◇ 投 稿

最近の大規模肉用牛肥育経営の動向

全国肉牛事業協同組合 専務理事  鶴 島  晃


はじめに
  ガット・ウルグアイ・ラウンドに象徴されるように、 日本の農業は従来のように
国内問題としてのみ対応する時代から、 国際化の中で取扱われることが必須となっ
た。  
 
 このような中で、 農林水産省は、 平成4年6月に 「新しい食料、 農業、 農村対策
の方向」 を公表し、 日本農業の概ね10年後を想定した将来展望とその実現を図るた
めの施策の方向を明らかにしたところである。  
 
 肉用牛部門についても、 他の作目と同様、 将来の経営展望として大規模で企業マ
インドを有する経営体を早急に育成し、 これらの経営が生産の大半を担うような生
産構造とする必要性を示唆したものと考えられる。 この規模拡大は、 過去の個別経
営の規模拡大の趨勢値の延長線上にあるものではなく、 畜産環境問題を始め、 大規
模経営における肉牛の個体管理の方法、 資金問題等、 中小規模の経営とは異なる新
しい課題とそれに対処する方法が重要である。 そこで、 比較的大規模経営の生産者
で構成されている当組合の組合員を対象に先駆的事例のアンケート調査を実施した
ところ、 興味深いものがあるのでその概要を紹介し、 最近の大規模肉用牛肥育経営
の動向を述べたい。 
1 規模拡大を可能にした3つの条件
  日本の農業は、 諸外国に比べて経営規模が零細であるというのが一般的認識であ
るが、 経営する土地を基盤とする限りこの零細性からの脱却は容易ではないが、 そ
れでもなお土地集積を図り規模拡大しなければならないとするのが我が国農業が当
面しているところであろう。 
 
  畜産では、 先行的事例として見られるように、 鶏、 豚の飼養の規模拡大が早くか
ら進められて来たのは土地の制約がそれ程大きくなかったことがその背景にある。 
 
  世界の肉牛飼養は、 草地で繁殖し、 草地や豊富に生産される飼料穀物を利用して
肥育する地力依存の形態が基本的な姿であるが、 もし日本の肉牛飼養が、 アメリカ
やオーストラリアのように土地を基盤とするならば規模の拡大には限界があり、 む
しろ不可能と言っても過言ではあるまい。 


肥育素牛の大量確保

 我が国の肉用牛肥育経営が大規模化した背景には、 酪農部門が進展する過程でそ
の副産物である乳用種牛を基に肥育する技術が確立されたことにより、 肥育素牛を
大量に確保することができたことを先ず上げることができる。  
 
  今や、 国内生産牛肉の60%程度を占めるのは、 この酪農由来の乳用種牛であり、 
これを比較的安価、 安定的に多頭数確保することが可能であったことが規模拡大の
要件であったと考えられる。 
 
  肉専用種、 特に黒毛和種を肥育素牛としようとするときは膨大な資金量が必要と
なるばかりでなく、 肥育素牛が高価であるだけに上級規格の牛肉生産が求められ、 
それを実現するためには技術的に大きな危惧があるのに対し、 乳用種去勢牛は、 乱
暴ないい方ではあるが、 画一的な技術による大群飼育で比較的斉一な牛肉生産が可
能であり、 また、 大衆肉としての需要にも合致した牛であるということができる。 


安価・安定的な粗飼料生産の確保

 畜産の中でも、 鶏や豚の飼養は大規模化を先に実現したが、 両畜種とも濃厚飼料
のみに依存するのに対し、 肉用牛はあくまでも草食性家畜であり、 繁殖牛の粗飼料
自給は、 その飼養規模が小さい現段階では、 積極的に粗飼料自給を考えるべきであ
ろうが、 これとても、 将来、 規模が大きくなれば経営内自給は困難となろう。 肥育
牛については草を主体としたオーストラリア型の粗飼料の経営内自給は望むべくも
ないものと考えられる。 
 
  乳用種去勢牛1頭当たり濃厚飼料の給与量は約4トン程度、 和牛F1 (ホルスタ
イン種×黒毛和種) の場合は、 前者に比べ肥育期間が長いこともあって、 約5トン
程度の濃厚飼料を給与するが、 反すう獣である肉用牛にとって、 粗飼料は必須のも
のであり、 これを経営内で生産することは大規模経営にとって不可能であり、 これ
を放棄せざるを得なかった。 逆に云えば経営内で粗飼料を生産することを放棄する
ことによって大規模化を達成したということができる。 
 
  しかし、 粗飼料が全く不要なわけではない。 幸い我が国には稲藁 (イナワラ) と
いう稲作副産物の粗飼料が豊富にあり、 これを利用しているが、 配合飼料価格より
も30%程度も高い藁を購入しなければならないのが現状であり、 組織的に安価・安
定的に稲藁を含めた粗飼料を確保する手段が望まれるし、 また、 規模拡大のために
は必須の条件である。 


企業的経営

 大規模化のメリットとして、 肉用牛1頭当たりのコスト低減を主張することが一
般的であり、 コスト低減するために大規模化すべきであるといわれてきた。 
 
  確かに、 大規模経営では、 家畜飼養に従事する者1人当たりの肉用牛飼養頭数は
畜種によっても、 あるいは総飼養頭数によって必ずしも一様ではないが、 平均的に
見ると約400頭程度となっており、 都市のサラリーマン並みの給与を支払ったとし
ても労賃は経営全体からみると割安であるし、 また、 購入飼料等生産資材は、 大量
取引になるので比較的安価に入手し、 コスト低減に寄与している。 しかし、 大規模
なるがゆえに低金利の制度資金が使い難く、 一般の市中金融金利のものを使わざる
を得ないとか、 先祖伝来の土地に小規模の畜舎施設を建設するのとは異なり、 大規
模畜舎を建設するため環境保全にも配慮し、 施設用地等取得のための初年度に多く
の投資資金を必要とし、 その償還、 償却や金利負担等によって、 総体的には1頭当
たりコストは小規模のものに比較して必ずしも安いものとは一概に云えないのが実
情である。 したがって、 現在、 大規模化している経営のこれらに対処するための有
利な経営資金の確保は、 今後、 大規模化を指向するもののためにも重要な課題であ
る。 また、 大規模経営では、 現在の生産費調査が示しているような1頭当たりを基
準とした考え方ではなく、 企業的な絶対収益を前提としているのが、 経営者の考え
方のように思える。 
 
  コスト低減は、 すべての生産業にとって、 永遠の課題ではあるが、 輸入牛肉と価
格競争しようとしても、 肥育素牛や飼料等生産資材価格の彼我の差を考えればコス
ト低減だけで対抗しようとしても所詮無理がある。 
 
  コスト低減は当然ではあるが、 今や国内自給率は40%を割り込んでおり、 国産牛
肉は輸入牛肉とは異なった消費者の嗜好に合ったものを生産する道をとることが必
然と思われる。 
 
  肥育効率を上げるためのホルモン剤等を使わない安全で、 見た目もきれいで美味
しい牛肉を生産するため、 和牛F1で黒毛和種にも劣らない牛肉生産を目ざしてい
るのもその一つの表れである。 
  2 大規模経営の特徴
  牛肉輸入自由化が、 予想を超えた厳しさで国内の肉用牛生産を脅かしている一面 
は否定し得ない。 今後の肉牛生産が規模拡大の方向をとる場合、 拡大過程の問題や 
現在当面している課題を明らかにする必要があると考えられたので、 平成5年12月 
に全国肉牛事業協同組合の組合員に調査表を郵送し、 平成6年1月に回収した。 回 
答数は、 150経営であった。   
  大規模経営の特徴の一部を紹介したい。  

経営主と後継者 
 
  アンケートの対象は、 肉用牛肥育を専業とする大規模経営であるが、 経営主の年 
令は40才台の働き盛りが中心で、 44%と最も多く、 次いで50才台22%、 60才台14% 
となっており、 後継者については50才台では約90%、 60才台では80%強に後継者が 
あり、 40才台でも約60%に後継予定者がある。   

  後継者の確保は、 後継者研修や車を買い与えるようなことで解決するものではな 
く、 都市サラリーマン以上の所得の確保と経営の面白味が感得できるところにこそ 
後継者は残ると思われる。 たとえ畜産が3Kといわれるものであったとしても……。  
また、 身内の後継者だけでなく、 法人化 (農事組合法人、 農業生産法人) すること 
によって組織的に後継者を確保していることもうかがわれる。  
表1 経営形態と経営者の年齢(平成5年12月)
年齢 集計表
20才代 9(6)
30才代 19(13)
40才代 66(44)
50才代 35(22)
60才以上 21(14)

150(100)
( )内の数字は%
 
表2 経営形態と後継者の存在(平成5年12月)
経営形態 集計集

後継者

既に参加 予定あり 現在なし
株式会社 18(100) 8(44.4) 7(38.9) 3(16.7)
農業法人 66(100) 20(30.3) 25(37.9) 21(31.8)
個人 66(100) 10(15.2) 19(28.8) 37(56.1)

150(100) 38(25.3) 51(34.0) 61(40.7)
( )内の数字は%
規模拡大の推移 

  規模拡大は、 1戸当たり飼養頭数で昭和39年44頭、 同49年273頭、 同59年574頭、  
平成元年729頭、 平成5年947頭と急速かつ順調に進行してきた。 
区分別 昭39 昭49 昭59 平元 平5

平均頭数

43.9 272.7 573.5 792.3 946.7
  
  その間、 品種別の飼養頭数は、 昭和39年の飼養頭数がそれ程多くなかった段階で 
は、 乳用種67%、 黒毛和種26%であるが、 昭和49年の飼養頭数が増加してきた段階 
で、 乳用種が90%を超え、 黒毛和種が7. 6%となっている。 
  
  最近になると、 輸入牛肉に対抗するために乳用種50%、 交雑種26%、 黒毛和種17 
%と肉質重視の傾向となっており、 素牛を酪農に依存でき、 かつ、 肉質もかなり期 
待できる交雑種が急速に増加している。 また、 国内肥育素牛価格との関連から外国 
産素牛も導入されているが、 その輸入肥育素牛には300s以下の牛で45, 000円の関 
税が付加されるため、 最近は国内乳用種去勢牛が割安であり、 輸入希望は激減して 
いる。   
  
  いずれにしても、 肥育素牛の安価、 安定的な確保は、 大規模化の基礎条件である 
ことを忘れてはならない。  


畜舎建設に見る課題
 
  補助金や制度資金を利用した畜舎建設の単価は、 自己資金のみによって建設され 
たのに比べて、 かなり割高となっている。   
  
  補助金や制度資金によって建設されたものは、 それだけ堅牢な耐久性のある立派 
な建物であるかも知れないが、 現地で見る自己資金のみによる畜舎建設の実態は、  
ただ安いばかりでなく、 重要な問題を内包しているように思える。 
    
  畜舎建設は、 その時期のタイミングが極めて重要であり、 せっかくの畜舎が資材 
費等建築費が特に高い時期に建設されたり、 また、 出来上って家畜を導入する時期 
が素牛価格の最も高い時に遭遇したりして、 経営自体を危うくするようなこともか 
なり見られる現象であり、 建設のタイミングを失する恐れがあることは否定できな 
い。 補助金や制度資金を利用する場合には、 畜舎が完成するまでにかなり期間がか 
かることも今後の大きな検討課題であろう。   


大規模経営における資金の調達 

  資金の調達は、 大規模経営における最も重要な課題である。 施設機械等に対する 
投資資金の調達先は、 「自己資金」 79%、「制度資金」 45%、「市中銀行」 27%、「農 
協プロパー資金」 4%となっている。 また、 素牛導入資金の主な調達先は、 「自己 
資金」 60%、 「制度資金」 29%、 「市中銀行」 21%、 「農協プロパー資金」 12%であ
る。 さらに、 飼料購入等運転資金の主な調達先は、 「自己資金」 48%、 「飼料会社」
30%、 「市中銀行」 20%、 「農協プロパー資金」 20%、 「制度資金」 9%となってい
る。 
  
  それぞれの資金の調達状況を見ると、 現在、 肉用牛肥育経営の置かれている資金 
環境をうかがうことができる。 特に、 制度資金及び農協プロパー資金の活用が少な 
いことを反映して公的機関の保証を利用したものも少なく、 大規模経営の推進を図 
るためには、 この資金問題とそれに附帯する保証機能は、 従来の制度の枠内での対 
応ではなく、 別途検討すべき課題と考えられる。  


ふん尿問題
 
  肥育経営を大規模化することは、 ふん尿処理に問題があると思われているが、 逆 
に規模が小さいが故に自己完結的に処理しなければならなくなり、 粗飼料基盤を経 
営内に持たないとその処理に困難を来たす。 大規模経営の場合は、 設備投資を行っ 
て堆肥を流通軌道に乗せることが可能になり、 既に堆肥の販売自体で収益を上げる 
動きが最近活発に見られるようになったことは心強い限りである。 
 

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