◎調査・報告


畜産物需要開発調査研究事業から 鶏肉、鶏卵の呈味評価

研究代表者 新潟大学 農学部 講師 藤村 忍




はじめに

 食肉の品質として「味」の重要性が増している。高品質の畜産物を生産し、そ
の「おいしさ」を消費者にアピールするためには、いかにしておいしさを数量化
するかが重要な問題となる。本研究においては、鶏肉・鶏卵の「味」について7
試験研究機関が統一的な評価法を検討し、次いでおいしい鶏肉・鶏卵生産への活
用を検討している。その手法について前報(99年3月号)に引き続き解説する。

 特に今年度は、試行試験として、銘柄鶏とブロイラーによる比較を実施したが、
官能評価による味の差が認められ、また、呈味成分にも差が認められ、両者の関
係解析への進展を図ることができた。


呈味とは

 食品のおいしさは多くの要因からなるが、中心である「味」に関係する成分は
アミノ酸、ペプチド、糖、無機イオンなどであることが知られている。一方で味
わう側(ヒト)における味は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5味が基本で
あり、舌表面の味蕾細胞に食品中の化学成分が接触することで知覚される。

 「おいしい」「まずい」、という食品の味の評価はヒトの感覚による部分が多
く、個々の化学成分の含量のみによって総合的な食品の味を評価することは現状
では容易ではない。つまり官能評価と化学成分等の両面から見ていかなければな
らない問題である。しかし個々の食品には特徴的な成分バランスがあり、いくつ
かの主要な呈味成分の含量やバランスが、その食品の味を特徴づけていることが
明らかとなっている。

 食肉の場合の「味」は、5基本味および肉様の味およびこくから成り立ってい
る。特にうま味と肉様の味が食肉のおいしい味の主体であり(鈴木、1997)、肉
中の水溶性非タンパク態窒素が大部分の味を決定している。Nishimuraら(1989)
の検討から、遊離グルタミン酸およびイノシン酸が主として食肉の呈味に影響し、
この2成分が食肉の味を特徴づける重要な要因であることが明らかとなり、著者
ら(1995)の鶏肉の検討からも、多くの成分の中でグルタミン酸、イノシン酸お
よびカリウムイオン(K+)が、単独で鶏肉の呈味に影響する成分であることが
わかっている。

 牛肉および豚肉のおいしさには、香気や食感なども重要であり、これらが優先
される一面もある。両肉は部位によっては脂質含量が15〜30%を占め、脂質が香
気や食感に重要な役割を果たしているが、これは化学成分による「味」とは分け
て考えなければならない。一方、鶏肉の場合、例えばむね肉の脂質含量は約1%
と少ないため、味や風味の形成に対する脂質の影響は少ないという特徴がある。

 食肉に比較して、鶏卵の味に関する情報は非常に少ない(清水、1998、堀口、
1998)。


「味」の数量化

 よりおいしい食肉を開発するためには、「味」を数量化して、比較検討を行う
必要がある。数量化は、主に化学成分や物性による数量化とヒトの官能評価によ
る数量化が挙げられる。化学成分や物性については、前章で示したように個々の
成分を測定し数量化することが可能である。ただし前述のようにその物質が必ず
しも味に関係するか否かは別であり、ヒトが感じることのできる最低濃度、「味
覚閾値」が一つの参考になる。微量成分の相互作用があるため単純ではないが、
閾値をはるかに下回る成分はその食品の味に大きく影響しないであろうことは、
想像に難くない。

 一方、官能評価は、特定の物質をヒトの五感によって評価するものである。食
事の際に五感を働かせて味わい、また好まない食材や腐敗物を避けるであろうが、
この五感による評価を厳密に行うものが官能評価試験(官能検査)である。高品
質肉の開発にもこの官能評価は欠かせないが、官能評価の手法と肉の特徴を知る
ことにより、精度の高い評価の実施が可能となる。手法の選択や被験者(パネル)
選抜の詳細については前報および成書(平成10年度畜産物需要開発調査研究事業
報告)を参照されたい。

 この一方で、味に関係する成分が微量であることや、ヒトを使った官能評価の
結果が必ずしも仮説通りに得られなかった経験などから、味の数量化は難しいと
考える向きも多いようである。

 本事業は、まず鶏肉・鶏卵の味に関係する項目を検討し、次の三つのポイント
を重視しながら統一的手法の選定作業を進めてきた。@異なる機関で同一の高い
分析精度を得る、A実際に家禽の生産、開発を行っている試験研究機関での実用
性の高さ、B官能評価と化学成分ないし物性測定結果の一致性の検討を行う、で
ある。これらを踏まえた検討の結果を以下に紹介する(図1)。
◇図1 調査研究事業の概略◇
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鶏肉の呈味

評価法

 これまで鶏肉の呈味の評価や成分測定についてはいくつか報告がある。それら
の分析値には差がある。それは主に試料の処理方法や抽出法の相違などによるも
のである。熟成や保存時の肉の成分変動の特徴を理解することによりある程度の
考察は可能であるが、データの絶対値比較を行うには難がある。そこで本事業の
共同研究機関が集まり、高品質食肉および鶏卵の生産を目標とした手法の検討を
行った。

 鶏肉の評価項目については前報でも述べたが、おいしさを表す化学成分として
遊離アミノ酸と核酸関連物質を選定した。他にタンパク質、脂質、水分の一般成
分、物性からのアプローチとして剪断応力を選定した(表1)。

表1 当事業で選定した鶏肉評価項目
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手法および測定値

 これまで報告してきたものの中から改善部分を中心に解説する。一般成分につ
いては常法によるため割愛する。

@試料

 当事業では鶏生産を行っている各試験場内で適切な手法を検討したが、調査で
試料の採取から前処理までの時間に機関間で差が見られ、これが測定値に差を与
える主な要因のひとつであると推察された。当該試験機関では多数の検体を同時
に処理しなければならないことが多いため、それを考慮した試料採取法を検討し
た。

 そこで筋肉試料の処理方法は、@採取後速やかに冷却し4±2℃で24時間熟成、
または、A急速冷凍し、分析時に4±2℃で15時間の解凍、の二方法に限定した。
この二法間においても値は異なるため、測定結果には前処理法を必ず明記した上
で比較検討を行うこととした。

A官能評価

 官能評価試験は、二点識別法とシュッフェの一対比較法の2手法で実施してい
る。方法の詳細は前報に掲載した。なお二点嗜好法(設問:2試料のうちどちら
を好むか)については、被験者数が少ない場合は解析に難があるため除外した。
一方、試料は化学分析と同様の熟成処理とした。また前処理方法については、前
報で焼くと煮るの2法としたが、これを焼く方法に統一した。煮た場合、煮汁に
肉の呈味成分が流出し、味が薄く判別が難しくなるためである。

 本年度は、試行試験として、銘柄鶏とブロイラーの比較試験を実施したので、
その結果を表2に示す。これによると、2点識別法において有意な差が認められ、
対比較法において銘柄鶏の総合評価が有意に高いことが認められた。

表2 鶏肉の官能評価試験
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 注1:A、Cは銘柄鶏、Bはブロイラーを示す。
  2:評価点はBに対するAまたはB試料の評価を示し、5段階評価
   (−2〜+2)による全被験者の平均点を示した。
  3:NSは有意差なし。**は1%水準、*は5%水準で有意差あり。

 また、品種および週齢の影響を比較する試行試験を実施した結果を表3に示す。
これによると、対照のブロイラーと銘柄鶏との間に有意な差が認められ、銘柄鶏
の方が優るとする結果が得られた。また銘柄鶏の週齢による差は認められなかった。

表3 官能評価試験による鶏種および週齢の検討
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*試料の組合せ
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 注1:Aは銘柄鶏、Bはブロイラーを示す。
  2:評価点はAに対する@試料の評価を示し、5段階評価(−2〜+2)
    による全被験者の平均点を示した。
  3:NSは有意差なし。**は1%水準、*は5%水準で有意差あり。

B呈味成分

 呈味成分は、遊離アミノ酸と核酸関連物質を測定した。試料の前処理方法は前
報に掲載しているので参照いただきたい。

 ブロイラー肉の測定値を表4に掲載した。銘柄鶏とブロイラーの比較では、銘
柄鶏の方が大きかったもののここでは有意差は認められていない。官能評価試験
結果との関係の解析が本事業の重視する点であり、今後の検討課題である。なお、
熟成時間や保存条件、抽出法が異なる場合は、測定値は表と異なることを理解し
ておいていただきたい。

 また、前述のように鶏肉の主な呈味成分はグルタミン酸とイノシン酸であるが、
測定にあたっては他の遊離アミノ酸や核酸関連物質も測定することとしている。
この手法により、共同機関にて同一試料を測定した結果、いずれもほぼ同一の値
が得ることができた。

表4 鶏肉(浅胸筋)の遊離グルタミン酸およびイノシン酸濃度
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 注:Aは銘柄鶏、Bはブロイラーを示す。

C呈味成分の部位による差

 上記の手法は、むね肉(浅胸筋)を主たる試料として検討したものであるが、
我が国では欧米と異なりもも肉の需要が多い。そこで同手法によってもも肉を検
討した結果を表5に示した。浅胸筋は一部位で十分な試料量を得られるが、構造
上、もも肉は複数の筋肉から構成され、また筋間には脂肪が蓄積している。鶏種
間で筋肉量の相違も見られる。このもも肉の測定に当たっては、迅速な採取が可
能であることと、量的に多いこととを考慮し、骨なしもも肉の約15%を占める大
腿二頭筋と約9%を占める長腓骨筋を供試し、各々を測定した。またもも肉の測
定では他に半腱様筋も用いられる。

表5 もも肉の呈味関係成分(参考)
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D硬さ

 硬さについては、剪断応力を指標として検討した。この測定法は、農水省畜産
試験場と家畜改良センターの手法を基に次の通りとした。

 試料肉(浅胸筋)を70℃で60分間加熱後、冷却し、1cm3にカットして、0.1cm2
のプランジャー(針状の先の平なら金属片。試料を押すことで応力を測定する。)
により応力を測定した。なお測定面の繊維方向は揃える必要がある。

 上記の手法により、同一試料を複数の機関にて測定したが、値は必ずしも一致
しなかった(表6)。鶏は個々の筋肉は小さいため、均一な試料を作成すること
が難しく値がばらつきやすい。しかし同一機種を用いている限りでは検体数を増
やすことである程度の解決は見られた。機種間の絶対値の相違を解決するため、
標準試料を基準として補正係数を導き出し補正する方法と、プランジャーや測定
条件の再検討を行っている。メーカーや機種の最大負荷量の相違などが影響して
いる可能性が指摘され、何らかの標準機を設定し、新規の導入を行う場合にはそ
れに揃えた方がよいとする意見があることを紹介しておく。

表6 鶏肉および標準試料の剪断応力(kg/cm)
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鶏卵の呈味

評価法

 前報でも述べたように鶏卵の「味」についての報告は非常に少ない。そこで前
年度に行ったアンケート調査などを基に、味の指標として遊離アミノ酸、一般成
分としてタンパク質、脂質、水分、高品質化への指標として、コレステロール、
ビタミンを項目に挙げて検討を行った。他に卵質として卵重、卵黄重、卵白重、
ハウユニット、卵殻厚を測定項目とした(表7)。

表7 当事業で選定した鶏卵評価項目
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測定方法

@試料

 試料は、産卵後低温(5℃)にて保存したMまたはLサイズ卵とし、供試週齢
を前(30〜39)、中(40〜49)、後期(50〜60)に分類し、同期ないし他期との
比較を行った。鶏種および給与飼料も明記した。本研究の性格上、品種間比較な
どのために他機関との試料の交換も想定しているため、試料は低温保存による産
卵後3日目の卵に限定し、分析と官能評価試験に供試した。

A官能評価

 官能評価法は前報に掲載してあることからご参照いただきたい。卵焼きによる
評価方法ついては、卵の厚さを改善することで味の評価精度が向上したことから、
以下の方法とした。

 混合した白身と黄身を試料とし、割卵撹拌後約2mm目のメッシュを通し約100
ccをホットプレートにより加熱した。目玉焼きリングを利用して厚さを3〜4mm
に調整したものを供試した。

B呈味成分

 呈味成分の測定値を表8に示した。呈味成分の抽出については鶏肉に準じたが、
加熱処理は除外している。鶏肉の検討項目である核酸関連物質の卵中含量が低い
ため(堀口ら、1998)、項目から除外した。

Cコレステロールおよびトリメチルアミン

 コレステロールは、食品用分析キットを使い総コレステロール量を測定した。
食品成分表同様に平均値は約1,300 mg/卵黄100gであるが、個体差は大きく検体
数を増やす必要があった。一方、トリメチルアミン(TMA)は前報の生卵の官能
評価結果を受けて項目に加えたものである。清水ら(1997)の報告から、TMAの
経口投与により投与量と卵黄中TMA量が比例すること、また白色レグホンよりも
ロードアイランドレッドが高い値を示すことが明らかとされた。一方、本事業に
おける測定から、魚臭の発生していない白色レグホン卵でのTMA濃度は測定限界
付近であることが明らかとなった。この測定手法は清水ら同様にAOAC公定法
(アメリカの公式な分析方法)に基づくものであるが、さらに感度の良い方法の
検討が必要である。また官能評価において魚臭が指摘された場合に限り、TMA測
定を実施することも検討している。

表8 鶏卵の遊離アミノ酸濃度(μmol/g wet weight)
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 注:A、B、Cは異なる品種とした。


おわりに

 本報告と前報とによって呈味評価法を紹介したが、一般成分や卵質評価法につ
いては常法を用いているため割愛した。現在は、これらの手法を用いて、鶏肉を
中心に高品質化への応用を検討している。鶏卵については過去の情報が少ないこ
とから呈味成分の検索の段階から手探りで開始したため、これからの検討の余地
が多く、評価項目の見直しも含めた検討が必要である。それらについては改めて
紹介する。本調査研究が我が国の畜産物生産に寄与することを願い、本稿を終え
る。

参考:畜産の情報(国内編)99年3月号、19−25頁、1999

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