◆専門調査員レポート

ジャージーの導入で差別化を進める酪農産地

の特徴と課題 

 

− 香川県の事例から − 岡山大学 農学部助教授 横 溝  功


 

香川県農業の特徴

  「日本で一番小さい県はどこですか?」 という質問に対して、 すんなり 「香川
県」 と答える人は、 意外と少ないのではないだろうか。 香川県内のあらゆる地域
から県庁所在地 (高松市) まで車で2時間以内で行けるという地理上の条件は、 
他県にない大きな特徴でもある。 また、 険しい四国山脈も香川県を避けるように
通っており、 四国の中では、 比較的平坦でなだらかな地形が多いことも大きな特
徴である。 このような地理上・地形上の条件の下で、 瀬戸内の温暖な気候を巧み
に利用した農業がなされてきた。 
 
  しかし、 現在、 瀬戸大橋の開通、 空港のジェット化、 県内の高速道路建設の進
行等の社会的なインフラストラクチャーの整備、 また、 円高や農産物の輸入自由
化の波が香川県農業に大きなインパクトを与えようとしている。 今後、 兼業化、 
都市化が一層助長されるものと思われる。 このような状況下で、 香川県の酪農は、
健闘を続けている農業部門の1つである。 
  
  今回、 香川県において、 ジャージーを導入し、 農協と酪農家の努力・連携によ
りジャージー酪農を成功させた四国大川農協の取組みを紹介する。 
 
香川県の酪農 
 香川県の酪農は、 戦後、 水田の複合部門として搾乳牛が導入されたことから始
まる。 稲わらや畦畔の草が搾乳牛の飼料として用いられ、 搾乳牛の糞尿が水田に
利用されるというように、 副産物の交換を通じて両部門が有機的につながった、 
いわゆる 「水田酪農」 であった。 しかし、 現在では、 搾乳牛の飼養規模が拡大す
るに従って、 水稲部門と酪農部門との有機的なつながりは薄れている。 
 
  平成4年の香川県の農業粗生産額は1, 094億円である。 畜産部門は267億円で、 
農業全体に対するシェアは24.4%、 そのうち酪農部門は62億円で、 農業全体に対
するシェアは5.7%である。

表1 香川県の酪農の現状
             単位(戸数:戸、頭数:頭、生乳:トン)
年次 飼養戸数 飼養頭数 うち経産牛 1戸当たり飼養頭数 生乳生産量 生乳処理量
飲用牛乳等向け 乳製品等向け
昭63 690 14,600 9,930 21.2 52,595 55,998 53,662 1,305
平元 630 13,900 9,700 22.1 54,353 57,086 54,601 1,408
 2 570 13,500 9,530 23.7 54,303 51,960 49,374 1,519
 3 510 12,900 9,210 25.3 53,464 51,712 49,062 1,595
 4 460 12,200 8,960 26.5 55,109 50,786 47,924 1,773
 5 440 12,000 8,840 27.3        
 6 380 11,300 8,340 29.7        
 注)中国四国農政局香川統計情報事務所編集「図説」香川農林業の動き」(社)香川農林統計協会、
  平成6年3月のP28の表を引用。平成6年(2月1日現在)の値は、「畜産に関する統計」を引用。
 
  次に、 生乳生産の推移をみると、 近年、 生産量はわずかに増加している (表1
参照)。 乳用牛の飼養戸数だけではなく、 経産牛飼養頭数も減少しているので、 
経営を続けている酪農家は、 飼養頭数を増加させながら、 経産牛1頭当たり搾乳
量を伸ばしていることになる。 
 
  香川県の場合、 生乳処理量のうち飲用向けが圧倒的に多い (表1参照)。 また、 
飲用乳の流通についてみると、 移出量が移入量を上回っている (表2参照)。 移
入先は、 主として徳島県と兵庫県の淡路島であり、 移出先は、 主として徳島県、 
高知県、 愛媛県である (注1)。 


表2 飲用牛乳の流通 
           (単位:kg)
年次 生産量 流通量 消費量
牛乳 加工乳 移入量 移出量
昭63 57,544 47,035 10,509 3,341 23,501 37,384
平元 58,402 47,232 11,170 4,828 23,680 39,550
2 54,320 43,332 10,988 8,935 23,737 39,518
3 53,980 42,300 11,680 8,285 22,854 39,411
4 54,170 41,573 12,597 8,857 22,843 40,184
注)農林水産省「農林水産統計年報」、香川県畜産課調べ
   
 
四国大川農協のジャージー導入の歴史
  四国大川農協は、 香川県の南東部にある大川町、 寒川町、 長尾町の3町を管内
とする広域農協である。 管内の農業は、 販売高でみると、 米麦が約11億円、 園芸
が約10億円、 畜産が約13億円である (平成5年度)。 畜産のうち酪農の販売高は
約7億円と過半を占めている。 香川県全体からみると、 酪農のウェイトの高い地
域である。 平成5年における酪農家の戸数は37戸であり、 ホルスタイン飼養農家
が28戸、 ジャージー飼養農家が9戸である。 ホルスタインの経産牛飼養頭数は平
成5年に701頭で、 ジャージーの経産牛飼養頭数は同年に262頭であった。 
  
  四国大川農協がジャージーの導入を始めたのは、 昭和62年7月で、 この時から
昭和63年2月までに、 9戸の酪農家が米国からジャージーを208頭導入した。 こ
の背景には、 第1に、 当時、 生乳の生産調整により増産が抑えられ、 頭数拡大に
よって酪農経営を展開することができなかったことが挙げられる。 第2に、 昭和
62年4月から生乳の取引基準の乳脂率が、 それまでの3. 2%から3. 5%に引き上
げられたことが挙げられる。 第3に、 香川県は飲用乳の移出入量が活発であり、 
高速道路の整備等に伴う産地間競争の激化が予想され、 差別化を図る必要があっ
たからである。 そこで、 この農協は、 地域の特産化を図り、 商品を差別化するた
めに、 ホルスタインよりも乳脂率の高いジャージーを導入したのである (注2)。
 ジャージーを米国から導入したのは、 ジャージーの主要な飼養国であるオース
トラリアやニュージーランドに比べて、 高泌乳能力を保有していたからである。 
また、 舎飼を基本とする日本型酪農経営にマッチしていたということもある。 た
だし、 ジャージーの放牧適性の特徴を生かすために、 管内の個々の酪農家では、 
運動場を設けて経産牛や未経産牛の足腰を鍛える等の工夫がなされている。 これ
は、 近隣に放牧のための草地が無いからである。 また、 ジャージーを飼養する酪
農家の多くは、 充分な粗飼料を与えるために、 飼料作を経営の中で重要視してお
り、 水田の転作田を利用して積極的な飼料作を行っている。 
  
  ジャージーを当農協管内へ導入する最終的な意思決定を行ったのは、 四国大川
農協の松原前組合長をはじめとするトップマネージメントであり、 ジャージーの
導入までの詳細なシナリオ (輸入手続、 導入農家の牛舎の改築、 導入・牛舎改築
に伴う資金の手当等) を作成したのは、 営農部審査役の山口末雄氏である。 トッ
プマネージメントと現場の指導者との連繋が産みだした一大プロジェクトといえ
る。 

 
ジャージーの定着への努力
  導入されたジャージーが地域に定着するためには、 生産から消費までの一貫し
たシステムを構築し、 生産された商品の差別化を行うことが必要である。 生産面
では、 地域の自然条件・社会条件に合致したジャージーの飼養マニュアルが必要
になる。 このマニュアルは、 山口氏によって作成された。 ジャージーの持つ泌乳
能力を最大限に発揮させる飼養方式である。 当然、 飼料給与や子牛の哺育・育成
などの点でホルスタインとは異なった飼養方式であり、 国内には参考となるべき
マニュアルはなかった。 そういう意味で、 マニュアルは、 試行錯誤で完成されて
きたといえる。 現場と指導者が連携して飼養方法の改善を図ってきた。 このマニ
ュアルが酪農家の生乳生産量を着実に伸ばしてきたのである。 
 
  また、 米国でも有名な種雄牛の子牛が胎内輸入され、 県の畜産試験場で繋養・
育成され、 平成元年9月より採精が開始され、 酪農家に精液を提供している (注
3)。  このような、 飼養方法の改善・家畜改良に対する県や農協によるサポート
が、 ジャージーの泌乳成績を飛躍的に上昇させた。 ちなみに、 昭和63年が4, 870
kgであったのに対して、 平成5年には6, 065kgとなっている。 最高の泌乳量を誇
る酪農家の場合には、 6, 226kgとなっている。 
  
   しかし、 ジャージーの泌乳量をいくら上昇させてもホルスタインには及ばない。 
従って、 ジャージー乳からできる商品を差別化し、 生乳出荷単価を高めることに
より、 ジャージーの飼養メリットを生み出す必要がある。 この役割を果たしたの
が、 四国大川農協のマーケティングである。 
 
四国大川農協のマーケティング
 四国大川農協では、 ジャージーの導入時から昭和63年7月ころまでは、 乳量が少
ないため、 ホルスタインの牛乳との合乳で出荷したが、 日量で約1トンの生産に達
したところで、 ナショナル・ブランドの乳業メーカーからジャージー牛乳として市
販された。 しかし、 A社の市販価格が普通牛乳の約2倍の価格であったために、 販
売量が伸びなかった。 このため、 ジャージーの飼養農家は、 量販店に出向き宣伝に
努めたり、 牛乳まつりの開催などのイベントで消費拡大を行った。 一方、 農協に対
して、 牛乳処理加工場を持つことを強く要請したことから、 農協は農水省より構造
改善事業の助成を受け、 平成元年1月に牛乳処理加工場を完成させ、 4月から操業
に入った。 

 ジャージーの生乳生産量の推移は表3のとおりであるが、 平成5年度の生産量
1, 589トンのうち、 A社の処理量は430トンで、 B社は1, 121トンである。 これに
対して、 農協の牛乳処理加工場の処理量は38トンと量的には少ないものの、 この実
績が、 ジャージー乳の販売の際の交渉力を生み出すことになっている。 牛乳処理加
工場で生産された乳製品は、 農協の関連会社である大川乳業を通じて県内スーパー
と大阪の生協に販売されている。 製品の主力は、 「パストライザー4. 6牛乳」 (800
kg) という低温殺菌牛乳と、 「のむジャージーヨーグルト」 (150kg及び500kg) で
ある。 
表3 ジャージー乳の生産量の推移(単位:トン・頭数)
年次 生産量 経酸牛頭数
昭63 974 200
平元 1,103 212
  2 1,402 225
  3 1,536 234
  4 1,569 240
  5 1,589 262
  また、 平成5年7月に、 大川町の 「みろく自然公園」 に生産者と消費者の交流を
目的とした 「ふれあい市場」 ができたが、 牛乳処理加工場で生産された 「パストラ
イザー4. 6牛乳」 と 「のむジャージーヨーグルト」 もそこで販売されている。 地域
で生産された食品をその地域の人が食することは、 極めて重要なことである。 
 

ジャージー飼養の酪農経営の実態

  実際にジャージーを飼養している酪農家はどのような経営を行っているのだろう
か。 ここでは、 9戸のジャージーを飼養している管内の酪農経営から、 代表的な2
戸の経営を選んで、 その現状と課題を明らかにする。 この2戸の経営概況を示した
ものが表4である。 
表4 A経営とB経営の概況
A経営 B経営
経営主の年齢 50代 40代
労働力 1人 夫婦2人
経産牛飼養頭数 21頭 40頭
飼料作 流通飼料依存 イタリアン乾草・トウモロコシサイレージ
飼科作面積 イタリアン1.8ha・トウモロコシ3.6ha
糞尿処理 堆肥場での完熟化 堆肥場での完熟化
運動場 山の斜面(20a) 牛舎に併設(13a)
牛舎 スタンチョン スタンチョン
  
  いずれも、 徐々に規模を拡大しており、 導入時の借金をほぼ完済するなど、 財務
的には非常に健全な経営であるとのことであった。 また、 今年度からヘルパー制度
を利用するなどして、 無理のない経営を目指している。 A経営の場合には、 労働力
が1人であるので、 流通飼料に依存しているが、 B経営の場合には、 労働力が2人
であるので、 積極的に自給飼料の生産に取り組んでいる。 夏作とうもろこしをサイ
レージに、 冬作イタリアンを乾草にしており、 コンプリート・フィードの形で乳牛
に給与している。 
 
  香川県では、 自給粗飼料から輸入乾草へと生産要素をシフトさせており、 稲わら
の利用も減少している。 しかし、 ジャージーの飼養農家は、 むしろ積極的に飼料作
に取り組んでいる。 
 
  A経営は、 牧場の近くに20a程度の山の斜面を利用した運動場を持っており、 B
経営は、 畜舎に併設して13aの運動場を持っている。 この運動場を利用して、 足腰
の強い牛を育てている。 
  
  ジャージーを飼養している酪農家は、 経産牛を全頭、 自家育成している。 これは、 
わが国において、 ジャージーを飼養している酪農経営が少ないため、 初妊牛の売買
市場が存在していないことによる。 従って、 ジャージーの初妊牛を導入する場合に
は、 海外から導入しなければならないので, 飼養頭数を維持するために、 哺育育
成中の事故や、 経産牛として不適当な牛の淘汰を見込んで、 産まれた雌子牛を全頭、 
哺育育成しなければならないのである。 
  さて、 ジャージー雄子牛の取引は平成元年から開始された。 当初、 管内の肥育農
家と1頭当たり70, 000円 (哺育日数30〜40日) で取引契約が結ばれていた。 しか
し、 1日当たりの増体量が0. 5〜0. 6kgと低いこと (ホルスタインの場合には1. 2
〜1. 3kg)、 仕上がった肥育牛の肉色が濃いために枝肉価格が600円/kgと低かった
こと (ホルスタインの場合には1, 200〜1, 300円/kg) により、 取引は約1年で中
止された。 このため、 平成2年には、 農協は哺育施設を設置して初生牛の哺育を開
始し、 富山県の太田牧場と取引契約を結び、 約120頭の育成牛を販売した。 しかし、 
太田牧場とも仕上がった肥育牛の肉色の問題で、 取引がなくなった。 平成4年以降
は、 ジャージーの雄子牛の販売が全くできなくなったために、 酪農家がと場経費と
して1頭当たり2, 750円を負担することにより、 業者に子牛を引き取ってもらって
いる (子牛の骨をスープ、 ソースとして利用)。 このように、 ジャージー雄子牛は、 
9戸の酪農経営のすべてが、 料金を支払って処分する形になっているのである。 今
後も、 ジャージーの雄子牛を肉資源として利用することは困難と思われる。 現在の
ところ、 ジャージーを飼養している酪農家にとって、 雄子牛は、 糞尿と同様に、 収
益に貢献せず、 費用の発生にしかなっていないのである。 
 
  ふん尿処理については、 A・B両経営において、 堆肥場において切りかえしを行
い、 完熟化している。 A経営の場合では、 水田に施用できない夏場は、 一部を自己
所有の山に還元しているが、 それ以外は四国大川農協の 「堆肥銀行」 (農協が畜産
農家からふんの提供を受け、 堆肥にしてから稲作・畑作農家に供給する部門で、 農
協経費を差し引いて、 畜産農家は提供量に応じて、 2トン車1台当たり1, 000〜
1, 500円を受け取るシステムになっている。 ) が堆肥を取りにきて、 マニュアスプ
レッダで搬送、 稲作・畑作農家の圃場へ施用している。 これによって、 稲作農家と
の間で、 堆肥と稲わらの交換もなされるのである。 また、 B経営の場合には、 飼料
作を行っているので、 堆肥を飼料畑に投入している。 ここでは従来の 「水田酪農」 
のメリットが生かされているといえよう。
 
差別化生産物の生産・流通
 四国大川農協では、 ジャージー乳の有利販売を進めるため、 生産から流通までの
新たなシステム作りに果敢に挑戦し、 大きな成果を収めてきたといえる。 第1に、 
香川県酪農の基本であり、 稲作部門と有機的につながった 「水田酪農」 の仕組みを
合理的に取り入れて、 いわば地域単位の複合という形のジャージー酪農を構築して
いる。 第2に、 生産された生乳を自ら加工して販売している。 
 
  農協と酪農家の努力と連繋が、 ジャージー酪農を成功させた。 確かに、 ジャージ
ー導入は一見奇抜な戦略のように見えるが、 前述のように導入の過程で緻密な計画
が立てられていたこと、 また、 稲作との連関という香川県酪農の基本を踏襲し、 ジ
ャージーの特徴を充分に生かした飼養マニュアルが構築され、 生産された生乳を常
に有利に販売する努力がなされてきたことがポイントである。 
 
  今後、 雄子牛とふん尿を、 いかに地域内で有益な資源として生かしていくかが、 
農協と酪農家に残された大きな課題である。 四国大川農協のさらなるチャレンジに
期待したい。 

 注1)量販店が、 他県で生産された牛乳を香川県内で販売している。 また、 その
    逆もある。 これが、 牛乳の移入と移出という形となって現れているのであ
    る。 

 注2) 「農林水産レポート (21世紀をめざす酪農乳業の現状と方向) 」 行政時報社, 
    平成2年2月20日の p. 310 馬淵 武 「香川県におけるジャージー牛酪農
    団地 (四国大川農協管内) について」 を参照。 

 注3)馬淵 「前掲書」 の p.311 を参照。 4年3月末まで県内で供用。 

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