◎専門調査レポート


小規模酪農家によるプラント建設と牛乳直販運動に学ぶ

−長野県市田酪農組合の挑戦−

東京農業大学 国際食料情報学部 教授 新井 肇

 


はじめに

 「自分たちの搾った牛乳を自分たちで売りたい」というのは、酪農家の永年の
夢である。牛乳は他の農産物のように、直接消費者に売ることができない。処理
加工が必要なため、メーカーの工場を通さなければ売る方法がない。このため組
合系プラントが各地に誕生したが、いずれも経営難で、スーパーの目玉商品にさ
れているところも少なくない。自主販売を目指して設立したが、理想と現実のギ
ャップは大きい。

 今その夢を実現した酪農家たちがいる。長野県高森町の市田酪農組合に属する
44戸の小規模複合経営の農家が出資して作った牛乳加工プラントである。

 低温殺菌牛乳と飲むヨーグルトがこの工場の製品である。ここまでなら他にも
あるが、ここではこれを地元町民に宅配で供給し、圧倒的な支持を受けている。
販路を量販店に求めず、地道に顧客開拓をしてきたところに成功の要因がある。

 現地を訪ね、これまでの道のりと課題について調査した。

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市田酪農の歩みと現状

小規模複合酪農の典型

 長野県南部にはふたつの大きな谷がある。歴史街道中山道沿いの木曽谷と天竜
川とともに下る伊那谷である。伊那谷の方が川幅も広く、農業も盛ん、経営規模
は小さいが、米、リンゴ、柿、野菜の他、畜産もあり、複合経営地帯を形成して
いる。

 市田酪農組合がある下伊那郡高森町は飯田市のすぐ北にあって、伊那谷の南部、
天竜川の西岸に沿って広がる段丘の町で、町内を中央高速道路が縦貫している。
大都市への通勤圏ではないが、兼業農家が多く、農業も複合経営が多い。

 酪農経営の規模は比較的小さい。31戸の平均は12.1頭、県平均の22.1頭と比べ
てもかなり小さい。いちばん多いのは15〜19頭層で、最低3頭から最高25頭止ま
りである(表1)。50〜100頭が酪農の主流といわれる今日、小規模経営の部類に
入る。耕地が狭く、大規模酪農を展開できる条件にない。

表1 市田酪農組合の概況
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 注:飼養頭数、経営者の年齢は12年8月現在、1頭当たり乳量は
   10年、いずれも市田酪農組合資料より作成

 しかし小規模でも生産性や乳質は悪くない。1頭当たり乳量は7,659キログラム、
乳成分はトップクラスにあり、少数精鋭、量より質の経営となっている。またET
(受精卵移植)が盛んで、生産した和牛子牛を家畜市場へ上場しているが、中京
方面からの購買者が多く、地元の畜産振興にも貢献している。

 酪農家の作目構成を聞いてみた(表2)。ほとんどが複合経営で、稲作、果樹、
野菜作と結びついている。果樹はリンゴ、梨、桃の他、ここは「市田柿」で知ら
れる柿の産地である。果樹は町の農業粗生産額36億円の45%を占め、東京、名古
屋、大阪の3大都市圏に出荷されている。酪農は稲わら利用やこの果樹園へのた
い肥供給で、複合経営の中で重要な役割を果たしている。大規模専業酪農へます
ます傾斜を強めている中で、ここの酪農は小規模酪農の意義を改めて感じさせて
くれる。

表2 市田酪農組合員の経営規模と作目
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 注1:平成12年組合資料および聞き取りによる
  2:※印は後継者で年齢は推定

 市田酪農組合では、担い手はほとんどが50、60代で、若い人が少ない(表1)。
平均年齢は57.5歳になる。後継者がいるのは数戸にすぎず、70歳定年とすると、
8年後の平成20(2008)年には31戸が18戸へと激減してしまうと組合では予測し
ている。乳価低落等の先行き不安があり、農業はやめないが酪農はやめるという
選択になっている。何とかしなければという気持ちがこの地域の酪農家の心を強
くとらえてきた。


乳価をめぐる闘いの歴史

 市田酪農の歴史は古い。旧市田村に初めて乳牛が導入されたのは明治末期とい
う記録もあるが、本格的導入は昭和16年といわれている。昔は天秤で計り売りを
していたが、後年になると牛乳瓶に入れて荷車や自転車で配達したという。いま
再びこの地区で瓶詰め牛乳の宅配が行われているのも、何か昔に戻ったみたいで
不思議な気がする。

 組合の発足は戦時下の18年、組合員23名で成牛23頭、全員が1頭飼いであった。
戦後は酪農ブームの波に乗って戸数も頭数も伸張したが、ここでは専業酪農の道
を進んだ者はなく、稲作や果樹と結合した複合酪農がほとんどで、今もこの形は
変わっていない。

 市田酪農のもう1つの特徴は、組合を中心に結束力が堅いことである。小規模
農家が全員参加で、プラント建設に踏み切れたのも、組合の歴史を聞いてなるほ
どと思った(表3)。

 23年、県南部の酪農家を結集した南酪(南信酪農業協同組合)が発足、組合は、
直ちにこれに加盟したが、その後M乳業とべったりの南酪に反発、乳価値上げ、
出荷先変更を要求したがいれられず、脱退するという大騒動となった。出荷先を
Y乳業に変更すべく交渉したが、メーカー間の遠慮もあり難航。Y乳業の工場に
いきなり270本の乳缶を持ち込んで、買え、買わぬの押し問答となり、工場のガ
ラスが割れる騒ぎとなったという。当時、県下各地で乳価をめぐる紛争があり、
市田酪農の決起は、佐久酪農の乳価闘争、竜峡酪農の南酪脱退と並んで3大乳価
闘争の1つに数えられた。

 結局、出荷先変更は成功し、乳価アップも獲得したが、南酪を脱退したことで
アウトサイダーとなり、以来自主独立の道を歩むことになる。地元農協は通すが、
指定生産者団体である県酪連に加わらず、総合農協の中にあってアウトサイダー
という変則的な形で、平成8年まで頑張る結果となった。

 アウトサイダーは独自の乳価交渉が必要であり、自分の牛乳は自分で売るとい
う強い信念がなければできない。それをこの組合は29年間もやってきたのである。
時代は変わり経済連と県酪連が合併し、生産調整も厳しくなり、地域独自の乳価
交渉も難しくなり、アウトサイダーのメリットも少なくなって、経済連経由のイ
ンサイダーに復帰するという曲折をたどっている。市田酪農の団結力はこの29年
間の孤独の戦いを抜きにして語ることはできない。

 現在、組合員は最盛時の10分の1になってしまったが、戦いの中で生き残って
きたもの同士だけに組合としての主体性が強い。南酪時代も組合として行動した
し、地元の農協と提携するようになってからも組合と農協で酪農委員会を作り、
これを最高の機関にして、両組合長は対等という位置付けをしている。当然組合
は農協の部会とは異なった自主性を持つことになる。組合の農協利用率は99%と
いわれるくらい高いが、濃厚飼料、粗飼料は組合として一括購入である。組合と
農協で飼料委員会を作り価格交渉を行っている。農協の部会活動より自主性の高
い活動として、また農協と酪農家集団の新しい関係として注目したい。

表3 市田酪農組合の歩み
昭和18     酪農の生産者組合として市田酪農組合結成
  23     南酪(南信酪農業協同組合)結成、加入者400名。
         市田酪農組合として加盟
  29     全国乳質共励会で3年連続1位となる
  30〜32  この頃酪農先進地ということで視察者多数来訪
  32     市田酪農組合 組合員最高418名となる
  35     県南部の竜峡地区の酪農家が南酪を脱退、竜峡酪農を結成、
         市田地区も大いに刺激を受ける
  42     南酪の乳価に不満。南酪を脱退、アウトサイダーとなり、
         Y乳業へ出荷先変更
  43     クーラーステーション完成。日産10,000kgを達成
  49     ユニットクーラー導入。ローリー集荷開始
  50     牛群検定事業に加入
  63     粗飼料の共同購入開始
平成 元     ヘルパー組合発足
   4     婦人部ニンジンジュースを試作、自家用から販売へ
   6     県酪連、県経済連と合併
   7     農事組合法人信州市田酪農設立、 プラント建設
        (総事業費1億9,300万円)
   8     生乳販売を県経済連に委託、インサイダーに復帰
         この年、黒毛和牛のET(受精卵移植)200頭を超える
   1     農事組合法人信州高森産直組合発足(80人)、
         農産物直売所「旬菜館」オープン
         中央畜産会主催、畜産大賞地域振興部会優秀賞受賞
  12     飼料原料を全面的にNONーGM(非遺伝子組み換え)に切り替え


全員参加のプラント建設

きっかけはニンジンジュース

 牛乳直販の発想はニンジンジュースから生まれた。3年、町の保健婦さんから
集団検診の結果、酪農家の人たちに貧血症が多いと聞かされた酪農組合婦人部長
が鉄分の吸収を助けるカロチンを摂るため人参を食べようと提案した。種子を配
布し、畑を借りて残りを共同ほ場で栽培した。大いに食べたが、食べきれなかっ
たり端境期には無くなったりする。年間を通して摂取するために思いついたのが
ジュース化である。休業中の農協のりんごジュース工場で試作し、地元産りんご
とミックスしたニンジンジュースが出来上がった。りんごを混ぜたのは高すぎる
PHを抑えるためと、飲みやすくするためで、どこの試飲会でも好評であった。
ちなみにカゴメの「フルーツキャロット」がブームになったのはこの翌年であっ
た。

 当時の婦人部長はニンジンジュースの経験について「自分の手で作ったものを
直接消費者に売ることの緊張と面白さ、みんなで何かやればできるとの体験が、
ヨーグルト工場誕生の下地になったと思う」と語っている。ニンジンジュースは
今でもヨーグルトや牛乳と並んでこの組合の有力商品になっている。


夢の実現ー自分の牛乳を自分で売る

 組合員対象のニンジンジュースが消費者への販売へと発展し、消費者との接触
が増える中で、「牛乳も欲しい」という声が聞こえてきた。同じ頃、農協でも
「安全・安心な物を食べたい」という共同購入が始まり、そのグループからも地
元の牛乳が飲みたいという声が挙がってきた。

 消費者からの要望を待つまでもなく、もともと生乳加工場を持ち自分の牛乳を
自分で売ることはこの組合の設立当時からの夢であった。6年2月、これらの声を
背景に本格的な論議を始めることになる。民主的運営をモットーとするこの組合
の討議は理事会の他、検討委員会、支部別懇談会等、綿密を極め、「地元の消費
者と協同して、地元で搾った牛乳を、その味と栄養を大切にして、飲用乳、乳製
品を製造販売し、消費者と共に酪農と食糧を守る方向で、加工事業に取り組む」
という合意形成が出来上がってきた。

 論議の中で、酪農継続に不安があるのに加工に乗り出してよいか、価格が高す
ぎて売れるか、事業として成り立つか、といった率直な疑問、心配する意見があ
った。背景として乳価の低落、後継者難があり、自分自身の経営の将来性に自信
が持てないということがあった。しかし、結局、それならばなおさら、直接消費
者に乳製品を届けることで酪農の見通しを築いていこうということになった。不
安が解消したわけではないが、活路を開くためには前進するしかないと決断した
のである。

 農民プラントは多くが農協や酪農協の運営による組合プラントであるが、ここ
では、全員参加の農事組合法人による自主的プラント、すなわち本当の農民プラ
ントにすることにした。ここにこの事例の最大の特徴がある。農協とは密接な関
係にあり、農協直営とすることも考えられたが、組合が自ら法人を設立し、工場
の建設、運営を行い、農協は法人と工場の運営に人的支援を行い、また製品の宅
配を受け持つこととなった。7年2月「農事組合法人信州市田酪農」が成立し、12
月には牛乳加工工場がオープン、販売を開始した。

 法人の設立には当時44人の組合員全員が発起人に名を連ねた。もう乳牛を飼っ
ていない組合員を含めて最低30万円から最高110万円まで出資し、出資金を後の
増資を加えて2,700万円とした。出資額に差があるのは均等割りと乳量割りがあ
るからで、それ以上の意味はなく、出資配当もしていない。基本的には平等参加
となっている。

 法人の設立宣言文はプラントのホールの目に付くところに張ってある。単に経
済的利益を追うというより地域社会や消費者と共に歩もうとする姿勢が強く現れ
ている。


設立宣言

 国際化と言われる時代の中で、農畜産物の総輸入自由化体制がつくられようと
している。

 一方で、村から乳牛が消え,リンゴがそして農家が消え、米騒動に象徴される
食糧の危機が進行している。

 国民の食糧を生産するという誇りをもって農業を続けたいという生産者の想い
と、安全安心でおいしいものを安定的に食べたいという消費者の想いは共通のも
のであると確信し共同することによって見通しをつけたいと願う。

 その想いと願いに応えまた、農業経営を安定させるためにも、協同の組織、農
事組合法人信州市田酪農を設立する。組合の運営は、組合員連帯の責任で、自主
的・民主的な運営を行うものとする。

 更に、地域に協同と自治を育てていける組合に成長していくたゆまぬ努力をす
るものである。


組合員の手で顧客を開拓

 運営は自主的だが、建設資金は補助事業を活用している。補助事業は「畜産営
農環境等緊急整備事業」など4種類で、補助事業費1億7,275万円、土地代等の補助
外事業費2,000万円、合計総事業費1億9,360万円となっている。

 建設された施設・機械は、製造施設として、牛乳低温殺菌装置(能力:1日360
リットル)、ドリンクヨーグルト製造装置(能力:2日で1,000リットル)、建物
として、交流ホール、調理室、事務室、会議室等で、 敷地面積は1,967平方メー
トル。翌8年には売れ行き順調で設備不足となり、5,000万円を追加投資し、牛乳、
ヨーグルトとも1日1,000リットルに能力アップしている。
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【市田酪農の牛乳加工プラント全景】
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【購買者に目立つように立てた大看板】
 製造品目は「低温殺菌牛乳」と「飲むヨーグルト」に限定した。この2つが牛
乳本来の味と栄養、新鮮さを生かし、地元消費者と密着できる品目と考えたから
である。

 組合は製品の特徴として、次の点を強調している。

 低温殺菌牛乳:@朝搾った牛乳をその日のうちに処理して、翌日配達するので
新鮮。A低温殺菌で牛乳本来の味と栄養が生かされている。B瓶詰め(900ミリ
リットルと200ミリリットル)で風味が生かされ、清涼感がある。

 ヨーグルト:@原料は新鮮な生乳100%。A酸味料、安定剤、香料等を一切使
用しない。B乳酸菌が1ミリリットル中通常の数10倍、5〜8億含まれている。
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【売店に並んだ製品、
ニンジンジュースもある】
 販路の開拓は婦人を含む組合員が町内の親戚、知人を回ったり、県外の友人に
見本を送るなどして注文を取るところから始まった。その結果、12月のオープン
までに高森町3,300戸のうち890戸が購入してくれることになり、その後1,200戸に
増え、町内世帯の3分の1以上が定期購入者になっている。このように地元住民か
ら圧倒的な支持を得た例は聞いたことがない。飯田市など、隣接する市町村から
も宅配の要望があるが、製造能力、宅配の体制などで十分応じきれていない現状
にある。


原料乳の品質と製法で差別化

 このように地元住民に強く支持された第1の要因は、製品の品質の高さにある。  

 牛乳は65度30分の低温長時間殺菌で、普通牛乳の賞味期限7日に対して、4日と
短い。それだけに原乳を厳選し、月3回の検査を行い、乳質の良いものだけを使
用している。ちなみに組合独自に、乳質の良い出荷者(体細胞10万個以下、細菌
数5万個以下、脂肪率3.5%以上、無脂固形分率8.5%以上)に生乳1キログラム当
たり2円のプレミアムを支払っている。

 ヨーグルトは一般には脱脂乳と砂糖で作られるものが多いが、ここでは厳選し
た生乳100%、オリゴ糖と液糖を加え、安定剤や香料は使用しないことで差別化
を図っている(表4)。

表4 各種市販ヨーグルトの比較
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 注:「市田酪農のあゆみ」(30周年記念誌)、
    平成10年、市田酪農組合より引用

 差別化の要因としてもう1つ、使用する飼料原料がある。

 組合ではかねてから飼料の安全性をどう確保するかを議論してきたが、平成12
年から全面的にNON−GM(非遺伝子組み換え)の飼料に切り替えることとした。
これによる飼料費の負担増はトン当たり2,350円となるが、経済連とプラントで
補助することとし、当面農家負担を回避している。これらの原料は特注品であり、
輸送、製造、保管の全過程を普通原料と区別する必要があり、また単味で購入す
る他の原料についても同様の切り替えが必要なことから、踏み切るには相当の決
断が要る。

 このほか、組合ではヨーグルトのボトルをポリエチレン(PE)に、シュリンク
フィルムをポリエステル(PET)に、買い物袋をゼオレックスに代え、ダイオキ
シンや環境ホルモンの影響を回避するよう努力している。安全性、品質に対する
組合のこうした姿勢が、消費者の共感を呼び、信頼へとつながっていることが感
じられる。


酪農家に利益を還元

 プラントの経営は順調である。売上高は年々増加し、11年度には1億3,000万円
に達し、12年度は1億4,000万円を見込んでいる(表5)。売上の87%はヨーグルト
であり、採算もこの方が牛乳より高い。ちなみに販売価格はドリンクヨーグルト
900ミリリットルの店頭(プラント内売店等)450円、配達440円、低温殺菌牛乳
900ミリリットル店頭400円、配達270円となっているが、これは小売価格であっ
て、卸売価格はこれより安くなる(店頭は瓶代を含み、配達は瓶代を差し引いた
価格)。とくに牛乳の利益は薄く、採算はもっぱらヨーグルトに頼っている。ヨ
ーグルトの採算がよい理由の1つに原乳買い入れ価格がある。プラントで使う生
乳は農家から直にプラントにくるが、指定生乳生産者団体を経由し、仕入れる形
をとっている。プラントの仕入価格は、飲用乳の原料として仕入れると96.4円、
ヨーグルトの原料乳として仕入れると86.3円になる。この場合、農家の出荷乳代
は90円となる。

 決算書によると、プラントの経常利益は10年度240万円、11年度428万円と立派
な黒字経営となっている。これまで利益は全額内部留保に回しており、配当はし
ていない。11年度の貸借対照表によると、資本金2,543万円に対し、利益準備金
2,746万円、特別積立金2,650万円、計5,396万円の法定準備金を持っている。一
方、負債は15年償還の公庫資金8,600万円の借入があったが、繰り上げ償還して
しまい、残高は2,600万円に減っている。小さな組合がこれほど大きな事業をし
たのに、借金が少ない。この結果、期末の自己資本は資本金の3.4倍、自己資本
比率は69%と極めて良好である。

 配当はしないが、酪農家にも還元している。前述した乳質奨励金2.0円の他に
酪農奨励金として1.0円を支払っており、乳質の良い農家は乳価3円アップと同じ
になる。11年は乳質奨励金65万円、酪農奨励金340万円、計405万円を還元してい
る。決して多額ではないが、プラントの財務を改善しながら組合員にも還元する
というこの種の事業ではなかなかできないことをやっている。

表5 牛乳加工事業の販売実績と計画
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 注:市田酪農組合資料より作成


牛乳直販の波及効果

農協、役場もバックアップ

 組合の事業方針は「地域の消費者と共に歩むこと」である。消費者との交流、
地域との連携はこの事業の欠かせない要素である。このため販売方法としてなる
べく消費者の顔が見える配達や店頭販売を重視し、今のところ量販店との取り引
きはしていない。量的に応じ切れないこともあるが、値引き競争に巻き込まれた
くないということもある。

 現在の販売先は、宅配、農協等の店舗、宅急便による通信販売が各3分の1程度。
定期購入者である宅配がかなめである。農協はプラント経営に直接関係しないが、
全面的に協力しているほか、農協生活課の宅配ルートに乗せて個別配達を受け持
っている。役場は開業当初に財政的援助をしたほか、ケースワーカーによる独居
老人へヨーグルト配布の予算約80戸分を計上する等、側面から協力している。


農産物直売所が誕生

 プラント建設という酪農家の運動に刺激されてできた施設に「たかもり旬菜館」
がある。プラントができ、製品を直接買いに来る客があり、それを目当てにプラ
ント敷地に農産物を持ち込んで出店するグループができた。その「おさんぶちの
会」が「産直センター」に発展したので、牛乳直販運動が生んだもう1つの成果
ということができる。
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【プラントに併設したホールと売店】
 11年、高森町の農家80余名が参加して「農事組合法人信州高森産直組合」を結
成、補助事業を活用して、農産物直売所を設置した。町内で生産された野菜、果
実等、安全で新鮮な産物を販売する目的で、駐車場を作り、周辺市町村からの顧
客を受け入れる一方、地方発送(宅配)も行っている。取扱品目は野菜、果物、
漬け物、ジャム、ジュース、牛乳等加工品,切り花、鉢物、苗物、山菜、米、も
ち米、竹炭、そば、手工芸品、アイスクリーム、お菓子等、かなりのアイテム数
になる。お菓子には高森特産の市田柿を原料にしたようかん、もなかのほか、団
子、草もち、どら焼、おこわまんじゅう等、農産物を加工した手作り物が多い。
生産者が値付けをして持ち込んできた商品を受託販売する方式で、売店のほか、
食堂も経営している。

 売店では信州市田酪農の製品ももちろん売られている。


進む経営改善

 プラントができて酪農家の経営が大幅に改善されたわけではない。生乳出荷量
の1部(10%台)が製品化されただけで大半は今まで通りのルートで生乳で出荷
されている。しかしプラント建設を決意したことで、酪農に取り組む姿勢が強ま
ったこと、組合への結集が一層堅くなったことは確かなようである。

 規模は小さく戸数の少ない組合ではあるが、組織活動への参加率は高い。組合
員(乳牛飼育者)31戸中、ヘルパー組合へ18戸、牛群検定事業17戸、自給飼料の
共同栽培17戸、ET実施全戸という具合である。

 組合の集計により全戸の成績の平均値を見ると、乳量、乳質、収益性ともに優
れている(表6)。乳価がやや高いこと、飼料費が安いこと、子牛が有利に販売
されていること等、随所に集団活動の成果が現れている。プラント建設を機軸に
した組合の組織活動がなかったら、ここまでの成果を上げられなかっただけでな
く、酪農家の数もはるかに少なくなっていたかもしれない。

表6 組合員の経営成果(組合員全体)
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 注1:市田酪農組合資料より作成
  2:費用中に減価償却費光熱費等の個人負担を含まないので、
   「所得」は仮の計算値である
  3:金額については、消費税相当額を含む


市田酪農の課題

 組合の当面する課題を挙げると、次のようになる。

 @後継者のめどが立った経営が少なく、将来は戸数減少、頭数減少の心配があ
  る。プラント建設で明るい面も見えなくはないが、見通しが立つところまで
  いっていない。

  Aプラントはできたが、規模が小さく、生乳出荷量のごく1部(10%台)しか
  製品化できていない。拡大するには製造能力、宅配の体制等、解決すべき課
  題がある。

 B直売は成功したが、意図した消費者との交流が不十分。生協のようには消費
  者をつかみきっていない。

 このほか組合では、学校給食への進出、ソフトアイスなど新製品の開発、HA
CCPへの対応、観光牧場・共同牧場・工場直営牧場等の検討に入っている。

 酪農の先行き不安、後継者難など、前途は多難であるが、プラントの運営と直
売運動を通し、広い視野で打開策を考えていくことによって、活路を見出してい
く以外にはないように思われる。

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