京都産業大学経営学部 教授 駒井 亨
徳島県は古くから大阪への食鶏供給地であった。昭和30年代まで、徳島県内で 集荷された食鶏は生体のまま海路大阪へ搬送された。当時の食鶏は、もちろん、 採卵鶏の廃鶏が主であったが、ブラーマ、コーチン等の大型肉用種や兼用種の若 雄なども含まれていて、大阪市場で高値で取引されていたと言う。 こうした伝統から、徳島県はブロイラーの生産にも先発し、表1にも見られる ように、一貫して全国生産羽数の 4 %台を維持している。 徳島県でのブロイラー生産は、南海産業(江浜氏)、貞光食糧工業(辻氏)、 イシイフーズ(竹内氏)、丸本(丸本氏)など熱心な事業家によって発展してき たが、徳島県のブロイラー生産の特色は、今なお多数の小規模生産者を維持して いることであろう。 平成9年の畜産物流通統計(平成10年2月1日調査、農林水産省統計情報部)に よると、徳島県のブロイラー生産者(出荷)戸数は392戸で、全国出荷戸数(3,9 82戸)の10%を占める。徳島県のブロイラー生産羽数(平成9年)は2,368万羽で 全国生産羽数(5億8,931万羽)の4%であるから、徳島県のブロイラー生産者の 平均規模は全国平均の40%である。徳島県のブロイラー生産者392戸のうち60%を 占める235戸は年間出荷羽数 5万羽未満の小規模生産者である。 このことをもって、徳島県のブロイラー生産の旧態、後進性と見ることもでき るが、逆に言えば、現在まで維持されてきたこの小規模生産者を活かす方策を発 見することが、徳島県の食鶏産業を活性化することになるのではないか。 表 1 徳島県のブロイラー出荷羽数の推移 出所:農林水産省「畜産物流通統計」
徳島県の地鶏と阿波尾鶏 現在もなお、日本各地の山間には、千古の昔から伝承されてきた地鶏(日本鶏) が残存しているが、徳島県の山間にも赤笹(赤褐羽色)の大型鶏が飼育されてい る。徳島県畜産試験場では、これら伝承地鶏の中から、当時試験場に在職してい た谷茂夫氏(現徳島県農業大学校教頭)と現徳島県畜産試験場養鶏科長三船和恵 氏が、90日齢前後で肉味佳良となる地鶏を発見し、昭和50年代の後半から約10年 の改良努力を重ねて、優良種を改良固定した。この地鶏は体質頑健で飼いやすく、 繁殖能力も優れており、その肉は肉色が濃く、脂肪が少なく、たんぱく質が多く、 グルタミン酸などの旨味成分も多い。
【徳島県在来の赤笹地鶏 (阿波尾鶏の父親鶏種−阿波尾鶏はこの雄と 白色プリマスロック雌の交雑種) 徳島県畜産試験場提供】 |
しかし地鶏の純系は晩熟で産卵数が少なく、純粋種のままでは実用に向かない ため、この地鶏の雄をブロイラー専用種のメス系統(白色プリマスロック)に交 雑して、その交雑種を肉用鶏として、85〜100日齢で出荷する。この交雑種は飼 いやすく、90日齢でオス、メス平均生体重3.3kgに達し(表 2 参照)、肉質、肉 味が優れているため、徳島県ではこの交雑種を「阿波尾鶏」と命名して、平成2 (1990)年からは、本格的な生産・販売を開始した。
【徳島県畜産試験場鶏舎前で(写真右から) 徳島県畜産試験場研究員、笠原猛氏、 筆者、徳島県畜産試験場長、吉田建設氏、 徳島県畜産試験場養鶏科長 三船和恵氏 徳島県農業大学校教頭 谷茂夫氏】 |
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【阿波尾鶏】 |
こうした特殊鶏種(地鶏交雑種)は、一般ブロイラーより長期間飼育するので、 開放鶏舎で薄飼いすることが望ましく、また初生雛の生産羽数及び出荷羽数 (1回の飼育単位)が限られているため、比較的小規模な生産者に分散飼育する のが適当である。 実際、筆者の調査結果を見ても、阿波尾鶏生者の1戸あたり年間平均出荷羽数 は32,600羽で、年 3 回生産であるから、1回の生産羽数は約 1 万羽で、前項で述 べた徳島県の小規模ブロイラー生産者の活性化には、阿波尾鶏の飼育は最適の事 業であると言える。 表 2 阿波尾鶏の能力 注:徳島県畜産試験場における肥育成績 阿波尾鶏の生産普及体制と生産経営 阿波尾鶏の生産普及体制は図 1 のとおりで、全体の生産・販売計画は県養鶏協 会を事務局とする「阿波尾鶏ブランド確立対策協議会」が統括するが、この協議 会は、県畜産課、畜産試験場、県経済連、食鶏処理加工業者(貞光食糧工業有限 会社(美馬郡貞光町)及び丸本株式会社(海部郡海部町))、ふ化業者(新居孵 化場)で構成されている。 阿波尾鶏の生産販売は平成元(1989)年に開始されたが、平成10年までの10年 間の生産羽数の推移は表3のとおりで、平成10年の生産羽数45万羽は、全国の地 鶏銘柄中、名古屋コーチンに次いで第 20 位を占める。 阿波尾鶏の販売は、上述の貞光食糧工業と丸本が約半量ずつ分担しているが、 両社の阿波尾鶏生鮮品正肉の卸売価格は 1kgあたり1,500円に維持されている。 阿波尾鶏の生鮮品は貞光食糧工業及び丸本の販売努力により、荷受会社、食鳥 問屋、小売店等に拡販されているほか、地元徳島県内の外食企業、食肉店等にも 販売されており、地域別の販売比率は、東京38%、京阪神20%、徳島県19%、他 の四国 3 県23%となっている。 阿波尾鶏の生産経営については、例えば貞光食糧工業の場合、同社が生産者に 阿波尾鶏の初生産びな及び必要な飼料を供給して、阿波尾鶏生産者5戸(1戸あ たり平均年間32,600羽出荷)に、1戸あたり平均約400万円の粗収入を保証してい る。 阿波尾鶏は飼育期間が90日前後で、鶏舎の回転(使用回数)が年3回(ブロイ ラーは 4 回)であり、 1 m2当たりの飼育羽数もブロイラーの14羽に対して 8 羽 と薄飼いであることなど飼育施設利用上の制約はあるが、小規模生産者にとって 年間400万円の粗収入の保証は好条件と言えよう。 表 3 阿波尾鶏出荷羽数の推移 出所:徳島県畜産試験場資料
◇図 1 :阿波尾鶏の生産普及体制◇ |
阿波尾鶏のむね肉加工品の開発 よく知られているように、鶏を解体すると、もも肉55に対し、むね肉は45の割 合で産出するが、わが国では、むね肉よりもも肉が選好され、もも肉対むね肉の 需要比率は、関東では 7 : 3 、関西では8: 2 と言われている。従って、阿波 尾鶏の場合も、むね肉、もも肉のセット販売でない場合は、どうしてもむね肉が 余剰となる。 この余剰むね肉対策として様々な加工品が開発されているが、徳島県畜産試験 場では、鶏むね肉とカツオのアミノ酸組成が酷似していることに着目して、むね 肉を使った「鶏肉節」の開発を試み、すでに一部商品化している。 「鶏肉節」の製造方法は、阿波尾鶏のむね肉(皮と脂肪を取り除いたもの)を 3%食塩水に15時間漬けた後、 1 時間蒸し、その後85℃で20時間乾燥する。こう して出来た鶏肉節の成分は表4のとおりで、この鶏肉節を薄く削った「けずり節」 は極めて美味である。 畜産試験場では、この「鶏肉節」の製造方法にさらに改良を加えて、よりうま みを増強した製品開発に注力しており、鶏の余剰むね肉の活用方法の一つとして その成果が期待される。 表 4 鶏肉(むね肉)節の成分 出所:徳島県畜産試験場研究報告、平成10年 8 月 注:むね肉を食塩水に浸水後、乾燥。本文参照
阿波尾鶏が、徳島県の小規模ブロイラー生産者の経営を安定させ、徳島県産食 鶏のイメージアップ、新しい加工製品の開発などを通じて徳島県食鶏産業の活性 化に大きく貢献した効果は否めないが、阿波尾鶏だけでは、生産販売数量に限界 があり、食鶏の主体はブロイラー及び他の銘柄鶏である。徳島県でのブロイラー 及び他の銘柄鶏の生産販売の現状はどうなっているのか、同県を代表する食鶏企 業である貞光食糧工業(本社美馬郡貞光町、社長 辻 雅弘氏)について調べて みた。 同社は昭和16年精麦を主業として創業したが、養鶏用配合飼料を販売していた 関係から昭和44年に食鶏処理場を建設、平成元年には食品加工場を併設した月間 120万羽の処理能力をもつ新工場を建設し、現在に至っている。 現在の処理羽数は月間約90万羽で、従業員は405名、年間売上高は約90億円で、 そのうち約10%は鶏肉加工食品の売上げである。 貞光食糧工場の事業規模は、わが国の食鶏(ブロイラー)産地処理場(ローカ ル・インテグレーターと呼ばれる)の典型的な事例と言えよう。 貞光食糧工業の現在の月間処理羽数90万羽の内訳は次のとおりである。 @一般ブロイラー:56日齢出荷、平均生体重2.9kg A地養鶏:60日齢出荷、地養素(木酢)配合飼料で飼育、平均生体重2.8kg B阿波吉野鶏:75日齢出荷(メスのみ)地養素配合飼料で飼育、平均生体重3.0kg Cあづま鶏:メスのみ100日齢まで飼育、平均生体重3.8kg D赤鶏:赤羽色鶏種を65日齢まで飼育、平均生体重2.7kg E阿波尾鶏:地鶏交雑種を90日齢まで飼育、平均生体重3.3kg 上記 6 種類の出荷羽数割合は@45%、A20%、B20%、C 6 %、D 6 %、E 30 %で、@、A、B、Cはいずれもブロイラー専用種を使用したもので、それぞ れ出荷日齢や飼料が異なっている。また、上記 6 種類のうちBはコープこうべの 契約製品であり、Cはセントラル・フーズに契約出荷している。 貞光食糧工業では、その製品(生鮮鶏肉と加工食品)の55%を関西市場へ、45 %を関東市場へ出荷している。 関西市場での上記各種銘柄・地鶏鶏肉の小売価格は次のとおりである(価格は いずれも100グラムあたり)。 地養鶏:もも肉148円、むね肉138円 阿波吉野鶏:もも肉158円、むね肉138円 赤鶏:もも肉158円、むね肉138円 阿波尾鶏:もも肉350円、むね肉340円 上記各鶏種の飼育生産者に対する委託飼育料は、ブロイラーの場合 1 羽あたり 約90円、銘柄鶏の場合 1 羽あたり約100円である。貞光食糧工業の委託生産者の 規模は区々であるが、ブロイラー及び銘柄鶏生産者の平均年間出荷羽数は 1 戸あ たり約 5 万羽であるから、生産者1戸あたりの平均粗収入は450〜500万円と推定 される。 貞光食糧工業は、直営のブロイラー農場 9 カ所(飼養羽数合計47万羽)のほか 委託生産者130戸(飼養羽数合計約203万羽)を擁している。このような歴史の古 い小規模生産者の多い生産地の場合、ブロイラー及び銘柄鶏の生産者の現状はど うなっているのだろうか。
筆者は、徳島県のブロイラー生産者の現状を知る目的で、平成10年12月、貞光 食糧工業の委託生産者130戸を対象としてアンケート調査を実施し、次のような 実態が明らかになった。(回答121戸)。 @生産者の年齢 34歳以下: 1 戸( 1 %) 35歳〜54歳:29戸(24%) 55歳〜64歳:50戸(41%) 65歳以上:41戸(34%) A事業開始年代 昭和35〜44年:27戸(22%) 昭和45〜54年:82戸(68%) 昭和55年〜平成元年:11戸(9%) 平成 2 年以降: 1 戸( 1 %) B主要な鶏舎の経過年数 10年以下:18戸(15%) 11〜20年:52戸(43%) 21年以上:51戸(42%) C鶏舎設備の状況 現状のままで充分使える:27戸(22%) 補修すれば使える:50戸(43%) 大修繕が必要だが資金が無い:22戸(18%) 出来れば建て替えたいが資金が無い:22戸(18%) 以上 4 項目を総括すると、生産者の年齢55歳以上が75%、事業開始以来20年以 上を経過した生産者が90%、21年以上経過した古い鶏舎が42%、大修繕又は建て 替えを要する鶏舎が36%を占め、全体として、生産者の高齢化、鶏舎設備の老朽 化が進んでいることが明示されていると言えよう。 徳島県の食鶏産業は、近接の関西市場へのアクセスという有利な条件はあるが、 大規模生産者が少なく、多数の小規模生産者が温存されている。 小規模生産者は、概して高齢で生産設備も老朽化しているが、食鶏生産の経験 年数は長く、スキルが蓄積されている。 飼育期間が長く、熟達した飼育技術が要求される地鶏の飼育には、老練な小規 模生産者が適している。 老朽化した生産施設については、徳島県畜産試験場で低コストの簡易鶏舎(パ オ鶏舎)が開発されており、こうした低コスト施設を利用して阿波尾鶏の屋外放 飼を実現することにより、更に肉質を改善することもできる。 将来、阿波尾鶏の販売が拡大すれば、それに伴って更に多数の小規模生産者が 阿波尾鶏の飼育によって生計を立てることができる。 一方、ブロイラーや銘柄鶏については、何らかの方法で資金を調達して、設備 の更新、拡大による生産性の向上と若年生産者の導入が必要と思われる。 徳島県での食鶏生産は、京阪神消費市場に近接しているという好条件はあるが、 それにのみ依存していると、他の生産地あるいは輸入鶏肉との競争に遅れをとる ことになる。 阿波尾鶏による小規模生産者の活性化に成功したとしても、主体であるブロイ ラー(銘柄鶏を含む)の生産性及び品質の向上を併行させなければ、他産地との 競争に生き残ることはできない。 高齢化しつつある生産者の若返りと、ブロイラー生産施設の刷新、規模拡大が 徳島県の食鶏産業の生き残りのために強く要望される。
【徳島県山間部のブロイラー鶏舎】 |
【鶏舎の屋根を何重にも重ね、補修しつつ利用】 |