★ 巻頭言


食肉の輸入と国内畜産

 日本食肉輸出入協会  会長  宮 本 孝 敏


 

増え続ける食肉輸入

 
  牛肉が輸入自由化されて4年、 ガット・ウルグアイラウンド交渉が終結して1年
を経過した。 牛肉に関しては自由化後の輸入急増は予想された通りであるが、 牛肉
のみならず豚肉と鶏肉についても、 業界関係者の予想をはるかに上回るハイペース
で輸入が拡大している。 
 
 94年 (歴年)の輸入量は、 牛肉59万トン、 豚肉49万トン、 鶏肉44万トンと大きな
伸びを示し、 総輸入量は150万トンの大台を簡単に超える記録となった。 今世紀末
も中期見通しのレンジに入ってきて、 畜産物に関しても2000年度の見通しが議論さ
れており、 総じて需要の伸びは鈍化するものの、 国産減少を輸入で補う傾向が続き、
多少の時間的誤差があってもいずれ輸入総量200万トンの大台に到達するとの見方
もある。 
 
 牛肉自由化以来、 これまで輸入畜産物に関する議論は、  「“外敵”に対抗し如何
にして国産が生き残り、 これを保護するか」 に視点が置かれ、 国家予算が投入され
てきた。 すなわち、 国産減少は輸入食肉の増大の結果として、 この対策が国の重要
課題として位置付けられて来た。 輸入食肉は何時でも好きな量を、 どこからでも調
達できるとの前提のもとに、 これをどうコントロールするかに政策の力点が置かれ
てきたといっても過言では無かろう。 しかし、 国産減少は単に輸入物との競合によ
るだけでなく、 後継者難、 環境汚染問題など生産側に内在する要因によるところも
大きいのである。 
 
安定的な供給源の確保
  いまや食肉の輸入量が150万トンを超え、 200万トンの可能性も議論される時点に
おいて、 安定的な供給源確保の視点から、  「果たして日本は今後とも自由に食肉が
好きなだけ外国から買えるのか」 と言った議論も必要ではなかろうか。 
 
 かってのローマクラブの悲観論は、 その後の生産性の飛躍的向上により見事に克
服されてきたが、 東西冷戦終結に伴う自由経済の発展、 中国・東南アジア諸国の急
成長と食生活の改善を考慮し、 更に最近の頻発する世界的な異常気象を睨み合わせ
れば、 何時までも日本だけが贅沢な食生活を謳歌し得るといった楽観論は危険のよ
うに思われる。 近い将来、 総輸入量が200万トンに到達する前に、 今一度“食料危
機”到来の場面を想定するのは杞憂であろうか。 
 
 我々食肉輸入に携わる者は、 消費者のニーズに柔軟に対応して世界各地から畜産
物を調達し、 供給することを使命としているが、 単に“金を払って買う”ビジネス
から、 その国で新しく畜産業を振興して労働力の付加価値化を図り、 対日輸出によ
り外貨獲得の一助とする、 いわゆる開発輸入の比重が増えつつある。 最近では、 全
面的な対日輸出志向から更に一歩踏み込んで、 日本が必要とする、 或いは高く評価
される部分のみを対日輸出し、 他は地場市場や第三国に販売する、 まさにその国の
地場企業として生きて行く事業形態も増えている。 
 
 その背景として、 輸入の自由化と共に、 情報の自由化も進み、 輸入業者として単
に“運び屋”では存在意義を喪失してしてきたことがあげられる。 さらに日本の消
費者に説得力のある商品を安定的に供給するには、 事業リスクを負担しても自分で
やるしかないといった責任感と自負もある。 
 
 いずれにしても民間企業が全面的な経営リスクを担い、 国家の支援は皆無に等し
い。 そろそろ行政当局にも、 食料安全保障に関して国際化を踏まえた視点からの施
策をお願いしたいところである。 
 
国産品の品質優位性は
  ガット・ウルグアイラウンドの妥結は、 コメの関税化を阻止したところに力点が
が置かれて喧伝され、 また、 豚肉についても差額関税制度の維持により、 国産の国
際競争力確保のためのコスト低減、 経営改善への時間的余裕が残されたと評価され
ている。 しかし、 多少の時間をかけても日本の畜産物の生産コストがストレートに
外国に対抗できるレベルまで低下する可能性は少ない。 畜産経営の集約化・大型化
は必ずしも経営効率の向上に結びつかず、 ふん尿対策を主体とする環境保全のコス
トは逆に増加するのが現実である。 これは日本のみならず、 豚肉の主要供給先であ
る台湾においても顕在化しつつある厄介な問題である。 特に養豚業の場合、 環境規
制、 水質保全基準をクリアするためには膨大な設備投資と労力が必要で、 今後公害
規制が厳しくなる環境下で既存設備の維持も困難となり、 ましてや大規模化を前提
とする新規立地は殆ど不可能に近い現状である。 
 
 また、 主要原材料である飼料コストの引き下げも緊急の課題であるが、 現行では
配合飼料工場の合理化にも限界が見られる。 商系メーカーではここ数年来、 競合他
社との提携も含め、 かなり大胆に統廃合、 合理化が進められているが、 構造的に系
統傘下の中小規模工場に対してコスト競争力を維持し得れば生き残りが可能となっ
ている。 工場の統廃合を含めた抜本的な合理化政策が期待される。 また、 疾病予防
のワクチン・薬剤の高コストも、 生産コスト低減化の大きな阻害要因となっている。

 以上を勘案すると、 国産品が海外産との自由競争下でまともに戦うことは極めて
難しく、 円高が続くとすれば、 国内生産の減少に歯止めを掛ける方策は限られると
思われる。 
 
 しかし、 鮮度の高い国産品の品質優位性は不変であり、 プレミアム商品としての
価値が評価されることは間違いない。 今後は単にコスト競争力のみならず、 プレミ
アム化を図る“地鶏”や“銘柄豚”など、 品質面における優位性追究も重要課題と
なろう。 いずれにせよ、 国内産地間の生き残り競争、 即ち輸入の“外敵”とではな
く、 “内敵”との熾烈な生存競争は避けて通れない問題である。 また、 国内畜産業
界としては、 行政の支援だけをあてにせず、 合理化の自助努力も徹底せねばならな
い。 
バランスのよい住み分けを
  以上日頃感ずるまま、 忌憚なく申し述べたが、 少なからず当協会員も海外のみな
らず国内でも生産事業に携わっており、 輸入攻勢が益々強くなる中で、 生鮮食料と
しての国内畜産の維持・確保は重要な課題と認識している。 当協会としても、 単に
輸入の量的拡大に走って需給バランスを崩し、 市況低迷を招く愚は十分認識してお
り、 今後秩序ある海外開発輸入と国内生産のバランスの良い住み分けの実現に向け、 
国内畜産の発想の転換、 構造改善並びに多面的な規制緩和に関し、 官民合わせ業界
関係者間の率直な議論、 意見交換に努めたい。 よこせデモ、 そして闇市場の横行な
ど、 深刻な食糧危機である。 
 
  
 

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