★ 農林水産省から


日本型畜産経営継承システムの構築について

畜産局 畜産経営課 研修指導官 穴澤 博英




はじめに

 昨年12月の「農政改革大綱」及び本年3月の「新たな酪農・乳業対策大綱」に 
今後の主要な改革のテーマとして「経営継承の円滑化」が掲げられている。

 これを受け、農林水産省畜産局では、「日本型畜産経営継承システム検討委員
会」(座長:菱沼 毅社団法人家畜改良事業団参与(現農畜産業振興事業団副理
事長))を設け、現状の課題とその解決のための具体的対応の方向について検討
を進めてきた。

 その成果として、8月30日に検討委員会の報告書が取りまとめられたので、そ
の概要を紹介したい。


日本型畜産経営継承システム検討委員会報告書の概要

第1 はじめに

1 今後、「農政改革大綱」、「新たな酪農・乳業対策大綱」に即し、我が国の
 畜産を振興し、ゆとりある生産性の高い畜産経営の実現を図るためには、高度
 な飼養管理技術を習得した畜産の担い手の確保や労働時間の短縮、効率的な飼
 養管理等を推進することが重要となっている。

2 特に、離農跡地や後継者不在の農地、 施設等は我が国畜産にとって貴重な
 資源であり、生産量の確保や地域振興の観点から、その円滑な継承を図ること
 が重要である。

3 畜産経営を開始するためには、初度 投資が大きく資金回転が遅いこと、農
 地の確保、施設・機械の整備、家畜の導入等多様な準備が必要であることなど、
 他作目にはみられない特徴があり、既存の制度・施策との連携を図りながら新
 たな継承システムを検討する必要がある。

4 このため、平成11年1月に「日本 型畜産経営継承システム検討委員会」が
 設置され、離農跡地を活用した新規就農の促進に加え、後継者のいない健全な
 経営を中断させることなく第三者に円滑に継承するなど、我が国の実態にあう
 ような「日本型畜産経営継承システム」の構築について具体的に検討を進め
 てきたところである。


第2 検討経過

 新規就農者、研修受入農家、酪農ヘルパー組合、農協及び海外の担い手対策に
精通する学識経験者等からの意見聴取や、現地調査(北海道、東北、九州管内の
酪農主産地)等を踏まえながら検討を実施。(検討会7回、現地調査6回)


第3 担い手等の状況

1 新規就農学卒者約2千人のうち畜産に就農した割合は約2割、農外からの新規
 参入者約150人のうち畜産に就農した割合は約4割となっており、畜産の中でも
 酪農の割合が高い状況となっている。

2 新規就農を希望し、約200人が北海道の酪農家において実習生として研修を
 受けている。

  また、全国の専任酪農ヘルパーのうち120人程度が新規就農を希望しており、
 酪農ヘルパー経験後の新規就農者はこれまでに30人程度となっている。

3 酪農からの経営離脱農家戸数は年々 減少傾向で推移し、平成8年で約17百
 戸(北海道:約3百戸、都府県:約14百戸)となっている。

  酪農からの離脱理由としては、「高 齢化、後継者不在」の割合が最も高く、
 次いで「病気、けが、自然災害」となっている。

  9年時点で経営主が60歳以上で後継者不在の酪農家(北海道:成牛50頭以上、
 都府県成牛30頭以上)のうち、北海道の約4割、都府県の約1割が第三者への経
 営継承を希望している。


第4 今後の経営継承の方向

1 後継者による経営継承

 後継者が確保されている経営については、後継者を受け入れるに足る所得確保
のため規模拡大の実現や畜産物の加工・販売、消費者との交流部門の付加等経営
の多角化の実現、経営実態に合わせた法人化等の推進を図る。

2 第三者への経営継承
・経営離脱農家のうち、新規就農者の受け入れが可能なものについては、その農
 地、施設等を有効活用して新規就農の促進を図る。

・後継者がいない健全な経営については、経営を中断させることなく第三者への
 円滑な経営継承を図る。


第5 新しい経営継承システムの構築

 酪農経営は畜産経営の中でも特に初度投資が大きく、経営開始に当たり多様な
準備が必要であることから、当面は酪農経営における取り組みを進め、その状況
を踏まえつつ、他畜種での取り組みを推進していくこととする。

1 新規就農希望者に対する研修の充実

(1)新規就農希望者に対する研修の実施状況等

 @ 研修の実施状況

 ・短期間牧場に滞在し農家・農村の生活体験をする「農村体験実習」。

 ・概ね1年以上の長期にわたって農家等に住み込み飼養管理作業等を行う「先
  進農家研修」。

 ・一部地域において新規就農者受け入れの一環として整備された専用の研修牧
  場で飼養管理技術等の習得を行う「研修牧場での研修」。

 ・この他、研修生としてではないが、法人経営の従業員やヘルパー等の支援組
  織において被雇用者として実質的に飼養管理技術等の習得が行われている。

 A研修に対する支援措置

 ・就農計画について都道府県知事の認定を受けた「認定就農者」を対象に、畜
  産技術を実地に習得するための研修、その他の就農準備に必要な資金を貸し
  付ける「就農支援資金」。

 ・青年農業者等が能率的な畜産の技術又は経営方法を習得するため情報処理機
  器等の導入又は研修を受けるための資金を貸し付ける「青年農業者等育成確
  保資金(農業改良資金)」。

 ・研修生受入農家に対して、研修の受け入れに必要な経費の一部助成。

(2)現状の課題及び問題点

 ・青少年に対する畜産体験学習機会の不足
 ・研修生の基礎教育の不足
 ・多様な研修が必要であるが必ずしも体系的に実施されていない
 ・研修生受入農家の受入体制が不十分
 ・研修牧場の不足
 ・経営管理技術に係る研修機会の不足

(3)今後、必要な対応

 @今後、多様な就農ルートを通じて幅広い新規就農希望者の育成・確保を図る
ためには、それらに対応できる研修システムの構築が必要である。

 A具体的には、

 ・畜産体験学習の促進等
 ・研修受入先農家等を担い手育成ファームとしての認定・登録・研修受入先の
  斡旋・調整
 ・広域的な研修牧場の整備
 ・経営体験を行う経営実践研修の実施
 ・新規就農者を育成するための研修プログラムの策定
 ・研修プログラムを修了し新規就農に必要な一定レベルの飼養管理技術等を習
  得したと判断される者を「新規就農資格者」として認定・登録

 を行う必要がある。

○研修プログラムのイメージ(例)

【第1プログラム】
 農業支援組織	(多様な経営スタイルを知る)
 担い手育成ファーム
         での研修	(基礎的畜産技術の習得)
     ↓
【第2プログラム】
 研修牧場での研修	(経営管理、財務管理等の知識の習得、周辺牧場での
	  実践技術の習得)
  経営実践研修	(自己判断による飼養管理、飼料生産、経営管理の実践)
      ↓
【第3プログラム】
  就農準備研修	(就農予定地での就農準備、地域での信頼関係の確立)

2 新規就農希望者及び経営移譲希望者等に関する情報のデータベース化

(1)新規就農希望者及び経営移譲希望者の把握状況

 新規就農希望者や経営移譲希望者 等については農協や市町村単位での情報の
収集・把握が中心である。

 新規就農希望者については、地元で農家研修を受けている者や農協等が運営し
ている研修牧場の研修生、あるいは管内の酪農ヘルパー利用組合に所属するヘル
パーの中で新規就農を希望する者を把握している状況である。

 また、経営移譲希望者については、経営状況が悪化し早急な資産処分が必要な
経営を中心に把握しているにとどまっている。

(2)現状の課題及び問題点

 @新規就農希望者と経営移譲希望者がそれぞれ存在するが、両者を結びつける
仕組みが整備されている状況にない。

 ・畜産への新規就農に係る総合的な相談窓口がない。
 ・情報が地域内閉鎖的で希望に合った農場を探すのが難しい。

 A後継者不在農家の将来の意向についての把握が不十分である。

(3)今後、必要な対応

 ・新規就農希望者・経営移譲希望者等の登録
 ・就農条件・移譲条件等のデータベース化
 ・就農準備と平行した段階的な情報の提供
 ・経営継承マップの作成
 ・公社・農協等による登録者の仲介・継承条件等の調整
 ・「新規就農登録者」、「経営移譲登録者」、「新規就農者」等が一同に参集
  する情報交換ネットワークの構築

 を行う必要がある。

○情報のデータベース化(データ項目のイメージ)

新規就農希望者データ

・就農希望地
・研修等経験年数
・技術・資格(人工授精師等)
・家族構成
・希望する経営規模
・希望する継承方法
・住宅の希望条件
・就農希望時期

経営移譲希望者データ

・農場の立地条件
    (交通、学校、病院等)
・家族構成
・経営規模
・施設の状況
 (建設時期、飼養形態等)
・施設、家畜等の移譲条件
・住宅の移譲の可否
・移譲希望時期

3 後継者がいない健全経営の円滑な継承

(1)農場リース事業の実施状況

 北海道においては、昭和57年度から農業公社等が離農跡地の農地及び施設を購
入し、補改修後新規就農者にリースする「農場リース事業」を実施しており、平
成10年度までに本事業を活用して135戸の農家が新規参入を実現している。

○農場リース事業の仕組み

・農業公社等が離農跡地の農地、施設等を購入し、補改修後、新規就農者に一定
 期間リースし、経営の安定を見極めた上で譲渡する。

・離農跡地の購入は「農地保有合理化促進特別事業」、離農跡地の条件整備は
 「畜産担い手育成確保対策事業」により助成。

(2)現状の課題及び問題点 

 @離農跡地の農地や施設の荒廃

 一度経営を中断して離農跡地になると、畜舎や機械の損傷、草地の荒廃、家畜
の散逸等経済的ロスが大きくなり、適正価格での売却が困難になるとともに、新
規就農者が当該農場に入植する場合には、補改修費等の経済的負担が大きくなる。

 A農地の流動化の困難性

 新規就農者に農地、施設等を一定期間リースした後に譲渡する農場リース事業
を実施しているが、都府県では、北海道に比べ農地価格が高いこともあり、農地、
施設の一括譲渡を前提にした手法だけでは円滑な継承は困難である。

 B経営継承前後にわたる一貫した指導体制

 一般的に、経営継承前の経営計画の策定等については、農協や農業改良普及セ
ンターが、継承後の経営コンサルティング等については県畜産会等が指導を行っ
ている場合が多いが、関係機関が一体となって経営継承前後にわたる一貫した指
導体制を整えることが必要である。

(3)今後、必要な対応

 ・離農跡地を活用した「農場リース事業」に加えて、「経営移譲登録者」から
 「新規就農登録者」へ経営を中断させることなく、リレー方式で経営を継承す
 るシステムの確立を図ることが重要である。

 @多様な継承方式の構築

・新規就農開始時に多額な投資が必要であることが新規就農を難しくしている。

・そこで、受け手である「新規就農登録者」と出し手である「経営移譲登録者」
 が、それぞれの条件に応じて、「賃貸後譲渡方式」、「長期貸付方式」、「法
 人化方式」、「経営委託方式」等、最も良い方法を選択できるような多様な継
 承方式を構築する。

・この場合、資産の評価を「新規就農登録者」と「経営移譲登録者」との相対で
 決めるのは難しいこと等から、資産の継承については相対ではなく農地保有合
 理化法人である公社、農協等が仲介することが望ましい。なお、農地の場合、
 農地保有合理化法人が仲介すれば、譲渡所得税の特別控除額が大きくなる。

・具体的な経営継承の方式としては、以下の手法が考えられる。

a「賃貸後譲渡方式」(従来の農場リース方式)

 農地保有合理化法人である公社、農協等が、「経営移譲登録者」から農地及び
施設を買い入れて、「新規就農登録者」に一定期間(5年又は10年)賃貸した後、
譲渡する方式

b「長期貸付方式」

 農地保有合理化法人である公社、農協等が、「経営移譲登録者」から農地と施
設を借り入れ又は施設は買い入れて、「新規就農登録者」に長期で貸付する方式

c「法人化方式」

 「経営移譲登録者」と「新規就農登録者」等が法人を構成し、「経営移譲登録
者」が農地及び施設を法人に売却又は現物出資する方式(法人に賃貸する方式も
想定)

d「経営委託方式」

 「経営移譲登録者」が「新規就農登録者」に農場を経営委託する方式

 A農地保有合理化法人である公社

・農協等による継承農地・施設等の条件整備、農場の継承者が確保できるまでの
 間の保全管理等の実施、濃密な経営・技術指導を行う必要がある。

4 新規就農を促進するための融資制

(1)新規就農者を対象にした融資制度の実施状況

 @青年農業者等育成確保資金

 新規参入者が新たに経営を開始するのに必要な資金、親と別部門の経営を開始
するのに必要な資金を貸し付ける「青年農業者等育成確保資金(農業改良資金)」。

 A 新規就農円滑化資金

 新規就農者に対する初度的経営資金を貸し付ける「新規就農円滑化資金(近代
化資金)」。

 B農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)

 農業経営基盤強化促進法の経営改善計画の認定を受けた農業者を対象に、農地、
施設・機械、家畜等の購入費等を長期低利で貸し付ける「農業経営基盤強化資金
(農林漁業金融公庫資金)」。

(2)現状の課題及び問題点

 @担保・保証人の確保が難しい

 新規就農に当たっては、一定の自己資金を蓄積した後に就農することが望まし
いが、経営移譲希望者の移譲希望時期に合わせて経営を継承せざるを得ない場合
には、自己資金の不足分は一時的に借り入れて就農することが必要になる。

 この場合、農外からの新規就農者は、担保・保証人の確保が難しく、融資を受
けにくい状況がみられる。

 都道府県農業信用基金協会の保証制度を利用したとしても、融資機関から担保
・保証人を求められる場合が多い。

 A先進農家研修による保証人の確保

 新規就農者は、就農希望場所で先進農家研修を受け、飼養管理技術、飼料生産
技術、経営管理技術を習得するとともに、農協の組合長や研修農家の経営主等に
保証人を依頼し、融資を受けている状況である。

(3)今後、必要な対応

 「経営移譲登録者」の経営を継承する新規就農者に対して、自己資金の不足分
を補うための設備資金及び運転資金の円滑な確保のための施策の検討が必要であ
る。


第6 おわりに

 以上述べたように、離農跡地や後継者不在の農地、施設等を円滑に継承するた
めには、新規就農希望者に対する研修の充実、新規就農希望者及び経営移譲希望
者等に関する情報のデータベース化、後継者がいない健全経営の円滑な継承、新
規就農を促進するための資金の確保等を図ることが重要である。

 これらを推進するためには、全国段階のみならず、地域内でモデルを設定し関
係機関が一体的、組織的に取り組み、第三者への円滑な経営継承の早期実現を図
ることが我が国畜産の発展にとって重要である。


おわりに

 農林水産省畜産局では、今回の報告を受け、より円滑な畜産経営の継承を進め
るために「畜産経営活性化事業」を予算要求中である。

 具体的には、従来からの離農跡地に加えて、後継者不在農家の経営を中断する
ことなく新規就農者に継承するための条件整備(農場リース事業の拡充)や、新
規就農を希望する者が新規就農に必要な技術を体系的に修得するための研修の体
制整備等を進める計画である。

 今後、各地の関係者の方々と具体的な事業の進め方について意見交換を行いな
がら来年度からの円滑な事業実施に備え、新規就農者の拡大を図りたい。

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