◎巻頭言


変化する流通・消費に農業、 畜産はいかに対応するか

セゾンコーポレーション常勤顧問 前ファミリーマート副会長 鷲 野  宏







激しく変化する流通と消費



 昨今の流通業界は激しく変化している。 それを象徴する出来事が価格低落現象、 

いわゆる価格破壊である。 



 小売店頭における実売価格は、 全体でも、 また食料品トータルでも、 93、 94年

の2カ年で1割程度低下した。 これは、 スーパー、 コンビニ、 生協等各業態を通

じた共通の現象である。 その後はさすがにかなり落ち着いて来ているが、 それで

も95年は数パーセントの低下と見られる (本年5月に公表された 「西友物価指数」 

によれば、 95年度下期は、 前年同期に比べて、 全体で4.0%の低下、 食料品で3.8

%の低下である)。 



 総務庁消費者物価指数 (CPI) では、 同じ商品を追いかける、 そして極端な安

値は調査対象から外すという手法をとる。 長期のトレンドを重視する官庁統計と

しては止むを得ないが、 どうしても現に進行する価格破壊の実情をまざまざと映

し出せない憾みがある。 



 小売店頭の商品はライフサイクルが短く、 目まぐるしく入れ替わる。 コンビニ

の場合、 標準3,000アイテムのうち、 約2,000アイテムが1年間に入れ替わってし

まう程である。 そこで、 小売店頭の実売価格を調べるには、 同種の商品グループ

ごとに、 一定期間の総販売金額を総販売個数 (生鮮品については総販売量) で除

することによって、 それぞれの単価の動きをほぼ正確に把握できる。 トータルは

それらの加重平均によって得られる。 



 そうした調査の結果が上記の数字である。 2カ年で1割、 3カ年で10数パーセ

ントの価格低下ということは、 例えば売上1兆円の小売企業の場合、 そのままで

は、 1,000億円を超える売上低下を招く、 そして利益は数10億円単位で落ち込む

ことになる。 価格破壊が進む中、 各流通企業は否応なしに、 徹底したローコスト

経営と生き残りのための競争に向かう。 



世界が変わる



 それでは、 価格破壊の原因は何か。 確かに、 (1)内外価格差、 (2)流通業界の激

しい競争、 (3)長びく不況、 (4)牛肉自由化などの規制緩和という国内要因がある。 

然し、 それ以上に国際的な要因が大きく働いている。 



 1990年頃を境に、 戦後世界の政治、 経済の枠組みが大きく変化した。 東西を隔

てた壁がなくなるとともに、 東側の安い労働力と安い商品が西側に流れこんでき

た。 西側諸国にはデフレ圧力、 そして東側諸国にはインフレ圧力が強まった。 そ

れだけでなく、 東南アジア、 中国、 中南米等の技術力が向上し、 先進諸国とさし

て変わらぬ良質の商品が生産されるようになっている。 そして、 貿易と投資と情

報化を通じた世界経済の一体化が進んでいる。 当然、 世界各国の物価は貿易財を

中心に国際価格に収れんされて行く。 今、 流通業界で起こっている価格破壊はこ

のようなグローバル・プライシング現象の一環である。 



農業・畜産はいかに対応するか



 流通業界では、 価格破壊のほかに、 競争激化、 国際化・グローバル化、 情報化

が進んでいる。 これら4つの現象は相互に原因となり、 結果となるというように、 

関連し合っている。 そしてこれらが進む結果、 日本の流通は明らかに消費者主導

型へと移りつつある。 価格決定権については、 川上と川下の何れが主導するかを

競う段階を過ぎて、 消費者が主導するようになっている。 これまでがコスト積上

げ価格の時代であったとすれば、 今日は顧客満足価格の時代である。 



 では、 日本の農業・畜産はいかに対応すべきか。 ここでは、 至極当たり前のこ

とを3点申し上げたい。 



 (1) 消費者の意識・ニーズに敏感になること。 



 消費者ニーズへの対応を怠ったビジネスはどの産業分野にあっても競争に耐え

られない。 幸い、 日本農業の強さは、 1億2,000万人という巨大で均質で高水準

のマーケットの真っただ中、 消費者に一番近いところでビジネスができる点であ

る。 土地の狭さと人件費の高さという、 日本農業の弱点と考えられていることの

まさに裏側に、 実は一番の強さがある。 



 (2) 良質・安全性を売り込むこと。 



 消費者は、 同じ価格ならまず間違いなく国産農産物を選択するであろう。 従っ

て、 低コスト化への努力は当然である。 然し、 今日の消費者は価格志向とあわせ

て価値志向を強めている。 良質、 美味あるいは安全性という価値を認めるならば、 

更に高い代金の支払いを惜しまない。 



 (3) 差別化に取り組むこと。 



 個性化、 多様化の時代である。 単なるネーミングや包装の工夫に止まらない、 

本当に価値のある差別化の努力、 個性と地方色の追求に取り組んで欲しい。 



足元の農業を見つめ直すチャンス



 戦後一貫して続いて来た右肩上がり経済は終わり、 日本経済は成熟化の段階に

入った。 バブルの時までは、 都市も農村も浮ついていた。 昨今は、 資産デフレ、 

産業の空洞化、 企業のリストラ等、 数年前とは様変わりである。 それだけに、 足

元の日本農業あるいは個々の農業経営を落ち着いて見つめ直すチャンスである。 



 そして、 長期的にみると、 世界の食糧需給構造は変化しつつある。 アジアを中

心に人口が増加し、 1人当たり肉類消費量が増加する一方、 反収の増加は先進国

を中心にかげりを見せている。 私と親しい大手外食企業の経営者は、 「現在はあ

らゆる食材が国内で揃う訳ではない。 然し、 食材は国産で賄うことを基本として

いる。 食材が海外から自由に入る時代が終わるのはそう遠くはないと思っている」 

と語っている。

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