◎巻頭言


日本経済の動向と農業

株式会社 農林中金総合研究所 専 務 小 楠  湊 (おぐす みなと)






新たな発展への模索続くマクロ経済

 今年こそはと期待された、 いわゆるバブル後遺症からの脱出と新たな発展サイ
クルへの移行は、 どうやら実現しそうもない状況にある。 多岐に亘る理由がある
が、 大観すれば、 日本経済を取り巻く世界的環境が特に90年代に大きく変わって、 
わが国経済もそうした変化に対応した構造へと改革を余儀なくされているためと
考えられる。 

 すなわち、 日本経済は、 ワンセット主義などとも言われてきたように、 主要企
業グループが数多くの業種を傘下に収め、 さらにその下に中小・零細な協力・系
列・下請企業群を擁するピラミッド型の二重構造を形成してきた。 そして、 その
すぐれた生産力と生産性により、 安価な原材料輸入と反面での生産物輸出努力に
よって、 経済を発展させてきたのである。 

 そうした構造は、 わが国国際収支の恒常的な黒字増大に伴う円高によって、 今
急速に変化しつつある。 この変化は、 ここ数年本格的に進み出したもので、 何も
96年の特徴というわけではないが、 政治的には東西対立解消後のまさに地球規模
での経済再編の流れや、 語弊はあるが大国アメリカの戦略にも支えられて、 わが
国主要産業と主要企業が本格的に多国籍化路線を選ぶ誘因となってきた。 そのこ
とは、 たとえば、 不況回復期には従来は最終需要に近い中小企業や個人消費が先
行して動意を示したのに対し、 ここ1〜2年の円高修正の動きもあってすでに2
桁増益を達成した大企業とは対照的に、 それら部門の回復の動きはなお不確かと
いうような形で現れている。 むろん、 そのほか不動産関連業界やこれと係わりを
持った金融機関など、 なおバブル後遺症を免れ得ない分野があることも忘れるこ
とはできないが、 前記地球レベルでの大きな構造変化の中で、 わが国経済も全体
として根本的な構造転換を求められ、 新たな姿を模索するリストラクチャーの過
程にあると考えられる。 96年経済も、 まさにその過程の一部分をなすと言えよう。 

WTO体制下の農業

 話を農業に転ずれば、 農業もまた以上に述べたような大きな構造変化の下に置
かれていることは、 言うまでもない。 むしろ、 それを象徴するものがWTO体制で
あることを考えれば、 農業にとっての構造変化の要請には、 一般経済に対するも
の以上に厳しいものがあると言えるかも知れない。 

 さしずめ96年の動きを振り返ってみれば、 WTO体制移行後、 まず畜産物に現れ
た輸入増大と畜産物価格への圧迫は、 96年にも基本的に続き、 また、 自由化後も
国内産が主体とみられていた生鮮野菜にまで輸入は急速に拡大しつつある。 さら
に、 WTO体制に見合う新農政下、 政策面では新食糧法が成立して食糧管理コスト
の民間負担化の方向が打ち出され、 96年はその適用初年度であった。 加えて米に
ついては、 豊作が重なって過剰在庫に苦しむ中で、 ウルグアイラウンド結着時の
約束である、 いわゆるミニマムアクセス分の外国米輸入が、 開始された。 このWT
O体制については、 過日の世界食料サミットでわが国から農産物貿易についての
貴重な疑念提起があったことも留意しておきたいが、 だからといってわが国の主
張が大勢を占めることを安易に期待することは残念ながらまだ無理であろう。 

農業の取り組むべき課題

 日本経済の構造変化なりWTO体制に象徴される世界経済動向の背景にある思潮
は、 市場原理、 自由競争の理念であり併せて、 各国財政状態が多かれ少なかれ行
き詰まってきた現実をも反映していると見られる。 こうした大勢はいわば時代的
変化であって、 農業を含めた全経済領域について対応が求められていると考えざ
るを得ない。 効率化や合理化は、 農業にとってもつねに心掛けるべきテーマの一
つでもあり、 このこと自体は否認し難いところになってきているのではないか。 

 しかし、 事にはその反面がある。 紙面が尽きそうなので限られた論点にしか言
及できないが、 そこでわれわれが重視していかなければならないのは質の問題で
はないだろうか。 量的に考えれば、 広大な経営面積を持つアメリカの穀類生産や
途上国の賃金水準との競争は不可能である。 しかし、 農産物や食料品についての
大勢は、 次第に質を重視するようになっている。 生産者側でなければ生産物の質
の改善はできない。 それは迂遠のようだが、 そして農産物の質の差別化は簡単な
ことではないが、 生産サイドへの信頼を得る重要な方向たり得よう。 加えて、 自
然条件に左右されざるを得ない農業に機械的に市場原理を当てはめる結果は、 長
期的にわが国の生活の質 (真の豊かさ) を損なう公算が大きいことを、 理解の得
易い形で発信していくことも、 農業の課題であろう。

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