◇ 投 稿

家畜改良事業団における先端 

技術開発への取組状況   


社団法人 家畜改良事業団 

企画管理部部長 斉 藤 新 一


  畜産の生産技術は目覚ましく進歩していますが、 その先端技術の開発に取組んで
いる社団法人家畜改良事業団の斉藤企画管理部長から最近の取組状況についてご投
稿いただきました。 
 1 はじめに
 家畜改良事業団 (以下 「改良事業団」 という。) は、 後代検定による乳用及び肉用
検定済種雄牛の作出、 凍結精液の生産・配布、 家畜の能力検定を主たる業務としてお
りますが、 これらの各種改良事業の技術的支援機関として、 畜産振興事業団 (以下 
「事業団」 という。) の助成を得て昭和53年、 家畜改良技術センター (平成5年10月、 
家畜改良技術研究所に改称、 以下 「技術研究所」 という。 ) を設置し、 親子判定のた
めの牛血液型検査の実施と人工授精技術の研究開発に着手しました。 その後、 受精卵
移植技術、 特に体外受精技術等いわゆる畜産新技術の領域に研究開発を拡大して取り
組んで参りました。 
 
  その結果、 わが国唯一の牛血液型検査機関として位置付けられるとともに、 牛凍結
精液の効率的生産システム、 体外受精技術の開発・実用化等の成果も見られておりま
す。 特に、 体外受精卵の生産供給が事業化され、 現在、 改良事業団家畜バイテクセン
ターにおいて大量生産供給システムが確立されつつあります。 
 
  しかし、 血液型検査技術や繁殖技術の分野における技術の進歩は目覚ましく、 国及
び関係機関のご支援を得て、 これら先端技術の研究開発にも着手するなど事業を拡充
して参っております。 以下、 技術研究所における新技術研究開発の取組状況の一端を
紹介させていただきます。 
 
2 改良事業団における研究開発の位置付け
  改良事業団は、 乳牛や肉牛の改良・増殖を推進するために、 各種改良事業を実施
しておりますが、 これらの機能を要約致しますと、 

・乳・肉検定済種雄牛精液と受精卵の供給を基幹とする広域種雄牛センター機能
・国の改良諸施策の実行部隊としての公益事業実施機能
・研究所を中心とする調査・研究開発機能

ということが出来ようかと思います。 
 
  現場で生産者が利用する精液や受精卵については、 まず、 精液を生産する種雄牛や
受精卵の父や母の遺伝的能力が高いものでなければ利用する価値がありません。 それ
を確認し確保するには種雄牛の後代検定事業や雌牛の能力検定事業、 個体識別や親子
関係の正確性を担保する血統登録事業などのいわゆる公益的な事業の充実が必要不可
欠であります。 次に、 凍結精液や受精卵の品質 (受胎率等) がよいものでなければ生
産者が安心して使うことが出来ませんしコストもかさむことになります。 遺伝的にも
品質的にも優れたものを大量に出来るだけ短期間に利用することが改良速度を速める
ことにつながりますから、 そうしたシステムを可能にするための研究開発も不可欠で
あります。 
 
  要するに、 改良事業団は、 より付加価値の高い精液や受精卵を供給することを求め
られており、 そのために雄・雌の能力検定事業の充実と実用可能な技術の研究開発を
行っているということであります。 
 
3 現在取り組んでいる主な研究 開発のテーマと進捗状況  
 現在、 改良事業団が取り組んでいる新技術研究開発のテーマを図1に示しました。 
今年度から新たに取組を始めたものから既に実用化されているものまで、 その進度
には幅がありますが、 以下にその実施状況を紹介させていただきます。 
 
  なお、 種雄牛や雌牛の遺伝能力評価方法としては 『BLUP法アニマルモデル』 
という分析手法が世界の主流となっておりますが、 それにはスーパーコンピュータ
ーの力を借りなければなりません。 これもいわゆるハイテクでありますが、 今回は
省略致します。 

(1) 体外受精技術
 
  昭和58年度から始めたこの技術開発は、 農林水産省畜産試験場の指導を得て、 昭
和62年4月の体外受精卵の移植による2頭の子牛の誕生を経て、 群馬県の赤城酪連
の全面的な協力体制の下での昭和 63年における子牛100頭生産によって、 と場卵巣
由来の体外受精卵の実用化の可能性が確認され、 国を始め事業団、 食肉市場等関係
機関の絶大なご支援もあり、 以後急速に事業化が進められ現在に至っております。 
更にこれら体外受精卵で生まれた子牛の肥育結果が、 ヌキ、 メス合わせて104頭の
枝肉格付結果A4以上67%と極めて良好 (図2) であったことから、肥育サイドか
らの要望も高く、 高品質牛肉の低コスト生産を可能にする技術、 繁殖手段であると
いう点で牛肉輸入自由化後の対応技術の一つとして大いに期待されている所です。 
 
  しかし、 この体外受精卵の付加価値を更に高くするために解決を必要とする課題
があることもまた事実です。 
 
  現時点では、 父親のみ明らかな体外受精卵を供給しておりますので、 生まれた子
牛は登記できません。 しかし近い将来、 効率的な分離培養法が確立され、 雌牛毎に
分離培養して体外受精卵が生産されることになれば登録が可能になります。 そうな
れば、 増殖手段のみならず改良手段としても幅広い応用が可能になりますから、 そ
のような体外受精卵の供給もできるよう鋭意努力している所です。 
 
  また、 と場卵巣由来の卵子については、 その雌牛の枝肉成績が明らかであるとい
うことが大きなメリットです。 従って、 優れた枝肉成績の雌牛から取った卵子に、 
優れた検定済種雄牛の精子を受精して出来た体外受精卵を、 出来るだけ多く生産し
たいということがテーマでありますから、 一頭の卵巣から利用可能な卵子を大量に
採取する方法の開発やその後の成熟培養や発生培養を安定的に高率に行える培地 
(無血清培地) の開発などにも取り組んでおります。 
 
  さらに、 改良事業団には北国7の8、 高栄、 熱富士、 安金等々全国的な人気を博
している検定済種雄牛がおりますし、 今後も平準化事業 (事業団助成事業) からこ
れらを凌駕するような検定済種雄牛が誕生することが期待されます。 種雄牛によっ
て体外受精における受精率が異なることから、 媒精条件などもきめ細かく検討し、 
貴重な精液を効率よく利用することも重要なテーマとなります。 
 
  こうして生産された体外受精卵を人工授精技術なみに、 庭先での融解・移植可能
にするダイレクト凍結保存技術の開発も大切であり、 ガラス化凍結の実用化、 移植
方法の改善、 受胎率の向上策等にも取り組んでいる所であります。 

 今年度からは、 超音波診断装置を応用して生体から卵子を採取して体外受精卵を
生産する技術の確立にも着手しております。 これが確立されますと、 この体外受精
卵で生まれた子牛の登録が可能になりますし、 優良雌牛の反復利用のみならず、 通
常の採卵が不可能な優良雌牛から受精卵を生産することが可能となります。  いず
れにしましても、 体外受精卵が今後の肉牛生産のみならず酪農の活性化にも少なか
らず好影響を及ぼす技術であると堅く信じている所であり、 一丸となって取り組ん
で参りたいと思っております。 

(2) 雄雌生み分け技術 (X, Y精子分別技術) 

 性の決定は精子によって行われますが、 もしX、 Y精子の分離技術が確立されれ
ば人工授精で生み分けが可能になります。 分離する方法については、 X、 Y精子そ
れぞれのDNA含量の違いに着目してフローサイトメーター・セルソーターを用い
たアメリカ農務省のジョンソン博士の方法がありますが、 時間が掛かるとか、 それ
によって分離した精子の活力が低下するなどの理由で、 現段階では人工授精には応
用出来ません。 
 
  この生み分け技術は、 家畜のみならず人でも期待されている技術ですが、 これと
いった確実な方法は今のところ開発されていないと言っても過言ではありません。 
家畜では、 既に受精卵についてはY特異的なプローブを使って判定が可能です。 し
かし、 何といっても人工授精に使えるように、 大量の精子を短時間で分別する技術
の開発が待たれております。 
 
  フローサイトメータで精子分別が可能であることから、 今年度から、 事業団の助
成を受けて、 XY精子分別事業に着手したところです。 

(3) 牛DNA型検査技術

 技術研究所では、 免疫機能が働かないため出生後数カ月で感染症により死に至る
牛白血球粘着不全症 (BLAD)、 致死遺伝子として知られているウリジン1燐酸
合成酵素欠損症 (DUMPS) 及びシトルリン血症 (BASD) などのいわゆる遺
伝病の診断をDNA型検査技術を用いて実施しております。 
 
  特に、 BLADについてはホルスタイン特有の遺伝病でありますが、 現在我が国
で後代検定にかけられる候補種雄牛については全牛検査を実施し、 この遺伝子をヘ
テロで持ついわゆるキャリアー種雄牛は検定から除外されております。 これによっ
て、 日本ではBLADは徐々に無くなってゆくものと考えられております。 このほ
かの遺伝病と思われる疾病についても診断法の研究に取り組んでいるところです。 
 
  一方、 有用遺伝子、 特にチーズ歩留まりが高まるといわれているカッパカゼイン
型等の乳蛋白質遺伝子の検査も可能になっております。 
 
  さらに、 牛の親子判定に利用可能な多くのDNA型が見つかっており、 これらの
DNA型を牛の親子判定に利用した場合の有効性の調査にも着手しております。 
 


4 お わ り に

  ご承知のとおり、 UR交渉合意後のわが国の酪農畜産を巡る内外の情勢は厳しく、 
21世紀への生き残りをかけて国内対策が講じられることになっておりますが、 国際
競争力のある力強い経営を築いてゆくために、 その生産物の質的向上と生産コスト
の低減が不可欠であり、 技術的対応としての改良事業の重要性がますます大きくな
っておりますことは、 先進国の状況をみるまでもないことと思われます。 
 
  こういう情勢にあって、 改良事業団は時代の変化、 要請に応えられるよう技術、 
情報の蓄積に努め、 研究開発事業や各種改良事業を着実に効率よく推進して参りた
いと思っております。 関係各位のより一層のご支援とご指導を賜りますようお願い
申し上げます。 

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