済・産業構造の変化は、 第一次産業のウェイト低下と第三次産業の上昇という
構成変化に典型的に現れているが、 農林水産業という第一次産業に限って終戦直後
と最近時を比較してみると、 国内総生産 (GDP) と全就業者に占めるシェアーは、 
それぞれ40%弱から2%強へ、 60%弱から6%弱へと激減している。 
 
食料品供給の重要性
  もちろん、 第一次産業のウェイト低下は、 必ずしも農林水産業や関連産業の重要 
性の低下を意味するものではない。 総務庁の 「家計調査」 によれば、 全国全世帯の 
家計支出に占める食料の割合は平成5年平均で24. 3%であり、 家電製品・乗用車 
などの耐久消費財の比率5. 4%を大幅に上回っている。 換言すれば、 GDP470兆円強 
のうち個人消費は約6割の282兆円、 その24. 3%の69兆円が毎年国民の胃袋の中に 
消えていることになる。 この24. 3%はいわゆる 「エンゲル係数」 であり、 終戦直 
後の47年の63%に比べて隔世の感があるが、 食料品が家計支出の約4分の1を占め 
るという事実は注目に値する。  
 
戦後のわが国経済と農業
  戦後の50年間を振り返って第一に思い出されるのは、 終戦の年の凶作、 翌年の米 
よこせデモ、 そして闇市場の横行など、 深刻な食糧危機である。 
  
  同時期にGHQの指導の下に実施された農地改革は、 わが国農業にとって戦後の最 
重要事であり、 大量の自作農が生まれ、 食糧増産の一翼を担うこととなった。 
  
  46年から51年にかけては、 ガリオア・エロア両資金による総額20億ドル強の対 
日援助が食糧・肥料などの形で供与され、 食糧危機の回避に役立った。 
  
  次いで70年代以降は、 米国による農産物の市場開放要求により、 柑橘類・牛肉 
などの輸入自由化が進んだ (先般訪米した村山首相に対し、 クリントン大統領が 
輸入解禁されたばかりの米国産リンゴを贈ったのは象徴的な出来事だった。 )。 
  
  一方93年には、 冷夏の影響で水稲の作況指数が戦後最低の74という凶作となり、  
急拠アメリカやタイなどから 「外米」 の輸入に踏み切らざるを得なくなった。 
  
  また、 93年12月にウルグアイ・ラウンドが決着し、 わが国は6年間の関税化猶 
予と引き換えに、 ミニマム・アクセス条項による段階的輸入増加を受け入れた。 
  
  そして最後に、 昨年12月に 「新食糧法」 が成立し、 いわゆる 「ヤミ米」 が 「計 
画外流通米」 として合法化され、 戦時中に制定された食管法に終止符が打たれた。 
 
 
食料自給率の低下
  1月下旬の農水省発表によれば、 わが国の熱量ベースの食料自給率は93年度に 
前年度比9%減の37%となり、 初めて4割を下回った。 主要先進工業国で50%を 
割り込んでいる国はないことからみても、 極めて異常な事態といわざるを得ない。 
  
  自給率の低下は、 異常気象や軍事的脅威に備えて安定的な供給源を確保すると 
いう 「食糧安保」 にも係わってくるが、 従来はもっぱら米の輸入制限の理論的根 
拠として使われたきらいがある。 しかし、 一定の食料を国内生産で自給するとい 
うことは、 将来の世界的規模での食料不足を視野に入れた場合、 非常に重要な意 
味を持つし、 また日本の義務でもあろう。 また、 自給率低下の中で食糧の安定供 
給を確保するためには、 供給国の分散や物流ルートの多様化・拡充も不可欠とい 
える。  
 
地球的視野からの取り組み
  農水省の食料需給表による 「1人当たりの総供給熱量」 と厚生省の国民栄養調 
査による 「1人当たりの総摂取熱量」 とを比較すると、 その格差は70年代の12〜 
13%から88〜92年平均では22%に拡大している。 両統計の間には対象や調査手法 
などの技術的相違もあり単純比較は禁物であるが、 近年この乖離幅が趨勢的に拡 
大していることは注目に値する。 最近時において総摂取熱量が総供給熱量の8割 
にも満たないということは、 差額の2割以上が廃棄されているという推定も成立 
する。   
  
  行き過ぎた賞味期間表示や鮮度志向により、 スーパーや外食産業で一定期 (時) 
間経過後の食品が自動的に廃棄処分されるなど、 飽食化に伴う食品廃棄物の増加 
は輸入の増大や食料自給率の低下に直接間接に繋がるものであり、 国民一人一人 
がこの問題について真剣に考えていく必要がある。   
  
  アジアやアフリカにおいては何百万人もの人々が飢餓に苦しみ、 またそれらの 
国々において進行中の人口爆発は遠からず世界的な食料不足時代の到来を予告し 
ていることを考える時、 我々日本人が大量の食品を廃棄し、 また農業の衰退を看 
過していることは許されるものではない。   
  
  また、 世界的規模での食料問題を考えた場合、 生産の場を世界に求め、 これま 
で培ってきた日本の技術や人材を活用して、 全地球的視点から農産物や畜産物の 
増産に励むことも要請されているのではなかろうか。  

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