☆ 調査報告


平成6年度畜産物需要開発調査研究から
国産牛肉の品質向上とブランド形成の望ましい方向

−品質属性とブランドの価値の計測を通して−


 京都大学農学部 吉野  章
              浅野 耕太 
              嘉田 良平 


は じ め に
 
  
  近年の急激な円高傾向とその定着によって、 畜産物の内外価格差の縮小という経営
目標の実現はいよいよ厳しく、 わが国の畜産にとって、 輸入畜産物に対する生産物差
別化策がより一層重要性を増してきている。 

 これまでのわが国の畜産物の差別化は、 牛肉に限るならば、 脂肪交雑 (いわゆる
“サシ”) を高めた高級牛肉の生産が基本となってきた。 実際に多くの産地で脂肪交
雑を高めるために多くの努力が払われている。 
 
 しかし、 高級牛肉の生産は、 技術的にも経営としても制約が多く、 その割合を高め
ていくことはむずかしい。 また、 現在のところ高級牛肉の消費量は、 全体の消費量か
らいえばわずかな割合でしかなく、 もしも技術的なあるいは経営としての制約が克服
されて高級牛肉の供給量が増加したとしても、 そのぶん価格は低下してしまうであろ
う。
 
 そもそもマーケティング論でいう製品戦略は、 1) 需要のニーズを把握し、 2) 競
相手の製品戦略をふまえたうえで、 3) 自らの有利・不利な点を考慮した最も効果的
な製品をつくることが基本となる。 現在のところ、 たしかに脂肪交雑重視の製品戦略
は、 需要のニーズおよび輸入牛肉の品質を考慮すれば、 合理的な戦略ではある。 しか
し、 その戦略だけで限界があるのなら、 製品戦略をサシだけでないもっと多様な属性
から考え、 そのための方策を打ち出していかなければならない。 国産牛肉の製品戦略
=品質向上=脂肪交雑の向上、 といった単純な図式でなく、 品質向上にしても他の品
質属性による差別化はないのか、 品質だけでないブランドによる差別化策の効果はな
いのか、 といった点を考慮する必要がある。
 
 本稿は、 国産牛肉の需要拡大のための製品戦略を考察することが最終的な目的であ
るが、 以上のような理由から、 需要のニーズを品質やブランドの選好から把握し、 品
質向上やブランド形成のあるべき方向を示すことを課題としている。 いったい脂肪交
雑を1ランクあげると値段はいくらあがるのか、 脂肪交雑以外でその向上によって高
い値段がつく品質属性はないか、 もし高級牛肉の生産が現在より増加したら、 高級牛
肉の値段はどのくらい低下するのか、 あるいは、 「松阪牛」 などのブランドだけでど
れだけの値段がついているのか、 などを実際に計測して、 こうした課題に対する回答
としたい。
 
 製品市場は経済機会の基本であり、 そこにおける国産牛肉の可能性とあるべき方向
をさぐることは一般のマーケティングでは初歩的分析であるにもかかわらず、 畜産業
においてはそのような分析があまりなされていないようである。 規模拡大による生産
費低減や経営としての確立も大事であるが、 こうした基本的な分析も今後の畜産業の
将来を考える上で大事な情報を与えるのではないか、 と思う。

国産牛肉の品質向上の経済価値
−サシ重視の限界− 

サシの値段はいくらか
  肉牛産地が手間暇をかけて脂肪交雑の高い牛肉を生産しようとするのは、 それに見
合う収益が期待できるからである。 しかし、 脂肪交雑のランクを1つあげることによ
って、 いったいどれだけ高く売れるかは特殊な計算をしてみなければわからない。 こ
こで、 脂肪交雑をはじめとする牛枝肉の品質の値段を計算してみる。
 
 現在、 中央卸売市場で取引される牛枝肉は、 全て社団法人日本食肉格付協会による
規格に従って格付けが行われている。 取引規格は、 おおきく 1)歩留等級と 2)肉質
等級に分かれ、  1)歩留等級は、 胸最長筋面積、 ばらの厚さ、 皮下脂肪の厚さ、 枝肉
冷屠体重量、 およびそれらの値の加重和としての歩留まり基準値からなる。  2)肉質
等級は、 脂肪交雑、 肉の色沢、 肉の締まり及びきめ、 ならびに脂肪の色沢と質、 から
なる1。 この規格格付けはよくできており、 Lin=Mori (1992)2 が示したように、 
この規格格付けの違いで牛枝肉価格の違いがほとんど説明できる。 この規格を牛肉の
品質属性とみることによって、 それぞれの価値を計算してみる。
 
 Lin=Mori (1992) では、 ヘドニック・アプローチ3 という品質の価値を計る手法
を用いている。 ただし、 そこでは取引規格の妥当性の判断が重視されているので、 こ
こではより今回の目的に合うように改良した。 計測は、 東京食肉市場における1994年
11月の1カ月間のデータを用いている。4
 
  結果は図1に示している。 図1の値は、 各規格の格付けを1ランク向上させた場合
の牛枝肉1kg当たりの卸売価格の上昇分である。 B.M.S. No.が脂肪交雑のランクを示
している。 たとえば B.M.S. No.が7〜8では、 100円余りの値を示しているが、 これ
は、 他の品質属性に変化がないときに脂肪交雑 (B.M.S. No.) が No.8の牛枝肉は、 
No.7の牛枝肉より 100円/kg高くなることを示している。 同様に、 No.9の牛枝肉は
No.8より180円/kg、 No.10はNo.9より260円/kg、 No.11はNo.10より370円/kg程
度、 それぞれ高くなることを示している。 

 さらに直感的に理解できるように、 品種、 性別を含めた各属性の価値額を積み上げ、 
枝肉のいくつかのタイプごとに、 その値段を品質属性の値段に分解して示した (図2
参照)。 これは、 B.M.S. No.1、 B.C.S. No.7、 B.F.S. No.7締まり及びきめ等級1
、 脂肪の光沢と質等級1の乳牛去勢を基準にとり、 他の属性や品種性別の違う牛枝肉と
の価格差を例示的に評価したものである。 たとえばタイプ11 (B.M.S. No.が11) の和
牛雌の枝肉価格は4,000円/kg余りとなるが、 そのうち1,000円/kg程度は、 脂肪交雑
(いわゆるサシ) の値段であるといえる。
  
 これらの図からおよそ次のようなことがいえる。 

・脂肪交雑を高めれば枝肉価格が高くなるといっても、 その効果は、 B.M.S. No.が8
 以上(つまり肉質等級が5以上) になってようやく顕著となるのであって、 それ以下
 で脂肪交雑を高めてもほとんど経済価値は生じない。
 
・ただし、 B.M.S. No.8以上の脂肪交雑では、 1ランクあがるごとにその価値は著し
 く増加していく。 

・肉の締まり・きめ等級を高めると1ランク・アップで300円/kg程度の枝肉価格の向
 上が望める。
 
・脂肪の光沢・質等級は、 ランクが5になってはじめて、 100円/kg程度の枝肉価格の
 向上が望める。
 
・その他の品質属性は、 極端に格付が低い場合に枝肉価格が安くなる。 



サシ重視の牛肉の生産が増加すれば

 脂肪交雑を高めれば、 牛枝肉の値段は格段に向上する。 しかし、 その効果が出るの
は、 肉質等級が5以上、 すなわちB.M.S. No.8以上の場合である。 しかし、 牛枝肉の
価格が入荷量や需要の状態によって日々変動するように、 当然こうした脂肪交雑の値
段も変動する。 図1の値段も、 1カ月平均の値段であって、 その値も日毎に大きく変
動している。 (図3にB.M.S. No.の価格の日別変動を示している。 たとえば、 No.8と
No.9の価格差は最も低いときで100円/kgであるが、 最も高いときには400円/kgと
なる。) 

 もし、 B.M.S. No.10以上の超高級牛肉の生産が増加したら、 脂肪交雑の値段はどれ
だけ下がるのであろうか。 
 
  現在、 東京食肉卸売市場へのNo.10以上の牛枝肉の出荷量は、 同市場への出荷量の7
%程度である。 その場合、 先の計算から、 No.9とNo.10との価格差は260円/kg、 No.
10とNo.11との価格差は370円/kg程度であった。 No.10の値段をこの中間をとって300
円程度と見積もり、 この値段がNo.10以上の出荷割合が増加した場合、 どれだけ低下す
るかを計測した (図4)5。
 
 ただし、 データの制約から、 得られた値は、 高級牛肉の出荷量割合が増加した場合
に脂肪交雑の価格に及ぼす最小の影響である。 つまり、 どんなに少なめに見積もって
も、 実際はそれ以下の価格となることを示している。
 
 計算結果をみると、 超高級和牛の出荷割合が30%で、 確実にB.M.S.No.10の値段は
、 現在の300円/kgから100円/kg以下に落ち込む。 そうした場合、 高級牛肉を生産す
る経済的メリットはほとんどなくなることになる。 言い換えれば、 超高級牛肉の値段
が特別に高くなるのは、 その出荷割合が全出荷量の1割程度、 多く見積もっても2割
程度が限界ということになる。 ここがサシだけを重視した品質向上の限界である。 

国産牛肉のブランド価値とその形成
銘柄牛のブランド価値はいくらか
 
  前項では、 国産牛肉の高級化が今後進展したとしても、 その需要が限られているた
め、 その価格水準は大きく低下してしまう、 脂肪交雑だけでなく他の肉質も重視した
品質向上をはかって行かねばならないことを示した。 しかし、 マーケティング論が教
えるように、 品質属性による製品戦略は、 競争相手の追随によって、 安定的な戦略と
はなりえない。 輸入牛肉に対して圧倒的優位性をもつ脂肪交雑重視の製品戦略から、 
その他の品質重視に切り替えた場合、 国産牛肉の優位性は維持できるのであろうか。 
また、 今後、 輸入牛肉の品質向上はどのような方向で、 どの程度すすむのであろうか。 
こうした製品戦略の効果は、 これら次第である。 しかし、 そうしたなかで、 きめ細か
い消費者のニーズに応え続けていくしかない。 一般の企業ではそれが当たり前である。
 
 ただし、 もう少し安定的な差別化としてブランドの形成がある。 たとえ競争相手が
全く同じ製品をつくっても、 ブランドをもつ製品の方が高く売れる。 ブランドは、 イ
メージによるものであったり、 永年にわたる信用に基づくものであったり、 その根拠
は様々であるが、 競争相手がなかなか追随できない差別化となる。
 
 国産牛肉にブランドの価値はあるのだろうか。 確かに、 松阪牛をはじめ、 国産牛肉
にはたくさんの銘柄があり、 高価格で取引されている。 しかし、 この高価格は、 その
品質に基づくものであるかもしれず、 その価格の高さが即ブランドの価値であるとは
いえない。 同じ品質であるのに特定銘柄というだけで高くなっている、 その価格差が
ブランド価値なのである。 

 図5に、 B.M.S. No.ごとに高級和牛の産地として知られる三重県産牛6 の枝肉価
格のばらつきを示した。 同じB.M.S. No.でも三重県産の値段は、 はるかに高いところ
でばらついている。 その傾向は、 B.M.S. No.が高くなるほど顕著で、 5,000円/kg以
上で取引されている牛枝肉は、 全て三重県産である。 

 ただし、 枝肉の価格はB.M.S. No.だけで決まっているわけではないので、 他の規格
も併せて、 その他主要銘柄も含めた国産牛肉のブランド価値を計測してみた。
 
 計測結果は図6である7。 肉質等級4以上の三重県産牛枝肉には、 他の枝肉と品質
が同じであるにもかかわらず、 三重県産というだけで品質評価以外に、 1,248円/kg
の値段が上乗せされていることになる。 そこまで極端ではないにせよ、 D県産やE県産
の牛枝肉にも、 品質評価以上に、 300円/kg前後高い価格がつけられている。
 
 すなわち、 国産牛肉にはブランド価値が発生しているということであり、 そしてそ
の価値は牛枝肉取引価格のかなりの部分を占めていることを示している。 

 

「国産牛」 ブランドの形成

 現在、 国産牛肉の銘柄づくりは、 各県経済連等が中心となって、 盛んである。 岩手
県前沢牛などは、 産地ぐるみの品質向上と販売努力が機能的にタイミング良く行われ
た成功事例としてあげることができよう。 しかし、 ブランドは数銘柄に限られる。 少
なくとも消費者が現在PRされている全銘柄を認識するのは無理である。 このことから
、 国産牛どうしの銘柄による差別化には限界があるといえる。
 
 ただし、 ここでブランド形成の努力を否定しているわけではない。 前項で示したと
おり、 牛肉市場においてブランド価値が生じているのは事実なのだから、 その可能性
はあるはずである。 確立できるブランドの数が限られているというだけである。 すな
わち、 まだ 「国産牛」 ブランドの形成という選択肢が残されている。 「国産牛」 とい
うだけで、 輸入牛肉に対する価格差を生じるような施策を講じるべきである。 
 
  そもそもブランドの価値は、 消費者が品質をよく知らなかったり、 製品の選択の範
囲が限られている場合に、 そのブランドを購入すれば確実に高品質の財が手に入る場
合に生じる。 要するにその源泉は、 品質に関する情報が消費者に完全に伝わらないと
いった情報の不完全性である。 

 現在の食肉卸売市場での枝肉取引は、 規格格付けだけでその日の枝肉間の価格差を
説明できるほど、 品質評価能力が高い。 しかし、 小売段階での品質に関する情報は不
完全で、 消費者はブランドに頼らざるをえない。 この段階で、 「国産牛」 を輸入牛肉
に対して差別化できれば、 国産牛の価値は高まることになる。 
 
  現在の食生活を考えた場合、 健康志向、 安全性志向、 簡便性、 多様性など、 いくつ
かのキーワードがある。 具体的なアイデアを提示するのが本稿の責ではないが、 差別
化の源泉として、 通常の品質属性だけでなく、 食品安全性など、 情報の不完全性ゆえ
に信用を基礎におかなければならない差別化が、 国産牛肉の最も有力な生産物差別化
の基本的方向である。 そして、 そうした信用は、 消費者との結びつきが強い国内産地
がはるかに有利である。 


むすびにかえて

 以上、 サシ重視の品質向上の限界と他の品質属性の可能性、 ブランド形成による差
別化の可能性と 「国産牛」 ブランド形成の必要性と方向を示した。
 
 本稿は、 報告書の内容を書き改めたものである。 報告書では、 製品戦略を理解する
ための経済理論、 本稿で結果だけを紹介した計測のモデルと計測方法を示している。 
さらに、 ブランド形成の成功事例として、 前沢牛を取り上げ、 その生産技術の向上と
販売対応がなぜ成功したかを分析しているが、 紙幅の制約により割愛した。 また、 最
近のトピックスとして、 食品安全性、 アニマル・ウエルフェア、 並びに環境保全型畜
産についても言及した。 ご参照いただければ幸いである。 

1 これらは、 さらに細かい規格に分けられる。 社団法人日本食肉格付協会『枝肉取
  引規格解説書 牛枝肉取引規格編』 昭和63年を参照のこと。
2 Lin, B., H. Mori (1992), 'Evaluation of the New Beef Carcass Grade:
  A Hedonic Price Approach', 『農業経済研究』 
3 ある財の価格が、 その財を構成する品質属性の価値の和であると仮定し、 これら
  の品質属性の価値を回帰分析によって求める手法。 
4 計測モデル及び計測結果の詳細は、 平成6年度需要開発調査研究事業報告書(畜産
  振興事業団) を参照のこと。 
5 計測方法の詳細は、 報告書を参照のこと。 
6 ここでは三重県産枝肉の肉質等級4以上のものを扱っている。 
7 計測方法の詳細は、 報告書を参照のこと。    
本報告は、 平成6年度に畜産振興事業団の委託で実施された畜産物需要開発調査研究
を受託研究者が要約したものである。 

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