★ 専門調査員レポート


村直営の畜産事業− 新潟県黒川村 −

 

高千 穂商科大学 
教授 梅 沢 昌太郎



1 雪を生かす村
  新潟県黒川村は新潟県の北東部、 北浦原郡の北端の山の中にある。 新潟市から
は約50キロの距離である。 
 
 この村もほかの山間地と同様、 人口減少に見舞われた。昭和35年の8,019人をピ
ークにして人口は減少を続け、 平成2年には6,607人とピーク時の8割となって
いる。 しかし、 現在は、 山あいの地域での人口減は続いているものの、 村全体と
しては鎮静化の動向を示し、 中心地である黒川地区では増加の傾向を示している。 
50年の6,389人をボトムにして人口増に転じ始めているのである。 
 
 この村は豪雪地帯にある。 おおよそ3つの地区からこの村は成り立つが、 その
積雪量は1メートルから多い時で3メートルにもなる。「公共交通機関も機械除雪
も全くなかった時代では、 高い山々に囲まれた山あいの村 (山手部落) は深い雪
に閉ざされて 「白い陸の孤島」 と化し、 周辺の社会から孤立し、 厳しい冬の雪と
戦いながら、 動物が冬眠するような思いで、 長い冬ごもりの生活を維持し続けて
きた」 と、 村史は語る。 
 
 現在は、 国道が二本、 村に建設され、 除雪の機械も整備されて、 雪による被害
は無くなっている。 それよりも、 「克雪・利雪・親雪」 の理念を掲げ、 その雪を
村起こしの重要な経営資源としようとしている。 

 昭和30年代後半当時、 この村は出稼ぎで支えられていた。 約8,000人の村民の
うち2,000人が大都市などに出稼ぎに出ていた。 村民の間では出稼ぎのない村の
建設が切望されていた。 しかし当時は、 道路の状況も悪いこの村に進出する企業
も無く、 村は独自に雇用の場を考えなければならなかった。 

 そして、 その最初の事業が、 昭和40年に建設されたスキー場の開発である。 越
後地域で最初の施設であり、 その成功を危ぶまれていた。 しかし、 この地域で最
初のスキー場という 「新しさ」 が受けた。 ベンチャーは見事に成功し、 住民の仕
事の場は確保されたのである。
 
2 多角的な畜産経営
 この村の畜産事業はインテグレーションを形成している。 生産だけでなく、 加
工そして販売までの一貫した流れを、 自分の力で確立しているからである。 
 
  村は和牛と黒豚、 そして乳牛の繁殖または肥育を行う畜産団地を経営している
のである。 
 
  昭和53年度の肉用牛生産振興地域の指定を受けて、 繁殖牛舎3棟、 肥育牛舎5
棟、 豚舎2棟が村主体の事業として、 建設されている。 平成2年現在、 肉用牛肥
育農家41戸、 肥育頭数424頭となっている。 昭和60年には56戸の農家が544頭の肉
牛を肥育していたから、 肥育農家、 頭数ともに減少している。 しかし、 現在の牛
肉をめぐる環境変化を考えれば、 健闘しているということができる。 

 肉牛事業では、 繁殖を村が行い、 肥育を農家が行っている。 1戸あたり約10頭
であるから、 あまり規模は大きくないが、 若くて優秀な肉牛生産者が生まれてい
る。
 
 生産物は経済連を通して、 販売されている。 現在、 村で生まれた子牛は70頭い
るが、 島根や岩手などから仕入れている牛が多い。 
 
  「胎内牛の名称は大変に古いもので、 由緒ある銘柄である」 と、 村は自信の程
を示している。 
 
  肉用牛の振興事業として、 昭和60年度より実施されている新潟県北部畜産基地
建設事業がある。 これは、 農用地開発公団の事業であり、 「宮久地域国有林と民
有林約17haの草地造成及び連絡路、 農機具格納庫の建設を進め、 肉用牛を主体と
した濃密な畜産団地を創設整備し、 飼料作物等の生産性の向上を図ると共に、 畜
産経営環境の保全に留意しながら地域畜産の発展と畜産物の安定的供給に努めて
いる」 と、 村の資料は解説している。 

 宮久地区は昭和41年、 42年の大水害によって被害を受け、 移転が実施された地
域である。 
 
  この事業の計画は5年間にわたって実行され、 平成元年に終了している。 総事
業費は1億5,500万円であり、 草地は17ha、 幹線道路497mなどが造成された。 
豚舎は267平方メートル建設され、 160頭の豚が肥育されている。 その後県単独事
業により同規模のものが1棟増築され、 村全体では黒豚のバークシャー種が350
頭飼育されている。 豚の場合は、 繁殖・育成を農家が行い、 肥育を村が行ってい
る。 繁殖農家は今2戸であり、 村も繁殖を始めている。 それは血統の改良と維持
のためである。 現在、 親豚が30頭飼育され、 その目的のために鹿児島から親豚が
4頭導入された。 
 
  また、 この村は酪農も行っている。 特色は乳量の多いホルスタイン種ではなく、 
乳脂率や全固形分率が高いジャージー種を飼育していることである。 現在8頭が
飼われ、 生乳は牛乳とアイスクリームそしてヨーグルトに加工されている。 アイ
スクリームの販売についてはこの村だけではなく、 福島県のあるリゾート地から
生産委託を受け出向もしている。 
 

3 インテグレーション
  和牛は 「胎内牛」 のブランドをつけて、 市場に出荷されている。 また、 村直営
のホテルでステーキなどに調理されて、 提供されている。 
 
  一方、 この村で肥育された豚は、 村が新発田のと場へ直接出荷し、 枝肉に加工
された後、 全量村に引き取られ、 「黒川村農畜産物加工センター」 で加工されて
いる。 
 
  この加工施設は、 1年間当たりの加工頭数が豚で350〜360頭、 62年と63年の両
年に山村地域高度活用促進モデル事業の補助金を得て建設され、 ハム、 ソーセー
ジ、 ベーコンの加工と、 味噌と味噌漬けの加工を行っている。 
 
  この加工施設の基本的な考え方は、 「本当の胎内ハム」 を作ることである。 ス
ライスはしない。 発色材や保存材を使わない。 原料にこだわるということである。 
そして、 地元の桜の木で燻煙されたスモークハムは、 「胎内ハム」 のブランドで、 
「自然の環境」 「無菌豚」 そして 「手作り」 のキャッチフレーズで販売され人気が
あるという。 

 技術はドイツ人のマイスターから指導を受けている。 工場の技術者自身もドイ
ツに技術研修に行き技術を学んできた。 
 
  一方、 豚肉加工品の販売施設として 「地域活性化センター」 が、 まず挙げられ
る。 このセンターは木造平屋建てで、 建設費は約1億円で370. 26平方メートルの
建て坪である。 この施設の目的は 「消費拡大コーナーで特産品の直売店、 直食所
 (現地で生産したものを、 現地で食することができる施設)、 山菜等資源活用の講
習、 指導、 展示」 である。 胎内豚を使った豚カツと、 ハンバーグが人気のレスト
ラン、 そしてハム、 乳製品や、 漬物などの直販品に人気があるようであった。
 
 「地域活性化センター」 に限らず、 この村の畜産加工品は、 この村自身の力で販
売されていることが注目される。 
 
  豚肉加工品は、 この 「地域活性化センター」 だけでなく、 村の直営の2つのホ
テルで直売されている。 また、 牛乳やアイスクリーム等も活性化センターと同時
に、 このホテルでも販売されている。
 
 黒川村は牛肉を除いて、 生産から販売までの、 インテグレーションを行ってい
ることになる。 牛肉についても、 ステーキなどの商品形態で、 直接消費者に提供
できる形態を出来るだけ多くするようにしている。 
 
  畜産事業は、 この村の活性化の重要な柱である。 生産から加工そして販売まで
の、 一貫したシステムが完成しているのである。 

4 村の職員による事業経営
  この村のユニークさは、 全ての事業が村の直営であるということである。 生産も  
加工も販売もサービスも、 一部の職種を除いて、 ほとんど全ての事業が村の職員に  
よって経営されているのである。    
  
  村おこしの原点であるスキー場は、 冬場の出稼ぎを無くするための手段であるか  
ら、 リフトや整備の担当は、 村民をパートタイマーとして雇用し、 指導員や事務局  
の仕事は、 全て村の職員によって行われている。    
  
  この村は2つのホテルを直営している。 ここでも、 ボイラーやシェフなどの専門  
的な職種はホテルの直接の雇員であり、 また、 ベッドメーキングなどは、 パートタ  
イマーの仕事となっている。 また、 支配人を始め、 フロントの担当者は、 女性を含  
めて全て村の職員である。 この村の事業は、 商工観光課と農林課の担当となってい
る。 商工観光課は商工係、 観光係と宣伝係からなり、 ホテル (国民宿舎)、 スキー
場、 クアハウス、 昆虫館そして射撃場の事業を担当している。 
   
  農林課は 「地域活性化センター」、 「黒川村農畜産物加工センター」、 「畜産団地」、  
「フラワーパーク」、 「淡水魚養殖場」 などの事業を統括している。 農政の企画と実  
行だけでなく、 実際の事業経営もこの課は行っているのである。 
   
  村の職員がこのような事業の担当者となることについては、 この村の行政サービ  
スの仕事に非常に役立っているという声が高い。 「お金を貰う仕事をすることによっ  
て、 サービスの仕事の厳しさと尊さを感じとれた」 という職員の感想が代表的なも  
のであろう。    
  
  ともすれば、 権威主義的になりがちな行政サービスの仕事に、 「お金を貰う」 と
いう私企業的なサービスを通じて、 まったく異なる消費者・生活者の姿に接するこ
とができるのは、 大変に貴重な経験であるといえよう。 生活者の直の声を聞けるチ
ャンスを得ることで、 血の通った行政サービスを立案し実行することが出来るので
ある。    
  
  黒川村の一般会計当初予算は平成7年度52億4,000万円である。 このうち農林水  
産業費は約18億4,000万円であり、 全体の35%を占めていて、 最大の規模である。 
   
  観光事業はほかの事業と合わせて、 特別会計によって処理されている。 平成7年  
度の特別会計当初予算は38億4,000万円である。 村の一般会計予算の規模と比較し  
て、 大規模となっている。    
  
  その中で、 ホテル、 スキー場、 クアハウスなどが含まれる観光事業が、 18億
6,500万円と飛び抜けた大きさとなっている。    
  
  興味あることは自動車運送事業の予算が、 特別会計に1億500万円計上されてい  
ることである。 実は、 この村は5台の観光バスを所有しており、 スキー場やホテ
ルを訪れる人々を運ぶという仕事も、 村起こしの事業に役立てている。 
 
  さらにユニークなものに、 水力発電所運営事業予算、 6,500万がある。 これは
胎内川を利用する発電事業である。 ホテル、 ハム加工場、 スキー場などに使われ、 
割安な電力を得ることが可能となっている。    
  
  このように、 村は最大の事業者であり、 そしてモノづくりの原点を畜産事業に
見いだしているのである。  

5 事業とイベントと畜産マーケティング
 黒川村の観光を中心とする事業は昭和38年の奥胎内キャンプ場の開発に始まり、 
平成4年から5年に実行された健康スポーツプラザの建設まで、 43の事業が実行
されてきた。
 
 その節目を形成しているのが、 「自然保護」 関係の事業である。 つまり、 昭和
47年の 「全国植樹祭」 であり、 56年の 「全国育樹祭」 である。 また、 62年には
 「全国野鳥保護の集い」 が開催されている。
 
 とくに、 47年の 「全国植樹祭」 がこの村に与えたインパクトは大きかった。 参
加者は2万人を数えた。 その事業は村の振興策の立ち上がりをサポートするのに、 
大変に役立った。 

 さらにほぼ10年後に開催された 「全国育樹祭」 は、 村の事業を見直し、 さらに
大きく発展させることとなった。 そして62年の 「全国野鳥保護の集い」 である。 
山が大部分というハンディを逆に活用して、 自然と観光開発事業を、 上手に組み
合わせている。 また、 その事業を契機にして、 村の開発計画を発展させている。 

 農林関係のプロジェクトとしては、 上に述べた全国規模のイベントの他事業と
して行われている53年の 「畜産団地」、 54年の 「グリーンハウス (直売直食所)」、 
62年、 63年の 「農産物加工施設」、 そして平成元年の 「地域活性化センター」 な
どがある。 
 
  しかし、 畜産物のマーケティングという観点からみると、 この村の事業全体が
畜産物のシステムに組み込まれているのである。 胎内グランドとパークの二つの
ホテルでは、 ジャージー牛の生乳を原料とした胎内牛乳と胎内アイスクリーム、 
そして黒豚のハム・ソーセージが人気商品となっている。 宅配便のサービスも行
われているから、 ここを訪れた人々はお土産に贈答品に気軽にそれらを購入する
ことが出来る。 また、 「胎内パークホテル」 と胎内川をはさんで向こう側に位置
する 「地域活性化センター」 は、 セルフサービス形式の外食サービス特産品の販
売を行い、 「胎内グルメランド」 という名称がつけられている。
 
 外食サービスでは胎内バークシャーと、 胎内牛の料理が手軽に食べられる。 ま
た、 胎内ブランドを付けた黒川村の特産品が販売されている。 そこでの目玉は、 
牛乳とアイスクリームであり、 また、 ハム、 ソーセージである。 ハム、 ソーセー
ジはいろいろな部位の製品を販売している。 骨つきハムなどは東京のスーパーで
はあまり見かけない、 珍しい商品だと思った。 

 また、 スポーツハウスなどの宿泊施設では、 当然地元の食品が出される。 畜産
品をメニューのメインとし、 牛乳とアイスクリームは食前食後に、 漬物は箸休め
に提供される。 

 牛乳やアイスクリームは、 クアハウスやスポーツプラザ、 フラワーセンターな
どほとんど全ての施設で販売され、 リフレッシュメントの飲物として購入されて
いる。 

 ハム、 ソーセージも同じ様なチャネルの設定が可能となる。 しかし、 現在は生
産量が販売量に追いつかず、 そのようなチャネルの活用は行われていない。 
 

6 「胎内牛を喰う会」
  「胎内牛を喰う会」 は黒川村を象徴するイベントと言えるだろう。 このイベン
トは黒川村と黒川村和牛肥育組合の共催、 そしてJA黒川村の協賛となっている。 
しかし、 村の資料による年中行事の暦には掲載されていない。 その行事暦では、 
4月の 「芝桜フェスティバル」 から、 3月の 「スキーカーニバル」 まで、 10のイ
ベントの開催予定がされている。 「胎内星まつり」 などがこの村の行うメインイ
ベントとして掲載されている。
 
 実を言うと、 この 「胎内牛を喰う会」 は、 黒川村の和牛生産にたずさわる若手
の生産者の開く会なのである。 場所はグリーンハウスのある胎内平である。 緑の
平原が広がるグリーンハウスの前に、 ちょうどテーブルのように一段上がった平
らな場所がある。 そこで胎内牛丸焼きの会を開くという主旨である。 既に6回目
を数えている。
 
 この会の会費は一人1万円である。 約280名の参加者があるという。 しかし、 送
迎バス、 椅子や机の借り上げ、 チラシ、 チケットの印刷代の他、 ビールや胎内ワ
インそしては胎内酒などの代金約100万円、 そして丸焼きする和牛の代金130万円
を計算すると赤字になるという。 雨天のための用意として、 活性化センターの手
配もしておかなければならない。 村からの補助金は一切無い。 人件費は和牛生産
組合JAの職員の無料奉仕によっている。 その意味では、 若手生産者の自主独立
のイベントである。 

 以前は150名ぐらいの参加者で、 この地域のイベントに過ぎなかったが、 最近は
メジャーな行事となり、 新潟県はもとより、 東京からもこのイベントに惹かれて
、 この村の観光旅行を計画する人もいるという。 
 
  準備は朝6時から始まる。 牛の半身を丸焼きするのは、 大変な時間がかかるの
である。 昼過ぎからは、 組合員とJA職員総出で会場の準備である。 途中、 生産
者の姿が消える。 牛に飼料をやりに行くためだという。 生産者の手作りのイベン
トであることが実感される。 

 夕方5時になると、 入場券を手にした人々が集まり始める。 
 村長の来場を待って、 この会は始まった。 人々は丸焼きをスライスした肉が来
るまで、 牛のたんや刺身を楽しんでいる。 来場者は村の有力者はもちろんのこと、 
県や国などの行政の人々が村の人々に混じって、 懇談しながら胎内牛と地場の酒
を楽しんでいる。 

  「胎内牛を喰う会」 は生産者がリーダーシップを握り、 イベントを開催したと
いうことで、 畜産を中心とするモノづくりと観光を2つの柱とする、 黒川村の村
づくりの原点を示しているということが出来るだろう。 
 

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