◎調査・報告 

−平成8年度畜産物需要開発調査研究から− 地域における牛乳・乳製品の産地銘柄化調査 (概要)

酪農学園大学酪農学部 助教授 研究代表者 鈴木忠敏



調査の目的と方法


 酪農家の中には、 今後の酪農家の生産意欲刺激と牛乳消費拡大のために、 自己
のミルクプラントによる生乳処理による新鮮な牛乳を消費者に直接手渡したいと
の動きがある。 自分の生乳に自信を持つ酪農家にとって、 一度は考えてみる夢だ
ろう。 しかし、 その夢を実現させるためには、 製造許可を得る手続きから始まっ
て、 実際の商品作り、 そして販売にいたるまで、 なかなか困難な面が少なくない。 
また、消費者の食品衛生への関心の高まり等からプラントへのHACCP手法の導入等
食品衛生上の適確な対応が求められるようになっている。 

 畜産物のなかで、 牛肉、 豚肉、 鶏肉、 鶏卵やハム等の地域銘柄等については、 
色々と調査されているが、 「牛乳・乳製品」 を対象とした調査は少ない。 そこで、 
地域密着型の乳業プラント等 (酪農家、 農学系大学・短大、 農業高校、 研修施設) 
のアンケート調査と、 地域別に特徴ある優良事例を現地調査した。 

 全国アンケート調査は、 学校・研究機関等593カ所、 乳業会社・酪農家1,034カ
所を対象に実施し (平成8年6月10日〜平成9年2月末)、更に個別経営実態調査
を全国35カ所で行った (平成8年12月〜平成9年2月末)。 

 ここでは、 調査のうち乳業会社・酪農家ミルクプラントの 「牛乳・乳製品」 製
造状況について紹介する。 


乳業会社・酪農家ミルクプラントの 「牛乳・乳製品」 製造状況


● 地域内生産生乳による牛乳・乳製品の製造事例

 都道府県畜産関係課から提供された牛乳・乳製品処理業者リストを基本に郵送
アンケートを実施した。 本調査の目的に照らし調査依頼の注書きに、「市町村単位
の郡、 又は支庁域内の地元生産の生乳を原料にして製造した商品が調査対象です。 
他地域から移入した生乳を混合した銘柄商品は、 対象外ですので、 調査票の返却
は不要です。 」 とし、 1,034社に調査票を配布した。 

 その結果、165社からの回答があったが、 明らかに他府県からの移入生乳を使用
した商品と認められ、 本調査目的に合致しない票を除外した結果、 調査集計対象
数は128社、 回答率は12.4%であった。 

 地域別構成比は、 北海道が21.9%と最も多く、 次いで関東の18.0%、 東北の14.
8%、 九州・沖縄の13.3%、 中国の8.6%の順となっている (表1)。 

 回答者を生乳生産のために自家において乳牛を飼養しているかどうかの有無に
よって分類すると、 「原乳自家生産プラント」 が52社 (40.6%)、「原乳購入生産プ
ラント」 が76社 (59.4%) という結果になった。 

表1 集計対象者の地区別内訳

 注1:自家生産プラントの「その他」は、宗教法人、財団法人等である。
  2:購入生産プラントの「その他」は、公営企業、第3セクター等である。
  3:購入生産プラントの「農協乳協」は、総合農協・専門農協、乳業協同組
    合である。

● 年間生乳処理量

 牛乳・乳製品の製造に要する生乳処理量をみると、 「100t未満」 が30.5%と最
も多く、 次いで 「3,000t以上」 が21.9%、 あとは10%に満たない (表2)。 

表2 年間生乳処理量(社内使用量)
  

  「自家生産プラント」 においては、 「100t未満」 が34.6%、 「100〜199t」 が1
7.3%、 「200〜299」 が15.4%となり、 この3区分で67.3%に達している。 

 それに対して 「購入生産プラント」 では、 「100t未満」 の27.6%と「3,000t以
上」 の36.8%の2極化している。 この原因は農協資本の株式会社や農協・酪農協
の自身の所有するミルクプラント、 特にここ数年に新設された大型ミルクプラン
トの回答があった結果である。 

● 原乳自家生産プラントでの乳牛飼養頭数等

 自家において乳牛を飼養している 「自家生産プラント」 での、 乳牛飼養状況を
みると、 平均飼養頭数は91.6頭であった。 また、 品種については大宗がホルスタ
インではあるが、 個々のプラント経営の特徴を出すために、 ジャージーやブラウ
ンスイス、 ガンジーなどが飼養されている (表3)。 

表3 自家生産プラントにおける乳牛の品種と飼養状況(飼養頭数)

 注:経営形態別の欄の数字は、経営体数を示す。

 商品計画の戦略として他との差別化のため、 特にチーズ原料としてのブラウン
スイス、 独特の風味ある飲用牛乳生産のためにジャージー等が飼養されているこ
とがわかる。 

 また、 自社独自の製品を他社と差別化するために、 牛乳・乳製品の製造原料の
特徴を生かし、 特徴を明示した 「表現」 を使用し、 他との差別化をはかっている。 

 ホルスタインならば、 飼養環境 (地域・飼料・管理差等)・製品の品質 (脂肪・
無脂乳固形分等)、 消費者に一番近い、 牧場、 新鮮等の 「表示」 である。 

● 原乳購入生産プラントの原乳の特徴

 自家において乳牛を飼養していない 「原乳購入生産プラント」 は、 牛乳・乳製
品の製造のための原乳は、 指定団体経由で購入することになる。 

 その中にあって、 各社とも自社のオリジナルを出すために、 酪農家・地域、 飼
養乳牛種を指定し、 パッケージ等へ 「表示」 した商品を作り上げていることが指
摘できる。 その地域・産地の名称、 あるいは酪農家の名称までを使った商品差別
化を図っている。 

 そのうち、 農協・酪農協経営のプラントと公営事業体のプラントを除く牛乳・
乳製品処理プラント41社の中には、 特定の酪農家から原料乳の供給を受けるとの
回答がみられた (表4)。 

表4 乳牛を飼養しない牛乳・乳製品処理プラントの内訳と原料乳の供給先

 注1:兄弟親類等とは、原料乳を家族・親類等から集荷している場合。
  2:有限・株式会社で「酪農家」とは、出資額の過半を酪農家が出資してい
    る場合。
  3:株式会社で「農協系」とは、出資額の過半を農業協同組合が出資してい
    る場合。

 昭和60年代の生乳の生産調整強化による酪農経営継続の困難から兄弟・親類が
離農し、 乳業・乳製品処理への転身をした事例があった。 その結果、 経営主の兄
弟または特定の親類・地域から原料乳の供給を受けているのは41事例のうち7事
例、 企業経営にあっても、 酪農家群の資本参加によって創設された会社は5事例
がみられるなど、 何らかの関係で酪農家等との結び付きが他と比べて強い事例は
合計で12事例となる。 

 具体的には、 個人では兄弟から分離独立。 生産組合では組織の酪農家群。 個人
の有限・株式会社では出資者である兄弟・親類の酪農家。 複数資本出資の有限・
株式会社でも出資者である酪農家群、 地域エリアを逆に限定した供給先から原乳
を受けるなど、 プラント経営の特徴として、 特定の酪農家を逆指定する事例がみ
られた。 

● プラントの開始時期

 牛乳・乳製品プラントの開始時期は、 平均では 「戦後から昭和44年」 と 「昭和
60年から平成元年」 にかけての割合がそれぞれ25.0%、 次いで 「平成2年から6
年」 にかけての18.8%が高く、 特徴的なことは直近の 「平成7年以降」 のわずか
2か年間に創業したプラントが10.9%と他の期間に比べて高いことである (表5)。 

表5 牛乳・乳製品製造の開始時期(初期商品の製造開始年次)


  「自家生産プラント」 では、 戦前の搾乳業者の経営の系譜を継ぐ者を除き、 昭
和60年以降の創業割合が高まっている。 それに対して 「原乳購入生産プラント」 
では、 戦後の農協法による農協・酪農協の成立にかかってのプラントの系譜 (20
年〜30年代) が多く、 また公共事業体のプラントでは昭和55年以降の成立に特徴
がある。 

● プラント開始の動機

 牛乳・乳製品プラントの開始の動機として、 最も多いのは、「おいしい商品の提
供」 の62.3%、 次いで安全な商品の提供」 の54.7%、「新鮮な商品の提供」 52.3%
であり、 30%台に 「地域振興に役立つ」 39.8%、  「付加価値商品の販売」 36.7%、 
「酪農経営の多角化」 30.5%の順となっている (表6)。 

表6 牛乳・乳製品製造の開始の動機(複数回答)


  「自家生産プラント」 では、 「おいしい商品の提供」、「酪農経営の多角化」 の項
目において 「購入生産プラント」 よりも20ポント高く、 「安全な商品の提供」、「独
自の生産技術がいかせる」 の項目について、 10ポイント高くなっている。 

 一方、  「購入生産プラント」 では、 「地域振興に役立つ」 について「自家生産プ
ラント」 に比べ20ポイント高くなっているが、 それ以外は、 あまり 「自家生産プ
ラント」 と 「購入生産プラント」 の差は、 ないように感じられる。 

● 製造商品

 製造商品として、 最も頻度の高いのは 「飲用牛乳」 の79.7%、 次いで 「はっ酵
乳」 の40.6%、 「アイスクリーム」 の36.7%である (表7)。 

表7 牛乳・乳製品の製造商品


  「原乳自家生産プラント」 では、 「飲用牛乳」 が80.8%、 次いで「アイスクリー
ム」 の34.6%、 「はっ酵乳」 の32.7%、 であるが、 「低温殺菌牛乳」 の占める割合
も57.7%と高く、 飲用牛乳内の割合では71.4%に達している。 

  「原乳購入生産プラント」 では、 もちろん 「飲用牛乳」 の78.9%が第1位であ
るが、 次いで 「はっ酵乳」 の46.0%、 第3位に 「乳飲料」 「アイスクリーム」が同
数の38.2%である。  「低温殺菌牛乳」 の頻度は35.5%と低く 「自家生産プラント」 
に比べて20ポイントの格差があることに特徴がある。 

● 製造開始時期と製造商品

 製造開始時期別に現在の商品をながめてみると、 「戦前」から操業の場合の多く
は搾乳業者の系譜につながっており 「飲用牛乳」 「乳飲料」 の割合が高く「はっ酵
乳」 「アイスクリーム」 の取扱いは他の開始時期に比べて少ない。 

  「戦後から昭和44年」 では、「飲用牛乳」 と 「はっ酵乳」。 「昭和45〜54年」 では、 
「飲用牛乳」 「はっ酵乳」 と 「乳飲料、 バター」。 「昭和55〜59年」 では、「飲用牛乳」 
「チーズ、 アイスクリーム、 バター」の取扱いが前期に比べて一段と高まる時期で
あり、 特に 「低温殺菌牛乳」 の頻度は100%を示し、 「乳飲料」 の取扱いは無くな
っている。 

  「昭和60〜平元年」 では、  「飲用牛乳」 の割合が他の開始時期に比べて低下し
はじめたが、 飲用牛乳のなかでは 「低温殺菌牛乳」 は92.2%とまだまだ高いが、 
第2位の 「はっ酵乳」 の頻度が他の開始時期に比べて高まりと、 前期同様に 「乳
飲料」 の取扱いは無い。 特にこの時期に 「チーズ」 の頻度は前期に比べて若干減
少しているが、 この時代に 「チーズ」 を単独で取り扱う事例もみられた。 

  「平成2年〜6年」 では、 相対的にバラツキ減少が見え始め、 「飲用牛乳、はっ
酵乳、 アイスクリーム」 の3つの山が出来ている。 「平元7年以降〜」 は、 「低温
殺菌牛乳とアイスクリーム」 の方向に進んでいることに特徴がある。 

表8 牛乳・乳製品の製造開始時期と現在の取扱商品



ま と め


 酪農家が小規模なプラントを作る場合、 食品衛生法及び同法施行令により、 牛
乳・乳製品ならば 「乳処理業」、 アイスクリームなら 「アイスクリーム類製造業」、 
その他の乳製品は 「乳製品製造業」 と指定され、 それぞれ施設基準が定められ、 
これらの基準をクリアしなければならない。 

 さらに、 この施設基準は各都道府県により個々に定められており、 細部は異な
っている。 東京都の場合には全施設の共通基準として、 施設の内装の材質から更
衣室の設置、 給水施設や汚物処理施設について定め、 さらに各製造業ごとにも細
則が設けられている。 施設基準は、 相当厳しく、 細部が都道府県により異なるの
で、 予め設計段階から地元の保健所あるいは都道府県庁の衛生部などに相談しな
がら進めなければならず、 最初の困難にぶつかる。 

 設計面で許可を取ると、 製造する製品が厚生省 「乳等省令」 などの製造基準を
満たしているか、 機械施設以外に包装容器もチェックがある。 開業後も保健所な
どによる、 食品衛生に関して定期あるいは抜きうち検査があり、 衛生面や製品に
ついての的確な管理が求められる。 特に近年の消費者の食品の安全性に対する関
心の高まりから、 製造物責任法(PL法) が施行されるとともにHACCPを導入した自
主的な製造管理等製造者の品質管理に対する責任が強く求められている。 

 なぜ酪農家のミルクプラントなのだろうか。 牧場で飲む搾りたての牛乳はおい
しい。 酪農家が自信をもって搾った牛乳を、 一番おいしい状態で消費者に飲んで
もらいたい。 作った牛乳を売るには営業をしなければならない。 事務や販売の仕
事もある。 毎日の搾乳、 飼養管理、 エサづくりから解放される人はいない。 なぜ
自分たちは酪農をやるのか、 「金を儲けるなら何も酪農じゃなくたっていい」とイ
ンタビューで答える酪農家が多い。 

 しかし、 職業として酪農家を選び、 「もっとおいしい牛乳」を消費者に飲んでも
らいたい。 その原点がミルクプラントにあるように思えた。 

 どこの産地でも高付加価値化あるいは差別化が唱えられているが、 実際にでき
あがった製品に付加価値を付けるのは大変むずかしい。 差別化をどこで付けるの
か、 乳牛の品種、 パッケージや販売方法を変えるだけでは限界がある。 結局、 そ
れは《ソフト》の部分しかないのではないだろう。 

 《ハード》の部分では、 他の大きな乳業施設にはかなわない。 《ソフト》の部
分、 差別化をセールスポイントにしてはいるが、 酪農家として 「当たり前のこと」 
を当たり前にやり、 牛乳・乳製品の生産行程を消費者の方にきちんと見てもらう
ことで、 安心して買っていただけるのだと信じている酪農家がいる。 多くのミル
クプラントは、 消費者に対して牧場への直接の来訪またはメール等を通じて、 牛
乳・乳製品の生産行程そのものを理解してもらうことに主眼を置いているようで
ある。 

 また、 逆にたとえ小さい規模でも、 産地に立脚して消費者に<新鮮・安全・安
心>を前面に打ち出した、 おいしい牛乳等を提供することで、 経営的にもしっか
りと存在できる可能性はあるのではないかと考えているプラントも多いことも事
実である。 

 製品の製造と販売にかかる課題として最後にまとめると、(1)しっかりとしたポ
リシー 「なぜ自分が作りたいのか、 売りたいのか」 と明確なコンセプト 「どこの
誰に売りたいのか」 「何を製造・販売したいのか」。 (2)何を 「売り…人、場所、 原
料、 製造方法、 販売(交流) ソフト」 にするのか。 (3)製造技術 「原料乳の品質確
保、 製造技術の獲得、 商品の品質維持」……高度な技術力。 (4)経営政策 「しっか
りとした支援体制……有利な資金 (補助金事業、 制度融資の活用)、地域住民への
経営計画や考え方の公開・説明と良き理解者のネットワーク作り」(5)マーケティ
ング 「安定的な顧客を開発するマーケティング……支援者による口コミ」 

 以上の5つの課題を実行していくための、 酪農家の生きざまに感動し、 共感す
る人的ネットワーク等が重要である。 

 なお、 本調査研究の実施に当たって、 (社)中央畜産会情報部長 竹村勝也、 酪
農学園東京事務所長 天田輝久、 酪農学園大学食品科学科技師 岡崎良生・山下
昭芳、 酪農学園大学EXセンター主事 関 浩一・塩出真司が共同研究者であるこ
とを記する。 

 本報告は、 平成8年度に委託実施した調査研究報告の概要を編集部でまとめた
ものです。 

 全文を入手希望の方は、 FAXにて企画情報部情報第一課あてお申し込み下さ
い。

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