★ 専門調査員レポート


土地利用型畜産経営の現状と発展・継承方策をめぐって

 

(財) 農政調査会理事

駒沢大学経済学部教授
                                                                      石 井 啓 雄



  草食大家畜を飼養する畜産は本来土地利用型であるはずだが、 日本では歴史的
経緯もあってなかなかそうなり切らずに今日に至った。 現在ではまた 「ウルグア
イ・ラウンド農業合意」 による市場開放と異常なまでの 「円高」 の進行があって
、 畜産物の市場・価格問題に加えて粗飼料の輸入が急増する状況もあり、 土地利
用型畜産経営が直面している課題は多く、 また重い。 

 こうしたなかで、 (財) 農政調査会は、 平成6年度から日本中央競馬会特別振
興資金による (財) 全国競馬・畜産振興会の助成をえて、 「土地利用型畜産経営
の発展・継承に関する調査研究」 を実施した。 

 この調査研究では、 関谷俊作農政調査会会長を座長とする学識者からなる研究
会を組織し、 実態調査を実施するとともに研究討議を行い、 中間総括を含む報告
書をとりまとめた。 本稿では、 本誌編集担当者の依頼をうけて、 4地区の実態調
査の結果を中心に平成6年度におけるこの調査研究の結果をごく簡単に紹介する。 
ただし、 記述内容の責任は専ら筆者にあることを予めお断わりしておきたい。 

1 [酪農]  北海道・宗谷地方豊富町の事例
 北海道道北の酪農地帯はこれまでの調査事例も少ないということから宗谷地方
の豊富町をひとつの対象地域とした。 調査・報告は増井和夫氏 (元全国農業会議
所調査部長) に担当願った。 
 
  北海道では、 水田地帯、 畑作地帯、 酪農地帯のいずれを問わず、 1) 開発・造
成による農用地面積の拡大の一方で離農による農家の減少がすすみ、 したがって
農家の農用地面積規模の拡大がすすんできたこと。 2) 専兼業別構成では高い専
業農家率が維持されてきたこと。 3) 養畜についていえば、 飼養農家の減少にも
かかわらず飼養頭数の増加がすすみ、 したがって飼養農家では多頭化が大きく進
展したこと。 この三つが1960年代以降の構造変化の上での大きな特徴であって、
それゆえに北海道は 「構造政策の優等生」 とみられてきたのであったが、 これら
の点で豊富町も例外ではない。 

 それらの点を昭和51年を基準として一括して示すと第1表のとおりで、 豊富町
の今日の平均的な酪農家像は、 50haの農地で75頭あまりの乳牛を飼っているとい
う姿だといえよう。 農業粗生産額に占める耕種作物の割合は1%強 (H5年、 表
出略) にすぎず、 肉牛を従、 酪農を主とする畜産が豊富町農業のかたちであり、 
1頭当たり搾乳量の昭和51年3,870kgから平成5年5,823kgへという増加によって
、 飼養頭数の増加を上回る割合での生産生乳量の増加があり、 農業所得も年によ
って変動幅が大きいものの、 1戸当たり年額でおおむね600〜800万円を実現して
いる。 ただ所得率が傾向的に低下しているのは気になるところである。
第1表 北海道豊富町の農業構造変動
農家数と農地面積 酪農(乳牛) 肉用牛


総農業数 兼業農家数 農地面積
(ha)
1戸当たり農地面積(ha) 飼養戸数 総頭数 1戸当たり頭数 生乳生産量(t) 1戸当たり生産量(t) 飼養戸数 総頭数 1戸当たり頭数
S51年
H 5年
357
271
280
223
9,641
13,500
27.5
50.2
332
250
11,940
19,100
35.9
76.4
28,159
67,548
84.8
270.2
88
50
597
2,210
6.7
44.2
変比率(%)
(H5/S51)
△24.1 △20.4 40.0 82.5 △24.7 60.0 112.8 139.9 218.6 △43.2 270.2 559.7
(注)増井氏報告書によるが原資料は豊富町農業委員会資料。
 
 ここの農地の特徴は99%以上が牧草地であることであって、 これまで離農農家
によって供給されてきた農地はほとんどが自作地売買形態で、 しかも農用地利用
増進法 (1) 制定以後は大部分が農用地利用増進計画にのるかたちで、 残る農家
の規模拡大に充てられてきたのであった。 自作地売買形態での農地移動率は年率
1.3%程度。 地価は10アール当たり50,000円からここ2〜3年40,000円程度へと
弱含み状況である。 このような農地をめぐる状況は、 北海道の農村部においては
ごく普通ではあるが、 とはいえ土地利用型畜産経営の、 今後における強力な展開
にとって十分かどうかは議論に値する問題であろうと筆者は考える。 実態調査に
あたっては、 北海道農業開発公社によるリース農場への新規就農者3名を含めて
、 14戸を対象に面接調査を実施したが、 リース農場の積極的な意義が確認された
とともに、 牧草畑利用型酪農経営の今日の情勢に対するいくつかの対応のしかた
の違いや、 これら酪農経営の今後の発展・継承をめぐるいくつかの課題も明らか
になった。 

 牛の飼いかたとしては当然ながら放牧の比重が高いが、 浜頓別町の池田牧場に
みる 「集約放牧」 のような飼い方は、 豊富町ではまだ萌芽的である。 しかし、 高
泌乳、 高乳脂率、 高産出を追求して濃厚飼料を多給し、 粗飼料も輸入乾草に依存
するというかたちがひとつの流れであって、 このような形態では牧草地に余裕が
生じて、 牧草を道央地域の酪農家に販売しているケースもある。 

 ただ他方に、 規模拡大や高収入・高産出の追求を疑問とし、 労働の面などでゆ
とりある経営を心がけて、 粗収益は少ないながらも相対的に高い所得率を維持す
ることでそれなりの所得を確保している農家もあり、 経営展開の形態では二つの
方向への分化の傾向もうかがわれる。 

 機械、 施設の共同所有、 共同利用、 コントラクターやヘルパーの利用、 育成部
門の外部化など、 さまざまな経営努力がみられ、 農協や行政の支援も行なわれて
いる。 

 農業後継者の不在、 結婚難などの問題が発生してはいるが、 農業者年金制度に
よる経営移譲 (2) は有効に作動しており、 相続に伴うトラブルが発生している
例もいまのところはない。 

 地域全体としての酪農経営の発展・継承の展望についていえば、 課題はいろい
ろあるが、 土地問題に限っていえば、 公社リース牧場の活用とあわせて、 地域内
の土地をさらに有効につかって自給飼料の生産を高め、 それを地域内で生産的に
消費していくための土地利用集積とそのための権利調整方策のいっそうの具体化
と強化が当面最大の課題であろう。 
 

2 [酪農] 栃木県黒磯市の事例
  栃木県那須山北麓のこの地域は都府県有数の酪農地帯であるが、 酪農の歴史は
戦後の開拓地に始まる。 調査および報告書の執筆は小林信一氏 (日大助教授) と
協力者として篠原久氏 (東北大学助手) にお願いした。 

 同市の農業粗生産額の約45%は酪農生産物であり米の約30%を上回る。 酪農家
の割合は22%であるものの専業農家の多くは酪農家であり、 かつ青木、 戸田など
戦後開拓地に集中している傾向がある。 そして、 ここでも乳牛飼養戸数の減、 頭
数の増、 したがって飼養農家の多頭化傾向がすすんできた (第2表参照)。 

第2表 黒磯市の農家と乳牛飼養の変化
  総農家数 非業農家数 乳牛飼養農家数 乳牛飼養頭数 1戸当たり飼養頭数
S45年 2,634 765 1,341 6,711 5.1
S55年 2,367 368 676 10,283 15.2
H2年 2,151 312 478 15,669 32.8
(注)小林、篠原両氏の報告書によるが原資料は農業センサス。


 黒磯市には二つの酪農協への加入を中心にいくつかの酪農協の組合員がいるが
、 実態面接調査は那須山麓酪連傘下の開拓・酪農専業地域的な青木地区から13戸
、 水田との複合経営が多い東那須野地区と鍋掛地区から8戸、 計21戸を選んで実
施した。 

 以下記述は農地問題と経営の今後の問題に限る。 調査農家の平均経営耕地面積
は青木地区が6.3ha、 東那須野・鍋掛地区が9.3ha、 ただし後者には平均4.1haの
水田があるので飼料作の面積は前者が6.2ha、 後者が4.9haであった。 ただ当然
ながら飼養規模は前者の方が大きいので、 搾乳牛1頭当たり換算では約10アール
で大差はない。 

 このように飼料作は必ずしも十分とはいえないなかで農地賃貸借の状況をみる
と、 青木地区では13戸中8戸、 東那須野・鍋掛では8戸全戸に借入地があり、 全
体の経営耕地に占める借入小作地の割合は前者で19%、 後者で22%とまずまずで
はあったが、 ほとんどが法的には正式ではないヤミ小作地で小作料は稲作水田で
10アール当たり40,000円、 飼料作の畑で10,000円程度であった。 また稲作転作
の状況をみると水田面積10アール当たり3,000円を拠出する 「互助制度」 が実施
されている状況の下で、 集団転作が十分に行なわれていることはなかった。 耕地
分散、 湿田、 大型飼料作用機械の導入困難などが、 転作を含めて農地の貸借が必
ずしも十分に展開しない理由としてあげられており、 また貸手はいるが借手が少
ないということも指摘されているが、 過去この地の酪農についていわれてきた草
地型酪農のイメージはともあれ、 農業経営基盤強化促進法 (3) を活用して、 飼
料作のため農地賃貸借を進めうる余地はなおかなり大きいのではないかと思われ
た。 
 
 次に後継者の問題を中心に経営継承の問題についてみると、 調査農家では現在
の経営主の年令が比較的に若くて今後のことについては予見しにくい状況であっ
たが、 現に農業従事の後継者がいるのは3戸だけであった。 ただ過去から現在ま
での状況をみると農業者年金の経営移譲年金が有効に活用されていて、 農地につ
いての権利関係では後継者 (現経営主) への使用貸借による権利の設定を軸にス
ムーズに経営移譲が行なわれてきたことが確認された。 相続に関しては遺留分の
分割請求があったケースが一例あったほかは特に大きな問題となった例はなかっ
たが、 他出相続人の住宅地の手当てを考えている事例はあった。 また今後につい
ては第3者への経営移譲を視野に入れている農家もあった。 

3 [肉用牛・黒毛和種] 宮崎県北諸県郡高城町
  宮崎県都城近傍の高城町は農地の面では田畑が相半ばする地域で、 したがって
耕種農業でも米に加えて多品目の野菜などがあるが、 農業生産額の85%は畜産で、 
その中心は肉用牛の繁殖と肥育である。 1戸当たり耕地面積は90アールと小さい
ものの、 1990年において専業農家率がまだ30%あり、 なお農業が強力な地域であ
る。 調査と報告書の執筆は鶴見昇三氏 ((財)日本食肉流通センター参与)に担当
願ったが、 面接実態調査は、 「高城町肉用牛21世紀クラブ」 の組合員20戸中19戸
 (繁殖のみの経営9戸、 一部一貫経営5戸、 全部一貫経営4戸、 肥育のみの経営
1戸) を対象としてなされた。 

 高城町の農業の構成とその推移の概要をみると第3表のとおりであるが、 ここ
でも農家の減少によって (農地の減少にもかかわらず) 微弱ながら1戸当たり耕
地面積は拡大している。 肉用牛の飼養頭数は年による変動はあれ横ばいのようで
ある。 ただ飼養戸数は減少してきたので多頭化傾向は明確である (平成6年の飼
養農家1戸当たり飼養頭数は6.5頭)。 農地問題の現状についてみると農地転用
はさして多くなく、 状況は基本的に農村的であって耕作目的の自作地売買の地価
水準も、 転用地価の影響は小さく、 10アール当たり10万円〜200万円である。 耕
作目的の所有権移転 (自作地と小作地の別、 有償と無償の別はいずれも不明) は
、 なお農地法第3条の許可 (4) にかかるものの方が多いが、 農用地利用増進法
 (農業経営基盤強化促進法) によるものとあわせても1年に20haを上回る年はあ
まりない。 それでも都府県の平均レベルと比べればかなり高い移動率であるが、 
しかし高城町で最も特徴的なことは賃貸借形態での農地の流動性が相当に高いこ
とである。 平成5年来現在で利用増進法による利用権設定の現存面積だけで153
ha (総耕地面積に対して10%弱) あり、 また、 耕耘過程の作業受委託がさしたる
展開をみせていないなかで、 農業センサスでは畑を中心に、 平成2年ですでに177
haの小作地が確認されていたのであった。 


第3表 宮崎県高城町の農業と肉用飼養
  農家数 耕地面積(ha) 肉用牛
  総数 うち専業農家 樹用地 1戸当たり耕地面積 飼養戸数 飼養頭数 生産頭数
S55年 2,299 570 976 879 21 1,877 0.86 1,058 4,548 3,427
H2年 1,804 548 858 751 9 1,618 0.90 826 4,493 3,604
H6年 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ 681 4,444 ・・・
(注)鶴見氏報告書によるが原資料は農業センサスと高城町畜産課提供資料。


 問題をさらに面接調査を行った農家についてより深くみていくと、 過去には購
入による農地拡大が19戸中13戸で図られていたところ、 最近では借入による拡大
がふえ、 さらにその傾向が強まる状況にあることが確認された。 小作料はタダか
ら10アール当たり24,000円まで、 非常にバラツキが大きかったが、 同時に少くと
も調査対象農家に関するかぎり、 正式の利用権設定によるものは28%にすぎず、 
大部分がヤミ小作であった。 水田転作、 飼料作における共同作業および作業委託
などの問題もかかわると思われ、 ことはそう単純ではないが、 面接調査対象農家、 
換言すれば 「肉用牛21世紀クラブ」 に結集している 「担い手」 農家たちは、 正式
の利用権設定による賃貸借関係の安定を望んでいたのであって、 ここに農地行政
上のひとつの課題が明らかになったといえる。 
 
 次に経営の継承問題についてみると、 調査対象農家の経営主が比較的に若いこ
ともあるが、 父などの農業者年金制度による経営移譲年金受給開始時に実質的に
も経営を継承した者が19戸中に15名もいた。 父親がまだ受給開始年令に達してい
ない者もいることを考慮すれば、 ここでは経営移譲年金の制度が、 経営を一体と
した後継者へのスムーズな継承と経営主の早期若返えりに十分有効に働いている。 
そのさいの農地の権利移動の法形態は必ずしも判然としないが、 税制の特例をう
けるかたちでの生前一括贈与 (自作地無償所有権移転)だったことが数戸で確か
められており、 それとは別の農業後継者への生前贈与事例もあった。 相続でもめ
ごとがあったような例もなかった。 ただ以上の問題は農地に関することであって、 
建物、 施設、 機械、 繁殖牛などの農地以外の生産手段になると贈与税の発生など
の問題が生じうるので、 スムーズな経営継承のためには長期・計画的な対応が必
要なことも確認され、 農業委員会、 市町村、 農協などの指導が重要なことも明ら
かになった。 
 
4 [肉用牛・日本短角種] 岩手県下閉伊郡岩泉町の事例
 日本有数の山林地帯で入会林野も多い岩手県の北上山系地域では、 酪農と並ん
で南部牛の伝統を継承する日本短角種牛の飼養が行なわれてきたが、 これまでは
この日本短角種が放牧に適した牛であることが強調されてきた一方で、 現在では
肉質の市場評価が低いことから 「輸入自由化」 とともに危機的な認識も強まって
いる。 そこで、 山地の土地利用型畜産の一典型たる日本短角種牛経営の調査とそ
れに関する報告書の執筆を水間豊氏 (東北大学名誉教授) にお願いした。 なおこ
の現地調査には筆者 (石井) なども参加した。 

 岩手県岩泉町の総地積は989km2で町村としては本州随一の大きさであるが、 そ
の93%が林野、 しかも明治初期の官民有区分時に33%の土地が国有林に編入され
ており、 これに加えて町有林、 財産区有林、 大小の私有林が錯綜していて、 さら
にこのなかに多くの入会がある。 この入会林野では林業が行われてきた一方で牛
の放牧が行われてきたのであるが、 まず農業の概況をみておくと、 第4表のとお
りである。 

第4表 岩手県岩泉町における農家と養牛の推移
  農家数 肉用牛飼養 乳用牛飼養
  総数 うち兼業農家 飼養戸数 飼養頭数 1戸当たり飼養頭数 飼養戸数 飼養頭数 1戸当たり飼養頭数
S60年 1,857 267 302 2,904 9.6 523 3,466 7.0
H2年 1,739 269 266 3,165 11.9 415 3,495 8.4
(注)@水間氏報告書によるが原資料は農業センサス。
   A肉用牛には若干の黒毛和種などを含むがほとんどが日本短角種である。


 これは昭和60年と5年後の平成2年における岩泉町の農家とその養牛の変化を
みたものであるが、 耕地についていえば平成2年の総面積は1, 642haで1戸当た
りでは0. 93haにすぎず、 うち田は394ha (24%) でしかない。 このような規模
の零細性に加えてヤマセの常襲地帯であって耕種農業の生産力は低く(米の収量
10アール当たり4−6俵程度)、 近年さまざまな商品作物の生産が取り組まれて
はいるものの、 畜産(粗生産額の3/4) 以外に、 これといった産地化された作物
はまだない。 既墾地の土地改良の実績にもみるべきものはなく、 飯米などの自給
と若干の商品生産を別として、 牛と林業の2本が山村経済の主な柱である (日本
短角種のほか黒毛和種と乳牛の飼養もあるが中心となっている地区は異なってい
るので調査は日本短角種飼養の地区と農家のみを対象として実施した。)。 農家戸
数と肉用牛飼養戸数の減少、 そして飼養頭数の増加、 したがって1戸当たり飼養
頭数の増加といった傾向は岩泉町でも進んできたのであるが、 ここではこうした
傾向が比較的に緩やかであった。 しかも最近の状況として、 第4表に掲げた時期
の以後に日本短角種の飼養戸数と頭数の急減傾向が認められたのである。 

 入会林野を中心とした草地の放牧利用においては、 昭和30年代半ば以降、 団体
営、 公社営など各種事業によって588haの草地改良が行なわれ、 現在の放牧はこ
の草地を中心になされるようになっているが、 この改良草地の53%が国有林野の
入会地である。 
 
 農家面接調査は、 草地の所有・利用形態にも相違があり、 また繁殖・肥育一貫
飼養が始まっていることにも着目して釜津田、 大川、 安家の3集落から23戸を選
んで実施したが、 そのなかで深刻な事実がいくつか明らかとなった。 その第一は
、 子牛価格の顕著な下落 (昭和62年の1頭29万円が平成2年には8万円にまで下
った。) で、 これと農民の高令化が、 平成2年以降における日本短角種の飼養戸
数と頭数の急減の基本的な原因であった。 第二は、 このため牧野の維持がむずか
しくなり、 また改良費償還の負担感が強まっているのであった。 肉牛生産組合=
牧野組合ごとに、 草地造成費の償還、 草地の維持費および監視人の労賃などから
なる放牧料の計算方法と額は異なるのであるが、 飼養農家、 放牧頭数の減少は今
後放牧料の値上げをやむをえないものとするはずであり、 その可能性を見越して
飼養をやめる農家もあって、 そこに悪循環がうまれつつある状況であった。 さら
に自然草地だった時は入会地なるがゆえに当然に無料だった国有林内の放牧に対
して、 国が借地料を課していることに対する不満の声もあった。 

 岩泉町の将来は、 牛と林業からなる林野の有効利用と、 そして野菜などの生産
拡大の三つをあわせる以外に展望はありえないが、 そのためにはまず地元で稲作
、 飼料作などの生産性を高める方向で、 農地利用の低位性を克服するための利用
権設定に積極的に取り組むことと、 牛肉を含む農産物の販売活動をいっそう強化
することが必要であると思えた。 と同時に、 なによりも肉用子牛の不足払制度の
維持はもちろん、 たとえば広大な国土を荒廃させることなく維持するための労働
に一定の所得を補償するような、 包括的な山間地域維持のための支援政策がいよ
いよ必要となっているのではないかとも思えたのであった。 

  
 
5 むすび ―― 若干の考察
 今回、 初年度の調査研究における実態調査では、 本来の課題である土地の権利
問題や相続を含む経営継承の問題ではなお弱点を残したが、 それでも今後なお明
らかにすべき問題点と政策的課題のいくつかは明らかになったと思える。 
 
 草食性の家畜 ― 日本の現実に即していえば特に乳牛と肉牛 ― を飼う畜産は
本来的に土地利用型であるし、 あるべきであるが、 日本の実際はこれまで必ずし
もそうではなかった。 そのことの理由についてるる検討する余裕はここではない
が、 現在でも、 一方ではコスト低減や環境保全の観点から家畜の土地との結びつ
きを強めるべきことが強調されながら、 他方では粗飼料までがますます安価に輸
入されるようになっているというように、 相矛盾した動きが拮抗しあっている。 
 
 こうしたなかで土地利用型畜産の発展を展望するとすれば、 さしあたり三つの
類型を念頭におくべきであろう。 この調査研究の中間総括で関谷座長が (1) 資
源利用型、 (2) 新規開発型、 (3) 既耕地利用型の三つを指摘しているのが、 それ
である。 今回の4つの調査地区を分類すれば、 岩手県岩泉町 (日本短角種) は(1)
、 宮崎県高城町 (黒毛和種) は (3)、 北海道豊富町と栃木県黒磯市 (いずれも酪
農) は当初は (2) であったろうが、 年月を経て現在では事実上 (3) に近いかほ
とんど (3) であるといえるだろう。 今後についていえば新たな開発の余地は少
ないだろうし、 (1) の型が地域によってはきわめて重要でありつつ、 一般的には
(3) の型の展開が多数であるといえるだろう。 
 
 そういう前提で調査結果をみてみると頭数規模の拡大に併進するかたちで土地
拡大が進んではこなかったことが、 岩泉町で既墾地が有効につかわれていないこ
とを含めて明らかである。 そしてそれにもかかわらず、 同時に転作田が飼料作に
有効につかわれていないとか、 つかわれていても権利関係の安定しないヤミ小作
にとどまっているとか、 小作料が適正に形成されているとはいいにくいとか、 耕
作放棄地が発生しているとか ― いろいろな問題があることも確認された。 

 これには地域の農地を、 田も畑も、 また稲作にかぎらず飼料作も含めて、 すべ
て農業的に有効に活用しようという合意が、 それぞれの地域で十分に形成されて
いるとはいえないという問題があるのに加えて、 これまで農地行政のサイドも、 
飼料作のための標準小作料の設定を含めて畜産的土地利用までも十分に視野に入
れて農地管理を行うという問題意識が弱かったこと、 そしてそのための手法の研
究も少なかったことが関係していよう。 林野の畜産的利用についても同様である
が、 また畜産サイドについていえば、 率直にいって土地の飼料作利用という技術
問題にとどまるのではなく、 農地の権利問題にまで立入らないと土地利用型畜産
経営の基礎は安定しないはずだということの理解が、 少なくともこれまでは弱か
ったのではないだろうか。 いずれにしてもこの辺に共同の努力によって今後に解
決すべき課題があるのはたしかであろう。 
 
 次に経営の継承問題に関連していえば、 農業者年金の経営移譲年金の制度と農
地の生前一括贈与に関する特例制度がきわめて有効であることが確認された一方
で、 農地以外の経営資産の継承をめぐっては、 その評価のあり方の問題を含めて
今後に研究すべき課題が多いことが改めて明らかになった。 後継者の農業労働を
正当に評価 (フランスにはこれに相当する賃金延払い契約の制度がある。) する
制度の創出を検討することも、 今後の課題であろうし、 牧草地の造成・改良のあ
りかたとその費用負担、 そしてそれと地代の関係についても検討すべき課題は大
きいといえる。 

 最後に、 この調査研究は、 幸い (財) 全国競馬・畜産振興会の助成によって、 
平成7年度においても継続実施されているので、 6年度の成果の上に、 より有意
義な結果をえられるよう努力したいと思っている。

(1)  「農用地利用増進法」 
 
 昭和50年の改正 「農業振興地域の整備に関する法律」 (通称農振法) 中に設け
られた農用地利用増進事業を独立させるかたちで、 昭和55年に制定された農地法
の特別法。 市町村がたてる計画のかたちで農地の貸し借りなどができる制度。 賃
借権の設定 (農地法3条) にも、 賃貸借の終了 (農地法20条) にも農地法の許
可が不要になり、 賃貸借形態での農地流動化に役立った。 
 
(2)  「経営移譲年金」 
 
 農業者年金のふたつの柱のうちのひとつ。 60才で後継者または第3者に農地の
権利を全部的に譲るとこの年金を受給できる。 

(3)  「経営基盤強化促進法」
  
 平成5年に 「新政策」 の具体化として農用地利用増進法の題名をかえて制定さ
れた。 認定農業者の制度などがこの法律によって新設されたが、 利用増進法が規
定していた利用権設定等の制度もこの新法中に継承された。
 
(4)  「農地法第3条の許可」 
 
 寄生地主制をなくし、 耕すものに土地の権利をもたせる趣旨で戦後行なわれた
農地改革の成果を維持・継承するために制定されたのが農地法である。 このため
農地法は農地の売買、 貸借、 転用などを許可制としている。 第3条はこのうち耕
作目的の農地の権利移動を対象としており、 許可権者は、 農業委員会か、 都道府
県知事 (どちらになるかは事案の性質による。) である。 
 

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