◎専門調査レポート


コントラクターを核とした地域肉用牛生産システムの構築 

−大分県玖珠町(有)グリーンストック八幡の事例−

宮崎大学農学部 助教授 福田 晋


1.はじめに

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 現在、肉用牛繁殖部門はその飼養戸数が減少し、担い手は高齢化するという構
造的な問題を抱えている。それらにとって代わる新たな担い手をどのように描く
かという点は大きな問題であるが、現在存在する担い手を支援する組織の充実も
欠かせない対応策である。

 とりわけ、粗飼料生産の受託組織であるコントラクターは、低コスト飼料生産、
地域資源の有効利用、肉牛農家の飼料生産労働制約の軽減といった視点から注目
されている。

 本論では、肉用牛生産地帯にあって肉用牛部門と飼料作受託部門を柱とする法
人経営の経営展開と機能を紹介し、さらに地域の肉用牛生産振興及び地域資源有
効利用に果たす役割を整理し、今後の展開方向を考察してみたい。調査対象とす
るのは、大分県玖珠町に立地する有限会社グリーンストック八幡(以下「グリー
ンストック」という。)である。

 以下、まずはじめに調査対象地区の概要を2で述べ、3でグリーンストックの経
営の設立過程及び事業の現状について検討する。4で事業の柱である肉用牛部門
と作業受委託のシステム、5では委託サイドの評価、そして最後に今後の課題を
指摘する。


2.調査対象地区の概要

 玖珠町は大分県の北西部に位置し、総面積は286km2に及び大分県内では大分市
に次いで広く、標高350〜420mの準高冷地に集落、耕地が広がる人口約2万人の
山間農業地域である。年間平均気温13.3℃、降水量1,854mmと山間内陸型の気象
条件であり、冬季には極めて厳しい寒さとなり、1週間以上も積雪が続くことが
ある。しかし、平成8年には大分と玖珠を結ぶ高速道路が貫通し、大分市まで50
分、福岡市まで約1時間で往来でき、近年、交通立地条件としては恵まれてきて
いる。

 耕地は筑後川の上流である玖珠川流域を中心に他の小流域、谷間、山麓にかけ
て標高240〜1,000mにわたって広がっている。総耕地面積2,450haのうち水田が1,
750haで71.4%を占めており、水田基盤整備率は50.1%に及ぶ。山間水田地帯と表
現して良い。また、牧草地が445haあり、草地開発によって改良された牧野をは
じめとして豊富な草地基盤に恵まれていることも特徴の1つである。

 農業生産の特徴としては、従来から水稲と肉用牛繁殖部門を組み合わせた複合
経営が主体で、2つの部門については県下の代表的産地であることを指摘できる。
中でも肉用牛は、飼養戸数538戸、成雌牛飼養頭数2,795頭で、ともに減少傾向に
ありながら1戸当たり飼養頭数は5.2頭と増加している。また、近年は夏秋野菜、
花き等施設園芸の導入も着実に進んでいる。

 当該法人が立地する山下地区は町の南部の大字八幡地区の中に位置している。


3.グリーンストックの設立過程と事業の現状

●設立の経緯

 グリーンストックは平成10年7月に構成員3名、資本金300万円で法人登記を完
了している。当該法人の前身である八幡農業生産組合(以下「組合」という。)
は、昭和58年に設立された山下地区畜産経営後継者グループ「山牛会」(構成員
19名)を母体としている。山牛会は地区内の後継者で構成され、相互の勉強会と
ともに飼養管理、削蹄などヘルパー活動を行っていた(62年に県の畜産後継者グ
ループ育成事業の対象組織に指定)。そのヘルパー作業の一部として農作業受託
も行っていた(62年に補助事業で機械を導入)が、作業受託の需要も高まり、山
牛会所有の機械装備だけではまかなえなくなった。そこで、山牛会の中の有志4
名(後に3名)により、農作業請負事業を目的として平成6年に組合が結成されて
いる。

 組合の受託作業の実績は山牛会時の活動から通算すると10年程度になる。従っ
て、作業受託としては、水田裏作のイタリアンライグラス、牧野収穫、稲ワラ梱
包(受託及び販売)と3つの部門でほぼ軌道に乗っており、9年度は1,000万円を
超す事業収益になる。稲ワラについては町内外の畜産農家からの需要が多く、無
家畜農家のワラを梱包して販売するという流通機能がより一層求められている。
さらに、牧野作業についても今後の高齢化や無家畜農家の増加を考慮すると一層
の需要拡大が見込まれる。以上のような受託作業の需要と経営合理化を目指して
法人化へ踏み出している。

 法人化の最大の狙いは、オペレータの2人が受託部門に専念し、組合長が肉牛
部門を担当することで、分業化、専門化の利益を追求することにある。すなわち、
個別に飼養していた肉用牛繁殖経営を共同化して規模拡大し、ほぼ現状規模の受
託部門と2部門で法人経営を開始している。

 このような法人化は、受託組織として個別経営と分離して経営していくには明
らかに限界があり、受託部門と肉牛部門を有機的に連携させられる経営として展
開する必要があったためといえる。つまり、飼料作受託部門を活かせる部門を併
合してはじめて長期的に経営体として成立するのであり、飼料作受託部門のみで
は持続的な展開は困難であることを示唆している。しかし、このような飼料作受
託部門を抱えた法人経営の存在は、地域資源の有効利用と多様な畜産農家のニー
ズにも応えられるものであり、今後の1つの経営体として評価すべきであろう。


●グリーンストックの発足

 構成員はいずれも従来は個別経営の経営主であり、取締役のA氏は農協の畜産
課長を経験し、畜産技術及び業務に精通している。主として受託部門を担当する
B,C氏は個別経営当時に認定農業者にもなっており、地区内の個別経営体として
有力な担い手であった。

 10年9月に各個人の雌牛38頭を買い入れており、現在の頭数は47頭、11年度に
は20頭の子牛販売を予定している。11年度に構成員のC氏の個人牧野を借地して
一部に畜舎を建設する予定である(現在はC氏の従来からの畜舎を利用)。機械
類については、従前の「八幡組合」からリースした形を取っている。

 法人の事業内容としては、1)農作業受委託に関する事業、2)肉用牛の生産、
肥育に関する事業、3)飼料作物の生産、販売及び飼料の加工販売事業、4)農畜
産物の運搬に関する事業、5)畜産資材の販売に関する事業、6)家畜人工授精事
業、7)前各号に付帯する一切の業務となっている。中心業務が1)の入会牧野の
牧草受託、稲ワラ収穫などの受託業務と肉用牛生産であることは組合時代と変わ
りないが、10年10月に家畜人工授精所を開設し、地域内を中心に約50頭の実績が
ある。また、畜舎資材としての古電柱を斡旋販売や屋根材としてのストレートの
斡旋などを行っている。表1に任意組合時代を含んだ活動実績と計画を示してい
る。以下では主要な事業内容について検討する。

表1 グリーンストックの年次別活動概要
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4.グリーンストックの事業内容

●肉用牛部門

 肉用牛部門については、中長期的には肥育一貫経営に展開するつもりであるが、
当面、新たな資本投下を避けながら実質的な経営規模拡大を行うことを狙ってお
り、100頭規模の預託飼養管理を行うこととしてる。

 また、繁殖部門の低コスト対策として豊富な牧野を活かした周年放牧(補助飼
料給与なし。放牧料金100円/日・頭)に11年から取り組んでいる。基本的に妊
娠牛を放牧し、牧場で分娩して1カ月で下牧させている。8月の調査時には44頭の
成雌牛のうち27頭が放牧されていた。


●作業受委託のシステムと実績

 作業受託は、水稲作業を除いて、@共同牧野の牧草収穫(10年度53.7ha)、A
水田裏作のイタリアンライグラスの収穫(同12.2ha)及び転作田のスーダングラ
スの収穫(同5.9ha)、B水田稲ワラ収穫(13.2ha)の3つに分けられる。八幡組
合時代の主な受託作業の実績については、表2に示している。@については、地
区内の共同牧野の牧野組合が委託者となり、永年牧草を収穫し、反転・集草して
梱包するという作業を行っている。A水田裏作のイタリアン収穫については、畜
産農家が委託者となる。永年牧草と同様に収穫して梱包までの過程を受託するケ
ースが多い。Bの水田稲ワラについては、畜産農家と耕種農家が委託者になるケ
ースがある。反転・集草して梱包する作業を行っているが、畜産農家は自ら稲ワ
ラを必要とするために受託料金を支払って稲ワラは委託者が受け取るものの、無
家畜農家である耕種農家からは稲ワラを購入するという形を取り、梱包された稲
ワラを販売している。田植え、稲刈りなどの水稲作業もあるが、この狙いはむし
ろ稲ワラを確保するためといって良い。

表2 受託実績(八幡組合時代)
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●入会牧野の作業受託

 以上の作業受託の中で特に注目されるのは、牧野組合からの作業委託である。
山下地区内には3つの共同牧野があり、それぞれの組合員で構成する牧野組合が
牧野の管理運営、牧草収穫等を行っている。しかしながら、組合員の高齢化、無
家畜化により牧草収穫作業が困難となり、中塚牧場(構成員14戸、うち有畜農家
5戸)、田能原牧場(構成員15戸、うち有畜農家8戸)の2つの牧野組合がグリー
ンストックに牧草の収穫作業のみならず草地管理などを含む牧場の管理運営を委
託している。

 さらに、当社が立地する大字八幡地区内の他の牧野にも追随する動きが出てい
る。後に詳述する朝見牧野や山下牧野についても農薬、肥料散布や採草を受託し
ている。矢野・老兼牧野でも年間借地して管理・運営することが決まっており、
内匠牧野についても同様な方向が採られる見込みである(図1参照)。近い将来、
近隣牧野の管理をほぼすべて受託することになろう。また、隣接する湯布院町の
3つの牧野を、町内の3戸の畜産農家が借りているが、その採草作業も受託してる。
◇図1:玖珠町の牧野及びグリーンストックの位置◇

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 また、阿蘇町の畜産農家の牧野や稲ワラ収穫をも契約しているが、遠距離であ
るために効率が悪く、今後広域的な作業調整も必要であろう。 

 玖珠町に限らず大分県内の共有牧野では組合員の高齢化、無家畜化など同様な
傾向は続いており、基礎(地縁)集団である牧野組合の機能は低下している。し
たがって、グリーンストックのような経営体やサービス事業体が、牧野の利用機
能を分業するようなシステムは、今後の地域資源の維持活用方向として注目すべ
きである。
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【玖珠町の牧野】


●稲ワラ供給部門

 ほとんどの稲ワラは県内の主要な稲作地帯である宇佐平野から購入したり、た
い肥と交換して集めている。町内も豊富な水田が存在するが、地元の畜産農家と
の競合を避けている。宇佐には移動で1時間を要するが、1日8時間で3haの集草・
梱包が可能であり、作業効率は町内の水田よりも高いという。受託作業料金につ
いては、玖珠町農協が基準労賃協定会議の結果をもとに決めており、町の協定料
金といって良い。耕種農家の稲ワラについては、4,000円/10aで購入する。10a
で平均5ロール(中型ロールでひとめぼれは4ロール、ヒノヒカリは6ロール)採
れ、5,000円/1ロールで畜産農家に販売している。つまり、10a当たり4,000円で
購入し、2.5万円で販売していることになる。

 これらの稲ワラは町内の土地基盤の乏しい大規模畜産経営(法人肥育経営含む)、
近隣の農協や経済連の繁殖センター(上津江村)等に供給している。とりわけ、
法人経営は大量のたい肥の供給主体であるが、稲ワラについては需要主体である。
当該組合はこれらの法人経営からたい肥を購入して稲ワラを売っており、地域を
越えた耕種農家と畜産農家の副産物の流通機能をも果たしている。

 ただ、宇佐地域のワラ収穫は後作の麦作付けとの関係で短期間での作業が必要
となり、オペレータの短期間雇用や機械を現地において2班体制への取り組みな
どを今後の課題と考えている。


5.作業委託サイドの概況と委託による効果

●大規模繁殖農家S氏

 S氏は成雌牛56頭、子牛40頭を飼育する大規模繁殖農家であるが、基本的に労
働力は氏1人のワンマンファームであるため、採草作業などに制約があり、永年
牧草と稲ワラ梱包作業をグリーンストックに委託している。氏の属する青谷牧野
も24戸の入会権者のうち有畜農家は6戸のみであり、野焼き作業は組合員全員の
出役では実施できず、組合員の若手に労賃を支払って何とかこなしている状況で
ある。

 氏の場合、労働力1人でも大規模繁殖経営を成立させているのは、牧野等の豊
富な飼料基盤とそれを支えるグリーンストックの存在である。グリーンストック
に飼料作物の作業受託をする農家は24戸(10年)存在するが、氏のような大規模
農家から零細農家まで多様であるが、地域畜産の重要な支えとなっている。
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【左から筆者、S氏、A氏】
●朝見牧野組合

 前述したように、朝見牧野は八幡地区内にある入会牧野であるが、入会権者16
戸中、草地開発に参加して牧野組合に参加している農家は13戸である。しかし、
高齢化が進み牧野の利用が低下したために、2年前から組合内の3人に完全に牧野
の管理運営を任せている。すなわち、他の組合員は出役などはせず、乾草が必要
なときには牧野から購入する。3人の放牧については料金をとらず、乾草につい
ては平等分配し、維持管理費、更新費用等も3人で負担することになる。そして、
実質的にこの3名の牧野管理を支えているのが農薬・肥料散布や採草作業を受託
しているグリーンストックである。現在のような3名による牧野運営に踏み切れ
たのもグリーンストックの存在があったからである。将来的には牧野の管理・運
営まで一貫してコントラクターが請け負うことの可能性も見通されている。

 組合長であるU氏は繁殖雌牛14頭と夏秋野菜との複合経営であるが、@採草作
業を外部化したことにより草が思うとおりにとれ、増頭につながるA牧野の機械
を自ら所有しなくて良いB夏場の野菜作に特化できる等のメリットを指摘してい
る。現在も2月まで放牧しており、低コスト化のための周年放牧を目指している。

 以上のように、グリーンストックへ委託することのメリットとして繁殖部門の
多頭化と複合部門の充実という経営内容にあった指摘がされていることが特徴で
ある。さらに、飼料作部分が外部化・分業化されると高齢農家の牛飼養が維持・
増大する可能性のあることを指摘せねばならない。高齢農家にとって牛飼養は健
康維持や生活安定のための意義があり、飼料作部門が外部化されるとその重荷か
ら開放され、牛飼養が楽になるからである。

 地域の肉用牛生産にとって大きな意義を持っているといえよう。
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【左からB氏、C氏、U氏】

6.グリーンストックの課題及び地域肉用牛生産の展開方向

 最後にグリーンストックの経営展開の課題と地域畜産の展開方向について若干
の展望を試みる。

 まず第1に、法人経営に転換して実績は日が浅いが、中途決算となった10年度
は、売上損益は赤字を計上している。フローとしての経営実績指標である売上利
益、営業利益、経常利益を一日でも早く黒字に転換する必要がある。そのための
方策として、飼料受託生産のプロ集団としての機能と肉用牛繁殖経営を有機的に
結びつける大規模低コスト肉用牛繁殖部門をいかに確立するかという点を指摘で
きる。徹底したスケールメリットの追求のために安価な粗飼料供給体系と草地基
盤を活かした周年放牧体系は欠かせない。それらの技術体系と現在整備中の畜舎
を活かせば十分に繁殖部門の低コスト規模拡大は可能である。

 第2に、飼料受託部門についてロール・ラップ体系を最大限活かせる受託に仕
向けることが必要である。現在は零細利用農家を中心にタイトベールとロールベ
ールを併用した技術体系であるが、ロール・ラップ体系の機械減価償却費を考慮
すると、ロール・ラップ体系の操業度をより一層上げる必要がある。そのために
は、委託者の組織化という考慮も必要であろう。つまり、委託農地のまとまりと
利用の仕方を踏まえた上で、委託者が個々バラバラではなく、組織的にまとまっ
て委託し、委託した作物面積に応じてプール配分を行うようなシステムの採用が
考えられる。これにより極力効率的なロール体系に切り替え、労働力や飼養頭数
の面からタイトベール利用に制約される委託者に限定してタイトベール供給を行
える。飼料生産受託システムを確立するためには、委託者の協力と理解も必要で
ある。

 第3に、肉用牛部門としては預託牛部門の導入により当面は低コスト繁殖部門
を確立し、資本投下を図りながら肥育までの一貫経営に持っていくことが目標と
なる。その際に、周年放牧体系を核とした低コスト放牧飼養の繁殖部門と肥育部
門をどのように連携するかを模索する必要がある。すなわち、草地依存型肥育部
門をどこまで実践できるかという課題である。

 そして、地域農業や畜産との関わりの視点から第4に、水田における作業受託
の調整問題である。町内には従来から稲作の受託組織が複数存在し、さらに9年
から飼料作の受託組織も組織化された。グリーンストックは現在稲刈りも受託し
ているが、これは稲ワラを採るための受託であり、町内の水稲作業については、
他の地縁的な受託組織への委託を進めて機能分担を図るべきである。そして、グ
リーンストックは専門性と機動性を活かして集団的優良農地の稲ワラ確保に特化
すべきであろう。一方で、水田裏、転作田を含めた集団的な作業受託を行えるよ
うな体制が必要であり、そのための利用調整組織の機能が必要とされるであろう。
その点から7年度に発足した玖珠町農作業受委託事業運営協議会等による広域的
な受委託事業の調整機能も重要となる。

 第5に、牧野作業受託に関しては、採草作業から牧野管理まで含めた受託が増
加する傾向にある。牧草の利用主体が減少する中でこのような牧野の管理まで含
めた受託が増加することは、単に牧草の作業受委託とは異なる新た経営展開を考
慮せざるを得ないことを示唆している。つまり、牧野自体を経営していくことで
あり、借地や受託などによる他の入会牧野を利用した肉用牛部門の展開である。
法人経営にとって、地域資源の管理を含んだ大きな問題となる。 

 グリーンストックは飼料作の外部化、地域資源利用、肉用牛の放牧飼養体系の
確立にとって、いずれも地域肉用牛生産の要となると考えられる。当該経営の安
定基盤確立はもちろん、今後はグリーンストックを活かす地域畜産システムを確
立することが必要である。

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