社団法人 全国牛乳普及協会 会長 海野 研一
牛乳の消費拡大対策は、昭和30年代学校給食に本物の牛乳を供給したことに始 まる。戦後の脱脂粉乳給食は、それまで病人と乳児の飲みものだった牛乳を一挙 に通常人も健康増進のため飲んだ方がよいものにしたが、同時に牛乳嫌いを育て ているとの批判があった。そこで、児童に本物の牛乳のおいしさを知ってもらい、 牛乳好きを育てようというのが学校給食用牛乳供給事業で、北風と太陽に例えれ ば太陽の発想による消費拡大策である。 しかし、学校給食には好き嫌いをなくそうという思想もあり、皆が同じものを 食べる、したがって牛乳の嫌いな子も皆と同じに飲みなさいということで、本来 北風的要素の強いものである。国民の所得水準が上がり、他方、牛乳の相対的価 格が下がって、学校以外でも牛乳を飲むことが当たり前になってくると、北風政 策的側面が強くなってくる。飽食の時代になって、子供達が嫌いなものは食べな い、親も教師も強いてそれをとがめない風潮になってくると、給食牛乳の飲み残 しが問題になるなど、北風政策の限界が露呈してきた。
昭和50年代初期に酪農生産者・乳業メーカー・牛乳販売店が拠出して、(社) 全国牛乳普及協会及び都道府県牛乳普及協会を作り、関係者の手による牛乳の普 及事業が始められた。普及協会の活動は、新聞・テレビの広告から医学研究者へ の研究委託に至るまで広範にわたり、中には牛乳を使った料理の紹介等太陽的な ものもあるが、大部分は健康上牛乳を飲む必要を訴える北風政策の系譜につなが るものであった。そのかいあってか、平成9年の調査では、牛乳を飲む理由とし て、「カルシウムがある」、「骨粗しょうが心配」を挙げた人がそれぞれ55.4%、 24.1%に上っている。 他方、戦後順調に伸びてきた牛乳消費は、平成年間に入って停滞している。そ の理由として牛乳を飲むと太るという抜き難い誤解などまだまだ機能面の啓発が 必要な点もあるが、前記調査で、「好き」「おいしい」という理由を挙げたのは それぞれ24.4%、23.5%にとどまり、どちらか一方のみで済ました人もあるから 実際はもう少し多いとしても、おいしいと感じている人はそれ程多くないことが 分かる。飽食の時代で、様々な機能をうたったさまざまな健康飲料が次々と出て くる中で、北風政策一本槍では消費の壁は打ち破れないと思われる。
欧米諸国では日本の2〜3倍の牛乳を消費しているが、飲用形態はマチマチで、 北欧諸国や米国ではかなりそのまま飲んでいるが、特に消費量の多いと言われる 英国のほか、フランス、南欧諸国等では直接飲用は少なく、主としてコーヒー・ 紅茶に入れて飲んでいる。最近のフランスの調査で「牛乳はおいしい」と答えた 者は全体の30%弱という数値があり、同国の直接飲用35%とどこか符号するよう な気がする。 欧米諸国は、数十年来牛乳消費の減退に悩んできた。わが国の場合は、増えて きたとは言ってもまだこれら諸国の1/2〜1/3で、そのほとんどが直接飲用である。 コーヒー・紅茶をはじめとして各人の嗜好に合った混合飲用を勧めることでなお 需要の伸びる余地は十分にあると思われる。「醍醐味」の醍醐は乳製品であり、 醍醐味という言葉は今日でいう「牛乳大好き人間」の間だけで成立した言葉では ないはずであるから、できるだけ近い将来に多くの日本人がそれぞれに合ったや り方で醍醐味を楽しむ日を迎えるようにしたいものである。
平成11年度の牛乳の消費拡大策は、北風政策の手を緩めるわけではなく、特に 「太る」という迷信の打破にはこれまで以上に意を用いなければならないが、特 に広告のようなものは、医学的知見を説いても消費者がマユにツバをつけて見る こともあるので、「牛乳を楽しく、おいしく飲む。人によっては牛乳を飲むので はなくコーヒー・紅茶をおいしく飲むために牛乳を入れる。」といった方向に振 り向けていきたい。 その一環として、他の飲食物と牛乳の組合せを強調する「やっぱ牛乳でしょ」 CM、ジャニーズJr.の滝沢秀明を起用した「やっぱ牛乳でしょキャンペーン」を 実施する予定である。 ◇図:牛乳の消費習慣◇
うんの けんいち昭和35年東京大学法学部卒業。同年農林省入省、63年経済局統計情報部長、平 成3年構造改善局長。4年財団法人海外漁業協力財団理事長を経て、10年10月から 現職。