◎今月の話題


直接支払制度の発足と意義

京都大学大学院 農学研究科 教授 祖田 修








価格支持政策から直接所得補償政策へ

 平成11年7月、中山間地域など直接支払制度検討委員会の報告書が出され、12
年度からの制度実施の方針が確定し、各地方自治体ではその具体化のための作業
が急がれている。直接支払制度は、10年9月の食料・農業・農村基本問題調査会
答申の中で提起され、上記検討会の議論を経て導入されることとなった。

 もともとヨーロッパで導入されたこの制度は、日本では適合しないと考えられ
てきた。というのは、この制度は何らかの名目をもって、直接に特定農家が現金
を受け取る仕組みで、日本の勤労観からすると、農家の自尊心を傷つけ、誇りを
失わせ、結果的に農業経営の活力を失わせると考えられてきたのである。しかし、
これまで農業振興、農家の所得増大の方策としてとられてきた価格支持政策は、
種々の意味で限界のあることが認識され、改革が迫られていたのである。

 価格支持は、例えば米のように、政府価格を設定し、農家の生産物を安定した
価格で購入する方法をとってきた。この方式だと、農家は安心して作付け出来る
ので、多くの場合全体として生産過剰となる。他方政治家は農村票獲得のために、
価格つり上げに動いて農家の期待に迎合しようとする。その結果が、稲作におけ
る個別農家の機械などへの過剰投資を生み、3分の1に及ぶ生産調整となり、多く
の予算の投入となったのである。その反省から、各国とも農家の所得補償と価格
政策とを切り離す、いわゆるデカップリング政策へと転換した。生産過剰を生ま
ない農家への支援ということになる。こうして不特定多数の農家の生産意欲を刺
激する価格支持政策から、特定農家への特定目的をもった直接所得補償(直接支
払)政策への転換となったのである。


直接支払制度の内容

 英語で言えばダイレクトペイメント(direct payment)だが、これまでの訳語の
ように直接所得補償政策と言わず、今回、直接支払と称したのは、独自の日本の
社会的風土にマッチした方式を作りたいとする当局の姿勢が現れている。

 今回具体化された直接支払は、特に中山間地域の農業生産条件の不利性に対す
る補てんを目的としたものである。すなわち、中山間地域は、傾斜地に展開する
田畑が多く、平場農村地域に比べて、どうしても生産コストが高い。この差は人
間の努力を超えている。中山間地域が上流域にあって、国土の保全、自然生態系
や生活環境の維持、田園景観の保全、都市住民の保健休養等に資するいわゆる多
面的機能を持つとすれば、条件不利性を補って農村地域社会の存続・発展を図る
意味がある、というのがその趣旨である。

 そこで差し当たり傾斜度の大きさを条件不利の目安として、中山間地域の一部
に、生産コスト差の80%を補てんすることとなった。その補てん額は、傾斜度20
分の1以上の水田で10a当たり21,000円、畑作で11,500円と試算された。これが、
生産行為を実際に行う個人、組織に支払われる。そのうち半額が国庫負担となる。
地域指定は地方自治体が地域の現状、将来の可能性などを考慮しつつ行うことと
なっている。


直接支払制度の意義

 直接支払制度の持つ経済的、社会的意味を考えると次のように言えよう。
 経済学的に言えば、条件不利性を背負う生産限界地が、耕作放棄ないしは社会
的衰退に向かおうとするのを、そこでの生産活動の持つ外部経済(支払われてこ
なかった周辺へのプラスの効果)を名目として、直接支払による所得補償をし、
当該地域の農業・農村を維持発展させようとすることを意味する。これは市場原
理で社会を機能させたとき、そこに生ずるマイナス面、いわゆる「市場の失敗」
を補う修正原理の実行をも意味する。市場原理は条件不利などお構いなく、ひた
すらコスト安、効率性を目安として現実を動かしていくからである。
 社会的には、制度の中にセットされているように、集落を単位として方針を決
めていく集落重視の視点がある。集落が特定個人に期待するか、集落全体として
運営するかは別として、地域農業の活性化を集落レベルで検討することで当該地
域の農地の統合的効率的管理を期待しているのである。
 ただ、この制度をもって中山間地域の大いなる振興を期するというわけにはい
かないだろう。その他の農地整備、農村整備、さらには近傍中小都市の振興によ
って他部門就業、生活上の欲求充足の可能性を高めるなど国土政策が充実されな
ければ、いかんともしがたい。直接支払制度は中山間地域振興策の一つに過ぎな
いことも認識しておかなければならない。

そだ おさむ  昭和38年京都大学農学部農業経済学科卒業。農林省経済局、京都大学助手、龍 谷大学助教授等を経て、平成2年から現職。中山間地域等直接支払制度検討会の 座長を努める。

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