★ 巻頭言


フードシステム論からみた畜産経済

 

日本大学農獣医学部教授 フードシステム研究会会長
 高 橋 正 郎


 昨年あたりから農業、 農政関係者の間で 「フードシステム」 という言葉が急に
使われ始めた。 その代表的なものが、 農林水産省の平成7年度からの新規事業と
して打ち出された 「フードシステム高度化対策」 であるが、 その予算が国会で審
議されている丁度その時期に、 関連する図書が少なくとも3冊、 世に問われてい
る。 その1つは『わが国フードシステムと農業』(高橋編著)、 その2つは『ECの
フードシステムと食品産業』(鈴木・高橋監訳)、 その3つは 「食料需給構造の変
化とわが国農業」 という特集で編集された『平成6年度農業白書』である。
 
 第1のものは経済審議会の生活大国5か年計画のフォローアップ作業の一つと
して組織された 「食料供給システム検討委員会」 での論議の内容をそれに参加し
た委員が執筆したものであり、 第2のものはEC委員会がEUの統合を視野に入れな
がら域内の食品製造業、 食品流通業、 外食産業、 それに食料消費がどのように展
開していくか、 技術発展の予測を含めて研究したその報告書を翻訳したものであ
る。 また、 第3のものはフードシステムという言葉こそ使っていないが、 川上の
農業だけでなく、 そこで生産された農産物が川中、 川下の食品産業を経由して食
料消費にいたる全過程を通して見ながら、 わが国農業を位置付け、 見直してゆこ
うというもので、 まさにフードシステムの概念でもってわが国の食料・農業問題
を解析したものである。 

ダイナミックに変貌する川中・川下への対応を
 フードシステムという概念にもとづくこのような展開は、 実は、 それに先立っ
て組織された全国学会 「フードシステム研究会」 の設立と、 そこから発信した一
連の問題提起に関連がある。 昨年5月21日、 日本大学で設立大会が開催されたそ
の 「フードシステム研究会」 は、 食料・農業問題の理解について、 それまでの食
料問題≒農業問題というフレームではなく、 食料問題=農業問題+食品産業
問題+食生活問題というフレームで、 総合的・学際的に、 また、 産官学共同の
研究体制で究め、 発言してゆこうとして発足したものである。
 
 その趣旨は、 今日のわが国を初めとした先進諸国の農業・食料・食生活をめぐ
る諸問題を考える時、 消費者の加工食品・外食需要の高まりから、 食品製造業、 
食品流通業、 外食産業といった食品産業の役割を無視して論ずることはできなく
なった。 しかし、 それにもかかわらず、 わが国の多くの関係者は、 いまなお、 古
典的な川上の農業問題にのみ関心を寄せているため、 ウエイトが高まるだけでな
く、 ダイナミックに変貌しつづけているその川中・川下の変化に川上の農業が対
応できなくなっている。 そのため、 わが国農業は自らその市場を狭め、 勢い、 国
内の川中・川下は海外の川上と直結するようになっているという事態を直視し、 
その改善点を提示していこうとするものである。 
 
 川中・川下の変化に無関心で、 孤高を保っているとでもいうのか、 しかし、 そ
のために市場を失い、 日本農業を自ら痩せ細めているこの状況を是正するために
は、 食料・食品をめぐる川中・川下、 それに末端の消費者ニーズの変化を農業者
、 農業関係者にクールに伝達し、 日本農業をしてその変化に積極的に対応させて
ゆく必要がある。 そのためには、 まず、 発想の転換が求められる。 「フードシス
テム」 という新しい概念の提起は、 そのためのもので、 わが国や世界の農業・食
料問題を、 農業−食品製造業−食品卸売業−食品小売業−外食産業−食料消費、 
といった全体の流れと関連させてトータルに把握し、 その中からそれを構成する
諸主体に適切な助言をしてゆこうとするものである。
 
 畜産経済に関連していえば、 周知のことではあるが、 わが国の食肉消費で、 牛
肉の56%、 豚肉の67%、 鶏肉の69%が外食または加工といった家庭以外での業務
用需要を通じて消費されているものとみられる。 家計消費の生鮮肉の場合も、 と
畜、 解体、 カット肉加工、 スライス加工などと多段階の工程を経て消費者の手に
渡る。 したがって、 食肉流通の場合、 畜産農家と消費者との間に、 卸売市場だけ
でなく多くの関係企業や団体が介入することになる。 
 
 このような食肉をめぐる諸関係をわれわれは 「食肉のフードシステム」 と呼ん
でいる。 牛肉の輸入自由化をめぐる問題に対しても、 畜産農家への影響だけでな
く、 われわれは、 それがもたらす 「食肉フードシステム」 の構造変化に強い関心
を寄せている。 なぜなら、 畜産農家自体が、 その 「食肉フードシステム」 の中で
育まれているからである。
 
 そのような問題意識から、 去る9月9日、 フードシステム研究会では 「国際化
時代における食肉フードシステムの構造変動」というテーマの小研究会を東大で
催した。 産官学の報告者や参会者がその中で出した論点は、 @ 量販店を中心と
した川下からの要請は、 カット肉規格をより細分化することで、 仕様書によるそ
の細かい加工がメーカーや食肉センターに求められていること、 A それが、 さ
らに進み固有な仕様によりパックされた精肉が、 ブランド牛肉として近い将来、 
小売市場で幅を利かすことになろう、 ただ、 それを誰が行うか、 そこでまた、 ナ
ショナルブランドとプライベートブランドとの争いもでてくるであろう。 B EU
では、 食肉の衛生基準のハーモニゼーションによって、 と畜場のダイナミックな
構造再編が進みつつある、 このことは、 いずれわが国にも及んでくるであろう。 
C 食肉のコスト格差は、 生産段階だけでなく、 加工段階でも指摘できる、 内外
の競争力を考えるとき、 それぞれの国の食肉をめぐるシステム同士の競争という
ことになるのではないか。 D わが国の食肉フードシステムの特徴の一つは、 大
手食肉メーカーが生鮮肉の卸売業も兼ねていて、 食肉流通に大きな役割を果たし
ていることで、 その面から考えれば、 原料供給を別にすれば、 海外の食肉業者が
わが国の食肉フードシステムに参入する余地は小さいのではないか。
 
 このような川中、 川下の論議に、 川上の畜産農家をどう参画させていくか、 わ
れわれフードシステム研究会としても、 今後、 大いに取組むべき課題であると考
えている。 
 

 

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